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2010/09/24(金)に投稿された記事
くすぐりの塔 外伝-Zero-(前編)
投稿日時:23:37:05|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔 外伝-Zero-
目の前の光景に、心身の極度の疲労も忘却の彼方へと旅立ち、その瞳は生気を失った。
「なんだこれ・・・・」
答える者のいない自問。いまある現象が現実であると、否応なしに知らしめる腐臭に少年は顔を歪める。
「なんだこれ・・・・」
理解していながらも問う言葉。答えるのは乾いた風の吹き抜ける音と、それに運ばれる鉄に似た乾いた血の香り。
「・・・・・・・なんだよ・・・・これは!!」
蹂躙の嵐の吹き抜けた故郷を眼下に見据え、満身創痍の少年キーンは絶叫した。
彼は村の祭りの催しに参加し、アクシデントにも負けず見事試練を乗り越えた。
故郷独特の成人の儀とも言える地下遺跡探索は、予期せぬ事故で一転して過酷なサバイバルへと成り代わった。
闇の中で救助を待ったキーンだったが、その気配も感じられず自力での脱出を試み、極限状態になりながらも地上への脱出に成功したのだ。
本来の形式とは大きく異なってはいたが、トラブルにも負けず自力で事態を乗り切った彼に、故郷の大人達は自分を一人前として認め、街の主要収入源である傭兵稼業への参加を認めてくれるはずだった。
今の披露に見合う賞賛・拍手喝采が当然あるだろうと思っていた。
だが、そんな彼を迎えたのは、変わり果てた故郷と無数の屍だけだった。
地下遺跡の中で彷徨っていたキーンには、日数の正確な経過は把握できていない。少なくとも十数日が経過しているだろう事は理解でき、その僅かな日数が故郷を大きく変貌させたのは間違いない。
だが問題は、何がそうさせたのか・・・・である。
血と破壊と殺戮の跡が、事が自然災害や病の類ではない事を物語っており、必然的に襲撃者によるものと推測させ、キーンは腐敗しきった死体を調べ始める。
原形を止めていないものが大半だったが、中には見知った衣類・調度品を身につけた死体もあり、自然とそれが誰かを連想させる。
「うっ・・・・っっく・・・」
知人の変わり果てた姿に直面する度、彼は嗚咽し、哀しみと苦しみと怒りを交えた涙を流した。
「何で・・・何でみんな死んでるんだよ。誰か・・・・誰か、一人くらい狡賢く生き残れた人はいないのか?ここは最強の傭兵村だろ!!」
病であれば見えない伝染力で全滅もありえる、しかし襲撃ならば互角に戦いを繰り広げる者や、中には隠れて難を逃れる者もいるはずと、僅かな期待を込めて彼は死者の住まう場所となった地を捜索し続ける。
しかし行けど探せど、出くわすのは酷く損傷した死体ばかりであり、彼のささやかな望みさえ奪っていく。
「畜生・・・・」
剣術の指南役であり尊敬もしていたカール、いつも大勢を相手に生還したと自慢するバラカス、闘気士という能力の多様性を実演で教えてくれた技能派のレデュース、そんな実力者達の姿も誰一人ない。
それは、少年には早すぎる『絶望』だった。
【Tower - Zero- 接点】(前編)
人を苛つかせる湿気と高温、そして立ちこめる異臭。
決して人に好意を抱かれないだろう、その悪臭は、つい先程まで『生物』だった物体の体液から放たれていた。
それがなんと命名されていた生物か、命を奪った者達の中に知り得る者はいない。彼等はそうした疑問を抱く暇もなく、今も尚、同種の生物と命のやり取りを行い、新たな骸を作り続けていた。
それは一見すれば、芋虫の類として分類できた。だがそれは、あくまで外見上の判断であり、実際に遭遇した場合、そうした生易しい言葉で片付けられるレベルではないと、誰もが思うだろうことは疑いなかった。
その『芋虫』の変種は、大雑把な目算でも体長が3メートルを超え、その外皮は甲虫のように硬質状になっている上に、進行方向先端部に2つの鋭い角状の突起が生えていたのである。
そして口を開けば相手を捕らえる粘着状の粘液あるいは消化液を吐き、更には口元の触手状の部分を伸ばして捕捉しようとする、実に攻撃的な特徴を持っていた。
更に質の悪い事にそれは群で行動しており、大型生物のオーガーやトロルでも捕食対象にしてしまうだろう、それと彼等は、必然的偶然によって遭遇し、戦闘に突入したのである。
「違う!」
激闘の最中、刃が一閃した。
「お前じゃない!」
ショートソードに近い大型ナイフを両手に携えた若い戦士が、その一刀で巨虫の頭部を刺し貫き、柄を90度捻って傷口を抉った。生命力の強い虫の類も頭部に大きな損傷を受ければ、しばらく動いたとしても、敵対戦力として計算する必要は無い。
そんな、痙攣し蠢くだけの存在と化した仲間を突き飛ばし、その戦士を押し潰そうと、別の巨虫が躯を持ち上げ襲いかかる。
「違うっ!」
戦士は一突き立てた刀を引き抜くと同時にもう一刀を振り、さらけ出されていた巨虫の唯一柔らかい部分である内腹を切り裂き、致命傷を与えた。
「お前じゃないっ!」
戦士はもんどりうって倒れる巨虫を踏み台にして跳躍すると、眼下にいる新たな巨虫に対し、落下速度をも利用した二刀の同時の斬撃を繰りだし斬り捨てた。
「違う・・お前じゃ・・・・ないっ!」
キーン・ファストは、巨虫の血で全身を染めて唸り、異臭によって呼び覚まされた過去の悪夢を振り払うべく、新たな獲物を求めて、巨虫の群に飛び込んだ。
乱戦の末、巨虫の大群を退けけた一行は、適当な水場を見つけてキャンプをはった。
彼等のいる場所はまだ、巨虫のテリトリー内ではあったが、日没となった事でその活動は停止し、巣を攻撃でもしない限り、その脅威は一時的に去ったと言える状況であった。
だが逆に、夜行性のモンスターや猛獣の危険が生じるのは自然の常であるため、彼等は大きめの焚き火をたき、その周囲で各々の時間を過ごしていた。
パーティは総勢五名。全て男で、戦士三名、盗賊(技師)一名、魔法使い一名と言う構成となっていた。
戦士の一人は、見るからに戦士肌の男でその名をボルバーといい、重々しい鎧を脱ぎ捨て、河で捕った魚を焼いて豪快に食していた。
盗賊・・・つまりは罠などに対する技工士フィックスは、個人的に用意した酒瓶を惜しげもなく開けて飲酒を楽しんでいた。
魔法使いの男、ラルクは焚き火の灯りを用いて、古びた羊皮紙の本と、自分の手記を見比べて、自問自答を続けている。
そしてキーンは、巨虫の体液に汚れた部分鎧をそれぞれのパーツに分解して河の端に沈めると、自らも飛び込んで、その身に付着した体液を洗い流していた。
そして最後の一人、『D(ディ)』とあからさまに偽名と思われる呼称で名乗った戦士は、一際異彩を放っていた。フードとゴーグルが一体化したようなマントを常時深々と身に纏い、その表情は伺い知る事が出来ず、その口数も少ないため、存在そのものが稀薄になることすらあり、今も焚き火の前で腰をおろして動かず、起きているのか寝ているのかも判別できない状況であった。
この面々が、今回の『冒険』の構成員であり、その目的は、この森の奥地にある遺跡に眠る『英知の宝玉』と称される石を入手する事であった。
英知の宝玉。
キーンが雇われた際に聞かされた説明では、それは古代文明時代の知識を与える魔法のアイテムで、今は伝えられていない魔法や技術も得られるという。
知識欲旺盛な魔法使いが目の色を変えて行動に入る理由としては、その話は納得行くものであり、例に漏れず独占欲を掻き立てられたラルクが、仲間のフィックスとボルバーと共に宝玉捜索を企画したが、一つの問題が生じた。
それは、目的地近辺に出没するモンスターの数である。彼等が収集した情報から推察した結果、彼等三人だけでは到底手に負える規模ではなかったのである。
そこで彼等は一般公募で臨時の同行人を募集し、多額の報酬につられて集まってきた希望者をふるいに掛け、キーンとDを雇ったのである。
その選出方法は、応募者の多さなど問題にならない、実に単純な物であった。
-希望者全員参加の無制限デスマッチ-
これに生き延びた二人が合格者として正式に雇われた・・・・という訳である。
汚れた身体をあらかた洗ったキーンは水場である河からあがり、焚火の近くに腰を下ろして暖をとると同時に、水に浸していた武具の手入れを始めた。
そんな様子をボルバーは一瞥しただけで視線を戻すと食事に専念し、Dは何も気づいていないのか微動だにせず、ラルクは考察に夢中でキーンの事など眼中に無かった。
だが、そうした静けさを好まないのがフィックスだった。彼は程良い酔いも手伝い「新入り」を酒の肴にしようと焚き火の輪に近づき、手頃な石を背もたれ代わりにして黙々と作業を続けるキーンを見やった。
「なぁ、新入りさんよぉ、あんた、危ない人間かい?」
その問いが自分に向けられていると気づいたキーンは視線を上げ、薄ら笑いを浮かべるフィックスを見やった。その表情には問いの意味を求める色が微かに現れていた。
「戦闘中だよ。『お前じゃない、お前じゃない』とか、連呼してただろ。独り言をいって闘うのが癖か?それとも、あんな虫共の中にお友達でもいたのか?」
フィックスは下品に笑ったが、それに同意する者はいなかった。だが、彼の「独り言」を聞いていたのは彼だけでは無かったため、多少なりとも一同の興味を引きつけた。
「友達ではなく、敵だ」
武具の手入れを続けながら不快そうにキーンは応えた。
「はぁ?敵ぃ?虫がか?」
フィックスは気まぐれに始めた話題に僅かながら興味を抱き、改めて問いかけた。
「モンスターが・・・・だ。昔、仲間達が知能の高いモンスターに皆殺しにされた。そして、ここのモンスターの噂を聞き知って、確かめる為に志願した」
その話はキーンの望む所ではないのだろう。彼は要点だけを簡潔に述べ、早々に話を切り上げようと端的に語ったが、フィックスはしつこく、くいついた。
「知能が高いモンスター?」
「人語で語り、中には魔法を使ったりするそうだ」
「ワーウルフの類かな?でも、獣人化した連中は理性が欠如しているはずだし魔法なんて・・・・」
物珍しい内容に彼の知識欲が疼いたのだろう。手にしていた本を閉じたラルクが、二人の会話に割り込んだ。
「古種のライカンスロープかもしれないな」
そのさり気ない一言で、一気に場の注目を集めたのは寡黙なDだった。
「古種?」
聞き覚えのないこの一つの『情報』は、キーンの興味を引いた。
「古代文明期の獣人モンスターの事だ」
「馬鹿げてるよ。古種ライカンスロープ?」
素っ気なく言い放つDに、ラルクが露骨に批判的な反応を示した。
「ラルク殿はご存じで?」
聞き慣れない呼称を否定するラルクに、ボルバーまでもが話題に加わった。
「ああ、ある程度の学者なら耳にしたことのある話だよ。曰く、そいつ等は今いるワーウルフ等の獣人より数段優れた能力と生命力、それに理性を持っていた・・・・・って話だけど、今までそんな連中が実在したとか目撃された話なんて聞いたことがない。そもそも、その仮説の根拠は?」
そうしたラルクの問いかけに、Dは全く反応を見せす、論議を交わす素振りなど微塵も見せなかった。
「ともかく、君の言う「知能の高いモンスター」と言うヤツの情報、他にはないのか?」
ラルクは会話の進まないDを無視してキーンに詰め寄った。未知なる存在と言うエッセンスが、彼の知識的好奇心をくすぐったのだ。
しかしキーンはそんな雇い主の要望に応えられる程の情報を得ていなかった。
「何も・・・・自分が現場に居合わせていなかったからな・・・・」
「はぁ?そんなんで仇討ちなんて考えてるのか?」
突っ込み所を得たフィックスがすかさず冷やかしの声を上げた。
「あんたの地域では、考えてはいけない法でもあるのか?」
冷めた視線を送ってキーンは問い返した。
「そりゃ、無いけどな。無謀・・・という以前に無軌道な考えだよな。俺ならまず諦めるね」
「どうぞ、あんたの問題じゃないからな」
そうつっぱねて視線を武具に戻したキーンではあったが、フィックスは尚も絡んだ。
「そういって気取ってるが、現実にお前は何してる?全然関係ない俺達に雇われて宝探しじゃねーか」
「あんたの求める宝には興味がない。この近辺のモンスターの噂を聞きつけたから参加したまでだ」
それは、先の巨虫を初め、多くのモンスターが本能以上に統率され計算された戦略に近い行動を行っている・・・・とされる内容で、ラルクなどは、それを知識の宝玉の影響だと考えていていた。
だがキーンには、その仮説や事実や経緯はどうでも良かった。ただ、遭遇するモンスターに一定以上の知能さえあれば、それは彼の復讐の容疑者であり、倒すべき対象なのである。だからこそ事実を確かめる為に、彼はこのメンバーの雇われ人となったのである。
ラルク達が単純な戦力及び弾よけとしてキーンを利用するように、彼も真実への道案内役として彼等を利用していたのである。
だが、今のところ遭遇するモンスターは、彼の容疑者リストにも記載できないような相手ばかりであった。確かに並のモンスターと比較すると、手強い部類には入る存在ではあったが、彼の同朋を壊滅させられるほどの存在でない事が、闘ってはっきりとしたのである。
それでも闘った実感で、宝玉の影響によってモンスターの知能が上がったとするラルクの説が正しそうだとキーンは思うと共に、この仕事に対する当初の期待と興味が薄れていく事を感じ始めていた。
「それにしても・・・・・・だ」
酒を更にあおったフィックスが意図的にキーンに声を投げかけた。「敵」に対する思考が一段落付いていたキーンは、望まずしてその発言を耳にしてしまう。
「あんな虫共が仇かぁ?だとしたら、あんなのに全滅させられるようじゃ、お前の仲間ってのも大した事なかったんだな」
モンスターが虫類と断言されたわけではなかった。だが、酔ったフィックスの思考は単純極まり、からかう心情も加わって、そう発言したのである。
「!!」
殺気が弾けた。
無関心を装い、話を聞くだけに留めていたボルバーは、唐突に発生したそれを感じて思わず身構えたが、殺気の主がキーンであるのを悟り、それを認知する頃には、事は済んでいた。
発言のほぼ直後、フィックスは不意に側頭部を強く突かれてバランスを崩して横合いに転倒した。Dが鞘に収めた剣で彼を突き倒したのである。
「何しやが・・・・」
倒れたフィックスが身を起こしてその犯人を知り、早々に抗議しようとしたが、Dと共に視界に入った物を見て言葉を失った。
今し方、自分が背にしていた岩に、一本のナイフが突き刺さっていたのである。位置は丁度、彼の頭があったところである。フィックスはDの行為により、唐突な生との別れを回避したのである。
ナイフの刺さった位置と向きから想定されるナイフの投擲位置にはキーンが存在し、その敵意を隠そうとせず、右手には岩に突き刺さったのと同種のナイフがまだ一本握られていた。
「てめっ・・・何しやがる」
命中位置、そしてナイフの突き刺さった深さから、確実に殺すつもりの一投だったことを理解して、フィックスは額にうっすらと冷たい汗を滲ませた。
「説明が必要か?不快極まる口を黙らせようとしただけだけど?」
何、当たり前のことを聞く?そういわんばかりの表情でキーンは言った。
「よせ、冗談にしても質が悪いぞ」
さすがにボルバーも傍観してはいられなくなり、二人を・・・というよりキーンを仲裁した。
「冗談ではなく本気だ」
言われなくとも、ナイフの状況を見れば一目瞭然であった。だからこそ彼は止めに入ったのだ。
「・・・・・・だが、また邪魔されるんなら諦めよう」
不満を残した表情を見せて、キーンは手にしていたもう一本のナイフを足のホルダーに戻す。
ボルバーはそれを最後まで見届け、キーンの殺意が消えた事を確認すると、一息ついて腰を下ろした。
同時にDも手にしていた剣を静かに地面に置いた。
「フィックス、お前は飲み過ぎだ、今日はさっさと寝ろ」
憮然とする同僚をボルバーが諫めると、行き場の無かった彼は不承不承キーンから距離を取る。当てつけに岩に刺さったナイフを投げ返してやろうと試みる彼であったが、岩に深々と刺さったそれを抜くことができず、彼は不満を目一杯胸中に蓄えながら横になった。
「絡むにしても内容を考えることだ」
独り言とも思えた呟くようなDの忠告を、フィックスは確かに聞いたが、その件で応酬する気力も今の彼には無かった。
「キーン、頼むからお前も酔っぱらいの発言に、過激な反応は控えてくれ、奴には明朝にも注意しておく」
新参者に対して、酔っては絡むフィックスとの多少のいざこざは覚悟していたボルバーではあったが、あそこまでの事態は想定していなかった。完璧な人格者には及ばないものの、長い付き合いである仲間を、そうしたやり取りで失いたくはないと思う彼は、想像以上に激情家であったキーンに、控えめな忠告をした。
少なくとも今回は相手に非があった。あの程度で・・・・と言う異論もあり、彼もその意見に賛成ではあったが、先に挑発した事実がある以上、認めざるを得ない。
実質的に「盾」として雇った相手に本来の役目を担って貰うためには、本番まで彼等の機嫌を損ねるわけにもいかなかったのである。
翌日、彼等の強行軍は再開された。
彼等にしてみれば望んだ行為ではなかったが、どうやら目的地が巨虫の巣と同一の方向にあるらしく、その遭遇率は飛躍的に上昇していた上に、その攻勢も、巣の防衛本能が加わってか、より激しさと凶暴さを増していた。
命が惜しければ大人しく撤退するであろう巨虫の勢いに対し、彼等は果敢に挑んだ・・・・と言えば聞こえは良かったが、私欲に駆られての行動とあっては、その評価も下がる。
だが、そんな他人の評価を気にするほどの余裕は当事者にはなかった。巨虫はただ単純に巣へ近づく不埒者を駆逐する、それだけのために怒濤の攻勢を行っていたのである。
既にこの巨虫が『仇』の対象とは縁がないと判断していたキーンには、この闘いに価値を見出さなかったが、闘いによって自身を鍛えられるという事が唯一の意義となるだろうと自身を納得させ、迫る巨虫に対し、真っ向勝負を続けていた。
彼はオーソドックスなブロード・ソードを両手で構え、間合いに入った巨虫を片っ端から斬りつけ、確実にダメージを与えていた。
「おいおい・・・あいつ、どこにあんなパワーがあるんだ?」
ボルバーは体格では遙かに及ばないキーンが、戦斧を使用した自分にも引けを取らないダメージを与え続けているのを見て、現実を疑った。
「彼、闘気士なのかもしれないな」
得意の魔法で同僚のサポートを行っていたラルクが、ボルバーの疑問に答えた。
「闘気士ぃ?冗談言うな。あんな若造に修得できるわけないだろ!」
闘気士とは、あらゆる武器を駆使する『戦士』、剣術に富んだ『剣士』などと同様に、戦闘に関わる技能の所持者を示す呼称な様なもので、人が持つ「気」を増幅・コントロールして闘う存在として知られている。
極めた際の戦闘力に関しては、あらゆる話が存在するが、共通して闘神のごとき強さを誇ると伝えられていた。
しかしながら、その会得者の存在は殆ど知られてはおらず、誰も会得は出来ない幻の技能とさえ言われている。
闘気士=極めた武道家・・・と認識する説もあり、ボルバーが信じられないのも無理はなかった。
「まぁね、きっと武具に魔法付与の処置がなされているんじゃないかな?」
実のところ、ラルク本人も自分の発言を信じてはいなかった。
結局、闘気士である事より、入手困難な魔法装備をしているとする説の方が、彼等の常識からすれば、説得力があったのである。
だが現実は、彼等の常識を上回っている。
キーンはウェイトの圧倒的差からなる戦闘力の差を、己の技術・体術、そして気を駆使して補い、凌駕していた。
彼等との契約もあり、パーティの前列に立っていたキーンは、兎にも角にも襲いかかる巨虫を片っ端から倒していった。
巨虫達との数日数回の戦闘により、その行動時の癖や身体的な急所を把握した彼は、そこを狙うことで効率よく相手を仕留める事ができるようにもなっていたが、戦力数に圧倒的な差があるため、油断の出来ない状況は覆らない。
だが、そうした闘いの場にありながら、今のキーンの関心は、敵よりDに傾いていた。
彼もキーン同様、先頭に立って闘い、急所を狙った攻撃を行っていたのだが、その動きに無駄が全くなく、それが彼の関心を呼び込んだである。
キーンが数度の切り結びによって相手の隙を作り出し、その間隙を突いて致命傷を与えているのに対し、Dは殆ど一撃で相手の急所を捉えていたのである。
ある時は溶解液の放出前後の瞬間を狙って口に剣を突き立て、ある時は触手攻撃の間隙を縫って巨虫の背後に着地し、甲の隙間に剣をねじ込んだ。
巨虫を相手にした舞にも見えるその一連の動作に、キーンは関心を捨てきれずにいたのである。
「キーン!D!右前方、巣穴だ!」
闘いの喧噪の中、ラルクの声が轟いた。
「!?」
二人がほぼ同時に右方向に視線を向けると、そこには確かに巣穴が存在した。
それは埋もれた遺跡の一部と思わしき場所で、そこを巨虫が掘り広げて出来た大穴にしたらしく、今も断続的に巨虫が這い出していた。
「行くぞ!」
ボルバーが戦斧を振り上げ駆け出す。
「おうっ!」
フィックスが弓を構え、あらかじめ用意していた矢を三本同時に放った。
その矢は彼のとっておきの物で、先端が通常の鏃ではなく、円錐状に研磨された特殊な石で出来ていた。
この石はマジックアイテムの一つで、一種類の魔法を封入する能力があった。封入された魔法は設定されたキーワードあるいは一定の衝撃で解放される仕組みとなっていた。
発掘品であったため、設定キーワードが判らなかったが、フィックスはこれを矢の先端に使用する事で、遠距離攻撃の特殊武器として利用したのである。
今、放たれた三本の矢には爆裂系の魔法が封じ込まれており、「命中」と同時にその力を周囲に解放した。
その衝撃に巨虫の群が弾け飛び、大きな間隙を生じさせた。
そこへキーン、D、ボルバーがなだれ込み、その傷口を更に広げにかかる。
そしてその隙に、フィックスとラルクが巣穴に入り込み、後を追うように戦士三人も穴へと向かう。
巨虫の巣穴への侵入・・・・一見、自殺行為にも思える行為ではあったが、実のところ地表より安全な環境となっている。
地下に埋もれた形となっている遺跡の内部は、比較的損傷・崩壊などが少なかった。その内部構造の一部を巨虫が巣穴に利用しているわけだが、遺跡内全てを利用しているわけではなかった。
元々は人間の為の居住スペースであるが故に、基本的には巨虫の営巣に適さないため、巣として利用されているのは崩壊していた区画や、ある程度の広さがある部屋だけで、巨虫の加工跡もある事から、巣とそうでない部分の見分けは容易であったのだ。
それに注意し、その「巣」である範囲に近づかなければ、巨虫も執拗に追って来る事はなかったのである。
「はっ、ははっ・・・・これで第一関門突破だな」
巨虫の巣に飛び込むという冒険を済ませたフィックスは、緊張が解け、少し引きつった笑いをもらす。
「だが、まだ何かいるな」
緊張を殆どとかず、ボルバーがいった。
その意見にはキーンとDも賛成しているらしく、武器を構えたまま、周囲を警戒していた。
理由は明白だった。彼等は巣穴から遺跡内と言う地下空間に飛び込みながら、本来なら一番の問題となる視界の確保が容易な状況にあったからである。
つまりは遺跡内の照明施設が使われているのである。
それは、陽の光を取り込み口から取り込み、鏡と水晶玉を利用して各所に明かりを灯すという、今も使われる照明技術ではあったが、季節の移り変わりに合わせて鏡の角度調整が必要なため、偶発的に照らしているなどというのは、あり得えず、これを扱える何者かが居座っているのは明白な状況であった。。
「少なくとも、明かりが必要で、これを扱える知能者かがいるのは確かだね」
周囲を見回しラルクが言った。
「また、賢くなったモンスターか?」
「ここ穴蔵だろ?だったらドワーフって可能性もあるじゃないか」
できれば厄介な知能モンスターはあの巨虫だけで済ませたいフィックスは、楽観論を述べて周囲の同意を求めた。
「ドワーフなら、明かりは松明だろうし、何より好んであんな虫達とは同居はしないさ」
ラルクはおそらくは常識を述べて、仲間の希望を自覚無しに奪うと、ボルバーと行動の打ち合わせを始めた。
その傍らで同様に新たな敵に関心のあったキーンは、自分の判断による行動を行おうとする衝動に駆られたが、雇われの身である今回、行動の決定権・自由がないため、何も言わず雇い主三人の会話を黙って聞くだけに止めた。
結局三人は意味のない意見交換の末に、先に進むという当たり前の結論に達する。その場にて得られる情報が皆無故の事であったが、物欲が優先した雇い主一同は、当初の予定通りキーン達を先頭に立て、明かりの灯る遺跡内を進んでいく。
先頭のキーンは順調に遺跡内を進んでいく。いや、順調すぎた。
遺跡のお約束のように設置されているはずのトラップもなく、危惧されていた知能の高いモンスターも現れず、既に幾つかの隠し部屋などを発見して、かなりの宝石類を手に入れる成果を早々に得ており、まるでサービスしているかのような意図があるかのような順調さだったのである。
「凄ぇ収穫だよな。一回の探索にしては破格すぎるぜ」
ラルクは高品質な大粒宝石を両手にして上機嫌に言った。彼の鑑定では、ここで見つけた宝石類はどれも質が良く、通常品質の物と比較するとゆうに三倍以上の価値がつくのは疑いなかった。しかもそれが五人でも持ちきれない程発見されたため、特に良さそうな物ばかりを選出して持ち出していたのである。
収穫の良さに、必ず生じるだろう分け前に関しても依頼者達は寛容になり、日雇いのキーンとDにすら自由に宝石の所持を選ばせるほどで、このまま帰れば、一生豪遊できる事は確実であった。
しかしラルクは、宝石の発見に満足はしつつも、その状況に違和感を感じていた。
「不満顔に見えますけど」
宝石の山を前にして、相応しくない態度が目立ったのだろう、キーンが声をかけてきた。
「まだ、本来の目的の物が見つかってないからね」
「そうですね。それに、この『お宝』もあからさまですし・・・」
意見を等しくしていたキーンが漏らした一言を聞いて、ラルクは現状そのものが罠である可能性に気づく。
まるで持って行って下さいと言わんばかりの宝の山。本来なら、こうした宝が絡んだ部屋や周囲には決まって罠などが存在しているはずの遺跡内で、この状況はあり得ない事だった。
「カモフラージュか・・・・」
ラルクは呟いた。
盗掘者かえら最も大切な宝を守るため、別の宝を目のつくところに置くことによって、注意を逸らす。
手法としてはよくある手ではあるが、囮に高品質な宝石の山を使うところが他に類を見ない事であり、それ故、これが囮とは考えにくくさせていた。
だがラルクは、この遺跡に本命となる宝の正体とその価値を知っていた。だからこそ、現状に違和感を感じずにはいられなかったのである。
「やってくれる・・・・」
人間の欲望につけ込んだ罠に、ラルクは苦笑した。
「フィックス、お宝鑑定はそこまでだよ。俺達の目的は『英知の宝玉』である事を忘れるないように」
その時だった、ラルクの言葉がキーワードになったのか、未点灯状態だった一つの水晶玉が眩い光を放ち、その光の中から二人の女性が姿を現した。
二人の少女は出現したまま床に降り立つことなく、その場に浮遊したまま一行を見下ろしていた。
美しい・・・と言って過言でない二人は、黒と金と言う髪の色の違い以外はうり二つであり、双子だろう事が伺えた。しかも白い布を巻き付けただけにも見える着衣がその艶めかしさを倍増させていた。
キーンは天使を連想させる少女の風体に見とれながらも、不意に現れた存在に対する注意を怠らず、武器を構えてその動きに備えた。
『不相応なる智を求める者よ、立ち去りなさい』
少女は透き通るような声で、一同に語った。
不相応なる智・・・・それが、『英知の宝玉』を示している事だと言う事は、誰もが理解できた。
「何故ですか?私はより多くの知識を得て、それを有意義に、人々の為に用いたいだけです」
宙に浮かぶ少女に向かってラルクは言った。内容に偽りは無かったが、人々と言う部分を強調する事により、自身の善行性をアピールしてみせる行為も含ませていた。
『智は必ずしも善なる物ではありません。それは扱う者の色に染まる物。人という色に染まれば災いと化すでしょう・・・・不相応なる智を求める者よ・・・・立ち去りなさい』
再び少女は静かに語った。物理的には何の圧力もない声だった。だが、言葉を聞いた一同は、畏敬・畏怖のような感情が身体の奥底から沸き上がるのを感じ始めていた。
それは、神の御言葉を聞いたかのような感覚とでも言うのだろうか。抗えば神罰が下るかもしれない、言い様のない不安感が駆けめぐり、自然と身体が萎縮した。
『繰り返します・・・・』
「かあぁっっっっっっ!!!」
不意に少女の言葉を遮る大声が轟いた。Dが、渾身の力を込めて発声したのである。
その意味不明な大声に、一同はビクリと身を弾けさせたが、それと同時に全身を支配していた畏怖感も消え去った。
あたかもDの一声が金縛りを解いたかのごとき状況に、全員が彼に視線を集中させた。
「意識に隙を作るな。念言だ」
相変わらず表情の伺いしれないフードを被ったままDは言った。
念言とは、発声の際に言葉に魔力を含ませ、耳にした者の意識を操る一種の呪法である。
船を引き寄せる人魚の歌声や、魔法植物マンドラゴラの死に至る悲鳴などと同種のもので、予備動作もなく目にも見えないため、看破する事が難しい。
基本的には戦意喪失、あるいは催眠状態、場合によっては死というケースがあり、今回はその中の戦意喪失のケースと言えた。
Dは持ち前の強靱な精神力で自身を守り、念言が完璧に心を支配する前に行った渇で、仲間達を救ったのである。
「どう言われようと、貰い受ける」
Dは静かに言って剣を抜いた。それは初めて彼が見せる自己主張であった。
『穏便に済ませたかったのですが、仕方がありません・・・・』
少女達は僅かに表情を曇らせると、同時に指で印を結んだ。
また新たな呪術かと、一同は構えたが、その効果は彼等の肉体に直接の効果は示さず、別の形となって現れた。
ズズズズズッ
重々しい音と共に、部屋の一角の隠し扉が開き、中から二体の人影が姿を現した。
それは、使い込まれてはいたが、手入れが成された剣と盾を構えた骸骨、スケルトンであった。
呪術によって動く、生ける屍、スケルトン。
ゾンビなどと同様、不死系のモンスターであり、粉々になるまで動き続ける類のモンスターであったが、その戦闘力は決して高くはない。むしろ、数に頼るタイプで、二体では一同の相手としては確実に役不足であったが、このスケルトンは別格であった。
手にしている剣に負けない光沢を放つ身体、全身が金属質で構成された、M(メタル)スケルトンとも言うべき存在だったのである。
「粗骨症が改善された程度でっ!」
ボルバーは一言吐き捨てると、一体のMスケルトンに戦斧を振り下ろした。
ギィィン
金属同士がぶつかる独特の音が響き渡った。不意打ちを受けたM スケルトンはまともにその一撃を受けた。が、ボルバーがイメージした結果には至らなかった。
Mスケルトンの骨格は予想以上に強靱で、戦斧の一撃にも大した傷を受けていないだけでなく、質量・スピードによる衝撃にも耐え、何事も無かった様に立っていたのである。
「馬鹿な・・・」
驚愕するボルバーを、Mスケルトンの紅く光る目が捉えた。
「退け!」
キーンの忠告も遅かった。
Mスケルトンが『敵』に近い方の腕に装備されていた盾を振ってボルバーに叩きつけると、彼は払われたゴミの様に弾き飛ばされた。
彼の巨体がそこまで吹っ飛んだ事実は、その骸骨からは想像しにくいパワーが秘められている事を物語っている。
「かはっ・・・はっ・・・」
ボルバーは壁と床に身体をしこたま打ちつけ、一瞬息を詰まらせた。
「あ、あれがスケルトンの力かよ」
ラルクとフィックスがボルバーの前に移動し、魔法と弓矢が放たれた。
もちろん矢は牽制であり、スケルトンはよける動作も見せず、その骨格で矢を弾いた。
そこへ、本命であるラルクの爆裂系火炎呪文が炸裂した。
比較的初心者でも扱え、詠唱も早い呪文ではあったが、その威力は高い。ただ、室内という密閉空間で使用するのは好ましい呪文でもなかった。
誰もが想像できる様に、密閉空間で生じた熱と衝撃は、味方であるはずのキーンのみならず、術者のラルクにも襲いかかる。
身体が震え、皮膚が熱で焙られたが、M・スケルトンを始末した代償とすれば、損とはならない。ラルクはそうした打算により、その呪文を投じたのだが、結果は彼の予想と期待を裏切った。
「む、無傷だと?」
炎の壁から姿を現したM・スケルトンを見て、ラルクは驚愕した。
金属質故に、唯の炎では効果がないと見越して、爆裂火炎の魔法を投じたのだが、相手の強度はその威力を上回ったのである。
炎を纏ったM・スケルトンが徐々に近づき、ラルク達は短剣を構えた。
間合いに入ったM・スケルトンの剣が振り上げられると同時に、横合いから別の剣が一閃し、その剣を叩き折った。
キーンが割って入ったのである。彼は先の魔法で生じた炎の壁を駆け抜け、その勢いを殺すことなく剣を振って相手の得物を破壊すると、そのまま体当たりをしてM・スケルトンを転倒させた。
本来ならそこで更に追い打ちをかけたいところではあったが、炎に焙られたM・スケルトンの骨格は熱く、次の一手を一瞬躊躇わせた。
その隙にM・スケルトンは身を起こして体制を整えると、役に立たなくなった剣の柄を捨て、その拳をハンマーの様に振り回して、キーンに迫る。
ボルバーを容易く跳ね飛ばしたそのパワーを目撃していたキーンは、まともに打ち合うのを避けながら、隙を見つけては一撃を繰り出す戦法を採った。
しかし、生半可ではないM・スケルトンの骨格に対し、中途半端な一撃一撃が有効打になるはずもなく、相手の攻撃を一撃でも受ければ致命傷にもなりかねないと言う、不利な一進一退が続いた。
一方で、自動的にもう一体のM・スケルトンを受け持つことになったDも、似たような状態となっていた。
彼はキーン以上に手数を控え、剣を振り回して間合いを詰めようとするM・スケルトンとつかず離れずのまま、その動向を観察しているようにも思えた。
そうした状況のおかげで、ラルク達はボルバーの回復に必要な時間を得ることが出来た。
だが、彼等が普通に戦線復帰したところで、現状打破は難しいという事は、誰の目にもあきらかであった。
「くそっ、こんな厄介な代物があったとはな・・・・」
打ちつけられ、凹みを生じさせた自身の鎧を見て、ボルバーは舌打ちした。かつて、ゴーレムとも闘った経験のある彼ではあったが、今回の敵は、それをも上回る難敵であると本能が告げていた。
「とにかく、一体だけでも動きを封じられれば、全員でもう一体を・・・・」
各個撃破を目論見、手近なキーンに加勢しようとしたボルバーであったが、それをラルクが引き留めた。
「?」
「頃合いだよ」
不満げなボルバーは、その一言を耳にして、ラルクの言いたいことを悟った。
「ここでか?」
「あのスケルトンは、たぶん、古代時代の産物を発掘した物だよ」
「何?」
「おそらくあれは、古代時代にオートマンとか、キラードールとか言われた、今のゴーレムに類するやつだよ。その能力は言うに及ばず・・・・って、ところだけど、凄い物だと一体で一国を滅ぼせる程の物があったらしいよ」
「あれも、お宝の恩恵かな?」
「たぶんね。見たところ、一国を滅ぼすには遠く及ばない下級なタイプみたいだけど、それでも人間には辛い敵だよ」
「俺もその話は聞いたことある。朽ち果てた物が見つかったって話はあるらしいが、動く物はなかったって・・・・」
「ああ、お宝の事を考えると、あれは、発掘品と考えるより、誰かが修復あるいは模倣して作ったと見る方が正しいかもしれないね」
「すげぇ、古代文明期の英知か・・・・」
「ああした物が多数あるとは思えない。あれば最初から使ってるはずだからね。つまりは、あれをやり過ごせば・・・・」
ラルクはそこまで言って言葉を濁した。同僚二人も、それ以上語ってもらう必要はなく、三人は、当初の予定に従って行動を開始した。
戦闘開始当初、見慣れぬ存在に面食らったキーンであったが、時間の経過と共に、その行動に余裕が生じていた。
繰り出される一撃は確かに絶大な威力を秘めてはいたが、その攻撃パターンは意外に単調で、足運びにもリズムがあり、その動きは容易に読むことが可能だったからである。
ただ問題なのが、その頑丈さで、攻撃を交わして反撃をしても、金属の骨格に致命傷を与えるに至っておらず、逆にしかけた剣の方が無数の刃こぼれを起こしていた。
「お気に入りだったんだがな・・・・」
キーンは価値が大幅に下がった自分の剣を見つめてぼやくと、ある決意を持って、相手を睨んだ。
「仕方ないか!」
吐き捨てるように言って、キーンはMスケルトンに向かって一気に間合い詰めた。
Mスケルトンが拳を繰り出し、カウンターパンチを試みるが、キーンは身を左回転させる感じで身を捻ってそれをかわし、その回転の勢いをそのまま利用して剣を大きく振り回し、遠心力を加えて振り下ろした。
ガキィィッ!
今までになかった重々しい金属音が響いた。
キーンの一撃は、Mスケルトンの左太股部を捉え、その骨格にいくらかの傷を付けた。その傷よりも衝撃の方が大きかったのか、Mスケルトンは僅かによろめいて後退する。
だがキーンは、間合いを開けようとはしなかった。
離れた相手に対し、踏み込んで距離を縮めると、再び大降りによる剣の打撃を与えた。
間合いにいる相手に対し、Mスケルトンは感情や意志の通わない攻撃を繰り返し、キーンは巧みにその拳を避けながら、大降りの攻撃を続けた。
ピキィィン
そして遂に、骨格の強度に耐えきれなくなったキーンの剣が、甲高い音を立てて折れた。
だが、折れた刀身はそのMスケルトンの左太股の骨格に食い込んでいた。
「ぎりぎり・・・セーフ!」
狙っていた事が寸前で成功し、キーンは安堵感を交えた叫びをあげた。彼は、攻撃の殆どを相手の左足に集中させ、蓄積したダメージを与えていたのである。
そして、剣の限界を代償に、その狙いは成功した。
「これで・・・・」
キーンは渾身の力を込めて、残った刀身を、骨格に食い込んでいる刀身に叩きつけた。
「終わりだっ!」
後押しされた刀身が更に脚に食い込み、金属骨格を切断した。
片足を失ったMスケルトンはバランスを失って倒れ、床の上で藻掻いた。それは、片足で立つという知恵がない事を窺わせる様相でもあった。
それでも床を這ってキーンに近づこうとするその姿には、ある種の執念を感じさせたが、こうなっては障害とはなり得ない。
とりあえず、奥に蹴り飛ばして安全を確保しようとした、その瞬間、一本の矢が飛来し、Mスケルトンに命中した。
それは、只の矢では無かった。矢自体は通常のそれではあったが、先端の鏃が通常より二回りは大きく特殊な紋様な施されていた。
その鏃が、命中したと同時に、激しい電撃を放ったのである。
Mスケルトンはその電撃を受けて不規則に痙攣し、ほぼ隣接していたキーンもまた、その影響を受け、苦痛に表情を歪めた。
「なっ・・・・に・・・」
「おぅ、悪いな、矢を間違えちまった」
痺れを受けて膝を突くキーンに、フィックスの嘲笑う声が投げかけられた。
「きっ、貴様っ・・・」
「そう睨むなよ。援護のつもりだったんだからよ」
そう言って新たに引かれた弓には、先程と同じ矢が番えられていた。
フィックスの矢・・・正確には鏃は、先程巣穴に突入する際に使用した、ある程度の衝撃によって発動するマジックアイテムで、今回彼の使用した鏃には、電撃の効果が封入されていたのである。
「なかなか有効みたいだし、もう一発、援護してやるよ」
言って矢を放つフィックス。その狙いはMスケルトンではなく、むしろキーンに向いていた。
「これがっ・・・援護かっ!」
キーンは震える身体を突き動かして、飛来した矢を手で掴み取った。
直接衝撃を受けなかった鏃は、蓄えられた力を解放することなく、キーンの手に収まると、かれはそれを掲げて怒鳴った。
フィックスは放った矢を掴み取られると言う事態に一瞬躊躇したが、すぐに気を取り直して、新たな矢を構えた。
「おっと、すまん・・・また矢を間違えた。こっちが本命だった」
その矢の先端は、先程の電撃の鏃とはまた異なる、円錐型の形状をしていた。
「見て驚け!」
フィックスが矢を放つ。だがそれは、キーンでもMスケルトンでもなく、その手前の床に命中した。
その瞬間、鏃が爆発した。
ラルクの爆裂火炎呪文を上回る衝撃がキーンを襲い、彼を吹き飛ばした。
「くぁっっ・・」
彼は石柱に身体を叩きつけられて転がり、Dのすぐ近くに転がった。
さしもの彼もそのダメージにすぐに立ち上がる事が出来ず、それを見据えたDは、Mスケルトンと鍔迫り合いをしながら、その視線をフィックスと、その背後のラルク達に向けた。
「何の真似だ」
予想はしていた。だがあえてDは問う。
「さて、あんたはどう思う?」
先程と同じ円錐の鏃の矢を、今度は三本同時に構えてフィックスは言った。
「・・・・・・・」
Dは答えない。だが、状況からすれば容易に察しはつく。強敵と捨駒を同時に処分しようと言う腹づもりなのである。
「ま、運がなかったと諦めな!」
矢が放たれ、フィックス達は足早にMスケルトンが出てきた隠し扉に飛び込んだ。
矢は先程と同様に、命中と同時に炸裂し、単純計算でも3倍となった爆発を生じさせた。その衝撃は床石の耐久度を越え、その結合を崩壊させた。
構成を崩した床石は連鎖的に崩れ、彼等のいた部屋は跡形もなく崩れ落ちて行った。
静寂が支配する闇の中、激痛によってキーンは覚醒した。
「っっっっ!!!!」
闇の中ではむやみに声を発して、潜む敵に己の存在を不必要に誇示しない。冒険者としてのそうした習慣が身に付いていたキーンは、声を殺して最も痛む腹部を抱えて唸った。寝返りか何かでその部分に触れたのだろう。だが、そのおかげで彼は、本来より早い時間で目覚める事が出来た。
「ここは・・・?」
闇の中、手探りで周囲を確認すると不統一の石がいくつも転がっているのが分かった。
下層の空間に、崩れた床石もろとも落下し、そこから移動していないのだろう事が予想された。
「ほぅ、目覚めたか」
闇の中でDの声がした。視界が悪く、キーンの具合もはっきりしなかったため、ろくな手当も出来ずに放置していたため、目覚めるかどうかの自信がなかったため、彼の覚醒は正直意外だったのである。
「ど・・・何処です、ここは?」
キーンは痛みを堪えつつ闇の中の相手に問いかけながら、衣服の隠しポケットから秘蔵の魔法薬を取り出して服用する。外傷などは一瞬で完治しないが、回復力の促進と、痛みの緩和に効果があるため、こうした緊急事態にはよく用いていた。
「あの場所の真下の空間だ。崩落のせいで光源が失われて周囲の状況がはっきりしない。もう少し目が慣れたら手探りでもしようかと思っていたところだ」
これによってキーンは、自分が気を失っていた時間が意外に短かった事を知る。
魔法薬は早々に効果を発揮し、キーンの身体から痛みを取り除いて行き、傷回りや四肢に手を添えてみて骨折等の深刻なダメージには至っていない事を確認すると、彼はゆっくりと立ち上がり、Dがいると思わしき空間に向かって言った。
「それじゃ、手分けして脱出ルートを捜索しましょうか」
Dは闇の中でキーンが身を起こすのを感じ、人知れず意外そうな表情をする。魔法薬の服用を知る由もない彼には、あの時のダメージで早々に立てる事が少し信じられないのである。だが、大丈夫かとは問わない。大丈夫だからこそ動くのであって、仮に無茶をして命を失うような結果に至ったとしても、それは全てキーン自身の責任なのである。Dにとって問うべきは、発言された捜索の方法であった。
どうやって?
と、彼が問うよりも先に、答えが明確な現象として現れた。
闇の一角に青みのかかった小さな光が発生し、キーンの顔がその近くで光の照り返しをうけていた。その手には光の発生源である長さ15センチ程の棒状の物体が握られている。彼はその弱々しい光を頼りにDの存在を確認する。
この闇の中にあっても彼はフードを被っていたが、それには言及せず、彼の方に向けてその棒状の発光体を放り投げた。
発光体は闇の中で光の軌跡を描いてDの足下に転がると、その周囲を弱々しく照らした。
「?」
Dはそれを拾い上げて眺めた。熱はなく、弾力のある半透明の筒状の物体の中に液体が満たされており、それが発光していると、彼は知った。
彼がそれを拾っている間に、キーンは懐から同じ物体を数個取り出し、一度くの字に折り曲げてから軽く振る。するとそれは発光を始め、新たな光源となった。
中には青っぽい光ではなく、緑や黄色そして赤といった色に発行する物もあったが、キーンはそれを1ダース程作り出すと、1本を所持し、残りを周囲にまき散らして闇の中に視界を確保した。
「こいつはマジックアイテムの一種か?」
手にした発光体を振ってDが問うた。
「ええ、ある国の魔法使いに売りつけられた物ですけど、この筒、縦に仕切られて2種類の魔法薬が入っているそうで、さっきみたいに折り曲げて中の仕切を割って魔法薬を混ぜ合わせると発光するんだそうです」
「ほぉ、変わった物があるんだな。熱を発しないとは・・・」
「ただ、魔法薬の効果に限りがあって、光ってるのは4時間程度だそうなんで、それまでに出口か、別の光源を見つけないと今度こそ闇の中ってわけです」
「わかった。急ぐとしよう」
無限の効果などあるはずもないと納得し、Dは現在の最優先事項に取りかかった。
彼等が落ちた場所は、落ちてきた部屋と同等の広さがあった様で、崩落によって殆どが埋もれた状態となっていた。
幸運だったのは、落ちてきた部屋の天井が崩れなかった事だろう。これによって彼等自身はほぼ最後の落下物となり、落下物の下敷きとなる災難を受けずに済んだのである。
キーンは発光体で壁を照らしながら出入り口の痕跡、あるいは瓦礫に埋もれた壁の先にあるかもしれない空間の痕跡がないかを捜索し続ける。
端から端に、動かせる瓦礫は動かして、その先の存在に期待をよせるキーンは、捜索の最中、大きいながら少々バランスの悪い瓦礫と遭遇した。
「・・・・・」
軽く押してみて、容易にバランスが崩れる事が分かると、彼はその瓦礫の一方に荷重をかけた。
「おい、それは・・・・」
Dが忠告するより早く、キーンが行動に入る。瓦礫は人為的なバランスの変化で崩れ落ち、その下に埋もれていた存在を露呈した。
「うわあぁぁぁっっ!」
そこから出てきた物を見てキーンが思わず悲鳴をあげて数歩さがる。そこに在ったのは、光沢を持つ金属の骨格。M・スケルトンだった。
「心配ない。もう動かんよ」
「・・・・?」
そう指摘され、キーンは改めてM・スケルトンに近づき、瓦礫によってひしゃげたボディを突っついて、それを確認する。
「・・・・ホントだ動かない。さすがにあんな瓦礫に潰されては保つわけないか・・・ラッキーでしたね」
「運じゃない」
「はい?」
Dの否定にキーンが振り向いた。
「それは俺が崩落のどさくさに仕留めたんだ」
「はい?」
聞かされた発言の内容が、理解できず同じように問い返すキーン。
「一体はもとから脚をやられてまともに動けなかったんで、勝手にあの辺で潰されたが、そいつは、この部屋に落ちる最中に、瓦礫下へ誘導して潰したんだ」
「・・・・・落下中に戦闘仕掛けたんですか?無茶するなぁ・・・・・」
一歩どころか半歩も間違えれば自分が、あるいは自分も瓦礫に潰されてしまう行為を行った相手に、キーンが呆れた声をだす。
「一つ、アドバイスだ」
そんな彼に、Dが唐突に語る。
「何です?」
「闘いは、どれだけ相手より無茶ができるかで、勝利の行方が変わってくる。常に常軌を逸せよとは言わないが、常識に囚われない行動が出来れば、窮地・強敵と対峙しても光明は見えてくるものだ・・・・」
「それは、体験談ですか?」
「もちろん。その結果は、足下にもあるだろ」
キーンは改めて残骸となったM・スケルトンを見やって、成る程と思う。
確かにこの相手は頑強で剣刀類による正攻法で倒すのは困難である。それは闘ったキーン自身が身をもって実感したことである。
だが『落下する瓦礫』という存在は、単純な物ではありながら、その破壊力は大きさとスピードによって増大し、極論すれば生物最強とされるドラゴンをも葬る事も可能な『力』にも達する。Dは、それを活用するチャンスに直面し、それを有効に使ったと言うわけである。
言われれば簡単な事であった。が、実際に実行するとなると、話はまた別問題である。やってみなくともそれが困難な事であるのは明白であった。
しかし、こうした実例がある以上、キーンは一見無理難題とも思えるそのアドバイスが、不可能を要求しているものではないと感じ、彼の言った事を心に留めることにした。
その後しばらくの間、無言の捜索が続いた。
キーンは何度かひっくり返した瓦礫から、先の戦闘で折れた自分の剣、M・スケルトンの切断された脚、憎むべきフィックスの使用した鏃などを発見したが、現状打開となる有力なアイテムとは成り得なかった。
それでもここでは捜索以外にやる事もなかった為、見落としがないかと2週目3週目と飽きることなく部屋を回り続けた。
「・・・・・どう思う」
不意にDがポツリと訪ねた。誰に問うたかなど、聞くまでもない。
「ここが部屋という構造になっている以上、出入り口はあるはずだけど、見つからないとなると、あの瓦礫の片寄ってる側に埋もれてるかもしれませんね」
思うところをキーンが答えると、Dもこくりと頷いた。
「なら、こちらの・・・この壁を壊してみるか・・・・」
Dは、四方の壁の中で、比較的瓦礫に埋もれていない壁を適当に指さしていった。
その手の案は、キーンも考えていた事ではあった。この部屋がいくつもある普通の部屋の一つであるならば、壁の向こうに通路あるいは隣の部屋がある可能性は高い。だが、特別な倉庫などという用途で使われ、ここが一本通路の奥の部屋・・・・だったりすれば、壁を壊したところであるのは天然の地肌である。その上、壁を壊すほどの衝撃を加えれば、その余波で新たな崩落を招く恐れもある。
無論、その事はDも気づいているだろうとキーンは思った。だからこそ、口にして語りかけ、意見を求めているのだろうと悟った。
「やってみましょう。このままじゃ、じり貧ですからね・・・」
キーンがリスクの高い話にこうも簡単に乗ったのは、先の彼のアドバイスが一因していたと言えなくもない。
「でもどうやって・・・・・・」
と、キーンが手法を尋ねようとした矢先、同意を得たDは、いきなり輝く拳を壁面に叩きつけて頑強なはずの石壁を砕いてた。
「!!っ・・・気孔闘法・・まさか!?」
「ついてる!正解だ」
いきなりの出来事に驚きを隠せないキーンを後目に、Dは砕いた壁の先に淡い光が差し込むのを見て笑みをもらし、開いたその穴に飛び込んだ。
「何してる、早く来い」
追いてこないキーンにDが声をかけ、それによって我に返った彼は、慌てて強引に作られた出口に向かって駆けだした。
彼が飛び出すように外部への脱出を果たした直後、彼等のいた部屋の中で何かが崩れる音がした。
Dの破壊行為によって、バランスの崩れた瓦礫や天井の脆くなった部分が崩落したのである。
誘発された崩壊は幸運にも小規模だったようで、彼等の開けた穴から小さな瓦礫や砂埃が舞い込み、その穴を再び塞いだものの、その過重によって壁面が破壊される事はなかった。
「間一髪だったな・・・・・で、お前はこれからどうする?」
彼等が抜け出たのは遺跡の通路の一角であった。幸いにも先の部屋は、いくつもある部屋の一つであったようで、廊下の先には同様の扉が幾つか並んでいた。こうした部屋の設置状況だったからこそ、彼等は脱出できたのである。
廊下の照明施設はここでも機能しており、先程の命綱ともいえた緊急用照明よりも遙かに明るい光で周囲を照らしていた。
Dは、勢い余って床にひっくり返っているキーンの様子を改めて見て、大したダメージでない事を確認すると、おもむろに問いかけた。
「はい?どうするって?」
本来なら自分が色々質問したいところで先手を取られ、キーンは呆けた表情でDを見やった。
「まさか連中と合流するつもりか?」
Dが一番ありえないだろう選択例を述べると、キーンは思いっきり首を左右に振った。
「まさか!あ、いや、もちろん! 敵として斬りに行きます!!」
ここへ落ちる間際のフィックスの行為を思い出し、キーンは露骨に殺意をあらわにして苦々しく歯噛みする。
「契約が破棄されたと判断するんだな?」
「あんな真似されて、素直に合流しようと考える傭兵はいないでしょ」
キーンの表情は、何故そのような事を問うのかと語っていた。
「なら、俺達の取る道は大きく分けて二つだ。このまま脱出するか、先に進むか・・・・あと幾つかの選択肢はあるが、お前は基本的にどう動くつもりだ?」
「・・・・・貴方の選択肢は?」
そうした問いかけに、キーンも問いかけで応じた。
「俺は・・・・・英知の宝玉を手に入れる」
「横取りという形の報復・・・ですか?」
それは実のところ、キーンの思い描いていた選択であった。
「それは結果だ。英知の宝玉は俺も興味を抱いていたアイテムだったからな。だからこそ、連中の募集に応じたんだ。こういう状況になったからには連中は競争相手って事になるだけで、それが向こうに対する報復的結果になるんなら、それはそれで、どうでも良い事だ」
Dの主張にキーンも、確かにそうだと思った。そして、わざわざラルク達を探しだし、貰えもしないだろう違約金を要求したり背中を刺すより、切り捨てられた自分達が、相手の獲物を奪う方が、仕返しという意味ではより効果的だろうと思いはじめた。
自分の故郷の習慣や、幾人かの人生の先輩の教えの影響もあったが、傭兵としての仁義の様な心がけを持っていたキーンは、それだけに裏切り行為を嫌っている。
傭兵故に、金品等の見返りを要求するが、まずは相手を信用したからこそ依頼主に代わって闘いの場に赴いたり、命令に従うのである。
それだけに違約された時の反動は大きいものとなる。
Dの意見が無ければ、きっと彼は遺跡内を捜索して、裏切った依頼主に直接的報復を行うという非効率的行動を行っていたに違いない。
「それ、いいですね」
「?」
「俺も、宝玉探しを選択します・・・・って、言っても、そっちとは逆に、報復最優先の捜索ですけどね」
「・・・・・好きにすればいい」
短く言って、Dはキーンに背を向けて歩き出す。
「おっ、ちょっ、待って下さいよ・・・・」
慌てて立ち上がり、後を追うキーンに向かって、Dは振り向かずに言い放つ。
「ついてこなくていい」
「はい?」
「俺とお前は、目的の物が同じでも、その動機が異なる。言ってみれば競争相手だ」
「・・・・・そりゃ、そうなりますけど、俺は宝玉そのものには興味は無いんです。共闘しても大丈夫です。横取りしませんよ」
Dは昨晩の一件を思い出し、その主張に偽りは無いだろうと思った。だが、目的のアイテムの本質的な価値を知る彼は、それ故に、その主張全てをすんなり信用する気にもなれなかった。
「なら、効率を優先させよう」
少し考えてDが言った。
「効率?」
「ああ、たぶん連中は三人揃って探索しているはずだ。それに対してこちらは分岐点があれば分かれて捜索して、アイテムを見つけだしたら合流するんだ」
Dの案は、競争相手の先を越すと言う目的においては一部正しい意見であったが、実質、単独行動をしたいが為の言い訳にすぎなかった。
どこで合流するのか、どうやって連絡を取り合うなど、結構問題点の多い意見ではあったが、キーンはそれに素直に応じてしまう。
「分かりました」
「・・・・なら、この探索が終わるまでは同志だな」
「はいっ」
これにはいささか拍子抜けしたDであったが、その件は口にせず、それとは別に、これまで気にしていた些細な一件を、キーンに是正するように求めた。
「それと、同志である以上、上司とか師匠を相手にしている様な話し方は止めてくれ。落ち着かない」
「ちょっとした癖なんですけど・・・・・分かった」
フィックスの様な敵意を向けてくる相手や、嫌な人物は別として、基本的に年長者や年長者っぽい相手にはそうした話し方になってしまうキーンは、これからしばらく意識して会話する努力を強いられる事となる。
そして数分後、二人は分岐点に到達し、別々のコースを歩み出すのだった。
「塔」復活第1段です。
今回の復帰は、エピソードの年代順にしようと考えた結果、外伝Zeroからの掲載と相成りました。
僅かに冒頭部分の加筆と、若干の文章手直しが入っておりますが、内容に差異はありません。
当時、世間では映画のZeroシリーズみたいなのが多かったので、それに感化されたと言って良い作品です。
・・・・・言ってみればそれだけのものです。