あの塔に潜入したパーティは必ず生還者一・二人を残して消息を絶つ。
　今回もまた、ミア達のパーティが壊滅状態となっただけではなく、極秘裏に調査を命じられた忍者二名も、一人が重傷を負って任務半ばで撤退となった。
　そして何より痛烈だったのが、国内最高位の精霊使いシリアが、単身、塔に潜入したあげく帰還しなかった事だった。
　彼女の行為は公式な物ではなく、自らの能力に自信があったための単独行動であった。だが『塔』は、そんな彼女をも呑み込んでしまったのである。
　シリアの精霊使いという稀な技能と、その強さを知る王宮戦士達にとって、彼女はある意味、闘いにおける一つの希望・象徴であったのは疑いない。
　それが予期せぬ形で早々に敗北してしまったのである。その報告を御前会議の場で聞かされた彼女達の動揺は今までにないものとなっていた。

「・・・・・シリアの件は彼女の軽率さが招いた結果です。当面はあきらめるしかありません」
　王女フレイアは報告を受けた後、周囲の動揺が一段落した際、そう公言した。
　列席した戦士達は苦々しい思いを抱いたが、実際その指摘が過ちであるとは言えず、報復心や激情に駆られて塔に潜入しても、結果は同じであろう事は、今や誰もが理解していることであり、非情にも思えるこの判断に反論する者はいなかった。
「あなたの垣間見た魔王・・・どう見ます？」
　フレイアは、今回の経緯の報告を終えて控えていた忍者に問いかけた。
「はい、予備動作もない魔法弾とおぼしき攻撃、そして触媒無しにサイコブレードを形成する精神力・・・・・それも戦闘技術の一端でありましょうが、魔王という肩書きにそぐわない存在かと・・・・」
　あの時感じた恐怖を思い起こし、微かに身震いしながら忍者は語る。
「その魔王に対し、我々に勝機はあると思いますか？」
　フレイアは率直に尋ねた。
「その判断はしかねます」
　忍者は思ったことを素直、誤魔化し無く述べた。数名の高位戦士達が敗北したとはいえ、主力の戻ったメルフィメールの国力はまだまだ豊富ではあった。総力をあげれば魔王の討伐も可能とは思ったが、それはあくまで彼女の垣間見た魔王の実力に多少の能力上乗せをした仮定での話であり、魔王の実力がその想像を上回っていると話は大きく異なる。
　その上、魔王には配下が存在し、その全貌も明らかにはなっていない。
　こうした不確定要素がある以上、王女の問いかけに自信を持って答える事ができなかったのである。
　望みもない返答を聞いたフレイアはしばらく考え込んだ。今、彼女が勝利を得るために残された手段は少ない。迂闊な判断は国の破滅につながりかねないため、自然とその判断は慎重にならざるをえない。
「・・・・・・楓！」
『はっ』
　王女の呼びかけに、王座の陰から一人の黒装束姿の少女が姿を現した。
　その姿に一同は息を呑む。隠密部隊としてその存在のみ知られる魔導忍者部隊の頭領である楓・・・その名は王宮内に知れ渡っていたが、ほとんどの者が姿を見た事がなく、一部では忍者部隊の機密維持のために作られた架空の人物ではと噂されていたのである。その幻の人物が、彼女等高位戦士達の集う公の場にその姿を現したのである。
「貴方にも相手の力量を調べる手助けをしてもらいます。信頼ある配下を伴い、塔に潜入し、魔王の実態を突き止め、可能なら・・・・・・・倒しなさい」
「仰せに・・・・・」
　かなりの難題にもかかわらず、楓は頭を垂れたまま応えた。
「それとレイラ」
「はい」
　今度は戦士団最前列の少女が、呼びかけに応じ一歩踏み出た。
「あなた方、近衛も同目的で出陣してもらいます」
「はい！」
　周囲がざわめいた。
　レイラ・・・その肩書きに王宮近衛騎士団々長という国内最高位の武人の証を持ち、剣技においては実力№１とされる女性であった。
　レイラと楓、表と裏のトップが共に行動すると言う前代未聞の事態に、周囲はにわかにざわめきだす。
「魔王なる人物が、数を増やしている塔内の特異なモンスター達を率いている事は明白です。組織だった存在であれば長を仕留めれば勝機はあります。レイラ、楓、貴女達は言うなれば現状打開の切り札・・・・・・頼みましたよ」
「「はい」」
　二人の少女はそろって応えた。
　王女の絶大な信用を得ている二人には、彼女の心情がよく分かっていた。これ以上の犠牲者を出したくはない・・・・・なればこそ、最強の手駒を放ち、一気に勝負をつける。
　それは、この二人にも共通する意志でもあった。
　だが、全く異なる意志を持つ者もこの場には潜んでいた。
『そうそう上手く行きますか？』
　戦士達の中からそんな声がもれた。
　レイラと楓、そして王女の視線が戦士達へと注がれる。視線の集まった周辺にいた戦士達は、今の挑発的発言が自分の物では無いと言いたげに視線を逸らし、身を竦める。
　身に覚えが無い者が次々とそうしていくうちに、集団の中に小さな隙間が完成し、そこにありふれた鎧に身を包んだ少女が一人残されていた。
　少女は発言を認めているらしく、うつむいたままかすかな笑みを浮かべていた。
「魔王を倒せ・・・・・か、そうして僅かな可能性にすがって、次々に獲物を小出しにしてくれれば都合はよかったんですけど・・・・・・実際に聞いていると・・・・・やっぱり腹が立つよなぁ！」
　周囲にいた一同が一斉に退いた。発言の無礼さにではない、目の前の少女が声と共に不気味にその容姿を変貌させて、肉体の膨張を始めたかと思うと、鎧を自らの筋肉で吹き飛ばし、モンスターとしての醜悪な本性を現したためである。
「あの方を倒すだぁ！？やれるのかよ！お前等が！やれるものならやって見ろ！」
　忠誠心過多のモンスターは、主人に対する暴言を許せず、潜入という本来の任務を守れず激情に任せて王女へと迫った。
　手近な位置にいた戦士達が反射的に剣を抜いて斬りかかったが、今し方まで少女の体格であった事を疑わせる筋肉が、その斬撃の全てを受け止めた。
「なっ！？」
　まるで石柱に巻いたゴム版を斬りつけたような感触に戦士達が狼狽えると、モンスターは長い腕を振り回して周囲の少女達を払いのけ、一足飛びに玉座の一歩前まで跳躍した。
　見かけによらない動きをしたモンスターだったが、玉座の前で着地した瞬間、一転してそれ以上の行動は起こさず、その場に硬直していた。
「何ぃ！」
　モンスターは我が身に起きた事が信じられないような声を上げ、それが自分の意志によっての硬直ではなく、他者による妨害であることを証明していた。
　モンスターがふと視線を落とすと、自分の胸の中央に小さなニードルが刺さっているのに気がついた。人間であれば、あるいは致命傷になり得るだろうサイズの物だったが、モンスターの体格から比較すると、お世辞にも効果があるとは思えなかった。
　にもかかわらず、自分の全身が麻痺して硬直している。それから判断される事はただ一つ・・・・・何らかの術か魔法が、そのニードルに付与されたていたのであろう。
　その事にモンスターが気づいた直後、彼の体は縦に真っ二つにされていた。
　呪紋が精密に書き込まれた細いニードルを投げつけて相手の動きを止め、直後に聖剣で息の根を止める。楓とレイラによってその行為が一瞬に行われたのである。
「な・・・・・」
　当事者である二人を省く全員が息を呑んだ。
　モンスターの実力と・・・・・それを瞬時に葬った二人の更なる実力に・・・・・・
　楓はともかく、レイラの剣技は今まで訓練の場で多くの者が目にしている。だがそれが、実力の一端でしか無かった事を知った少女達は、にわかに勝利の希望を抱き始めるのだった。



　レイラと楓の二人は、それぞれの持つ、最高の装備を携えて城門へ向かって歩いていた。すれ違う侍女・新兵が黄色い声と羨望を込めた視線を送っていたが、二人の気を引くだけの事は無かった。
「貴方と私、表裏一体となって作戦を行うことはあったけど、同一人物の討伐に向かうのは初めてね」
　レイラは視線を前に向けたまま、横に並ぶ僚友に語りかけた。
「そうですね。しかし本来は我々の任務と言えるのですが・・・・・・」
「正規軍による正攻法でも、少数精鋭の暗殺でも、心許ない・・・・という事でしょうね。貴方はどう思ってる？」
「私も同じ考えです。実際、情報が多いようで肝心な点は全く分かっていませんからね。部下の遭遇した相手が本当に魔王かどうかも、私は疑わしく思っています。単なる近衛騎士か、先程のような擬態した一人にすぎないのかもしれませんし・・・・・実は本当に報告通りなのかもしれませんし・・・・」
「聞く所による実力では、魔王本人と考えたいのが本音ね。貴女が言う様に、実はその男まで配下で、魔王の実力は更にその上だと言うのではたまらないわ・・・・・」
「同感です。正直、触媒なしでサイコブレードを操るという話自体、信じがたいものがありますけど、それを駆使できる者を相手にはするのは今回だけで十分です」
「そうよね。貴女や私にも出来なかった事を軽々するのが雑兵だったなんて、考えたくはないわ」
「魔王・・・・・」
「？」
「結局は、『魔王』と言う肩書きを名乗るだけの実力は持っている・・・・という事ですね。今のところは化物に変身した情報はありませんし、変身能力がなくても十分相手は我々の範疇を越えた存在である事は事実です」
「そうだけど、私達だって、世界で言われる『女』の実力は遙かに超えてるわよ」
　悪戯っぽく笑んで見せるレイラ。
「もちろんそれは私も自負しています。でも結果は対峙した戦力の総合力で決まります。私のチームとそちらのチームが欠員無く、万全の体勢で、尚かつ魔王一人が相手であれば確実に勝機はありますよ」
　楓は滅多に口にしない確実という言葉を口にした。だが彼女が提示した条件を満たすのはかなり困難と言わざるを得ない。誰もがそう思うからこそ、彼女もそうした発言をしたのかもしれない。
「剣技だけなら自身あるんだけどね・・・・」
　腰の剣を軽く叩いてレイラが言った。しかしルールのない闘いにおいては、自分の得意分野だけで事が進むという状況は限りなく少ない。ましてや戦場は、敵の懐なのである。
「ええ、それで決着が付くのでしたら、多分我々が有利です。ですが、相手の・・・モンスターの持つ特殊能力はやっかいです。我々が知る物よりも奇怪な能力の報告もあるだけに、油断は出来ません」
「人間の常識だけで判断するなという事ね」
「はい」
「分かってるわよ。私だって、あんな塔の連中に捕らわれたくはないわ」
　ふん、と気合いを入れるレイラ。城門はすぐ前に迫っていた。
「・・・・・・・ところでレイラ殿、くすぐられる事に慣れてますか？」
　今まで同様、全く表情を変える事なく楓が問う。
「な、何よ唐突に？」
　今までとは全く毛色の違った質問に、レイラは戸惑った。
「くすぐり・・・です。長時間のそれに耐えられますか？」
　ちなみに楓自身はあらゆる刺激に耐えるための訓練を、魔法がらみで受けているため、自らの意志で触感を断ち切ることも可能としてる。だが、レイラはそんな訓練を受けてはおらず、思わずその光景を想像して身震いし、身体を窄めた。
「だ、駄目駄目！私、そう言うのに思いっきり弱いのよ」
「でも、敗れれば・・・・それが待っていますよ・・・・・」
　その一言にレイラが硬直する。楓なりの冗談だったのかもしれないが、当人にとってはとても笑えるものでもなかった。妙なところでプレッシャーを受けたレイラはとりあえず気を持ち直し、脳裏に浮かんだ敗北時のイメージを振り払うと、先に進んだ楓を追って城門をくぐった。
　そこでは、それぞれの部下がそろって待機していた。
　決意を滲ませた部下の各々の表情を見て、二人は決意を新たにして塔へ向けて出発を指示した。


　楓を含む魔導忍者隊四名と、レイラを長とする近衛騎士団五名は、塔内に入るや否や、別行動を取った。
　正面切って前進する近衛と、気配を一切断って侵入する忍者。
　どちらが囮かと問われれば、どちらとも言い難い状況だった。ともかく二人は目的地までは、不慣れな即席の共同戦線をとらず、得意分野で前進し、双方の活路を開く道を選んだのである。
　状況的には雑魚モンスターとの遭遇率の殆どない隠密組の楓達の方が前進していく形となっていた。もちろんレイラ達も、雑魚に後れをとるはずもなく、どこからともなく現れるモンスター達を片手間のように片づけては、着実に歩を進めて行く。それでも、経験値の大サービスとばかりに現れるモンスターは、少なからずレイラ達のペースを遅らせる要因にはなっていた。
　レイラは、楓達との差がかなりのものに達しただろうと思った時、あるいはそれが雑魚達の役割なのでは？という考えに至っていた。だが、連絡の手段もなく、モンスターとの会話もままならぬ状況では確証の得ようもなく、結局は己の範疇での戦いに没頭せざるを得なかった。
　実際のところ、レイラの考えは的を得ていた。今回、塔に潜入した連中の動向が、大きく二種類に分類されることを知った魔王は、捕捉の困難な楓達をあえて捜索させず、まずはレイラ達を足止めして戦力の分断を行った。
　二組がまとまっていても負けはしないと思う魔王であったが、こちらの方が都合がいいと彼は判断したのである。
　結果、レイラ達はけしかけられた雑魚の集団に、前進を妨害され、楓達は忍者故に魔王の放つ異様な気配を感じとり、それをたどって最短コースで塔内を進み、知らず知らずの
うちに、互いの間隔をどんどんと引き離して行った。

　そして楓達は何の抵抗も受けないまま、前人未踏のフロアへと侵入する。

　そこは今までのフロアと比べると、全く異質な空間だった。
　統一性もなく立ち並ぶ無数の水晶の柱と板。それらが広い室内で輝きを放ち、周囲の物を鏡の様に写し出し、単調であるはずの空間を幻想的に見せていた。
　これが単なる風景であれば、眼前の光景に見とれてもおかしくはなかったが、侵入者である楓達は全ての感覚を研ぎ澄ませて周囲を見回し、警戒していた。
　あるはずのない空間に道を写し出し、見せかけの空間を広げるこのフロアは、誰が見ても格好の待ち伏せ場所といえた。
　だが、それにも増して、立ちこめる殺気に彼女達は警戒したのである。それも待ち伏せているものではなく、今にも襲いかかろうとしているそれが、隠そうともせず挑発的に放たれていたのだ。
　彼女達は円陣を組んで周囲を警戒し続ける。慣れないフィールドに対し、警戒する方向を分担し奇襲に備えているのである。
　と、その時、水晶の中で何かが動いた。正確には水晶の向こうなのだろうが、確かに楓達以外の存在が動き出したのである。
「正面やや右！」
　敵を肉眼で確認した上忍　紅(くれない)は叫ぶや否や、三枚の十字手裏剣を同時に投げ放った。
　その行動に他の仲間が注目することはなかった。全員が一点に注目し、死角を生み出す愚を彼女達は犯さなかったのだ。
　紅が放った手裏剣は水晶の柱に命中した途端、爆裂し周囲の物と共に粉々となった。
『おおっ！？』
　爆発の煽りを少なからず受けたのだろう、姿こそ見せなかったが、男と思われる低い呻き声が微かに聞き取れた。
『物騒な・・・・そんな小さな物に爆裂系の魔法を付与しているのか・・・・・』
「化け物相手にはこれでも不足よ！」
　紅が応えつつも、声の主を求めて視線を辺りに巡らす。
「こっち！」
　紅の真後ろに位置していた鈴(りん)が叫ぶと同時に、両手に巻き付けていた鞭を解き放ち、器用に前方で回転させた。すると、水晶の背景に紛れて飛来してきた、数本の小さなつららのようなクリスタルニードルが次々と弾き飛ばされた。
『ほぅ、今のもしのぐとは・・・・・一人くらいは命を落とすかもと思ったが、なかなかやる』
「様子見は時間の無駄よ。私達を止めたいのなら遊ばない方が効率的よ」
　王宮戦士が使う標準的な剣よりもやや短い曲刀を抜き、楓は言った。
『・・・・・・確かに・・・・・見くびっていた事を詫びよう』
　落ち着き払った声の後、楓の真正面の柱の影から人影が現れたかと思うと、先程とはうって変わって無防備な状態のまま「敵」・・・・鏡のように磨き込まれた白銀の鎧に身を包む騎士風の男がその姿をあらわにした。
「貴方・・・・・一人？」
　頭部までも周囲に同化しそうな鎧で覆い、一見すると顔だけが水晶の壁に飾られているようにも見える相手を慎重に伺いながら、意外そうに楓が問う。
「その通り、ここは俺のステージ。他の者には向かない戦場だ。邪魔になるようなものは最初からいらん」
「では、貴方を倒せばここは安全なのね」
　相手が嘘を言っていないと、特に根拠がないにも関わらず、楓は相手の言葉を信じた。相手の放つ気迫から、実力とその自信の程を感じ取り、少なくとも部下を使っての騙し討ちを行うような相手ではないと判断したのだ。
　だが、それは相手がかなりの実力者である事を認める事にもなる。
「そうだな・・・・・だが、逆に言うと、俺が生きている限りここでは気を抜く事は出来ないという事だ」
「早々に決着をつける！多対一でも遠慮はしないわ」
　曲刀を構えて楓は言った。
「御自由に、地の利は俺にある。数などハンデにもならん」
「では！魔導忍者部隊が頭領、楓・・・・・参る！」
「幻影騎士ミラー・・・・・受けてたつ！」
　楓が抜き放った曲刀と、ミラーのクリスタルから削り出したような長剣が独特の響きを上げて交差した。どちらも一歩も退かない一撃が両者の間で激突し、双方が相手を押し切ろうと力を剣に集中させる。
　その瞬間的間隙を突いて、楓の配下である三人の上忍が一斉にミラーに襲いかかった。
　ミラーは床を蹴って背後から迫る紅の一撃をバック転でかわしつつ、正面の楓に蹴りの牽制を入れると、間髪入れず伸びてきた鈴の鞭を剣で捌き、返す剣で楓が追い撃ちにと放ったニードルをはじき飛ばした。
「やるっ！！」
　遠慮なく数の利点を利用した瞬時の攻防で、楓は素直にそう思った。
「氷塊散斬！」
　一同の中で唯一、攻撃のタイミングを遅らせていた雪(ゆき)が、大振りに愛用の魔剣を振るった。振り回された刃から無数の氷の飛礫が発生し、ミラーに向かって降り注ぐ。
「おおっ！？」
　ミラーは体を捻って避けようとしたが、数が多すぎた。直撃こそなかったものの、幾つかの飛礫は確実に彼を捕らえ、溶け込むように周囲を写し出していた白銀の鎧の所々に傷と歪みを生じさせていた。
「流石に・・やるな・・・・」
　ミラーは正直に相手を評価した。ここまで辿り着いた事といい、自分に手傷を負わせた事といい、実力は間違いないと言えた。
（・・・・御覧になってますか？全員を捕らえるのは難しいですね）
　ミラーは慎重に構えを取ったまま、その場にはいない人物に対して意志を送った。
（お前にそう言わせるとは大したものだ。『犬』共でもよこそうか？）
　彼の頭の中に直接声が響いた。彼の唯一の主からであった。
（御冗談を・・・・『難しい』だけで、不可能ではありません。多少は手荒になりますが・・・ね）
（ならば頼む。手荒くとも、生きていれば治療は出来る。そろそろ、生還者など必要も無くなってきたが、連中は全て利用したい）
（仰せのままに・・・・・）
　そう言って、ミラーは会話をうち切った。四人の強敵を前にしての会話だったが、彼等の会話は直接的な意志の疎通とも言うべき念話であるため、実際の時間では一瞬にも満たなかったのである。
「では、今度はこちらから行くぞ！」
　ミラーが魔法で水晶の柱を精製し、雪に投げつける。本来、剣技が得意な彼ではあったが、彼女達を相手に一対一の鍔迫り合いなどしていては不利になる一方であると判断し、飛び道具を利用して間合いを取るようにしたのだ。
　楓達も多対一の近接戦闘が有利であると十分に理解しているため、相手の意図を見抜き、積極的に接近攻撃を目論みた。
「はっ！」
　楓がニードルを放ちながら突進をかける。ミラーも今度は剣を交えることなく後退し、水晶の柱の陰に身をよせ、相手の牽制をしのぐ。
　と、そこへ紅が回り込み、刃を横殴りに一閃した。魔力を帯びた一撃は、柱の向こうのミラーも一緒に両断している・・・・はずだったが、その手応えが感じられず、必殺の一撃が不発に終わった事を悟った。
「紅！退がって！！」
　鈴が叫んだが遅かった。今、紅が切断した柱が粉々に砕け、その破片が彼女に襲いかかったのである。近距離にいた彼女はそれを避けることも出来ず、幾つものかけらをその身に受けて倒れた。
「この！！」
　雪が再び氷の飛礫を放った。と、同時にミラーも左拳で手近な柱を砕いてその破片を水晶の飛礫として用いて放ち、雪のそれを相殺する。そして、切り込もうとした楓に対しても飛礫を投げつけ、次の行動を遮った。
　機先を制され、タイミングを崩した楓と同時攻撃を行うはずだった鈴が、勢いを止めきれず単独の攻撃にでた。
「たぁっ！」
　鈴の放った二本の鞭が的確にミラーに迫る。
　だが、ミラーは剣と左腕で難なくそれを受け止めると、左手に絡みついた鞭を、あたかも自分の物のようにスナップを利かせて操ると、うねった鞭が逆に鈴の腕に絡みついた。
「なっ！」
　驚愕した鈴の腕が、強い力で引っ張られた。
　ミラーがそのまま強引に鞭を振り回したのである。鞭を解く間もなかった鈴は、良いように振り回され、水晶の柱が密生する区画へと投げ込まれ、ミラーも後を追うように柱の群に姿を消した。
「鈴！」
　二人の後を追って踏み込もうとした楓だったが、半歩出たところで躊躇った。鈴とミラーが姿を消した区画は、今いる場所よりも遙かに水晶の柱が密集しており。それはすなわち、相手にとって有利なフィールドであることを意味している。鈴をそこへ投げ込んだのも、彼女達を誘い込む意図があった事は疑いなかった。
　ここは鈴を諦めて体勢を立て直す。
　忍者として訓練を受けた楓の判断はそう言っていた。だが一方では、貴重な戦力である鈴を救助すべしという思考もあった。それは忍者という存在からしてみれば、甘さ以外の何物でもなかったが、四人がかりの攻撃で優位に立てなかった事実が、更に戦力の低下する状況に、彼女を僅かながら弱気にさせていたのである。
　紅も雪も結局は同じ心境であった。二人の視線が、頭領である自分の判断を待っている事を悟った楓は、最終的な決断を下した。
「追うわよ！」
　頷く二人。結局彼女は、一名欠けただけでも勝ち目は無いだろうと判断し、一蓮托生の運命を選んだのである。

　三人は勘を頼りに、水晶が生い茂る区画へと突入していった。
　程なくしてミラーと鈴を見つけだすことが出来たが、この時既に、鈴は戦闘不能状態となっていた。
　彼女はミラーによって、両手両足をある程度開いた状態のまま、水晶の中に閉じこめられていたのである。
「鈴！」
　思わず叫ぶ雪の声に、ミラーとそして鈴が反応した。水晶の中は空洞になっているらしく、彼女の身体が動いている事が見て取れた。しかしながら両手足首から先は水晶に固められているらしく、まともな動きは出来ないようだった。
「やはり来たか」
　全ては予想通りと言いたげにミラーは笑った。
　それに答える変わりに手裏剣を投げる楓。それをミラーは難なくかわしたが、そこへ紅・雪が斬りかかり、一瞬タイミングを遅らせていた楓も加わって、三人の刃が立て続けにミラーに襲いかかる。
　次々に繰り出される刃を、ミラーはことごとく回避していた。だがそれは、楓達の望んだ事であった。十数回目の刃が空を斬った時、ようやくにして楓の望む位置にミラーが立った。
「！？」
　ミラーも、自分の背に水晶の柱が触れた事に気づき、自分が巧みに誘導され、追い込まれた事を悟った。
「もらったわ！」
　楓・雪・紅の三人が同時に三方向から迫った。背後という回避経路は水晶の柱に遮られているため、多方向からの同時攻撃は確実に相手を捉え、最悪でも戦闘に支障を生じさせるダメージにはなるはずだった。
　だが、ミラーの為に存在するこのフロアでは、そんな常識は通用しなかった。
　彼は不敵な笑みを浮かべると、背にした水晶の柱の中に、その身を沈めていったのである。
「そ、そんな！？」
　あるはずのない背後への逃避を想定してなかった三人は、その現象に即応できるはずもなく、それぞれの武器は、本来ミラーがいるべき空間を虚しく通過するだけに終わった。
　まるで水の中に沈むかのように水晶内に身を委ねたミラーは、狼狽する彼女等を水晶の中で眺めながら、挑発的な笑みを浮かべて見せた後、その姿を完全に消した。
「くっ！！」
　必殺の一撃を軽くあしらわれた紅は、屈辱感に身を震わせながら歯噛みし、思わずミラーの消え去った水晶を拳で殴った。ひょっとすると自分も中に入れるのでは？という思いが少なからずあったのだが、それはあまりに単純かつ軽率な行為だった。
　叩きつけた拳が若干の痛みを生じさせただけに止まらず、突如、紅が殴りつけた水晶の中から腕が現れ、彼女の手首を掴んだのである。透明感のある水晶の奥そして中には、腕の主の姿は見えず水晶の柱から直接腕が生えたようにも見えたが、その腕は間違いなくミラーの物だった。
「紅！！」
　楓と雪の二人が各々の武器を『腕』を出した水晶に叩きつけた。敵の身体の一部が出ている状態であれば、こちらの攻撃も通るのでは・・・・という目論見があったのだが、この攻撃も、乾いた金属音を虚しく響かせるだけで、水晶には傷一つつける事は出来なかった。
　楓は今の一撃で本体に対する攻撃をあっさりと断念し、別の攻撃ポイント、すなわち、現在のところ唯一認識できる敵の一部である「腕」を切り落とそうと、刃を傾けた。
　だが彼女がそう判断した時、まるでそれを見越したかの様に、腕はその力を強め、紅を強引に水晶内へと引きずり込んだ。
「あああっ！」
　短い悲鳴を上げて水晶に飲み込まれる紅。
　楓と雪も反射的に後を追おうとするが、水晶は紅のみを受け入れた後は、二人の侵入を頑なに拒んだ。
「く、紅！！」
　彼女の姿が完全に水晶に消えた途端、その水晶が眩い光を放ち、一瞬辺りが光に包まれ、二人はそのあまりの眩しさに目を覆った。
　やがて光の洪水が治まると、二人は目を開け、そして何度目かの驚愕を感じた。
　そこに気を失った紅がいた。だが、無事というわけでもなかった。丁度彼女達の胸の高さ位の位置で、水晶から両手と頭だけを突き出していた。その姿はギロチンにかけられる姿勢に酷似していたが、その水晶の中を見ても、彼女の首から下の身体を確認する事が出来ず、周囲を背景だけを透かして見せていた。
『あと、二人だな・・・・・』
　どこからともなくミラーの声がしたかと思うと、紅の右隣の水晶に彼の姿が浮かんだ。
「！！」
　とっさに放たれた楓のニードルが的確に水晶に刺さり、爆散する。
『おしい！こっちだ！』
　今度は左隣の水晶に浮かぶミラーの姿。
　そこへ間髪入れず、雪の魔剣から氷の礫が降り注ぎ、水晶をずたずたに引き裂いた。
『またハズレだ。もっと的確にねらえ』
　嘲るような口調と共に、今度は辺り一面の水晶にミラーの姿が浮かんだ。水晶が鏡の役割をしているのか、まるで合わせ鏡のような無尽蔵な数だったが、どのミラーも等しく彼女達を見つめており、鏡を使っただけという単純な虚像とは訳が違った。
　それは物理的トリックではなく、魔術等の類による技であることを物語っている。
「あ・・・・ああああああっっ！！！」
　幻覚とはいえ、周囲を強力な実力を持つ人物の姿で包囲された事が発端となったのだろう、雪が半ば半狂乱になって、周囲の水晶を手当たり次第に攻撃を始めた。一方の楓も、有効な手段が見いだせないのなら、敵を優位にさせているこの水晶を一つでも多く減らすべきだろうと判断し、一緒になって周囲の破壊に参加した。
　紅の封じられた水晶を避けての破壊活動は数分間続き、全力を出し続けた疲労と、辺りの視界が、砕け散った水晶の粉塵に近い破片によって、かなり悪くなった事でようやく終焉となった。
　かなりの広範囲にわたって水晶が粉砕され、それに応じた量の塵が浮遊し、濃霧のように視界を遮った。
　二人は大きく肩で息をしながらも、意識を集中して相手の気配を伺った。
　視界はほとんどゼロ。聞こえるのも背後に立つ雪の荒い息使いと、紅の微かな呼吸のみ。気配に関しては、敵のものは全く感じられず、この結果のみで判断するのであれば、彼女達の危機は去った・・・・と判断しても良い状況ではあった。
　だが、違和感はあった。
　何に対してなのか？正体の判らない漠然とした何かが楓の心に引っかかっていた。冷たい緊張が立ちこめ、場違いとも思える冷たい汗が楓の額を伝う。と、その時、楓は気づいた。違和感の正体を。
　それは今、目の前に浮遊していた。
　細かく分散した水晶の欠片が今なお浮遊し続けているのである。細かく塵状になったと言っても、先程から全く状態が変化していないのは異常としか言い様がない。
「雪！まだよ！！」
　楓は警戒を促すために叫んだが、対処のしようがなかった。
『そう、まだだ！』
　何処からともなく響いたミラーの声と共に、辺りに浮遊していた欠片が一斉に渦を巻き、雪の周囲を取り囲んでその幅をどんどん縮めて行った。
　雪は恐怖に駆られ闇雲に刃を振るったが、高速回転する無数の水晶の欠片によって、その切っ先は見事に削り取られてしまった。
　これでは外の楓にも助ける術はなく、内側の雪も、身を縮めていくしか出来なかった。
　やがて欠片が一斉に雪に降り注ぎ、楓の視界から雪を完全に遮った。
　程なくして欠片は役目を終え、周囲に僅かにのこった欠片も浮力を失って落下し、床に積もっていった。
　そこに残った物は、忍者装束をずたずたにされ、首以外の全ての関節を水晶で固められ立つ事しか出来なくなった雪だけだった。
「ゆ・・・・雪」
　勝てない・・・・楓は正直に思った。
　保有する技のレベルが違いすぎた。ミラーは、楓達のようにあらゆる武具・道具を駆使するような技を持たない変わりに、『水晶』を利用した技を極めていたのである。そんな彼と、このフィールドで闘うことはあまりに無謀だったのだ。
「残るは、君一人・・・・・・無理かとも思ったが、何とか全員、生け捕りに成功したな」
　予期しなかった方向からの声に、楓が思わず振り向くと、そこには、いつの間にか背後に姿を現したミラーが、長剣を片手に立っていた。
「私はまだ・・・・闘える！」
　魔剣の曲刀を構えて楓が唸る。
「もう諦めろ」
　ミラーの警告に楓は無言のまま魔剣を振り上げた。



「あっ・・ああぁーーーーっ！！」
　玉砕覚悟で挑み、完膚無きまでに敗北した楓が意識を取り戻したのは、どの位の時が経過してからだろうか？
　何事もなければ、まだしばらくは眠りの中であっただろう彼女は、艶やかさを帯びた悲鳴によって、半ば強制的に覚醒した。
　気を失う直前を、すなわち敗北の瞬間を明確に覚えていた楓は、すぐに事態を把握すべく周囲を見回した。
　案の定、彼女は拘束されていた。鍾乳石のように天井から垂れ下がった二本の水晶に挟まれる形で、両手足首を取り込まれ、Ｘ字の形で身動きを封じられていた。
　忍者には、関節を外すなどして拘束を解くという手法があったが、このような状況ではその脱出法も通用しない。
　脱出不能・・・・と、瞬時に判断した楓は、現時点での自力脱出を即座に断念し、状況を確認した。
　それは容易に判明し、あらかた彼女の想像の範疇にあった出来事が繰り広げられていたが、いざ、目の当たりにすると驚愕と緊張が隠しきれなかった。
　密封カプセル状の水晶に封じられた鈴が、
　水晶の柱に両手首と首だけを突き出した紅が、
　首以外の全ての間接を水晶で固められ身動きできない雪が、
　狂ったように笑い悶えていたのである。
　もちろん、望んで笑っているわけではない。三人とも、見慣れない小型モンスター類によってくすぐられていたのだが、拷問に備え、あらゆる刺激に対して自らの感覚を断つ術を持つ上忍の三人が、くすぐりに反応している。その事実が楓を驚愕させたのである。
「信じられない・・・・・」
　思わず楓は唸った。見たところ、それ程激しくも、ポイントを的確に責めている様子もなく、知能の低いモンスターが単にじゃれている程度のくすぐりにも関わらず、選りすぐりの忍者がそれに激しく反応しているのである。
「だが事実・・・・・彼女達も所詮は女だった・・・・という事だ」
　その声にぎくりとなる楓。全く気配の感じなかった背後からミラーが語りかけてきたのである。
「どんなに鍛えようが決して逃れられない・・・・越えられない性もある、見るがいい、これがその具体的な姿と言って良いだろう・・・」
　楓の前に出てその視界に入ったミラーは、諭す様に語ると紅達の方を促した。
　鈴の体の至る所には全長５センチ程度の不定形の生物、俗に言うスライムあるいはアメーバらしき物体が付着し、緑がかった半透明の体内に幾つかある小さな球体を小刻みに震わせていた。それが彼女にとって微妙なくすぐったさとなって、全身を襲っていたのである。
「あ、あっ、いやっ、いやぁっ！いやっははははははははっ！！あははははははは、もうやめてぇ～～～！」
　鈴は体を前後左右に見境無く、そして可能な限り乱して回しスライムを振り落としていたが、閉鎖空間に半拘束状態で閉じこめられた身では勢いも十分とは言えず、努力の割に振り落とせる個体は少なかった。
　また、たまに振り落とせた個体があっても、すぐに逃げ場の無い彼女に這い寄ってよじ登り、新たなポイントに再びくすぐり振動を加え始めるのである。
　その上、スライムの分泌物にはその様な性質があるのか、付着していた周囲の服・防具が徐々に溶解しており、そうした衣類という遮蔽物を突破し、素肌に接触したスライムも見受けられる。
「いやははははははははっ！いひっいいひひひひひひひひひゃはははは！く、苦しいぃ～へ、変になる～！やめてやめて・・・あはっあはははははは！！！」
　今まで体験した事の無い異質なくすぐったさに、鈴は忍者としての誇りもプライドも捨て去り、ただただ本能のみで体を捩り続ける。
　だが、彼女にとっての悪夢はこれからだった。
　彼女の閉じこめられた空間の天井から、ゆっくりと緑色の液体が滴り始めていたのである。それらは最初、水滴のように散っていたものの、すぐに集まりだし、一定量に達すると全体をうねらせ動きだし、鈴の足を這い上って体の各所に付着していった。
　そう、これも、今彼女を笑い悶えさせて苦しめているスライムだったのである。
「きゃああっははははははははははははは！！あははははははははは！きゃははははははははは！！あっ！あっ！ああっ！！ああああっ～～～！！！」
　衰えるどころか、徐々に数を増やし激しくなっていくくすぐったさに、鈴は半狂乱になりながらも笑い続けた。
　スライムはその位置をほとんど動かす事は無かったが、体の中の球体の振動数や蠢き方を巧みに変えて彼女の体を刺激しており、しかもその変化の間隔も個体によって違っていたため、とても慣れる事は出来なかった。

　一方雪は、首以外の全ての関節を封じられたまま仁王立ちにされており、戦闘でほとんどあらわになった身体に、二匹の蛇が巻き付いていた。
　もちろんただの蛇ではない。全長は２メートル近くあり、全体が蛇特有の鱗ではなく、柔らかそうな毛皮に包まれている上に、体の半分くらいのところで頭部が二股に分かれた双頭の蛇であった。
　二匹の双頭の蛇は、雪の全身に巻き付きスルスルと移動を続け、全身の毛皮の流れるような刺激によって彼女を責め立てている。
　そして四つの頭部も、脇の下や脇腹と言った有効ポイントに近づくと、突っつきやこね回しという行為を巧みに行い、無駄なく責めを続けていた。
「いや！いや！いや！いやっ！いやっははははははははは！！だ、だめ、きゃはははははははははは、そ、そんなの・・・やめ・・・やはははははははは！！！」
　肩関節も当然ながら水晶による固定が行われてはいた。だが、ご丁寧にも脇の下だけは露出されており、その隙間に蛇の頭が潜り込んで蠢くと、雪は身動きのままならない身体を震えさせて笑い苦しみ、首を振り乱す。
　そうした関節に面したくすぐったいポイントに対しては全て露出した状態となっており、弱点をさらけ出したまま、立つ事しか許されない雪は、いいように蛇に嬲られ続ける。
　彼女は少しでもその責めから逃れようと何度も試みるが、関節を固めた水晶の一箇所も砕く事も適わず、激しく笑うことによって胸と腰を震わせ、首を激しく振り回すことしか出来なかった。
「あああっ！いやっはははははははははは！！きゃはははははははは！」
　二匹の蛇達は、身悶え小刻みに揺れる胸に興味を持ったのか、集中してそこへ頭を擦り付けた。両方の乳房の周りを何回も撫で回したかと思うと、二つの頭で乳首を挟み込んだり、反応が激しかった乳房の付け根を執拗に撫でたり突っついたりと多様な刺激に加え、更には両方の乳首対して、細長い舌による微妙な刺激をも与え始めた。
「きゃうう！？あ、あはっ、そんな・・んふははははははぁぁぁぁぁ！」
　左右の胸の頂点に対する刺激は、羽が触れる様な弱々しい接触や、まとわりつくような旋回を繰り返し、女の抗えぬ感覚を送り続ける。
　それに対する体による表現は乏しかったが、堪えようとして固く閉じられてい口のからもれる小さな艶やかな声と、不規則に震えて仰け反る首が、雪の体を駆けめぐった刺激の甘美さを物語っていた。
「だめ！！あっあはぁ・・・くひひひひひひひひひ・・・！！いやっ！いやっ！っひ！ひっっひひっひ！くふふふふふふ！！」
　今も赤く火照っていた雪の身体が更に赤くなり、全身から噴き出している汗とのマッチングが妙な色っぽさを演出する。身体の痙攣の様子からしても、彼女の限界も近いように見えた。

「きゃははははははははは！ひゃははははははははははははは！！あ～っはははははははははは！！！いひっいひっい～ひゃははははひゃはやはははははははっ！！！！！」
　現状を理解するのが困難なのは紅だった。
　首と両手首のみを水晶から突き出した格好の彼女の身体は、どういう訳か透明な水晶の中には見えず、何が起きているのか把握が出来なかったのである。
　が、雪・鈴同様、激しく笑い悶えている様子から、何が行われているかは容易に察しがつく。
　ただ、彼女の反応が最も激しい事のみが妙に特徴的だった。
「ぎゃっははははははは！！！！いっひひひっっひひっ！き～っひひひひひひゃっはははははははは！！あっああああああ～～～～～～！！」
　もやは、厳しい訓練の末に抜擢された上位忍者としての威厳もプライドもなかった。紅は今や、無様に拘束され「くすぐり」という単純にして残酷な責めに翻弄される哀れな少女に成り下がっていたのである。
「み・・・みんな・・・・」
　直属の部下達の痴態を目の当たりにし、楓の心は絶望感に溢れた。実戦だけでなく、精神的な面ですら完敗してしまったのである。
「あの娘の身体を包んでいる水晶は特別でな、異空間ゲートとなって別の場所に通じている。今、彼女の身体は、こことは別の場所にあり、そこで下っ端達の玩具になっている。あの異常なまでの反応はその為だ」
　楓の真横に立っていたミラーが、これ見よがしに紅の現状を語る。
「そして当然、君にも同じ目にあって貰う」
　そう言ってミラーは無防備な状態となっている楓の脇腹を片手で軽く摘んだ。
「っふっ！！」
　不意に襲いかかった刺激に楓は思わず小さな呻き声を上げ、身を震わせた・・・・が、それだけだった。ミラーの脇腹責めは今もソフトに続いているが、彼女は笑い出すことなく無表情を保っていた。
　ここで楓は確信した。この程度、そして多少激しいくすぐりでも、自分は決して笑う事は無いと。確かに最初は不意をつかれ、声を漏らしてしまったが、来ると分かっていれば耐える事が出来ると判断したのだ。
　ミラーはそんな楓の無反応さに不満なのか、全身に両手の指を這わしたり、指先でつついたり、あの手この手で楓をくすぐってみたが、それすらも彼女は耐えて見せた。
「そうそう思い通りにはならないわ！そんな低レベルな拷問には絶対屈しないわよ」
　せめての意地か、あくまで挑戦的な態度で楓は言い放った。
「ふん・・・・あの三人も同じ様な事を言ってたが、結局はあの様だ・・・・どんなに抗おうが、しょせんは無駄な抵抗だ」
「これでも私はメルフィメール忍者の頭領よ」
「もちろん知ってる。だからこそ、多少の責め苦などには屈しないと言いたいのだろ？だったら、お前にも一つ余興を見せてやろう」
　そう言ってミラーは周囲から手頃なサイズの水晶の柱を見つけると、小声で呪文を唱えた。すると、水晶の根元が砕け本体がその場で浮遊する。そしてそれを楓の正面に持って来ると、意味深な笑みを浮かべながら先程とは別な呪文を詠唱する。
「我が力の宿りし、汚れ無き結晶よ・・・・鉄の意志を退け、その魂をここに現したまえ・・・」
「？」
　魔術にも精通する楓だったが、ミラーの唱えた呪文は聞いた事のない言語も含まれ、一部含まれていた古代語のみしか理解できなかった。
　そもそも水晶を、占いや予言の類以外に操る魔法や技そのものが、彼女には未知なる技術であった。
　謎の呪文の詠唱が終わると同時に一瞬、水晶が輝き、全体の質感を変化させた。
「・・・・・・・それだけ？」
　何かしらの意味があると知りつつも、楓は問うた。今、彼女の前にある浮遊水晶は透明度を失い、正面にいる人物である楓を写し出していた。そう、つまりは水晶が「鏡」となり、彼女の全身を写していたのである。
「私の無様な姿を見せつけて、屈辱感でも煽るのかしら？」
「そんな事をしても面白味は無い。これは下ごしらえだ」
　楓の強がりとは裏腹に、彼女の内面の緊張感は増していた。身動きも出来ない状態で、一方的に相手の準備のみが進み、あまつさえその意図さえも分からないのであれば当然であろう。
「とはいえ、下ごしらえもここまで。「本番」を味わってくれ」
　言ってミラーは、浮遊している水晶の中に自らの腕を沈めて行った。
「！？」
　楓は一瞬、目を見はったが、今までのミラーの闘い方を思い出し、この程度は当たり前と平静を装った。
　ミラーの腕はなおも水晶の鏡の中に沈み込み、やがて、そこに写る楓の像と重なった。
「！！！！！！あっ！ああああああああああああああっ！！！！！！！！！！！」
　まさに唐突であった。予期してなかった刺激が身体を駆けめぐり、その感覚がくすぐったさと感じるまで一瞬ほどの時間も必要としなかった。
「あ・・・ああっ・・・・あひひっっひひひひひひひ・・・・な、何？」
　楓の身体にはミラーはおろか、他のモンスターが現れて触れているわけでもなかった。それでも彼女の身体からはくすぐったさが泉のように沸き起こり、彼女を強制的に笑わせるべく全身の神経内を駆けめぐっていた。
　彼女は次々に増大していく感覚に、歯を食いしばって耐えようとしたが、そんな努力も虚しく、許容量を遙かに上回る刺激に、無力にも悶えるしかなかった。
「な・・なぜ・・・くひひひひっひひひひひひ！くっ、くっ、くひひひひ・・・ひっ、ひっひゃはははははははははは！！」
　考えられる事はただ一つ、ミラーの仕業であるという事だけであった。
　笑い悶えながらも楓はミラーを見据え、その行動から原因を察した。
「あ、あ、ああ、あああっ、ま、まさか・・・やはははははははははっ！」
　楓は沸き起こるくすぐったさと、ミラーの行為を確認して確信した。ミラーは水晶内に映っている楓の像をくすぐっていたのである。
本来なら、全く無意味な行為のはずなのだが、どういう訳かそれは彼女の身体を直接くすぐる以上のくすぐったさを与えていたのである。
「気づいたか？この水晶は単にお前の姿を写している訳じゃあ無い。魂そのものを写して具現化しているんだ。そして、これを直接責めれば肉体的・精神的なガードなど、無視して直接魂に刺激を与える事ができる」
　自慢げに語った後、ミラーは両手を使って水晶内の楓の魂の像の全身を激しくつついた。
「はぁっ！！あひっ！！きゃっはははははははははははははははははははは！」
　常識では考えられないくすぐったさが直接脳に送り込まれているような感覚が断続的に襲いかかり、楓は狂ったように笑い悶えた。『耐える』などという事が出来るかどうかというレベルではなかった。
　もう、耐えてみせるなどという、反抗心も完全に砕かれたどころか、そうした決意も思い出す暇さえ無かった。
「ぎゃはははははは！い～～～っひひひひひひ！！だめ～～～きゃはははは！よして、よし・・・っひひひ！くひゃははははははははは、あ～っっはははははははは！！！死ぬ！死ぬ～～～！！」
　楓は必死に身体を捩り、左右の水晶の拘束から逃れようとしたが、それも適う事は無かった。
　ならば、身体をずらし、水晶に自分が写らないようにと努力もしてみたが、これも無駄な足掻きでしかない。彼女がどの様に身体を捩ったところで、許された範囲での動きで、水晶の鏡の範囲から逃れられるはずもなく、身悶える楓の魂の像を、ミラーはうれしそうにくすぐり続けた。
「きひひひひひひひひひ！！い～っひひひひひひひひっ！！」
　かつて無いくすぐったさに翻弄され続ける楓に、もはやまともな判断も思考も行う余力など残っていない。自然と沸き起こる感触に、激しく涙と涎を垂れ流し、ただ悶えるのみだった。

　忍耐力では最高位であるはずの彼女が、激しく笑い悶えて疲労困憊となるのにさほどの時間は要しなかった。
（かえで・・・・・カエデ・・・・・楓！）
　ガクガクと身が震え、自力では身を支えられなくなって項垂れ、徐々に薄れていく意識の中で、楓はふと自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。
「楓！！！」
　気を失う直前、彼女はミラーの背後でレイラの姿を見たような気がしたが、そこで意識は途切れ、深い闇に沈んで行った。