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2010/09/24(金)に投稿された記事
くすぐりの塔 外伝-Zero-(後編)
投稿日時:23:37:43|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔 外伝-Zero-
街角の占い師が用いるような水晶球から放たれる光が壁に投影する映像を、二人の少女が静かに眺めていた。
黒髪と金髪。それ以外の差異を見つけだすのが困難なこの二人は、先刻キーン達の前に姿を現した美少女達であった。二人はしばらくの間、水晶球の映し出す映像を眺めていたかと思うと、不意に憂いを帯びた表情で顔を伏せた。
水晶球は、こことは別の二つの場所を分割投影しており、そこにキーンとDが、それぞれ映し出されていた。
「この二人は・・・・」
「危険な存在です・・」
水晶球は各所に設置された光源体と連動しており、任意の場所の様子を自由に見る事が出来きた。しかしそれ故、光源体が破損していたりすると機能しないため、これまで所在不明として死亡と思われていた二人がいきなり確認された事で、少女達にちょっとした危機感を抱かせる結果となっていた。
少女達は同時に映像に背を向け、一見、何もない空間に向かって同時に小さく囁いた。
「ヒューズ」
「ブレイカ」
その呼びかけに応じて、ガシャリと派手な金属音を立てて二つの人影が降り立ち、数歩歩み寄って、少女二人の前に跪いた。
『お呼びでしょうかミーナ様』
『お呼びでしょうかニーナ様』
二つの人影は全く同じタイミングで答えると、同じタイミングで伏せていた顔を上げた。その動きは鏡に映ったものかと思うほどであり、そこに現れた顔は、人間の物ではなかった。
シルエットこそ人間に酷似していたものの、全身の構成物質は有機体ではなく無機質な金属であり、その実体はキーン達が先程遭遇したM・スケルトンと同種のものであった。
この二人、否、二体は、先のM・スケルトンのより高位な存在で、骨格の各所に装甲版が取り付けられ、これが骸骨状態のM・スケルトンよりも人間に近い風貌になる要因となっていた。
更に顔面にはゴム状のマスクが被せられ、無理に人間に似せようとした試みが伺い知れる。
何よりこの二体が高位であると証明するのが、人とは異なる響きのある不思議な声を用いながら、彼女達二人との会話が成立させている事である。通常のスケルトンやゴーレムにはあり得ない『思考能力』が備わっていたのである。
「過分なる力を有する存在が」
「過分なる『知』を求めて迫っています」
「「これを処分・・・して下さい」」
『『仰せのままに・・・・』』
ヒューズとブレイカと呼ばれた二体は、少女達の命令に質問も、疑問を抱く素振りも一切見せないまま、人間のように恭しく一礼すると、金属音の足音を響かせながら、その部屋をあとにした。
「「頼みましたよ。偉大なる過去が創造し、残した戦士達よ・・・」」
視界から消えた二体に向かって少女達は呟いた。
この遺跡には、文明の名残と共に『彼等』も埋もれていた。
その彼等、古代文明時の遺物・・・の正体と技術の一端を、宝玉の恩恵によって把握した彼女達ではあったが、この時代の文明ではそれを全て復活させる事は不可能であった。
そこで二人は、複数体発掘された『彼等』の身体から、使える部位をかき集めて二体を何とか再生し、ヒューズとブレイカと命名したのである。
そして残った部品をかき集めて『人型』に組めた数体に、呪術処理を行った物が、M・スケルトンとして用いていたのだ。
ヒューズとブレイカの本来の用途も、現在のスケルトンと似た様な存在ではあったが、その戦闘能力は遙かに高く、独自に判断する能力もあり、当時の技術の高さを示していた。
二体は、完全には程遠いながらも、遺棄状態であった自分達を復元してくれた二人に恩義を感じ、主と認識して仕える事になる。
その仕事は無論、彼女達の求める内容。それはすなわち、英知の宝玉を護る事であり、これまで、巨虫の攻撃を潜り抜け何とか遺跡に到達することの出来た侵入者達も、彼等によってことごとく葬られていたのである。
その無敗の守護者が今、キーン達に襲いかかろうとしていた。
Dは何の妨害も受けないまま順調に進んでいたが、その心中は穏やかではなかった。
進む道があまりに単調なのである。分岐路も部屋もない一本道の通路には罠すら存在しなかったが、この道の行き着く先が罠である可能性が大いにあったのだ。
しかしキーンと別行動となって以降、一度も分岐がなかった以上、彼の選択は前進しかなく、他に選ぶべき方向がない自分の状況に不満を禁じ得なかったのである。
「!?」
更にしばらく進んだDは、進行方向に人影を確認し、足を止めた。
それは町中で見かけるチンピラの様に壁を背にしてもたれかかっており、あからさまに獲物の来るのを待っていましたという雰囲気を放っていた。
その一方で気配・物音を全く感じなかった事に、Dは警戒する。
相手が人間であれば、気配の消し方は達人の域に達しており、そうでなければ先だってのM・スケルトンの可能性が高く、どちらにしても手こずる相手であろうと判断していたのである。
もちろん、あんな格好の調度品・・・である可能性もゼロではないが、そう考えるのは無理がある。Dはこれまでの経緯も考慮した上で、それが先のスケルトン系の敵だろうと予測したが、現実はその上を行く事となる。
『よぉ兄さん、申し訳ないがお引き取り願えないか?主は、あんたを招待した覚えは無いっておっしゃってるんだ』
「!??」
人型のそれは妙に響く声を放ちながら身体を起こしてDと向き合った。よもや会話があるとは思っていなかったDは、驚きの表情を隠せなかった。
『俺の名はヒューズ。ミーナ様に仕える最強の騎士だ。身分不相応の知識を求めるあんたを始末しろと命ぜられた・・・・が、俺は慈悲深いんだ。逃げ帰るって言うのなら、見逃してやるよ』
金属の足音をたてて近づくヒューズの姿を見たDは、かつてそれと対峙した侵入者同様に、その異質さに眉をひそめたが、明確な意志表現に「敵」と言う認識を持った。彼にとっては、相手の素性よりも先に、それさえ判明すれば良かったのである。
「・・・・邪魔だ、どけ」
曰く、慈悲深い提案を、敵対的態度で拒絶するD。
『はっ、素人の人間風情はこれだからな・・・相手の実力も把握していないくせに虚勢をはるかい』
ヒューズは手にしていた剣を掲げて軽く肩を叩く仕草をしてみせると、嘲る様に剣先をDに向けた。
『お前の得意はこれだろ?何時でも良いからかかってきな。まぁ、お前の攻撃など、この俺にかすりもしないがな』
「邪魔だ・・・どけ」
再びDが言った。
『教えてやる、俺は古代文明期に生み出された戦士だ。この鉄の頭脳には蓄えられた闘いのデーターが満載されている。すなわち俺は、戦闘のプロなんだよ!』
「邪魔だと言っているっ!!」
Dは叫ぶと、両掌を正面に突き出して、それを合わせた。その両掌が覆う小さな空間にエネルギー体が生じたかと思うと、それはヒューズに向かって一気に放出された。
-気孔波-
闘気士の生み出す気の力を断続的に放出する闘法であり、術者の実力が如実に表れる技である。
彼の放ったそれは、当初、両掌に収まる程度の光球であった。だが、放出されヒューズに近づくにつれ、その大きさは爆発的に増大し、通路全体を飲み込むエネルギーの奔流となって襲いかかる。
『!!!!』
不可避の攻撃が容赦なくヒューズを飲み込んだ。断末魔の悲鳴も敵対者の詮索もする間もなく、彼は莫大なエネルギー波によって無の世界に還って行った。
「なぁぁぁぁっっ!?」
何の予兆もなく生じた揺れを伴う地鳴りに、キーンは思わず声を上げて頭上を警戒した。
先だっての経験もあっての事だが、地震とは異なる揺れに天井の崩壊を危惧した彼は、慌てて壁に背をつけ頭上の危険に備えたが、幸いにして揺れは長時間に及ばず遺跡の崩壊にまでは至らなかった。
「・・・・・・何だってんだ?あの人が何かしたのか?それとも連中がまた、あの『矢』を使ったか?」
どちらかと言えば、後者の可能性が高いと勝手に考えたキーンは、自分を現在の状況に追いやった者達が近くに迫っているのかと勘ぐり、周囲を見回して警戒した。
タイミング的には偶然ではあったが、そうした彼の警戒網に容易く引っかかった存在があった。
「?」
それは鎧と思われる金属の足音を、通路の奥から隠そうともせずに響かせながら、ゆっくりと近づいて来ていた。
その堂々さにキーンも、相手が恨みのある連中では無いだろうと察し、隠れるような事をせず、相手が視界に現れるのを待った。
通路のサイズから考えて、常識はずれな大きさのモンスターではなく、足音の規則正しさからスケルトンのようなアンデッドでもないだろうと推測していたキーンであったが、その予想は大筋で当たってはいたものの、細部に関しては彼の常識を越えていた。
「な・・・んだぁ?」
通路の影から姿を現したそれを見て、キーンは呆けた声をあげた。
先程遭遇したM・スケルトンの類に鎧を装着した上に、無理矢理人間に変装させようとして中途半端に挫折した・・・・様に思える人型の物体が、しっかりとした足取りで、真っ直ぐにキーン目指して近づいて来たのである。
「また、スケルトンの変種かよ・・・」
『変種とは言ってくれる・・・俺に言わせれば、そのスケルトンって方が俺の出来損ない・・・いや、超廉価品なんだがな』
表情のないマスクを歪めて苦笑してみせるそれを見て、キーンは面食らう。
「しゃ、喋るスケルトン!?意志を持ってるのか?いっ、いや、誰かが魔法で声を中継してるのか・・・あ~・・・あるいは例の宝玉の影響で・・・」
『何度も言わせるな、俺はスケルトンではない。ブレイカという名をニーナ様から授かった、古代文明が創造した戦士だ』
ブレイカは腰の鞘から剣を引き抜いて天を仰ぎ、自己自慢に浸る。
「・・・・つまり、古代文明期のスケルト・・・」
『違うと言っているっ!』
あくまでスケルトンという分類にこだわるキーンに激高したブレイカが、剣を振りかざして迫る。
「!」
これまでの人生で知り得ていたスケルトンの認識を遙かに凌駕する踏み込みに、キーンは度肝を抜かれた。
M・スケルトンという特殊な例も経験済みであったため、相手を過小評価したつもりはなかったのだが、それすらも越え、自称した戦士の肩書きに恥じない動きを持って仕掛けてきたのである。
キーンは咄嗟に両腰に手を回し、鞘に収めたままの大型ナイフを頭上で交差させて構え、振り下ろされた一撃を受け止めた。その際、収納だけが目的の鞘は、剣を受けた部分が衝撃に耐えきれずに砕け、その内部の露出させる。
「速いっ!」
更に力任せに押し切ろうとするブレイカに対し、小さく唸った彼は、交差させていた左右のナイフ一方を払って力の方向をそらして相手のバランスを崩させると、腹部に蹴りを加えて後方へと押しやった。
普通の人間、あるいは反応に乏しいスケルトンを初めとするアンデッド系モンスターであれば、間違いなく転倒しているはずだったが、ブレイカは見事なバランス感覚で体勢を立て直し、当たれば儲けものと考えてキーンが振り放っていた鞘の先端部も軽く腕で弾いて見せた。
『今の一撃・・・よく止められたな』
攻撃に対する反応の早さもだったが、ブレイカは自分が手にした剣がなまくらではない事を把握している。並の剣で受けたなら、刀身を粉砕して仕留める自信があっただけに、その一撃を受けきった相手を素直に賞賛した。
「いやいや、結構あぶなかったよ」
両手にしたナイフを構えなおして、キーンは相手との間合いを慎重に取る。もはや相手が古代のスケルトンだろうが、人間の魂を込めた小型ゴーレムだろうが、どうでも良かった。正体がどうのという以前に、強敵である事実が重要なのである。
鋭い踏み込みに、体重の乗った剣撃を繰り出す事のできる腕前の持ち主であり、しかも堅い金属版に覆われているというだけで、状況は十分に深刻なのである。
普通、頑丈な装甲に覆われていれば、その分、動きが鈍くなるものだが、金属が軽いのか、重さに負けない脚力があるのか、その基本的欠点すらない。
(こいつはヤバイ・・・)
遭遇して早々に、キーンの本能が警報を鳴らした。
ブレイカも初手で相手が葬れなかった事を賞賛してはいたが、戦闘に特化したその頭脳は自分の敗北の可能性が限りなく低い事を既にはじき出していた。
『俺個人としては恨みはないが、ニーナ様の命令である以上、見逃す訳にはいかない。せめてもの慈悲で苦しまずに殺してやるから、無駄な抵抗はよすんだな』
「勝手な事をいうな。こちらにはこちらの都合がある」
相手の語る慈悲を、キーンは到底受け入れられるはずがない。
『だが、その都合にこちらがつき合う義理はない』
そう語るとブレイカは攻撃を再開した。
キーンは、自分の喉元を狙って鋭く突き出された剣先を左に避けてやり過ごし、カウンターの突きを試みようとしたが、それより速く剣の軌道が横へと変化し、首を切り落とそうと襲いかかる。
「!」
咄嗟に身を屈める事でそれを避け、勢い余って壁に衝突したブレイカの剣を、左のナイフで押さえつけると、もう一方のナイフをブレイカの顔面めがけて突き立てる。
切っ先が命中するかと思われた瞬間、ブレイカは身を後方に仰け反らせてそれをかわし、その勢いでナイフの押さえつけから剣を解放させると同時に、片足を振り上げてキーンの顎を蹴り上げた。
「かっ・・・!」
傷みと共に唇の一部が裂け、彼の口の中に血の味が広がった。
『さぁ、隙ありだ』
たまらずよろめくキーンめがけて、ブレイカの剣が振り下ろされる。
「ぬぅっ!」
ブレイカの言葉にキーンは反射的に反応した。自分の左側は壁である以上、攻撃は右と、咄嗟に判断した彼は、左のナイフを右側に移動させ、更に右腕を添える事でその一撃を受け止めた。
『!!?・・・どうなっている・・・・何故受け止められる?』
ブレイカは戸惑いを思わず言葉にしてもらした。相手の反応速度そのものは、初手のやりとりで既に計算の範囲内となっていたが、彼の蓄積された経験が分析したところ、彼の持つナイフの強度では、自分が繰り出した先の一撃には耐えられず、砕き折った上で、肉体に致命傷を負わせる事が出来たはずなのである。
金属は人間のように努力や根性や感情によってその強度を変化させたりする事はできない。分析した数値が全てであり、疲労による低下は生じても向上する事はありえない。にも関わらず、相手の所持するナイフは分析値を上回る頑強さを発揮し、彼の剣を押し止めたのだ。
《可能性としては、分析力に誤差が生じているのか・・・・?》
製造期当時の高度なメンテナンスを受ける事が不可能であり、そうした解析力に誤差が生じる可能性は十分にあると考え出すブレイカ。
そうした動揺は、実際には一瞬の出来事であったが、そんな相手の事情を知り得ないキーンは、剣を受けきったと同時に攻撃動作に入った事で、偶然にも僅かな隙を突いた形となった。
彼はブレイカの剣を受け止めている左のナイフを捻り上げて、剣を上方に弾き上げると同時に、右のナイフを再び相手の顔面めがけて突き出した。
『!』
不覚にも虚を突かれたブレイカは流れるような反応ができず、防御するのが手一杯であった。
彼は、剣の防御では間に合わないと瞬時に判断し、左の拳でナイフの側面を殴り、弾き飛ばした・・・と、思っていたが、実際にはナイフを殴られた時点でキーン自らそれを手放し、拳を繰り出して顔面を捉えたのである。
『おぉわぁっ』
計算した以上の衝撃がブレイカを襲い、床に叩きつける。
《な、何だ・・・あのスピードと体格ではあり得ない、この力は・・・こんな力は・・・》
彼は、自分の常識を凌駕する現実に混乱した。だが、その動揺の中にあっても、戦闘にのみ意味を持つその頭脳は、目覚ましい速度で事態を解析し、一つの可能性を導き出す。
『貴様っ・・・・闘気戦士の血族か・・・』
かつて繁栄した文明が、人に変わって戦場に立つ『命』のない戦士として、無からブレイカ等を作り出していた一方で、人間がどこまで強くなれるかを追求した結果、生み出された強化人間・改造人間が複数種存在した。
それはブレイカ等同様に、文明崩壊と共に製造技術が失われ、時の経過と共に消え去ったものと思われた。
だが、ブレイカ達がその強靱な耐久力で長い時間の流れを耐えて来た一方で、強化人間達は、生物特有の繁殖による世代交代によって、その血を後世に残していたのである。
長い年月で当時の能力は劣化してしまったが、多くは戦士や魔法使いの素質を持つ者として引き継がれており、更にはライカンスロープの類も、これに該当する存在であった。
この時代で目覚め、ある程度世界を見て来たブレイカは、そうした現代の実状を知り、人間は技術的にも文明的にも、そして戦闘生物としても退化したと判断した。
だが、目の前で対峙する人間は、そうした古い血を色濃く残した存在である可能性が高いと判断したのである。
基本的に推算した数値そのものが間違いである事に気がついた彼は、対応の変更を余儀なくされるが、その情報はあまりにも不足していた。闘気士系の戦士は、個人による能力差が最も大きい部類であり、同じ人物であっても、その瞬間の感情によっても大きな変化が生じる事があり、情報を用いて対応するブレイカには、かなりやりにくい相手であったのだ。
まずは誤った相手の情報、人間的に言えば誤りを改め、対応しようと立ち上がった時には、キーンは落としたナイフを拾ってブレイカに肉薄していた。
あまりの近さに、ブレイカは剣を有効に振るう事が出来なかったが、ナイフには有効な間合いであり、致命打が来ない事を良いことに、キーンはほとんど滅茶苦茶にナイフの連続攻撃を仕掛けた。
『こ、この、うっとおしいっ』
その攻撃の大半は、彼の堅い装甲に遮られ、それでも効果のない攻撃を繰り返すキーンに、ブレイカがハエでも払うかのように剣を横に振る。しかしそれが迂闊な対応であった。
キーンはその大雑把な対応に対し、思いっきり身を屈めてかわす行動をとった。何の計算も目論見もない反撃であったため、ブレイカ自身も命中は期待してはおらず、牽制して間合いをとるつもりだったのだが、正面近距離で身を屈めたキーンの姿を、剣を振るった直後の腕が覆い隠してしまったのである。
『!?』
それは僅かな間であった。しかしその間を狙っていたキーンは、右手のナイフを右横の壁に放り投げ、鞘のベルトに差し挟んでいた別の獲物を取り出す。
キィィィン!
一瞬でも相手の姿を見失っていたブレイカは、不覚にもキーンが壁に投げたナイフの物音に反応してしまった。
視線を僅かに移動させ、物音の正体を確認した直後、彼は腹部に衝撃を受け、ダメージを受けた事を知らされる。
キーンが屈めていた身体を一気に伸ばしながら、鉄の棒らしき物体を突き立てたのである。
下から上へと突き上げられ、ブレイカの身体が一瞬浮いて、再び床に叩きつけられる。
『こ、これは・・・』
腹部に刺さった金属棒を見てブレイカが唸る。
「あんたの同類の足だよ」
彼の強靱な腹部装甲版を貫いたのは、ほぼ同じ材質で作られたM・スケルトンの骨格の一部であった。
先の戦闘でキーンが切断し、下層への落下時に一緒になって落ちていたそれを、出口捜索の際に見つけて取り外し、拾っていたのである。
『こ、こんな原始的な闘い方で・・・・』
材質はともかく、骨の武器となるとそうしたイメージが先行するのだろう。憤慨して立ち上がろうとするブレイカに、小さな鏃が投げつけられた。
見た目は大した事がなくとも、闘気士の一撃を過小評価してはいられない彼は、最も重厚な左腕の装甲でそれを受けた。
警戒に反し、命中時の衝撃は毛ほどのダメージもないものだったが、命中直後、鏃から激しい電撃がほとばしった。
『!!!!!!?』
それはフィックスがキーンに放った矢に用いられていた時の物であった。下層転落の際に、運良く発動せずに残っていた物を、骨格同様に回収していたのである。
キーンにしてみれば虚を突くための攻撃のつもりであったが、ブレイカにとってそれは致命傷に至る攻撃であった。電撃は金属質の全身に至り、絶縁処理を施していたはずの内部も、キーンに突き立てたM・スケルトンの骨格を通じて流れ込み、現在の人間では理解できない主要な部分を根こそぎ焼き焦がしたのだ。
ブレイカは片膝立ちの姿勢で激しく痙攣したかと思うと、糸の切れた人形の様に脱力して俯せに倒れ、二度と動く事はなかった。
「・・・・・・あれ?」
拍子抜けした声を上げたのは他ならぬキーンである。電撃で動きを鈍らせて戦闘を優位に持っていく・・・・・つもりだったのが、これで決着がついてしまったのである。
相手が人間であれば、こうした結果には至らなかったはずであるが、これは彼の総合的な運がもたらした結果といえた。
「お~い・・・・おい、このスケルトン野郎ぉ~!」
にわかには信じられない結果に、キーンがナイフや足や言葉で倒れたブレイカを刺激するが、もはやそれは只の金属の塊でしかなかった。
「・・・・終わった・・のか?本当に?」
これ以上待っても動く様子がないのを確認すると、キーンはほっと安堵の息を吐いてナイフを納めようとして鞘を失った事を思い出し、軽く舌打ちし、ベルトに差し込んで間に合わせると、傍らに落ちていたブレイカの剣を拾い上げた。
「魔剣とかの類じゃないようだけど、前の剣の代用にはなるな」
剣が折れ、ナイフ類だけであった彼には丁度良い戦利品であった。彼は数回それを振って感触を確かめると、それを手にしたまま通路を進み始めるのだった。
キーンが選択した方の通路は、もう一方の選択に比べ、分岐路が豊富であった。ことある事にT字路や十字路があり、使われていない空き部屋の扉が並んでいた。
作り自体が単調であった事から、一般の施設だったのだろうと思いを巡らせながら、とにかくこの区画から外れる通路を捜して歩き回っていたキーンは、ふとした拍子で劇的な再会を果たす事となる。
可能性としてはそう低くはないラルクチームとの遭遇。キーンであれDであれ、流血が必至とも思えるそれは、神の気まぐれか、血に飢えた悪魔の悪戯か・・・・
「て、てめぇ!」
「お前等ぁ!」
かなり広くなった通路の十字路の角にて、ばったりと出くわした相手を見て、双方が好意的でない反応を示して臨戦態勢となった。
「迂闊だった、あんまり緊張感のない遺跡だったもんで、こいつ等の存在を忘れていた」
ここで会わなければ永遠に忘れていた可能性もあったかもしれないラルク達との遭遇で、自分の迂闊さを恥じたキーンであったが、恨みある相手との対面に不敵な笑みを浮かべた。
「何でだ、何で生きてる!?何でここにいる!?」
その死を誰より信じていたフィックスは、自分が手を下した相手の生存との、予想もしなかった場所での遭遇に、大いに動揺した。
「下にも通路があったんだな。丁度良い、そっちの情報とこっちの情報を・・・」
「うるさいっ!」
努めて友好的に接しようとしたラルクであったが、既に敵としての認識しか持たないキーンには聞く耳は存在せず、問答無用とばかりにかつての雇い主に剣を振りかざした。
咄嗟にボルバーが戦斧でその一撃を受け、フィックスがナイフで反撃したが、キーンは素早く床を蹴って後退し、間合いを取った。
「棄てておいて、今更何をいいやがる!」
怒気を込めた視線を彼等、とりわけフィックスに向けてキーンが唸る。一旦再燃し始めた怒りの炎は、目の前の存在が完璧に視界から失せない限り消えることはなく、彼の方から退くという選択はあり得なかった。
「き、君の怒りも判る・・・・だがここは未開の遺跡の中だ・・・地上に出るまでは協力するってのはどうかな?単純な感情に流されず、理知的になれば・・・・判ってくれると思うんだが・・・・」
「断る」
ラルクの提案に即時に拒否するキーン。
「また後ろから刺されかねない状況に身を置く程の馬鹿じゃないんでね・・・これも、俺なりに理知的に考えた答えだが・・・・保証して貰えれば考えを改めなくも無いけどね」
(こいつは馬鹿だ)
話を聞いていたボルバーはそう思った。ラルクの主張が信じられないというのは当然の反応であっただろう。だがそれを保証などという物で覆すなど、お人好しの、愚の骨頂でしかない。この程度の発想しかない若造が、よくも今まで傭兵家業などなっていたものだと呆れ、そうした思いはフィックスそして発言者のラルクも同様のものとなっていた。
「な、なら、保証の条件を言ってくれ・・・・今できる事なら何だってしてみせる。血判でも前金でも可能な限り・・・・」
そして、状況によってはもう一度盾にでもなって貰おう。
一同がそう思い至った時、キーンの望む保証が彼の口から述べられた。とても実現不可能な形として。
「先の違約金として、10倍の報酬の確約。そして、俺に矢を放った奴の命を差し出せ」
悪意を十分に滲ませた笑みを浮かべてキーンが言うと、一同の表情が強張った。
「ふ、ふざけるなっ!」
当事者たるフィックスが憤慨したが、キーンは表情一つ変えずに彼を見やった。
「ふざける?とんでもない、十分以上に本気だ。それで、返答は?」
「受けられるかよっ!」
ラルクに代わってフィックスが叫ぶと、ボルバーの陰で用意していた魔法の鏃を、ナイフ投げの要領でキーンに投げつける。
「死ね!」
先と同じ、爆裂の鏃である。かわしても爆発の影響で致命傷に至る。出来れば身体に当たって爆散してもらいたいものだと、悪趣味な思いを抱いたが、当のキーンはその鏃を手でキャッチし、発動に必要な衝撃を生じさせなかった。
「!?」
「来るのが判ってる物をくらってたまるかよ」
受け取った鏃を見せつけるように振ってキーンが言った。鏃の『自爆』のキーワードが分からない以上、その発動条件には衝撃が必須となる。それ故、防ぐことも難しくないのは自他共に明白であったが、爆発の恐れがある物を素手で受け止める度胸あるいは神経を、一同は疑った。
「これで交渉は決裂だよな」
もとよりラルク達がこの保証に応じられる訳がなかった。キーンもそれを予想しての提示であり、初めから和解するつもりは無かったのである。
お互いが敵となった状況で、ラルク達は数で押し切るべく、行動を開始する。
力任せのボルバーが先陣となり、ラルクが魔法で援護。フィックスが短剣や矢などを用いての遊撃手となるフォーメーションで展開しようとした矢先、キーンが先程受け止めた鏃を投げ放った。
「!?」
それは素早く飛翔し、彼の狙ったポイント・・・・フィックスが腰に装着していた金属保護ケースに命中する。
「!!!!きさっ・・・・」
仰天したフィックスが呪詛の声を吐こうとしたが、その瞬間、鏃が爆発し、魔法の鏃を収納していたケースを砕き、その衝撃で中に収納されていた残りの鏃全てが誘爆した。
残った全ての鏃の一斉発動は、彼を中心に炎・雷・爆発を瞬間的に撒き散らす。爆心点にいたフィックスは跡形もなくなり、ボルバーも背後からその煽りを受けて倒れ、起きあがる事は無かった。そしてラルクは、広がった炎と電撃をまともに受け、全身が火だるまになってのたうち回っていた。
「おわっうわぁぁぁあああああああ!!」
「悪いな、あんまり時間はかけたくないんだ」
もはや人とも思えない悲鳴を上げて転がる彼を見て、助かる見込みは無いだろうと判断したキーンは、その惨状を最後まで見届ける事無く、その場を後にしようとしたが、ふと何かを思いだしたように立ち止まり、振り向いた。
「俺の保証の一つを申告以上に受理してくれて有り難う」
最大限の皮肉を火の塊に向けて呟くと、一つの目的を果たした彼は僅かに微笑んだ。
Dは抑えなければと自覚しながらも、焦りと苛立ちを感じていた。
先刻、お喋りなスケルトンの一種を、長期戦を避けるため一気に決着をつけたのだが、彼の放った必殺の気孔波は、敵ヒューズと共に彼の進むべき通路も粉砕していた。
彼なりに手加減したつもりであったが、古代文明の産物と称する相手につい力が入ってしまった様で、進行方向の道は無数の瓦礫が積もり、敵対行動を起こさない新たな障害となって彼の前に立ちふさがったのだ。
ある意味これはヒューズより遙かに難敵だったといえる。
自分自身が招いた結果でなければ、八つ当たりの一つもしたくなる感情を抑えて、彼は慎重に瓦礫を除去しながら前へと這いずり進んだ。
幾らか前に、ちょっとした爆発音を聞いていた彼は、別行動になったキーン、あるいはラルク達が健在である事を悟り、彼等に先を越されないかと焦っていた。
来た道を戻るのはキーンより遙かに後れを取ることを意味しており、有効な案とはいえず、ヒューズが待ちかまえていたこの方向に何かがあるろうという勘を信じての前進であったが、遅々として進まないペースに、やはり苛立ちを覚えるのであった。
ただ苛立って周囲の無機物に怒りをぶつけるだけでは事態が進行しない事が判っている彼は、とにかく黙々と進むしかなかったのである。
時間にして1時間程であろうか、幼児の真似をし続けていたDは、ようやくにして破壊の影響の及んでいない区画まで辿り着く事が出来た。
そこも相変わらず一本道であり、埋もれた区画に脇道でもあったかも知れないという不安もあったが、まずは前進と思い至り、先を進むことにする。
進むことしばし、単調な通路の先に今までにない装飾を施した扉が見えると、彼は自然と気を引き締め、周囲に注意を払った。
これまでとは異なる、何か意味のありそうな部屋を前に、守護者の一人二人の登場はお約束である以上、戦闘を覚悟し、その相手の登場を警戒した。
だが、一歩二歩と慎重に歩を進め、扉との距離を縮めても敵の気配は感じられず、中に『それ』が潜んでいるのか、あるいは部屋自体がトラップなのかという疑問も浮かび上がる。
だが、こうして待っても解決に至らない事を知るDは、不意打ちを最大限警戒しつつ扉を開け、中へ飛び込んだ疑問の解消に挑んだ。
「!」
案の定、あるいは期待通り、中は無人ではなかった。だが、訪れた結果は予想外なものであった。
「・・・・・何してる」
もはやこの場が戦場になり得ない事を見て悟ったDが、部屋にいた人物に問いかけた。
「何って・・・・あなた、ぁぁいや、あんたを待ってたんだけど・・・・」
他の通路や部屋よりも格段に明るい部屋の中で、縛られ横倒しになっている二人の少女の前で座り込んでいたキーンは、訪れた待ち人に向けて軽く指をさした。
「この二人は・・・・・」
そう問うて二人の姿を覗き込んだDは、見覚えのある顔である事を確認して、事態をおおかた把握する。
彼女達二人は、上層階層にて幻影で現れ、帰れと忠告した二人であった。それがキーンと遭遇し、敗北して囚われたという訳である。
今回の仕事が生物の捕縛・・・ではなかったため、拘束用の用具まで用意していなかったキーンは、白い帯状の布を巻き付けただけのような彼女達の着衣に注目し、それを利用して彼女達を縛りつけたのである。
布の両端の無駄な弛みを引っ張り上げて余裕を造り、それぞれの端で相手の手首を後ろ手に、両脚を揃えて縛り付けただけの物で、ゆとりのあった布が締まったため、見た目は布地不足のミイラ女の様な、どこかの風俗店のコスプレ嬢を思わせる格好になっていた。
更に、布の一部を切り裂いて造ったと思わしき固まりが二人の口に詰め込まれており、猿轡代わりにされている。
「あの二人だよ。この部屋に来ていきなり出くわしたんだけど、二人とも実戦は苦手だったみたいで、すぐに取り抑えられた・・・けど、喋られると、つい、ひれ伏しそうになるから、黙ってもらった・・・・」
横たわる少女達を見ながら説明を聞いたDは、沸き上がる疑問を抑えきれずにキーンに向き直り率直に問うた。
「・・・・・質問いいか?」
「?・・・ええ」
「何故、俺を待ってた?先に彼女達を無理に尋問でもして、宝玉の在処を聞き出せばいいじゃないか?」
自分ならそうしていた。人は基本的に自分の基準で思考し、それと異なる状況に関しては何故?と思う。しかもそれが常識、あるいは当たり前と思っている事であれば信じられない現象と見え、その行為の裏に何かがあるのではと思ってしまう。
「さっきも言ったけど、会話すると平伏しそうになるんで、できなかったんだ。それに、こういうのは未経験で、女性に対する効率のいい尋問方法が思いつかなかった。だから、あんたを待って、対応を検討したいと思って待ってた・・・・」
まだため口に抵抗感があるのか、少し話しにくそうにキーンは答えた。
「あの連中・・・・ラルク達が来る可能性もまだあるだろう」
「ああ、それは無い」
そう断言し、僅かながらすっきりした表情を見せたキーンを見たDは、彼が抱いていた不満を当事者にぶつけ、見事に解消した事を悟った。
「で、俺を安心して待ってたと・・・」
「そう言うとりきめだった・・・だろ」
言われてDは、別行動に入る際の自分の言葉を思い出した。
その発言、そもそもは、キーンも宝に目が眩んで横取りを考えるかも知れない。その危険を省くために言い出したものである。
だが実際には、かなり貴重なアイテムを独占できる最大の機会を得たにも関わらず、彼は、独自に宝を模索もせず、約束を守ってDを待っていた。
興味がない・・・というのは、その時のキーンの弁であったが、まさか本気だったとは思いもしなかったのである。
「俺も年をとったんだな・・・」
疑って半信半疑であったD。馬鹿正直に言葉約束を守ったキーン。その差を自覚してそう思ってしまったDは思わず苦笑いした。
だが、キーンの馬鹿正直が傭兵家業では危うい物であるのも事実である。が、それでも今を生き抜いている現実が、彼の本質を隠している様な気もした。
昨晩に語られた一件が、今のキーンという人物の根元であろうと思いはするものの、それを確認するより成すべき事があることを理解しているDは、気を取り直して少女達をみやった。
「「うううぅぅぅ!!」」
少女達、ミーナとニーナは不自由な口で唸りながら、不届きな二人の存在を威嚇する。
「なぁ、お前、こうした状況は未経験って言ってたけど、待たせた詫び代わりに、良い尋問方法を教えてやるよ」
少女達の高慢な眼がDの感情を刺激し、ある手法を思いつかせる。
「ぇあ?でも、俺は女虐めて悦ぶ人種じゃないけど・・・・」
「残虐行為はしないさ。むしろこれで趣向が変わるかもしれんぞ」
「はぁ・・・」
意味ありげに笑むDに、複雑な心境を抱くキーン。
「レクチャーの前に、彼女達の首にある小さなベルトを外して、これを女の身体の何処にでもいい、取り付けろ」
そう言ってDは懐から取り出したリングをキーンに投げ渡した。
スコンと頭に命中した物体を受け取ったキーンは、それをしげしげと眺めて観察する。一見腕輪の様に見えるそれは、1ヶ所に鋲が打ち込まれており、そこを支点に開閉するようになっていた。
「早くしろ」
催促を受け、キーンは慌ててリングを開いて黒髪の少女ニーナの左足首にリングを装着し、指摘された首のベルトを引き剥がした。
「したけど・・・・このリングとベルトって何?」
「ベルトを見てみろ。中央に薄型の宝玉みたいなのが付いてるだろ」
言われてキーンは手にしていたベルトを改めて見る。確かにそこにはベルトの色と同色の宝石のようなものが付着していた。
「そいつは『言霊の声帯』とか言われているアイテムで、装着者の声を全て念言に変換する効果を持っている。もともとは小心な領主だったか国王だったかが、ない威厳を示すために作ったとされている」
「ふ~ん、そんなアイテムもあるんだ・・・」
「だからこれで、会話で気後れする事はなくなったから、口に突っ込んだ布を取ってやれ」
そう言いつつDも、もう一人から言霊の声帯を取り外して、口の中の布を引きずり出す。
「了解・・・で、こっちのリングは?」
同様に布を引っ張り出したキーンが、取り付けたリングを指さして問いかけた。
「今、教えてやる」
そう言ってDは、傍らに転がっている金髪の少女ミーナの右腕に、同種のリングを装着すると、何の前触れもなしに脇腹に指を添え、指先だけでその柔らかい腹部を揉みくすぐった。
「はひっ!ふひゃぁははははははははははははははは!!」
この行為は実施者以外全く予期できず、不意打ちを受けたミーナは堪える間もなく、腹部に生じた感覚に過敏に反応した。そしてその類の反応は時同じくしてニーナにも現れていた。
「やはぁ!?ひゃひゃはっはははははははははははは!!」
「!?お、俺は何もしてないぞ」
自分のそばで転がっていたニーナがいきなり笑い出し、キーンは大いに慌てて自分は手を出していないと示すように両手を軽く上げて振って見せた。
Dは、判っていると言う様子で軽く笑むと、ミーナとニーナに装備させたリングを交互に指さした。
「・・・・・・・これが?」
事の原因が先程のリングにあるとキーンが察すると、それを裏付けるようにDが頷いた。
「こいつは『共謀者の絆』っていって、リングを装着した者同士で受けた感覚をその他の全員に共有させるアイテムだよ」
本来は一対ではなく複数個存在し、少ない人員で大勢を拷問するのに用いられたアイテムだと言う。
「・・・・成る程、リングの効果は判ったけど、何で?」
なぜ尋問法がくすぐりなのかを理解できないキーン。
「効果的だからさ。残虐行為をせずに高慢な相手を屈服させられる」
そう言ってDはミーナに対するくすぐりを再開する。
先程責めた脇腹を指先でコチョコチョとしながら上へ移動させていくと、彼女はけたたましい笑い声をあげながら自由の利かない身体を必死に右に左にと捩りまくった。
「やっ・・・やめっ、いやっっはははははははははははっ!ひぁっはははははははあははあああぁぁぁひゃっっははははは!!」
そして感覚を共有するニーナも、望みもしない感覚に襲われのたうち回る。
「ふぁっはははは!いやははははは、ひゃめておねがいだからはははははははははははっはははは!!」
「こうやってな、くすぐり続けていると、たいていの女は考えを改めてくれんだ。まぁ、女に限った事じゃないが・・・・お前もやってみな」
責めから逃れようと、必至に身を捩るミーナの動きに合わせて器用に指を這わし続けながらDが説明をする。視線はキーンに向けられてはいたが、その指はしっかりと彼女の肌を捕らえ、その柔肌を刺激し続けていた。
「え?でも、この状況なら必要は・・・・」
リングの効果で二人を同時にくすぐり責めにしている状況である今、キーンが協力する必要性は無いように思えた。
「リング着用者をそれぞれ責めれば、倍の効果が得られるだろ」
更に言えば、数十個使用できれば一人を数十人で責めるという実際には不可能な行為も可能となるわけである。
「吐かせるのを手伝え」
更に言い聞かせるようにいわれ、キーンはおずおずと身悶えるニーナに自分の手を差しのばした。
「ひゃはっははは、だめ、止めてっ!ひゃっっはは、やめてあははっはははははは!やめぇてぇめやあぁだぁ~~~!!」
近づくキーンの指に、更なるくすぐりが加えられることを悟ったニーナが、今なお共有されているくすぐったさに悶えながらも身を引きずってキーンから離れようと足掻いた。
彼女にとって必死の抵抗であっても、拘束状態とあっては大した距離も稼げるわけもなく、簡単に追いついたキーンの指は、彼女の太股に軽く跨る形で逃走手段を封じ、さらけ出されている腹部をそっと撫でくすぐった。
「無理むりムリ~~~っっ!やめてっ、あははっあはははははっ!お願い止めて~!」
既にくすぐりを受けている状態であるため、キーンの責めによる効果かDの責めが効果的であるのか判断のつかない状況ではあったが、もともとこうした刺激に対する抵抗力がなかった二人は、その動き一つ一つに面白いように反応した。
(愉しむことを知るには良い素材だったな)
くすぐる側としては理想的な相手であった二人の少女に、Dは満足した。ここまで過敏に反応してくれれば、多少不慣れな者の技巧でも程良い結果が得られ、責める楽しさを感じることができる。
そうした彼の思惑通り、キーンは僅かな指の運動で激しい反応を見せるニーナに夢中になり始めていた。
彼は世間一般に知られるくすぐりのポイントである脇腹や脇の下、そして足の裏などをくすぐってはその反応を確認しその違いを見て、最も効果のあるポイントを模索し、所謂学習をし始める。
「ぁっっはっはははははははああぁ、やめぇおねっぉねっっはははははははっ!あはははははははは!あっははははははははは!やめて、お願いぃやめて、もうやめてあはっはははははははははは!」
二人にとってはどこの部位に生じる刺激も、耐え難いくすぐったさであった。何とか責められている部位に神経を集中して堪えようとしても、そのムズムズとした感覚はささやかな抵抗心を挫くだけでなく、強制的に共有されている感覚が不意に襲いかかって休む間もなく笑いを引き起こさせた。
「っっははははは!!やめておねがいいぃぃあっっはははは!!いやっっっはははははやめてやっははははは、やめておねがいぃ!もう、もう、やだっははははははははっ」
「苦しそうだな・・・・そんなに止めて欲しいか?」
頃合いを見ていたDは責める手を休める事なく、囁くようにミーナに問うた。
「うくふふふっふふうふふ、くぅ、くるしっ、くるしぃ~うふぁはははあ~~~やめっやぁ、やだぁ~~~~っっっははは!」
ミーナは喘ぎながら何度も首を縦に振る。
「なら、判るな?その交換条件として、宝玉の場所を教えろ」
「そ、それはぁ、それわぁっっははははははははっっひゃっっっははははははははは!」
もちろんそれは容易に承諾できる内容ではなかった。彼女の理性が、思わず口からこぼれそうになる言葉を必至に呑み込ませるが、その理性が限界に達するのも、そう遠くないだろう事は見て明らかだった。
「なら気が変わったら教えてくれ」
しつこく追求することもなく、すんなりと交渉を断念するD。だが、その表情は、結果が変わらないのを既に確信していた。
「いやぁぁぁぁぁっっはははははははははは!!そんなっそんなぁぁっっはははははははははは!ひぃやぁぁぁぁ!!!」
(成る程、確かにこれは・・・・)
Dのやり取りを横目で見ていたキーンは、彼が言ったくすぐり責めの有効性を実感していた。
「なぁ、黒髪のお姉さん。あんたはどうかな?教えてくれない?」
「あんあはんあっっはははははははは!!やめっははははははは!おねっっははははははぁぁ~~~もうむりぃ~あっっははははっはははははは!だぁめぇぇぇぇ!!!!」
見よう見まねで問いかけるキーンに、ニーナは狂ったように笑いながらも首を横に振って拒絶の意志を示す。
「それでも良いけど、楽になりたくないのかい?」
これ幸いにとキーンはくすぐる指の動きを強めた。もとから過敏体質だった事もあったが、ニーナのここまでの反応で、どの辺りを責めれば効果的かを把握し始めていた彼は、最適に近い力加減で彼女の弱点の一つである脇腹を揉みくすぐる。
「あははははっ、ははははっ!いやぁいやだぁ、それ、いやぁぁ!あ、あははははははははははははははは!あ~っっはははっはははっ!やぁめぇてぇやっやぁははははははっ!!」
ビクンビクンと身を痙攣させ、ニーナは悶笑する。そのたまらないくすぐったさから脱する道はすぐ目の前にあったが、理性がそれに手を差し伸ばす事を否とする。
それは正しい選択ではあった。だが、それ故に彼女を苦しめる結果となっており、そうした状況を彼女は呪った。
「あふふふふぁんぁんうんん、あははっっはははははちょっ、やはははははははは!」
とは言え、呪ったところで彼女達の事態は好転するはずもない。現在、苦しみから逃れる道は、やはり一つだけなのだが、それを選ぶのをどうしても躊躇する。
そうした、逃れたいと願う本能と責任感の理性の鬩ぎ合いは延々と続くかのように思えたが、現実は違った。
責め手の求める結果が訪れるまで続けられるくすぐりの前に、受け手の苦しみから逃れたいという本能が徐々に増大し、逆にそれを抑える理性は疲弊していた。
「やめてっ!やははははは、あははははは!いやいやだぁっははははは!やめてやめてくだぁっははははははははやめてぇひゃっっあっはははははははは!!だぇだぁっっはははははは!」
「あはっっはははは!やはぁっはっははははははぁ!もういやぁっっはははは!あぁ~っはははははははははははは!いやぁぁぁはははははははっあっあ~っははははやめぇてぇいや~~~はははははは!」
もはや最初に現れ、キーンと対峙した際の神々しさや高貴さ、そして高慢さは消え去り、今なお続くくすぐったさに、なりふり構わず悶える少女があるだけだった。
こうした平時とのギャップと、それを引き出したくすぐり責めの凄さに、キーンは新鮮な感動に似た感情を覚えた。
そしてその感情は彼を夢中にさせ、ニーナの身体を貪欲に責め続けさせた。
Dも負けじと指の動きを激しくさせ、二人に強烈な感覚を与える。
「「んぁっっはははははははははは!!!あはははは!ちょ、ちょっとまってぇあっははははははっ!きゃひひゃはぁっははははははっはっはっはっはっはぁっははははははは!きゃぁっは~~~~っはははははは!ひゃっはははは!!やめてやめてやめてやめてっははははははははははあはひゃっひひゃっははははは!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!!!もうやめてくだぁさいいぃ~~!!」」
この痛烈なダブルアタックにニーナとミーナは絶叫に近い笑い声を放ち、ついには許しを請うて笑い悶えた。
「なら・・・・判るな?」
「はいはいはいいいぃ~~~~ひゃぁっっはっはははははははは!!」
「はなっ、話しますっっっははははははははははは!!はなしますからぁ!!」
一度、限界に達して屈服してしまった理性は、もはや回復することができず、そのまま一気に押し流され、もはや抵抗の意志は完璧にそがれてしまい、彼女達の意志は、ただ安息の時を迎えたいという思い一色になっていた。
相手の意志が挫けたのを確認したDは、キーンに合図を送って彼にも責めるのを止めさせると、ようやく解放され、激しく喘ぐミーナの顎を摘み上げ、顔を近づけた。
「さぁ話せ・・・・」
「そ、その前に・・・約束して下さい・・・」
笑い続けて溢れた涙を瞳に滲ませてミーナは言った。
「・・・・そんな条件、言えると思ってるのか?」
主導権がどちらにあるか?交換条件が成される状況であるのか?それを思い出させるかの様に、ミーナの腹部にDの指が添えられた。
「はぅっ・・・くぅぅっ・・」
それだけの刺激で身を震わせるミーナ。たちまち先程の苦しみが呼び起こされ、彼女に鳥肌を立たせるが、彼女に残った僅かな使命感が言葉を止めさせなかった。
「お、お願いします・・・得た知識を世界に広めない・・・それだけは約束して下さい。出なければ世界は滅びかねま・・・・ひゃぁぁあっっははははははは!!!!!」
懇願するミーナが突如噴き出した。Dが腹に添えていた指を蠢かせたのである。
「俺が世界を滅ぼす為に宝玉を求めてると思ってたのか?」
「おねっ、お願いしまっ、いひゃっっはははははははああぁぁ、お願いぃぃ~~~」
それは彼女の最後の責務であった。
さかのぼること数十年前・・・・
かつて彼女達にも故郷があり、家族や知り合いが大勢いた。
故郷の街は遺跡と隣接した環境にあったため、そこから発掘されるアイテムや宝石・金属類の恩恵によって、裕福で平和な生活が営まれていた。
そんなある日に生じた『悲劇』の始まりは偶発的な事故だった。
ある日、遺跡の発掘作業を行っていたチームの一隊が、休眠状態であった遺跡を起動させてしまったのだ。
それこそが『英知の宝玉』であり、事故によって一気に解放された宝玉の力は暴走状態に近い現象を起こし、街にいた全ての人間に『知識』を強制的に与えた。
それら失われた知識の復活は、人々の生活に大いに役立ったが、それは決して一般生活にのみ繁栄をもたらしたわけではなかった。
忘れ去られた古代の技術・技法は誰の目にも魅力的に映ったが、その殆どは放射的・無秩序に放たれた宝玉の僅かな影響を受けただけのため、断片的な物が多かったのである。
その為、多くの人々は、より確実な知識を得ようと宝玉に殺到した。
泉のように涌いては無尽蔵に得られる知識は、どんな人間も瞬時に賢者級の博識者に変えてしまったが、それはあまりに危険な現象であった。
欲が強い一部の人間達が、噂を聞きつけ英知を求めた周囲の国々が、その力を独占しようと画策し、実際に露骨な行動を起こした時、悲劇は形となって降り注いだ。
宝玉を巡っての戦争・・・・
発祥地である街の人々は、他者に知識を奪われたくない欲望から、得られた知識をその戦争に用いてしまい、多くの人命を奪った。
想像以上の死者の数に、一部の良識派が事の深刻さに気づいた時には、諸国は彼等が創造した無数の魔獣・ゴーレム等が暴れ回る混沌と化し、全ては手遅れとなっていた。
関係した全ての街や国は滅びの道を突き進み、もはや止まるところを知らなかった。
悲観した良識派は、この悲劇をこれ以上繰り返させない事を誓い、宝玉の破壊を試みるものの、用途故か、その頑強さに負けて目論見は失敗した。
仮に破壊できたとしても、起動時にもかなりの広範囲に影響を及ぼした宝玉が、どの様な影響を周囲に与えるかが危惧された結果、使用を禁止して遺跡の大半を破壊して廃墟に帰す事を選んだのであった。
それから間もなくして、彼等は自らが創造したモノによって滅び去った。
良識派のメンバーも、ミーナとニーナの二人を宝玉の守人に選んだ後、後年自分達が欲望に染まってしまう事を恐れて自ら命を絶っていったという。
得られた知識によって、延命処置が施されていた二人の少女は、仲間の遺志を背負い悠久の時を過ごし、宝玉を護る手段として、周囲に住む生物を利用(巨虫等)したり古代文明時の遺棄物を利用(M・スケルトン等)したりして、僅かな文献を頼りに訪れる冒険者達を撃退していたのである。
こうした過去の事情が、宝玉と人が接触するのを阻みたいとする二人の思想の根元だったのだ。
彼女達にすれば、自分の人生とかつての仲間達の遺志をかけた使命でもあり、そうした想い、あるいは気迫が伝わったのか、Dは懇願を受託して宝玉の在処を聞き出す事に成功した。
もはや敵とは成り得ない彼女達を解放した後、キーンとDの二人は、守人の少女達から聞いた手順で通路を徘徊し、宝玉の安置されているとされる部屋の前に辿り着く。
ここまで侵入されることを想定していなかった部屋の扉は何の苦労もなく開き、二人はやや興奮して中に入り、待望の宝と対面した。
「こ、これが英知の宝玉・・・・」
本来の目的である宝を目の前にして、キーンが半ば呆けた声をあげた。
「これは・・・予想外だったな」
Dもその実物を目の当たりにして、脱力した声をもらした。
彼等に目の前に存在する宝玉は二人の想像を超えた物だった。
その形状こそ、その名の通り単調な球体ではあったが、直径は二人の身長を上回る大きさであり、オブジェと言った方が適切な物体だったのである。
間違っても持って帰る事など不可能なのは一目瞭然であった。
「・・・・どうする?無理にでも持って帰るなんて言わないよな?」
そう問いかけるキーンではあったが、そうだと言われても、自分達二人だけでは到底無理である事は見て明らかであった。
「出し抜く相手は殺ったんだろ?なら、その案はなしだ。持って帰れないなら、この場で必要な知識を貰っていくさ」
「必要な知識?」
「始めっからそのつもりだったからな」
そう言ってDは無造作に宝玉に触れた。その瞬間、宝玉が光を放ったが、それはすぐに収まり、何も変化を見せないDがゆっくりと手を離した。
「?」
もちろん見ていただけのキーンには何が起きたか把握は出来ていないが、Dにはその一瞬で何かが生じたらしく、宝玉に触れていた手をしげしげと見つめていた。
「凄いな・・・・一瞬で知識が流れ込んで・・・・お前もやってみろ」
「俺は別に・・・・」
いきなり話を振られてキーンは躊躇したが、Dの次の一言でその表情を僅かに歪めた。
「古種ライカンスロープ・・・・」
「!」
「そいつの知識くらいはあっても良いだろ。そいつ等が仇になるんなら、敵を知っておくべきだ・・・・欲する知識を思い浮かべて触れてみろ」
「・・・・・・」
その指摘を受けて、キーンは決心したといえる。彼は小さく頷くと、言われた通りにその思いを心に保って、宝玉に触れた。
「!」
直後、彼の脳に見たことも無いモノが次々と思い出の様に浮かんでは消え、また浮かんでは消え、と繰り返し蓄積される。
それは知識の洪水であった。古代文明が創造したライカンスロープ種の基礎と創造方法が、理解できない知識が次々とキーンに流れ込んできたのである。
(っ・・・・そんな・・・もの・・今、実用出来ない知識なんていらんっ!かつてどれだけの種類のライカンスロープが生み出され、どんな能力が与えられているのか・・・・それを教えろ!)
キーンは心の中で叫んだ。それはいずれ闘うことを前提とした相手(敵)に対するの情報の要求であった。その強い意志に応じ、流れ込む知識は創造内容からモンスター図鑑の様相となり、一気に蓄積されていく。
そしてそれが弾けた時、彼の意識が現実に戻された。
長い間の出来事の様にも思えたが、実のところそれは一瞬の事であり、宝玉は何事も無かった様に同じ場所に鎮座しいる。
外見上は何も生じていないように思えたが、傍らに立つDだけが経験者としての立場で、その全てを理解していた。
そう確実に変化は生じていた。
キーンとD。他人には決して伺い知る事の出来ない二人の脳には、他では得難い知識が正確に送り込まれていた。それはそれぞれに与えられた、形のない宝と言える。
「凄かっただろ」
「・・・はい」
Dの同意を求める言葉にキーンは素直に頷いた。想像を上回る量の『情報』が一瞬で記憶された、否、記憶させられてしまったのである。それ以外に表現しようがない。
その中でキーンは別の意味においても、凄さを実感し、自分の力不足を痛感していた。
それは得られた古種ライカンスロープの多様さと単純な強さである。所謂、カタログデーターのみではあったが、その実力は今のモンスターの比ではなく、中には一体の幻獣や魔獣と想定しておくべき存在すら在るという事実が確認されたのである。
それが彼の人生をかけた仇であるとは断言されていない。まだ可能性の一つでしかなかったものの、それが現実となる危険性は十分にあった。
楽観的に可能性は低いだろうと判断して避けてよい事柄でもないと思った彼は、それらに対峙する時のために、更に強くならなければと心に誓った。
(もっと・・・強く・・・)
そうした意志が無意識のうちに彼の拳を固く握りしめ、その決意を滲ませた。
「・・・・・・これでもう、ここに用は無くなった訳だ・・・地上に出るとするか」
そうした心情に伴う気の変化を敏感に察したDは、軽くキーンの肩を叩いて促した。
「・・・・し・・にも・・・」
「「!?」」
かすれた小さな声、そして何かを引きずるような音。それがはっきり耳に届いた時、キーンとDは揃ってモンスターの類が現れたのかと思い、反射的に振り向き武器を構えるが、相手の正体を確認したとき、危害を与えられる存在ではないと瞬時に判断して、これまた揃って武器をおろした。
「わ・・・私にも・・・英知を・・・・・・」
ゾンビあたりと見間違えられても不思議ではない歩き方と、全身の大半が焼けただれるという変わり果てた姿となっていたが、それは間違いなくラルクであった。
「うぉっ!?あれで生きていたのか」
現場を目の当たりにした・・・と言うより、原因でもあるキーンが思わず唸るほど、生きているのが不思議なほどの火傷を負っていた彼ではあったが、宝に対する執着心が生命を肉体に繋ぎ止め、ほとんど機能を失った身体を突き動かしていた。
「知識の亡者だな・・・」
Dは、そんなラルクに哀れみを感じ、焦げ臭い異臭を放ちながら近づく彼に道を譲った。
彼はゆっくりと、確実に歩を進ませて宝玉に前まで辿り着くと、焼けただれた顔の皮膚を歪めて薄気味悪い笑みを浮かべると、もたれかかるようにして上半身全体で宝玉に触れた。
途端に宝玉が光を発して、隔たり無くその機能を発揮し、彼の望む知識を与える。
「こ、これが、これが私の求めていた古代文明の英知!」
その情報量と内容に、ラルクはその風体からは想像も付かない力強さで叫ぶと、ようやくにして得た、かけがえのない宝に歓喜の声を上げた。
「凄い、凄すぎる・・・・やはり古代文明の知識は素晴らしい!もっと、もっと、もっと私に、かの人々の英知を!!!」
それはまさに狂喜の物色であった。
ものの善悪の区別もなく、求められるがままに知識を与えるだけの宝玉は、貪欲なまでの彼の欲求に忠実に応じ続けた。
ラルクは絶え間なく次々に脳に送り込まれる知識を貪り続ける。
得た知識を全て用いれば、世界を牛耳ることも夢では無くなった彼は、マッドサイエンティストさながらの笑いを上げる。
そう、笑わずにはいられない。今の人々が、多くの遺跡を長年調査しなければ得られない知識や情報、そしてそれ以上の失われた知識が一瞬にして自分の物となり、間違いなく世界一の博学者となった上に、更にその知識は増えているのである。
大賢者・・・・そんな、肩書きも悪くないなどと思った矢先、彼の意識は突如途切れて、闇に包まれた。
「?」
キーンは、高笑いし続けていたラルクが不意に口を閉ざし、脱力して膝をつき宝玉にもたれかかるようにして動かなくなったのを見て愕然となった。
「な、何?どうした?」
「放っておけ、もう死んだ」
「!?何で?」
冷静に言い放つDに、驚いた視線をラルクに向けるキーン。
「多すぎる知識に脳がついていかなかったんだ」
つまりは食い過ぎ・・・・の様なものである。もっとも、食い過ぎの場合であれば食欲をなくしたり嘔吐、あるいは腹痛といった危険信号ないし拒絶反応がでるが、脳にはそうした機能はない。
もとより従来の知識の会得方法であれば、食物摂取で生じる暴飲暴食みたいな限界や無茶とは無縁であり、宝玉を用いた会得方法に脳が長時間ついていけないのは当然と言えた。
「おとぎ話に出てくる欲張り爺さんの末路だな・・・まるで・・・・」
物言わぬ物体に成り果てたラルクを見て、キーンはため息をつく。
「力にしろ、知識にしろ、自分自身に過ぎたる物は害になるってわけだ。それでも最後に、望む知識を得て本望ではあったろうがな・・・」
「俺から見れば、馬鹿・・・ですけどね」
「俺から見てもそうさ・・・」
彼の死骸を最後に一瞥すると、Dはそれに背を向け、部屋の出口へと向かい始めた。
「あれは、あのままに?」
Dの後を追ってキーンが訪ねると、彼は振り向く事なく頷いた。
「あいつはもう仲間じゃない。弔う義理すらない。それに、あのままにしておけば、今後、ここに到達できた連中がいたとしても、それを見れば容易に触れようとは思わないだろ」
確かに宝玉に触れたままの状態で事切れたラルクの死体、あるいはミイラを見れば、状況を推察してそれが罠の類、あるいは資格者でなければ駄目なのでは?という憶測を生むことだろう。
その結果、覚悟を持った者の選出、あるいは全てを察して過度の知識を欲する事を抑制する効果も生じさせる事が期待できた。
気軽に得られる知識であっても、それは容易でない方がいい。
キーンもそう考え、彼の意見に同意し、揃って宝玉の部屋を後にした。
次にこの部屋に人が訪れるのいつの日か・・・・
宝玉は何も考えず、ただ次に知識を欲する人物の訪問を静かに待ち続けるだけだった。
その後、地表に戻り、巨虫の領域から離れた二人は、古びた街道で最後の支度をしていた。
「今回はおかげで、他に類を見ない物を入手できました」
そう言って差し出されたキーンの手を、Dは不思議そうに見つめ少々躊躇いがちに握手を交わす。
「大半は成り行きだ」
キーンが遺跡内で助けられた事や、宝玉に触れる事を進言した事に礼を言っているのだと察したDは、当時の心情を素直に答えた。
「こちらも協力してもらったんだから、お互い様だ」
特に宝玉の守人を見つけた件では、キーンが先だった事もあり、彼が欲のある人間だった場合、横取りされる可能性すらあったのだ。
結果として彼は自分との口約束を律儀に守っていたのである。ラルク達という悪例の直後でもあったが、猜疑心が拭いきれなかった自分自身に対しDは失笑していた。
「でも、進言してくれなければ、貴重な情報を得る機会を失っていました」
再び目上に対する口調で接するキーン。彼にとっては今後の課題も浮き彫りになった一件であったが、敵対者となるかもしれない存在の情報は、決して損にはならない。
「・・・・・・最後にフードを下ろしてはくれませんか?」
握手し終えたキーンが、今なお完全に顔をあらわにしないDに向かって求めた。
「俺達はこれから違う道を行くんだ。必要は無いだろ」
「気にはなります・・・」
想像通りの答えにキーンは肩をすくめた。何故に素性を隠しているかは伺い知れなかったが、この世界では、そうした人物は珍しい事ではない。
特に冒険者の類であれば、賊の連合などに命を狙われていたり、地方でお尋ね者になっている事もよくある話である。
ちなみにキーンも、とある地方で、契約内容のもつれから貴族の屋敷を焼失させた罪により指名手配されていたりする。
少しでも情報漏洩を避けたいのだろうと察したキーンは、もうそれ以上求める真似はせず、軽く会釈して自分の荷物を背負い、街へと続く街道へと入った。
そしてDは無言のままそれを見送り、全く反対の方向へと歩を進める。
こうして二人は互いに再会の可能性は低いだろうと思いつつそれぞれの道を進んでいった。
全く異なる二人の人生の僅かな接点での出来事であり、今後も数多く生じるだろう他人との僅かな交差。
これもその中の一つの出来事に過ぎないはずだった。
そう考えるが故に、二人はその後、事の記憶はあったものの、互いの細部を思い出すことは出来なかった。
しかしキーンに関して言えば、Dとの僅かな時間は、彼に今後の生き方に大きな影響を及ぼしていた。
それは闘いにおけるほんの些細な心構えと、くすぐり責めの有効性の認知。
彼はこの一件で、くすぐりという行為に興味を抱き、今後もそれを実践していくこととなる。
闘いにおいても、相手の常識を越える戦法を時として用いて、多くの危機を乗り越え、知り得た古種ライカンスロープを越えるべく、闘気士としての技能向上に積極的に努めていく事になり、Dはキーンの人生のターニングポイントともいえる存在となった。
数年後、彼等は予期せず、そして自覚もないまま敵対者として再開を果たす事になり、その一件でまたキーンの人生は大きな変更を見せる事となる。
世界に対しては悲劇的な形として・・・・・
後編です。
当初、短編のつもりが、少々大きくなった為に前後編に分けられました。
登場したニーナ&ミーナは、当初「塔AF-ウェイブ編-」のアニィ&シルディの立場での再登場も考えておりましたが、性格が似すぎている事から没案にしました。
裏設定(シドレ・レイス)の件から、一緒だとマズイんです・・・・
今回、登場したアイテム「共謀者の絆」は、今後の利用価値も高い・・・・と、自分で思いながらも、使われていません。
でも、先程のアニィ&シルディ達に使われる可能性は高いと思います。
壮大なる? 塔シリーズのプロローグ、再復活です。