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2010/12/03(金)に投稿された記事
くすぐりの塔R -第7話- 『騎士レイラ』
キャンサーさんの作品「くすぐりの塔R」の第7話です。
そーいや、ここのところ「自力で作れそうなものは作ってみる!」をスローガンにかかげて、うどんとかパスタとか、信州の郷土食「おやき」とかを作ってます。
パスタはなんか変なことになったので研究中だけど、うどんはまな板とボウルだけで作れました。
みんなも試してみてね。
そーいや、ここのところ「自力で作れそうなものは作ってみる!」をスローガンにかかげて、うどんとかパスタとか、信州の郷土食「おやき」とかを作ってます。
パスタはなんか変なことになったので研究中だけど、うどんはまな板とボウルだけで作れました。
みんなも試してみてね。
「楓!!」
迷宮の中で見つけた隠し通路・階段を経由し、ほぼ最短であろうコースで上
階へと登り、到達したとあるフロアで、レイラは思わず声を上げた。
周囲一帯に水晶の柱が立ち並ぶ神秘的なフロアの一角で、先行していた楓達
が全員捕縛され、陵辱されていたのである。
予期しなかった事態に放心したのも束の間、レイラは仲間を助けると言った
至極当然の衝動に突き動かされ、聖剣を構えて突進した。
「!?」
ミラーはそんな無謀とも思える行為に、迂闊にも一瞬躊躇した。それでもレ
イラの殺気に反応し、素早く迎撃体制に入る。
「力の欠片よ!敵を撃て!」
ミラーが左手を突き出して短い呪文を唱え、クリスタルの破片の様な物を無
数に放った。
一見我を見失った様相のレイラであったが、その実、最低限の冷静さは保っ
ていた。彼女には勝算があったのだ。この正面きっての突撃に・・・・そし
て、自分の不得意とする魔法戦に対しても。
彼女は目前に迫るクリスタル片を避けようともせずに真っ直ぐ突っ込んでい
った。その表情には不敵な笑みさえ浮かんでいる。
「!」
ミラーは目を見張った。自分の放ったクリスタル片が全て、レイラに命中す
る直前に霧散してしまったのである。驚愕するミラーの眼前に、間合いを詰め
たレイラの聖剣が迫った。
「ぬぅっ!」
素早く右手にクリスタルの短剣を形成させ、寸前のところで剣を受け止める
ミラー。
一瞬のつばぜり合いの後、力任せにレイラを突き飛ばすと、手にした短剣を
巨大化させて一本の氷柱状のクリスタルに変貌させると、それを再び彼女へと
投げ放った。
だが、その攻撃も目論見通りレイラの肉体を貫く事はできず、接触寸前に霧
散して散った。
相手の魔法攻撃を無効化させ、レイラは再び不敵な笑みを浮かべた。一方の
ミラーは、今度は驚いた表情を見せなかった。むしろ今の一撃で一つの確信を
得て納得した表情となっていた。
「『耐魔の鎧』だな・・・・・お前達は、あの通路を通って来たと言う事か・
・・・・」
ミラーは落ち着いた口調で語ると、レイラの鎧を再確認し、それが自分の記
憶にある物である事を認めた。
「サイズが合ったから借りたわ。あんな倉庫にほったらかしだった物なんだか
ら、いらないのでしょ」
レイラはそう言い放つと、大きく剣を振りかぶった。魔法に対する防御を考
えなくていい分、剣技に集中できる強みが彼女の行動を大胆にさせていた。
「基本的には男物だぞ・・・・それは・・・・」
そう言って、ミラーは彼女の背後に注目する。
彼女の部下達四人が左右に散開し、隙を窺うようにじりじりと間合いを計っ
ているのが見て取れる。
(また、多対一か・・・・・)
その状況は先の楓達との闘いと似ていなくもない。だが、あの時は魔法攻撃
による牽制が出来たのに対し、今は一人とはいえ、全くそれを無視できる人物
がいた。
「やっかいだな・・・・・・」
ミラーは素直に呟くと、ほんの少し思考し、一つの選択を選んだ。
「はぁっ!」
ミラーの思考は一瞬の隙となって表情にも現れ、レイラは躊躇無くそこに斬
りかかって行った。
「ふん・・」
その一撃を後に下がることで避けたミラーだったが、それはレイラの予想す
るところであり、彼女は最初の一太刀が空振りするや否や床を蹴って追い打ち
をかけようとした。
が、その行動はミラーの方も予測してた。
彼は退くと同時に、今度は前に踏み出し、追い打ちをかけようとしたレイラ
との間合いを彼女の予想以上の早さで逆に詰めたのである。
虚を突かれた彼女はまともにミラーの体当たりを受けて突き飛ばされた。
「隊長!」
部下達が上司に代わって攻撃に入ろうとするが、ミラーは素早い動作で魔法
の印を結ぶと、彼女達の周囲にある水晶柱を一斉に破裂させ、その行動を制し
た。
五人は水晶の自爆に一斉に足を止められ、その体制が整った時には、ミラー
は楓達の捕らわれている所まで退いていた。
「悪いが失礼させてもらう。連戦な上に、この『生贄』を献上する仕事が残っ
ているのでな」
そう言っている間に彼の姿は霧にでも包まれるかのように薄れていく。
「待ちなさい!!」
ミラーはともかく、楓達は・・・・・そう思うレイラであったが、次の瞬
間、全ての水晶が眩い光を放って彼女達の視界を奪った。
眩んだ視力が回復する頃には、ミラー達の姿は何処にも無かった。
気まずい雰囲気が辺りを支配した。
楓達の救出の失敗。それは、彼女達の当初の計画であった二部隊共闘作戦の
失敗をも物語っている。それに加え、最強クラスのチームが敗北したという事
実が、否応なしに彼女達の士気を下げ、不安を煽った。
「隊長・・・・どうしますか?」
レイラの部下の一人が意を決して尋ねる。が、その返答は既に決まってい
る。
「追うわ・・・・と、言っても居場所が分からない以上、私達の進む先は上し
かないけどね」
「では、楓さん達は・・・・」
「多分大丈夫よ。あいつは『生贄』と言った・・・・ならば、すぐには殺され
はしないはず。それより早く敵を倒せば済む事よ」
自分が気弱になることが許されないレイラは、根拠もない事をあえて口にし
た。そしてそれを実行するために再び歩みの先頭に立つのだった。
レイラ達は進む。下層で隠し部屋とそれに組み合わされた隠し階段を見つけ
た彼女等は、それらによって塔の基本構造を把握し、実に速いペースで上層へ
の進行を実現していた。
もとより隠しコースだったためか、モンスターとの遭遇も極めて少なく、希
に現れるガーディアンも彼女等の連係攻撃に敗れ去り、時に現れる高度な攻撃
魔法を駆使できるモンスターも、レイラの得た『耐魔の鎧』に為す術もなく散
っていった。
彼女等の拾ったこの鎧は想像以上に役立ち、一同に絶対の自信を植え付ける
ことにも成功していた。・・・・・このまま上手く行けば魔王を倒せるのでは
と思うほどに・・・・・
そして最上階・・・・・雰囲気的にそう思えるフロアで、今、最後のモンス
ターが切り倒された。
このフロアは一本の広い通路が単純に伸びており、その先に、巨大な扉が固
く閉ざされ彼女達の進行を遮っていた。
レイラはこのフロアに到着して間もなく、ここが魔王の待ちかまえている所
だと確信した。彼女はこことよく似た場所を知っていたのである。
そう、ここは自らが仕えるメルフィメールの城の謁見の間に雰囲気が酷似し
ていたのだ。
レイラ達はその広間に辿り着いた途端、待ちかまえていた無数のモンスター
達の暴力的歓迎を受けたが、長時間の乱闘の後、今こうして最後のモンスター
が撃退されたのである。
一同は、モンスターの死骸を乗り越え、これ見よがしにそびえ立つ扉の前に
集った。
「悪趣味な扉・・・・・」
扉をじっくり眺めて、レイラはその感想を端的に呟いた。
扉は重量感ある金属質で出来ており、無数の「手」が突き出していたのであ
る。人の手と思わしき物から、ありとあらゆるモンスターの手までが無秩序に
並んでいたのであった。
レイラは今にも動き出しそうなそれを注意深く観察するうちに、ある事に気
づいた。
「これ・・・・・どうやって開けるのかしら?」
他の騎士達も同じ事を考えていたのか、揃って首を左右に振り、分からない
意志を示した。扉には取っ手どころか、開閉のためのレバーの類すら見あたら
なかったのだ。
「あの・・・隊長」
そんな時、騎士の一人がレイラを呼んだ。
「何?」
「これ・・・・・ひょっとして・・・・・」
騎士はいささか拍子抜けしたような表情で、扉の両脇に設置されている台座
を指さした。本来なら、守護神の銅像や石像や鎧もしくは、それに扮したモン
スター等が乗せられていてしかるべきと思わしき台座である。
だが、今その台座には通例に該当する物体は何一つ無かったのだ。
「お約束ね・・・・・」
レイラも騎士と同意見を得た。
彼女達は互いに頷き合って行動した。
手近な所に転がっているモンスターの中から手頃な物を引きずって来ると、
少々気味悪さを感じながらも協力して、両方の台座へと乗せる。
一同の読みは正しかった。モンスターを乗せられた台座はその重みで一部が
沈み、その下に隠されていたスイッチを押し込んだ。それに伴い細工が起動
し、巨大な扉を左右へと移動させる。
「こんな単純な仕掛けしか出来ないようじゃ、たかがしれてるわね」
レイラがわざわざ軽口を言うのも、この先に確実に存在するだろう『魔王』
に対するプレッシャーを軽減させたい為の事だった。
扉の奥はやはり城の謁見の間と同様の構造となっていた。長く広い廊下に、
飾られている美しい装飾品。モンスターを統べる魔王の居城にしては品位が漂
っていたものの、それに魅入るゆとりは彼女等に無かった。廊下の奥に見える
王座の手前で一人の男が仁王立ちで、彼女達の到着を待っていたのである。
(彼が・・・・魔王・・・・)
「行くわよ!」
レイラ達は、少なくとも表面上は整然とした足取りで魔王であろう人物に向
かって歩を進めていた。だが、細部に亘って観察できたとすれば、それが虚勢
であったと言う事がはっきりと判った事だろう。
移動のため殆ど気づかれないが、小刻みにふるえる手。微妙に増える発汗
量。意識しないと自然さを損なう歩行ペース・・・・・それらが全てが前方に
いる一人が原因で生じていたのだ。他国の侵略に対しても十二分に渡り合える
と信じていた自分達を短期間で窮地に追いやった張本人との対決となれば無理
もないだろう。
レイラは視線を巡らし、肉眼で確認できる範囲に、魔王と思しき人物以外に
誰もいないことを確認する。望んでいた状況ではあったが、これはあまりあて
にはならない。敵の中には、何時何処にでも姿を現す事も可能な者も存在して
いる上に、例えこの場が魔王以外不可侵であったとしても、一人でいるだけの
自信と実力を兼ね備えているのは明白だった。
やがてレイラは無言のまま、互いの表情が伺える距離まで達して止まった。
そしてそれを待っていたかのように、目の前の人物が口を開いた。
「ようこそ、騎士団長レイラ殿。君達がここに来た最初で最後の抵抗者だよ」
既に決定事項のように言い切る男は、鎧すら装着していない軽装であった。
左腰にごくありふれた長剣が下げられているが、それ以外は武器らしき物は持
っていなかった。服装も下級貴族の旅時の様な、実に質素な服装だった。
魔法に長けているが故の装備か?
もしくは、報告のあったサイコブレードを操るが故の自信か?
早々に判断は出来なかったが、少なくても外見での判断は自滅に繋がる。眼
前の敵を前にレイラはそう思った。
「初めまして。自己紹介は不要のようね」
「情報提供者は大勢いたからな」
「では、単刀直入に警告するわ、自称魔王さん。貴方は我が国の秩序を大きく
乱しているわ。メルフィメール王女フレイア様の代理人として、即刻国外に出
て行く事を命じます」
「こちらの提示した条件は?」
「受ける必要性がありません」
「なら、決裂だ」
公式な会見であれば全世界の記録に残るであろう短い交渉が終了した。もと
より双方とも交渉するつもりが無かったため、次の瞬間には戦闘に突入してい
た。
既に待機していた四人の騎士が左右から斬りかかり、一瞬遅れてレイラも剣
を突き立て突進をしかける。
魔王を称する男は腰の剣を引き抜きざまに、左側から迫る二本の剣を同時に
払うと、そのままの勢いで右側から来る二本の剣を叩きつけて軌跡をあらぬ方
向へと変えた。そして突き出されたレイラの剣をくるりと身を捻ってかわし、
同時に自分の剣を手放すと、まだ突き出されたままのレイラの腕を取り、回転
する勢いで投げ飛ばす。
そして一回転した魔王は、次の攻撃をしかけようとしていた騎士達に向けて
両掌を向けると、突風のような衝撃波を至近から放って、四人を一気に数メー
トル後ろに吹っ飛ばし、それがどれほどのダメージを与えたかを確認もせず、
今度は投げ飛ばしたばかりのレイラに向けて数発の光弾を放った。
投げ飛ばされ、辛うじて姿勢を取り戻し着地したばかりの彼女に回避する手
段はなく、全ての光弾がレイラに着弾した。
着弾により発生した熱と衝撃の余波が周囲にも広がり、一同の身体を一瞬震
わせた。
通常であれば充分致命傷であり、死体と化していても十分納得できる威力だ
った。
だが、それにも関わらずレイラは健在で何事もなかったように平然とその場
で立ち上がった。鎧が防御能力を発現させ、攻撃を防いだのである。それを示
すかのように鎧全体が淡い光を放っていた。
「残念だけど、貴方の魔法は効かないわよ」
命中時は思わず死を覚悟したレイラであったが、拾い物の鎧が期待以上の能
力を発揮し、余裕を取り戻した。そして相手の戦意を僅かでも削ぐために絶対
的自身を持って己の存在を誇示した。
だが彼女の虚勢は予想に大きく反して、冷笑によって迎え入れられた。
「それは配下が、お節介にも俺の身を守るためにと用意した者だ。貴様等では
真の力は発揮できん・・・し、その程度の物を拠り所にしている様では先はな
いぞ」
「何を・・・・物は使い方次第・・・・って言葉もあるのよ」
「残念ながら、どの様な使い方を持ってしても、無駄だ」
魔王は断言する。
「それは、俺の『者』と言っただろう?只の道具ならいざ知らず、それは俺の
意志に従う部下だ・・・・それが主に害を成すとでも思うのか?」
魔王の強調した言葉の示すところを理解し、レイラは動揺する。
「馬鹿な・・・・鎧が生きてるとでも言うの?」
自らが抱いた疑問に対し、焦燥感が止めようもなく溢れた。今、自分が身に
つけている鎧が生物であると言われれば、不快感が生じるのは無理からぬ事で
あろう。
「そうだ。見たいのなら今証拠を見せてやろう」
そう言って魔王は相手の反応も待たず指をパチンと鳴らした。
変化は唐突に起きた。今まで装着者にほとんど重さを感じさせず、その身を
守っていた鎧が急に数倍の重さとなり、使用されるのを拒絶するかのごとく、
装着者であるレイラの意思に逆らった。
「そ、そんなことが・・・・!」
レイラの体は装備の急な変化について行けず、つんのめって倒れた。
「隊長!」
「あがくな!お前等程度では何の役にもたたん!」
事態の急変に、倒れていた四人の騎士が駆けつけようと身を起こしたが、魔
王は振り向きざまに直径1センチ程度の光弾を無数に放ち、彼女等を牽制し
た。
彼は手加減したのであろう、本来であれば致命傷になりかねない光弾の雨を
受けながら、彼女達に打ち身以上の深刻なダメージはなかった。だが、鎧と剣
だけは許容量を超えるダメージを受け、崩壊していった。
「・・・卑怯者・・・・・」
立ち上がったところで、この身の重さではろくな戦いも出来ないと知りつつ
もレイラは立ち上がった。それがせめての抵抗であるかのように。
「卑怯?その鎧の事か?」
魔王は心外だと言わんばかりにレイラに詰め寄った。
「敵地にある物を疑い無しに所持する方がどうかしてるんだ・・・・・・そも
そも、お前達にとって決め手になるようなアイテムが、手の届く場所に都合良
くあるものかよ!」
魔王は至極当然の事を言った。
「・・・・・・・・・!!」
レイラは悟った。自分達が踊らされていただけだと言う事を・・・・
「さて、無駄な時間を費やすのはやめて、こちらの本題に入らせてもらおう」
魔王は再び指を鳴らす。
「あっ!」
レイラは思わず声を漏らした。今まで加重を加えていた鎧が急に軽くなった
かと思うと、勝手に動き出し、ある位置で見えない何かに押さえ込まれたかの
様にがっしりと空間に固定された。
今、彼女は床から僅かに浮いた状態でX字に固定されていた。
「な、何をするつもり!」
半ば予感しつつもレイラは強気に振る舞った。
「何を・・・か?まずは下ごしらえだな」
そう言って今度は鎧の前で手をかざす。それに伴い上腕・胸部・腰部・太股
を覆っていた鎧がことごとく分解し床に落ちていった。身軽になったレイラで
あったが、手足に最低限の鎧が残っていたため、未だその身はX字に固定され
たままだった。
魔王はレイラの物理的防御が無くなるのを確認すると、ポケットから小さな
球体を取り出し、軽く指で刺激を与えて床に放り投げた。
球体は床に落ちるや否や、横に二つに展開し、無数の糸を放出する。
糸は不規則に蠢きながらも床に定着し、一種の魔法陣を形成していった。
その魔法陣形成が完璧に終了すると、魔王は小声で呪文を呟き、魔法陣内に
小さな空間の『穴』を形成させ、彼女の理解の範疇を越えた何かを召還した。
「?」
召還された物体は緑色の球形に近い形をしていた。当然ながら全貌を見て
も、レイラの知識には無い存在であった。
その正体を、心の中で自問自答していたレイラに応えるかのように、それは
脈動を始めた。上部が破裂するように展開すると、みるみるうちに膨張・拡散
して行き、やがて巨大なチューリップに似た紫色の『花』を見事に咲かせたの
である。
「な、何なの?」
レイラはまず、その『花』の存在の大きさに圧倒された。
「ワンダーフラワー・・・・放浪花と言うのを知っているか?」
呆気にとられるレイラに魔王は語り出す。
「過酷な環境で独自に進化した植物の一つでな、食虫植物と根元を同じとされ
ている物だ。食虫植物は、昆虫の捕食で足りない栄養を補充するが、こいつは
栄養の多い土地を求めて自ら移動する事を覚えた植物だ。不気味に動きはする
が、その生態のおかげで捕食行為は行わない」
「それがなんだって言うのよ」
前触れもなしに始まった植物学に、レイラは当惑を感じずにはいられなかっ
た。だがそれを相手は気にすることなく言葉を続けた。
「だが、気ままに移動する事を覚えた結果、一つの問題が生じた。それは種子
を残す事だ。こいつらは雄花・雌花が別々に一輪ずつしか咲かないために、受
粉をしなければならないが、なにぶん動く物体に昆虫が簡単に近づくはずもな
く、他生物を利用する受粉行為がほとんど出来なくなってしまった訳だ」
確かに・・・とレイラは思う。害は無いとしても、この大きさの植物が動け
ば、昆虫に限らず、たいていの動物は警戒してしまうだろう。そうした納得の
中、魔王の説明は続いた。
「だからこいつらは自ら受粉を行う事も覚えた。雄花は雌花の放つ独特のフェ
ロモンを察知して近づき、直接受粉を行う・・・・・・植物でありながらのそ
の行為は、もはや交尾と言っても良いかもしれんな」
「だからそれが何なのよ!花を愛でる趣味は多少あっても、こんなのは論外だ
わ!」
「まぁ、最後まで聞け。こいつの、この大きさは特別だ。本来はもっと小さい
ものを、俺が少々手を加えて品種改良した」
そう言って合図をすると、まるで見えていたのか『花』はのそのそと動き出
し、ゆっくりとレイラに近づいていった。
「な、何をするつもりなのよ!」
得体の知れない巨大な植物に近づかれ、思わず身を引くレイラであったが、
拘束された身では遠ざかる思いはかなえられなかった。
「実はこいつは雄花でな、『雌花』を認識する能力を削除しているんだが、辛
うじて『雌』の判別は出来るようになっていて、手当たり次第に『雌』に受粉
行為を行う様になっているんだ」
「じゅ、受粉!?」
それが何を意味するのか?問う間もなく彼女は、大きく花弁を広げた『花』
に全身を包み込まれてしまった。
「「「「きゃぁあああああああああ!」」」」
響き渡った悲鳴はレイラの物では無かった。音声多重だったそれは、彼女の
部下達であり、心身共に受けたダメージで事態を見守っていたが、上司が
『花』に喰われた状況を目の当たりにし、恐怖から声が出たのである。
得体の知れぬ物に捕食される恐怖に、四人はパニック状態となって我先にと
逃げ出す。魔王は追う素振りを見せなかったが、その視界内にいるだけで彼女
等の恐怖の対象になっていた。
一心不乱に先程の扉まで一気に走り込んだ彼女等は、扉が閉じている事に気
づいて焦った。一瞬慌てたものの、扉の脇に表と同じ台座がある事に気づいた
一同は申し合わせたように、二名が左右の台座へ、二名が扉正面に向かった。
左右の台座に女騎士の加重が加わり、扉が開くかに見えたその時、飾りと思
われた『手』が蠢きだし、数本の手が伸びると、逃げる隙を与えず一同を絡め
取り、勢い良く扉に引き寄せた。
「ああっ!」
「きゃっ!」
「し、しまっ・・・・」
「いやぁ!何こぇ!」
四人は引き寄せられた勢いで、揃って背を扉に叩きつけられた。
異質な物に自由を奪われる嫌悪感に、逃げだそうと抵抗する彼女等だった
が、すでに周囲の『手』が素早く展開し、手足をしっかりと押さえ込んでい
た。その数があまりに多数であるため、遠目からは手足が壁に埋め込まれたか
の様にも見えた。
(捕まった!)
動かない手足に彼女等は絶望感を感じた。だがそれが恐怖感に変わるのを実
感する余裕はなかった。壁に埋め込まれている『手』の群が何の前触れもな
く、彼女達の身体を無遠慮にくすぐりだしたのである。
「あひゃっ・・あひゃひゃはっははははははははははははははははは!!」
「きゃあっっっあ、あっあはははははははははははははははは!!」
「はあっ・・ああああっあははははははははははははははは!!」
「あはははははははははは!あはっ、あはっ、あ~~~~~っははははははは
ははは!!」
この不意打ちに、彼女達は堪える間もなく笑い出す。本来彼女達の身体をガ
ードするべき鎧は既に無く、全身をくすぐり這い回る『手』に対し何の防御手
段も無いまま笑い悶えた。
「きゃはははっはははは!あはははははははははは!あ~~~っはははは
は!!」
「いひっ、いひっ、いひゃはははははははははは!きゃああああっははははは
はははは!!」
休むことなく蠢く『手』の群は、ある時は、脇をこちょこちょとまさぐった
かと思うと別の『手』が割り込んでつんつんと突っつく。そしてまた、新たな
『手』が割り込むと、揃えた指先でぐりぐりと脇の下をこね回す。
そんな行為が脇腹・背中・腹・太股・首・膝・腕と、全身で行われていた。
それはそれぞれの『手』が、自分の得意なくすぐり方で我先にと彼女達の身体
に殺到している結果であった。
統一性もパターンも容赦もないくすぐりは、全く衰える様子など見せず、哀
れな生贄を狂わせ続ける。
「あひひゃはははははははははははは!や、やめてぇぇぇ~~~!」
「あはっ・・あ・・・あ・・そこは・・・あっははははははははははははは
は!!そこだめぇ・・・やははははははははははは」
「きゃはははははははは!あ~~~っははははははははは!い~~~っひゃひ
ゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
くすぐる事だけがその使命の如く蠢く『手』に責められ続け、彼女達の身体
はびくびくと悶絶を始める。
「凄い責めだろ?」
その場から動かず、遠場でそれを見つめていた魔王は独り言同然に呟いた。
「その扉は『怨念の門』と名付けられててな、その『手』は、塔に侵入した女
達をくすぐることも出来ないまま死んだモンスターの無念の怨念で形成されて
いる。満たされない欲求で生まれたため、くすぐり方に加減という物が殆ど無
い」
距離的にも状況的にも、その説明が聞き入れられたとは思ってはいない。慌
てなければ門に捕らわれる事は無かったであろうと、嘲りの笑みをもらす魔王
だった。
「アレに捕らわれては部下達もおしまいだ・・・・・そっちはどうだ?」
魔王は『花』に飲み込まれたレイラに向かって声をかけた。
「あ・・・あはっ・・あ・・あ・・・あははははは・・・ん・・・んん・やは
ははははははははははは!」
レイラも又、部下達同様、包み込まれた『花』の中で笑い悶えていた。が、
こちらは若干状況が異なっていた。
鎧による拘束は続いており、彼女は未だ大の字のままの体制であった。その
彼女の身体に細いツタのような物が数本が絡みつき、そして全身を花粉を含ん
だ綿毛の様な先端を持った触手が這い回っていた。
実はこれがこの『花』の基本的な受粉行為だった。
『雄花』は、ふたまわり以上も小さな『雌花』を自分の『花』の中に取り込
み、ツタ状の触手で花びらの除去と雌しべの確認、そして固定を行い、花粉を
たっぷりと含んだ雄しべを擦りつける。
この時、受粉が成功すると雌花は今までと異なったフェロモンを放ち、『雄
花』に受粉が成功した事を伝えて解放される。
だが、フェロモンによる合図がなければ、それが得られるまでその行為が続
けられるのである。
すなわち、合図の送れない人間のレイラは延々と、この行為を受け続ける事
となる。
「はんっ・・・・あっ・・・ひああっ・・・くふふふふふ・・・・」
雄しべが体を這い回る度にレイラの体はぴくぴくと反応し、噛み締めた口元
から声を漏らす。衣服の上からの刺激であったが、この手の刺激に弱い彼女に
とっては十分な責め苦であった。
だが雄花にとって、雌花と思って捕獲した対象が何の反応を示さない事は大
問題だった。受精こそが目的である雄花は、本能と言う方が正しいのであろう
それで『思考』し、まだ何か受粉を妨げる遮蔽物でもあるのだろうと判断し
た。
それは間違いではなかった。触手の一部はレイラの体を這い回り、衣服とい
うそれを確認し、早速それの除去を行った。隙間に潜り込み一気に引き延ばさ
れた服は一瞬で耐久力の限界に達し、易々と引き裂かれる。
「やだっ!・・・ちょっ・・・まさか・・・・」
上下一枚の下着姿となった自分の肢体に迫る雄しべを見て、レイラは青ざめ
引きつった。
「やめっ!だめっ!こないで!あ・ああ・・・ああ・・・・きゃ~~~~っは
はははははははははははははは!!くすぐったい!くすぐったい!やはははは
ははははははははは!やめて、や~~~っきゃはははははははははははは」
雄しべに直に触れられた途端、彼女の体は大きく跳ね、激しく体を震わせ
た。雄しべは本能に従い、ある程度定期的なパターンで彼女の体を這い回って
いたのだが、雄しべが通過する度に体にパウダーの様な花粉が付着し、滑りを
滑らかにしてしまい、余計に体を敏感にさせ、くすぐったさを倍増させていた
のである。
「あははははははははははは!やん・・・ひゃはははははは!はぁん・・・あ
・・・あ・・・ははははっははっははっはははあはははははははは!!」
狂ったように身を捩らせ続けるレイラ。その身体はたちまち花粉にまみれ、
逆に花粉が付着していないところが無い程へと変貌する。
それでも、雄花は彼女を解放する事はない。彼女が人間である限り解放はあ
り得なかったのである。
「あっっはははははははははは!はぁっはははははは・・・はっ・・はぁっ・
・はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
蠢く花弁の中から絶頂ともとれるレイラの悲鳴を聞き、男は面々の笑みを浮
かべた。
王宮内にはこれ以上ない絶望感が立ちこめていた。
国内最強と誰もが認めるレイラと楓のパーティすらもその消息を絶ったの
だ。これで事実上魔王に対抗できる人材はいなくなったと言える。
王宮の自室で王女フレイアは動揺を辛うじて抑えながら考え込んでいた。と
は言え、攻めの手を失われた今、残された手段は限られており、それが解決策
に直結するとは言い難い。否、言えなかった。
長期的な事態を予想すると、嫌でも自分達における最悪のケースを考えざる
を得なかった。
王女の左右に立つ二名の側近も、同様の思いを抱いていたが、それを表情に
出すことなく、直立不動の体勢のまま微動だにしなかった。しかしそうした毅
然とした姿勢も、不意に空気が変貌したかのような雰囲気に包まれるや否や、
動揺した様相を見せた。
『失礼・・・・・・邪魔するぞ』
不意に室内に王女達三人以外の声が響いた。
「誰だ!」
内心は恐怖に駆られながらも素早く側近の二人が王女を挟む位置に立ち、主
を守る体制に入り、勘で声の放たれた方に警戒心を向け、剣を構えた。
その反応は正しかった。側近の構える先には壁があり、絵画と大きな姿見の
鏡が飾られているだけであったが、不意に鏡に映し出されていた景色が揺らめ
き、漆黒で覆われると、その中から人影が這い出してきたのである。
「何者!」
側近が剣を突きだし、更に一歩踏み出す。
「事前連絡も無しに失礼・・・・だが、知らない仲ではないんだ、多少の非礼
は大目に見て頂きたいな」
鏡から現れた人物の正体を知って、王女と側近が揃って息を呑む。
姿を現したのは事もあろうか、魔王本人だったのである。彼は一応の正装と
マントを身に纏っていたが、その意図に皮肉が込められているのが伺い知れ
た。
「ふざけた事を!王女の寝室に侵入など、非礼の極み!即刻出ていけ・・・
・」
「要件は何です」
フレイアは、怒気を露わにした側近を諫めると、内心の不安感を凛とした態
度で隠し、魔王と相対した。
「いやなに、軽く礼を言いに来ただけだ」
悪意を含ませた笑みを浮かべて、魔王は言った。
「礼?」
「ああ、王女様が我々に幾人もの生贄を捧げてくれたおかげで、今し方、魔獣
が眠りから覚めたんでね、その礼を言いに来た次第だ」
かくも丁寧な、貴族が用いる大げさな仕草で頭を下げ、彼女達にとっては衝
撃的事実を魔王は端的に語った。
「魔獣が・・・・目覚めた!?」
思わずフレイアが問いすと、徐々に恐怖感が沸き上がった。だが実感はなか
った。
その正体はおろか、恐ろしさを語り継ぐ口伝すら存在していなかった魔獣が
目覚めたと言われても、その実態もなく、魔獣復活を誇示するかのような異変
も生じてはいない。
だが、目の前にいる魔王なる人物が、冗談を告げにここへ訪れたというのも
考えにくい。そもそも、彼の発言が真実だろうと直感してしまったために、フ
レイアは本能的な恐怖を感じてしまったのである。
何が起きるのか判らない不安。
永きに渡り平和であり続けた自国の危機。
これまでにない危機的状況に、今後の事態を憂いたが、当面の危機はメルフ
ィメールではなく、王女自身にあった。
「できれば、高価な献上品があれば良かったんだが、残念ながら俺は王女様程
の身分に見合った物品を持ち合わせていない身でな・・・・・だが、手ぶらで
はいくら何でも失礼かと思って、王女様が知りたがっているだろう、『魔獣』
をここにつれて来て差し上げた次第だ」
「!?」
室内の緊張感が一気に高まる。魔獣と称される存在が、いきなり来ていると
言われればその反応も当然と言えたが、魔王はそんな王女達の恐怖に青ざめる
表情を見て、僅かに笑みをもらした。
「・・・・と、言いたいが、実は、誠に残念な事ながら、魔獣は目覚めたばか
りで、完全に活動を開始できる状態ではなくてね、一部の分体しかお披露目で
きないが、それでも魔獣の能力を御理解いただけるかと思う」
そう言って魔王が指で印を結ぶと、彼が現れた鏡が再び漆黒の空間を写し出
し、その仲から不気味な生物を出現させた。
大きさで言えば子牛程度。
既存の生物で例えるなら、脚が無く首の向く方向が180度反転した馬と言
えばよいだろうか。
その体表は粘膜で覆われたナメクジを思わせ、一見して『目』と認識できる
物はどこにも見受けられない。
移動は身体の底部に生える、虫のような四対の脚で行い、側面の所々から伸
びる触手が独自の意志を持っているかのように蠢くという、異質で不気味さは
ありながら、恐怖の対象とはしてはやや力不足に思えるそれが、ゆっくりと魔
王の傍らへとやって来た。
王女達が思い描いていた物に比べれば、迫力に欠けたイメージはあったが、
仮にも魔獣と呼ばれた存在である以上、外見でその能力を判断するのは危険と
言える
この生物に、どの様な秘密が隠されているのか・・・・・王女はそれを我が
身で知る事となる。
迷宮の中で見つけた隠し通路・階段を経由し、ほぼ最短であろうコースで上
階へと登り、到達したとあるフロアで、レイラは思わず声を上げた。
周囲一帯に水晶の柱が立ち並ぶ神秘的なフロアの一角で、先行していた楓達
が全員捕縛され、陵辱されていたのである。
予期しなかった事態に放心したのも束の間、レイラは仲間を助けると言った
至極当然の衝動に突き動かされ、聖剣を構えて突進した。
「!?」
ミラーはそんな無謀とも思える行為に、迂闊にも一瞬躊躇した。それでもレ
イラの殺気に反応し、素早く迎撃体制に入る。
「力の欠片よ!敵を撃て!」
ミラーが左手を突き出して短い呪文を唱え、クリスタルの破片の様な物を無
数に放った。
一見我を見失った様相のレイラであったが、その実、最低限の冷静さは保っ
ていた。彼女には勝算があったのだ。この正面きっての突撃に・・・・そし
て、自分の不得意とする魔法戦に対しても。
彼女は目前に迫るクリスタル片を避けようともせずに真っ直ぐ突っ込んでい
った。その表情には不敵な笑みさえ浮かんでいる。
「!」
ミラーは目を見張った。自分の放ったクリスタル片が全て、レイラに命中す
る直前に霧散してしまったのである。驚愕するミラーの眼前に、間合いを詰め
たレイラの聖剣が迫った。
「ぬぅっ!」
素早く右手にクリスタルの短剣を形成させ、寸前のところで剣を受け止める
ミラー。
一瞬のつばぜり合いの後、力任せにレイラを突き飛ばすと、手にした短剣を
巨大化させて一本の氷柱状のクリスタルに変貌させると、それを再び彼女へと
投げ放った。
だが、その攻撃も目論見通りレイラの肉体を貫く事はできず、接触寸前に霧
散して散った。
相手の魔法攻撃を無効化させ、レイラは再び不敵な笑みを浮かべた。一方の
ミラーは、今度は驚いた表情を見せなかった。むしろ今の一撃で一つの確信を
得て納得した表情となっていた。
「『耐魔の鎧』だな・・・・・お前達は、あの通路を通って来たと言う事か・
・・・・」
ミラーは落ち着いた口調で語ると、レイラの鎧を再確認し、それが自分の記
憶にある物である事を認めた。
「サイズが合ったから借りたわ。あんな倉庫にほったらかしだった物なんだか
ら、いらないのでしょ」
レイラはそう言い放つと、大きく剣を振りかぶった。魔法に対する防御を考
えなくていい分、剣技に集中できる強みが彼女の行動を大胆にさせていた。
「基本的には男物だぞ・・・・それは・・・・」
そう言って、ミラーは彼女の背後に注目する。
彼女の部下達四人が左右に散開し、隙を窺うようにじりじりと間合いを計っ
ているのが見て取れる。
(また、多対一か・・・・・)
その状況は先の楓達との闘いと似ていなくもない。だが、あの時は魔法攻撃
による牽制が出来たのに対し、今は一人とはいえ、全くそれを無視できる人物
がいた。
「やっかいだな・・・・・・」
ミラーは素直に呟くと、ほんの少し思考し、一つの選択を選んだ。
「はぁっ!」
ミラーの思考は一瞬の隙となって表情にも現れ、レイラは躊躇無くそこに斬
りかかって行った。
「ふん・・」
その一撃を後に下がることで避けたミラーだったが、それはレイラの予想す
るところであり、彼女は最初の一太刀が空振りするや否や床を蹴って追い打ち
をかけようとした。
が、その行動はミラーの方も予測してた。
彼は退くと同時に、今度は前に踏み出し、追い打ちをかけようとしたレイラ
との間合いを彼女の予想以上の早さで逆に詰めたのである。
虚を突かれた彼女はまともにミラーの体当たりを受けて突き飛ばされた。
「隊長!」
部下達が上司に代わって攻撃に入ろうとするが、ミラーは素早い動作で魔法
の印を結ぶと、彼女達の周囲にある水晶柱を一斉に破裂させ、その行動を制し
た。
五人は水晶の自爆に一斉に足を止められ、その体制が整った時には、ミラー
は楓達の捕らわれている所まで退いていた。
「悪いが失礼させてもらう。連戦な上に、この『生贄』を献上する仕事が残っ
ているのでな」
そう言っている間に彼の姿は霧にでも包まれるかのように薄れていく。
「待ちなさい!!」
ミラーはともかく、楓達は・・・・・そう思うレイラであったが、次の瞬
間、全ての水晶が眩い光を放って彼女達の視界を奪った。
眩んだ視力が回復する頃には、ミラー達の姿は何処にも無かった。
気まずい雰囲気が辺りを支配した。
楓達の救出の失敗。それは、彼女達の当初の計画であった二部隊共闘作戦の
失敗をも物語っている。それに加え、最強クラスのチームが敗北したという事
実が、否応なしに彼女達の士気を下げ、不安を煽った。
「隊長・・・・どうしますか?」
レイラの部下の一人が意を決して尋ねる。が、その返答は既に決まってい
る。
「追うわ・・・・と、言っても居場所が分からない以上、私達の進む先は上し
かないけどね」
「では、楓さん達は・・・・」
「多分大丈夫よ。あいつは『生贄』と言った・・・・ならば、すぐには殺され
はしないはず。それより早く敵を倒せば済む事よ」
自分が気弱になることが許されないレイラは、根拠もない事をあえて口にし
た。そしてそれを実行するために再び歩みの先頭に立つのだった。
レイラ達は進む。下層で隠し部屋とそれに組み合わされた隠し階段を見つけ
た彼女等は、それらによって塔の基本構造を把握し、実に速いペースで上層へ
の進行を実現していた。
もとより隠しコースだったためか、モンスターとの遭遇も極めて少なく、希
に現れるガーディアンも彼女等の連係攻撃に敗れ去り、時に現れる高度な攻撃
魔法を駆使できるモンスターも、レイラの得た『耐魔の鎧』に為す術もなく散
っていった。
彼女等の拾ったこの鎧は想像以上に役立ち、一同に絶対の自信を植え付ける
ことにも成功していた。・・・・・このまま上手く行けば魔王を倒せるのでは
と思うほどに・・・・・
そして最上階・・・・・雰囲気的にそう思えるフロアで、今、最後のモンス
ターが切り倒された。
このフロアは一本の広い通路が単純に伸びており、その先に、巨大な扉が固
く閉ざされ彼女達の進行を遮っていた。
レイラはこのフロアに到着して間もなく、ここが魔王の待ちかまえている所
だと確信した。彼女はこことよく似た場所を知っていたのである。
そう、ここは自らが仕えるメルフィメールの城の謁見の間に雰囲気が酷似し
ていたのだ。
レイラ達はその広間に辿り着いた途端、待ちかまえていた無数のモンスター
達の暴力的歓迎を受けたが、長時間の乱闘の後、今こうして最後のモンスター
が撃退されたのである。
一同は、モンスターの死骸を乗り越え、これ見よがしにそびえ立つ扉の前に
集った。
「悪趣味な扉・・・・・」
扉をじっくり眺めて、レイラはその感想を端的に呟いた。
扉は重量感ある金属質で出来ており、無数の「手」が突き出していたのであ
る。人の手と思わしき物から、ありとあらゆるモンスターの手までが無秩序に
並んでいたのであった。
レイラは今にも動き出しそうなそれを注意深く観察するうちに、ある事に気
づいた。
「これ・・・・・どうやって開けるのかしら?」
他の騎士達も同じ事を考えていたのか、揃って首を左右に振り、分からない
意志を示した。扉には取っ手どころか、開閉のためのレバーの類すら見あたら
なかったのだ。
「あの・・・隊長」
そんな時、騎士の一人がレイラを呼んだ。
「何?」
「これ・・・・・ひょっとして・・・・・」
騎士はいささか拍子抜けしたような表情で、扉の両脇に設置されている台座
を指さした。本来なら、守護神の銅像や石像や鎧もしくは、それに扮したモン
スター等が乗せられていてしかるべきと思わしき台座である。
だが、今その台座には通例に該当する物体は何一つ無かったのだ。
「お約束ね・・・・・」
レイラも騎士と同意見を得た。
彼女達は互いに頷き合って行動した。
手近な所に転がっているモンスターの中から手頃な物を引きずって来ると、
少々気味悪さを感じながらも協力して、両方の台座へと乗せる。
一同の読みは正しかった。モンスターを乗せられた台座はその重みで一部が
沈み、その下に隠されていたスイッチを押し込んだ。それに伴い細工が起動
し、巨大な扉を左右へと移動させる。
「こんな単純な仕掛けしか出来ないようじゃ、たかがしれてるわね」
レイラがわざわざ軽口を言うのも、この先に確実に存在するだろう『魔王』
に対するプレッシャーを軽減させたい為の事だった。
扉の奥はやはり城の謁見の間と同様の構造となっていた。長く広い廊下に、
飾られている美しい装飾品。モンスターを統べる魔王の居城にしては品位が漂
っていたものの、それに魅入るゆとりは彼女等に無かった。廊下の奥に見える
王座の手前で一人の男が仁王立ちで、彼女達の到着を待っていたのである。
(彼が・・・・魔王・・・・)
「行くわよ!」
レイラ達は、少なくとも表面上は整然とした足取りで魔王であろう人物に向
かって歩を進めていた。だが、細部に亘って観察できたとすれば、それが虚勢
であったと言う事がはっきりと判った事だろう。
移動のため殆ど気づかれないが、小刻みにふるえる手。微妙に増える発汗
量。意識しないと自然さを損なう歩行ペース・・・・・それらが全てが前方に
いる一人が原因で生じていたのだ。他国の侵略に対しても十二分に渡り合える
と信じていた自分達を短期間で窮地に追いやった張本人との対決となれば無理
もないだろう。
レイラは視線を巡らし、肉眼で確認できる範囲に、魔王と思しき人物以外に
誰もいないことを確認する。望んでいた状況ではあったが、これはあまりあて
にはならない。敵の中には、何時何処にでも姿を現す事も可能な者も存在して
いる上に、例えこの場が魔王以外不可侵であったとしても、一人でいるだけの
自信と実力を兼ね備えているのは明白だった。
やがてレイラは無言のまま、互いの表情が伺える距離まで達して止まった。
そしてそれを待っていたかのように、目の前の人物が口を開いた。
「ようこそ、騎士団長レイラ殿。君達がここに来た最初で最後の抵抗者だよ」
既に決定事項のように言い切る男は、鎧すら装着していない軽装であった。
左腰にごくありふれた長剣が下げられているが、それ以外は武器らしき物は持
っていなかった。服装も下級貴族の旅時の様な、実に質素な服装だった。
魔法に長けているが故の装備か?
もしくは、報告のあったサイコブレードを操るが故の自信か?
早々に判断は出来なかったが、少なくても外見での判断は自滅に繋がる。眼
前の敵を前にレイラはそう思った。
「初めまして。自己紹介は不要のようね」
「情報提供者は大勢いたからな」
「では、単刀直入に警告するわ、自称魔王さん。貴方は我が国の秩序を大きく
乱しているわ。メルフィメール王女フレイア様の代理人として、即刻国外に出
て行く事を命じます」
「こちらの提示した条件は?」
「受ける必要性がありません」
「なら、決裂だ」
公式な会見であれば全世界の記録に残るであろう短い交渉が終了した。もと
より双方とも交渉するつもりが無かったため、次の瞬間には戦闘に突入してい
た。
既に待機していた四人の騎士が左右から斬りかかり、一瞬遅れてレイラも剣
を突き立て突進をしかける。
魔王を称する男は腰の剣を引き抜きざまに、左側から迫る二本の剣を同時に
払うと、そのままの勢いで右側から来る二本の剣を叩きつけて軌跡をあらぬ方
向へと変えた。そして突き出されたレイラの剣をくるりと身を捻ってかわし、
同時に自分の剣を手放すと、まだ突き出されたままのレイラの腕を取り、回転
する勢いで投げ飛ばす。
そして一回転した魔王は、次の攻撃をしかけようとしていた騎士達に向けて
両掌を向けると、突風のような衝撃波を至近から放って、四人を一気に数メー
トル後ろに吹っ飛ばし、それがどれほどのダメージを与えたかを確認もせず、
今度は投げ飛ばしたばかりのレイラに向けて数発の光弾を放った。
投げ飛ばされ、辛うじて姿勢を取り戻し着地したばかりの彼女に回避する手
段はなく、全ての光弾がレイラに着弾した。
着弾により発生した熱と衝撃の余波が周囲にも広がり、一同の身体を一瞬震
わせた。
通常であれば充分致命傷であり、死体と化していても十分納得できる威力だ
った。
だが、それにも関わらずレイラは健在で何事もなかったように平然とその場
で立ち上がった。鎧が防御能力を発現させ、攻撃を防いだのである。それを示
すかのように鎧全体が淡い光を放っていた。
「残念だけど、貴方の魔法は効かないわよ」
命中時は思わず死を覚悟したレイラであったが、拾い物の鎧が期待以上の能
力を発揮し、余裕を取り戻した。そして相手の戦意を僅かでも削ぐために絶対
的自身を持って己の存在を誇示した。
だが彼女の虚勢は予想に大きく反して、冷笑によって迎え入れられた。
「それは配下が、お節介にも俺の身を守るためにと用意した者だ。貴様等では
真の力は発揮できん・・・し、その程度の物を拠り所にしている様では先はな
いぞ」
「何を・・・・物は使い方次第・・・・って言葉もあるのよ」
「残念ながら、どの様な使い方を持ってしても、無駄だ」
魔王は断言する。
「それは、俺の『者』と言っただろう?只の道具ならいざ知らず、それは俺の
意志に従う部下だ・・・・それが主に害を成すとでも思うのか?」
魔王の強調した言葉の示すところを理解し、レイラは動揺する。
「馬鹿な・・・・鎧が生きてるとでも言うの?」
自らが抱いた疑問に対し、焦燥感が止めようもなく溢れた。今、自分が身に
つけている鎧が生物であると言われれば、不快感が生じるのは無理からぬ事で
あろう。
「そうだ。見たいのなら今証拠を見せてやろう」
そう言って魔王は相手の反応も待たず指をパチンと鳴らした。
変化は唐突に起きた。今まで装着者にほとんど重さを感じさせず、その身を
守っていた鎧が急に数倍の重さとなり、使用されるのを拒絶するかのごとく、
装着者であるレイラの意思に逆らった。
「そ、そんなことが・・・・!」
レイラの体は装備の急な変化について行けず、つんのめって倒れた。
「隊長!」
「あがくな!お前等程度では何の役にもたたん!」
事態の急変に、倒れていた四人の騎士が駆けつけようと身を起こしたが、魔
王は振り向きざまに直径1センチ程度の光弾を無数に放ち、彼女等を牽制し
た。
彼は手加減したのであろう、本来であれば致命傷になりかねない光弾の雨を
受けながら、彼女達に打ち身以上の深刻なダメージはなかった。だが、鎧と剣
だけは許容量を超えるダメージを受け、崩壊していった。
「・・・卑怯者・・・・・」
立ち上がったところで、この身の重さではろくな戦いも出来ないと知りつつ
もレイラは立ち上がった。それがせめての抵抗であるかのように。
「卑怯?その鎧の事か?」
魔王は心外だと言わんばかりにレイラに詰め寄った。
「敵地にある物を疑い無しに所持する方がどうかしてるんだ・・・・・・そも
そも、お前達にとって決め手になるようなアイテムが、手の届く場所に都合良
くあるものかよ!」
魔王は至極当然の事を言った。
「・・・・・・・・・!!」
レイラは悟った。自分達が踊らされていただけだと言う事を・・・・
「さて、無駄な時間を費やすのはやめて、こちらの本題に入らせてもらおう」
魔王は再び指を鳴らす。
「あっ!」
レイラは思わず声を漏らした。今まで加重を加えていた鎧が急に軽くなった
かと思うと、勝手に動き出し、ある位置で見えない何かに押さえ込まれたかの
様にがっしりと空間に固定された。
今、彼女は床から僅かに浮いた状態でX字に固定されていた。
「な、何をするつもり!」
半ば予感しつつもレイラは強気に振る舞った。
「何を・・・か?まずは下ごしらえだな」
そう言って今度は鎧の前で手をかざす。それに伴い上腕・胸部・腰部・太股
を覆っていた鎧がことごとく分解し床に落ちていった。身軽になったレイラで
あったが、手足に最低限の鎧が残っていたため、未だその身はX字に固定され
たままだった。
魔王はレイラの物理的防御が無くなるのを確認すると、ポケットから小さな
球体を取り出し、軽く指で刺激を与えて床に放り投げた。
球体は床に落ちるや否や、横に二つに展開し、無数の糸を放出する。
糸は不規則に蠢きながらも床に定着し、一種の魔法陣を形成していった。
その魔法陣形成が完璧に終了すると、魔王は小声で呪文を呟き、魔法陣内に
小さな空間の『穴』を形成させ、彼女の理解の範疇を越えた何かを召還した。
「?」
召還された物体は緑色の球形に近い形をしていた。当然ながら全貌を見て
も、レイラの知識には無い存在であった。
その正体を、心の中で自問自答していたレイラに応えるかのように、それは
脈動を始めた。上部が破裂するように展開すると、みるみるうちに膨張・拡散
して行き、やがて巨大なチューリップに似た紫色の『花』を見事に咲かせたの
である。
「な、何なの?」
レイラはまず、その『花』の存在の大きさに圧倒された。
「ワンダーフラワー・・・・放浪花と言うのを知っているか?」
呆気にとられるレイラに魔王は語り出す。
「過酷な環境で独自に進化した植物の一つでな、食虫植物と根元を同じとされ
ている物だ。食虫植物は、昆虫の捕食で足りない栄養を補充するが、こいつは
栄養の多い土地を求めて自ら移動する事を覚えた植物だ。不気味に動きはする
が、その生態のおかげで捕食行為は行わない」
「それがなんだって言うのよ」
前触れもなしに始まった植物学に、レイラは当惑を感じずにはいられなかっ
た。だがそれを相手は気にすることなく言葉を続けた。
「だが、気ままに移動する事を覚えた結果、一つの問題が生じた。それは種子
を残す事だ。こいつらは雄花・雌花が別々に一輪ずつしか咲かないために、受
粉をしなければならないが、なにぶん動く物体に昆虫が簡単に近づくはずもな
く、他生物を利用する受粉行為がほとんど出来なくなってしまった訳だ」
確かに・・・とレイラは思う。害は無いとしても、この大きさの植物が動け
ば、昆虫に限らず、たいていの動物は警戒してしまうだろう。そうした納得の
中、魔王の説明は続いた。
「だからこいつらは自ら受粉を行う事も覚えた。雄花は雌花の放つ独特のフェ
ロモンを察知して近づき、直接受粉を行う・・・・・・植物でありながらのそ
の行為は、もはや交尾と言っても良いかもしれんな」
「だからそれが何なのよ!花を愛でる趣味は多少あっても、こんなのは論外だ
わ!」
「まぁ、最後まで聞け。こいつの、この大きさは特別だ。本来はもっと小さい
ものを、俺が少々手を加えて品種改良した」
そう言って合図をすると、まるで見えていたのか『花』はのそのそと動き出
し、ゆっくりとレイラに近づいていった。
「な、何をするつもりなのよ!」
得体の知れない巨大な植物に近づかれ、思わず身を引くレイラであったが、
拘束された身では遠ざかる思いはかなえられなかった。
「実はこいつは雄花でな、『雌花』を認識する能力を削除しているんだが、辛
うじて『雌』の判別は出来るようになっていて、手当たり次第に『雌』に受粉
行為を行う様になっているんだ」
「じゅ、受粉!?」
それが何を意味するのか?問う間もなく彼女は、大きく花弁を広げた『花』
に全身を包み込まれてしまった。
「「「「きゃぁあああああああああ!」」」」
響き渡った悲鳴はレイラの物では無かった。音声多重だったそれは、彼女の
部下達であり、心身共に受けたダメージで事態を見守っていたが、上司が
『花』に喰われた状況を目の当たりにし、恐怖から声が出たのである。
得体の知れぬ物に捕食される恐怖に、四人はパニック状態となって我先にと
逃げ出す。魔王は追う素振りを見せなかったが、その視界内にいるだけで彼女
等の恐怖の対象になっていた。
一心不乱に先程の扉まで一気に走り込んだ彼女等は、扉が閉じている事に気
づいて焦った。一瞬慌てたものの、扉の脇に表と同じ台座がある事に気づいた
一同は申し合わせたように、二名が左右の台座へ、二名が扉正面に向かった。
左右の台座に女騎士の加重が加わり、扉が開くかに見えたその時、飾りと思
われた『手』が蠢きだし、数本の手が伸びると、逃げる隙を与えず一同を絡め
取り、勢い良く扉に引き寄せた。
「ああっ!」
「きゃっ!」
「し、しまっ・・・・」
「いやぁ!何こぇ!」
四人は引き寄せられた勢いで、揃って背を扉に叩きつけられた。
異質な物に自由を奪われる嫌悪感に、逃げだそうと抵抗する彼女等だった
が、すでに周囲の『手』が素早く展開し、手足をしっかりと押さえ込んでい
た。その数があまりに多数であるため、遠目からは手足が壁に埋め込まれたか
の様にも見えた。
(捕まった!)
動かない手足に彼女等は絶望感を感じた。だがそれが恐怖感に変わるのを実
感する余裕はなかった。壁に埋め込まれている『手』の群が何の前触れもな
く、彼女達の身体を無遠慮にくすぐりだしたのである。
「あひゃっ・・あひゃひゃはっははははははははははははははははは!!」
「きゃあっっっあ、あっあはははははははははははははははは!!」
「はあっ・・ああああっあははははははははははははははは!!」
「あはははははははははは!あはっ、あはっ、あ~~~~~っははははははは
ははは!!」
この不意打ちに、彼女達は堪える間もなく笑い出す。本来彼女達の身体をガ
ードするべき鎧は既に無く、全身をくすぐり這い回る『手』に対し何の防御手
段も無いまま笑い悶えた。
「きゃはははっはははは!あはははははははははは!あ~~~っはははは
は!!」
「いひっ、いひっ、いひゃはははははははははは!きゃああああっははははは
はははは!!」
休むことなく蠢く『手』の群は、ある時は、脇をこちょこちょとまさぐった
かと思うと別の『手』が割り込んでつんつんと突っつく。そしてまた、新たな
『手』が割り込むと、揃えた指先でぐりぐりと脇の下をこね回す。
そんな行為が脇腹・背中・腹・太股・首・膝・腕と、全身で行われていた。
それはそれぞれの『手』が、自分の得意なくすぐり方で我先にと彼女達の身体
に殺到している結果であった。
統一性もパターンも容赦もないくすぐりは、全く衰える様子など見せず、哀
れな生贄を狂わせ続ける。
「あひひゃはははははははははははは!や、やめてぇぇぇ~~~!」
「あはっ・・あ・・・あ・・そこは・・・あっははははははははははははは
は!!そこだめぇ・・・やははははははははははは」
「きゃはははははははは!あ~~~っははははははははは!い~~~っひゃひ
ゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
くすぐる事だけがその使命の如く蠢く『手』に責められ続け、彼女達の身体
はびくびくと悶絶を始める。
「凄い責めだろ?」
その場から動かず、遠場でそれを見つめていた魔王は独り言同然に呟いた。
「その扉は『怨念の門』と名付けられててな、その『手』は、塔に侵入した女
達をくすぐることも出来ないまま死んだモンスターの無念の怨念で形成されて
いる。満たされない欲求で生まれたため、くすぐり方に加減という物が殆ど無
い」
距離的にも状況的にも、その説明が聞き入れられたとは思ってはいない。慌
てなければ門に捕らわれる事は無かったであろうと、嘲りの笑みをもらす魔王
だった。
「アレに捕らわれては部下達もおしまいだ・・・・・そっちはどうだ?」
魔王は『花』に飲み込まれたレイラに向かって声をかけた。
「あ・・・あはっ・・あ・・あ・・・あははははは・・・ん・・・んん・やは
ははははははははははは!」
レイラも又、部下達同様、包み込まれた『花』の中で笑い悶えていた。が、
こちらは若干状況が異なっていた。
鎧による拘束は続いており、彼女は未だ大の字のままの体制であった。その
彼女の身体に細いツタのような物が数本が絡みつき、そして全身を花粉を含ん
だ綿毛の様な先端を持った触手が這い回っていた。
実はこれがこの『花』の基本的な受粉行為だった。
『雄花』は、ふたまわり以上も小さな『雌花』を自分の『花』の中に取り込
み、ツタ状の触手で花びらの除去と雌しべの確認、そして固定を行い、花粉を
たっぷりと含んだ雄しべを擦りつける。
この時、受粉が成功すると雌花は今までと異なったフェロモンを放ち、『雄
花』に受粉が成功した事を伝えて解放される。
だが、フェロモンによる合図がなければ、それが得られるまでその行為が続
けられるのである。
すなわち、合図の送れない人間のレイラは延々と、この行為を受け続ける事
となる。
「はんっ・・・・あっ・・・ひああっ・・・くふふふふふ・・・・」
雄しべが体を這い回る度にレイラの体はぴくぴくと反応し、噛み締めた口元
から声を漏らす。衣服の上からの刺激であったが、この手の刺激に弱い彼女に
とっては十分な責め苦であった。
だが雄花にとって、雌花と思って捕獲した対象が何の反応を示さない事は大
問題だった。受精こそが目的である雄花は、本能と言う方が正しいのであろう
それで『思考』し、まだ何か受粉を妨げる遮蔽物でもあるのだろうと判断し
た。
それは間違いではなかった。触手の一部はレイラの体を這い回り、衣服とい
うそれを確認し、早速それの除去を行った。隙間に潜り込み一気に引き延ばさ
れた服は一瞬で耐久力の限界に達し、易々と引き裂かれる。
「やだっ!・・・ちょっ・・・まさか・・・・」
上下一枚の下着姿となった自分の肢体に迫る雄しべを見て、レイラは青ざめ
引きつった。
「やめっ!だめっ!こないで!あ・ああ・・・ああ・・・・きゃ~~~~っは
はははははははははははははは!!くすぐったい!くすぐったい!やはははは
ははははははははは!やめて、や~~~っきゃはははははははははははは」
雄しべに直に触れられた途端、彼女の体は大きく跳ね、激しく体を震わせ
た。雄しべは本能に従い、ある程度定期的なパターンで彼女の体を這い回って
いたのだが、雄しべが通過する度に体にパウダーの様な花粉が付着し、滑りを
滑らかにしてしまい、余計に体を敏感にさせ、くすぐったさを倍増させていた
のである。
「あははははははははははは!やん・・・ひゃはははははは!はぁん・・・あ
・・・あ・・・ははははっははっははっはははあはははははははは!!」
狂ったように身を捩らせ続けるレイラ。その身体はたちまち花粉にまみれ、
逆に花粉が付着していないところが無い程へと変貌する。
それでも、雄花は彼女を解放する事はない。彼女が人間である限り解放はあ
り得なかったのである。
「あっっはははははははははは!はぁっはははははは・・・はっ・・はぁっ・
・はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
蠢く花弁の中から絶頂ともとれるレイラの悲鳴を聞き、男は面々の笑みを浮
かべた。
王宮内にはこれ以上ない絶望感が立ちこめていた。
国内最強と誰もが認めるレイラと楓のパーティすらもその消息を絶ったの
だ。これで事実上魔王に対抗できる人材はいなくなったと言える。
王宮の自室で王女フレイアは動揺を辛うじて抑えながら考え込んでいた。と
は言え、攻めの手を失われた今、残された手段は限られており、それが解決策
に直結するとは言い難い。否、言えなかった。
長期的な事態を予想すると、嫌でも自分達における最悪のケースを考えざる
を得なかった。
王女の左右に立つ二名の側近も、同様の思いを抱いていたが、それを表情に
出すことなく、直立不動の体勢のまま微動だにしなかった。しかしそうした毅
然とした姿勢も、不意に空気が変貌したかのような雰囲気に包まれるや否や、
動揺した様相を見せた。
『失礼・・・・・・邪魔するぞ』
不意に室内に王女達三人以外の声が響いた。
「誰だ!」
内心は恐怖に駆られながらも素早く側近の二人が王女を挟む位置に立ち、主
を守る体制に入り、勘で声の放たれた方に警戒心を向け、剣を構えた。
その反応は正しかった。側近の構える先には壁があり、絵画と大きな姿見の
鏡が飾られているだけであったが、不意に鏡に映し出されていた景色が揺らめ
き、漆黒で覆われると、その中から人影が這い出してきたのである。
「何者!」
側近が剣を突きだし、更に一歩踏み出す。
「事前連絡も無しに失礼・・・・だが、知らない仲ではないんだ、多少の非礼
は大目に見て頂きたいな」
鏡から現れた人物の正体を知って、王女と側近が揃って息を呑む。
姿を現したのは事もあろうか、魔王本人だったのである。彼は一応の正装と
マントを身に纏っていたが、その意図に皮肉が込められているのが伺い知れ
た。
「ふざけた事を!王女の寝室に侵入など、非礼の極み!即刻出ていけ・・・
・」
「要件は何です」
フレイアは、怒気を露わにした側近を諫めると、内心の不安感を凛とした態
度で隠し、魔王と相対した。
「いやなに、軽く礼を言いに来ただけだ」
悪意を含ませた笑みを浮かべて、魔王は言った。
「礼?」
「ああ、王女様が我々に幾人もの生贄を捧げてくれたおかげで、今し方、魔獣
が眠りから覚めたんでね、その礼を言いに来た次第だ」
かくも丁寧な、貴族が用いる大げさな仕草で頭を下げ、彼女達にとっては衝
撃的事実を魔王は端的に語った。
「魔獣が・・・・目覚めた!?」
思わずフレイアが問いすと、徐々に恐怖感が沸き上がった。だが実感はなか
った。
その正体はおろか、恐ろしさを語り継ぐ口伝すら存在していなかった魔獣が
目覚めたと言われても、その実態もなく、魔獣復活を誇示するかのような異変
も生じてはいない。
だが、目の前にいる魔王なる人物が、冗談を告げにここへ訪れたというのも
考えにくい。そもそも、彼の発言が真実だろうと直感してしまったために、フ
レイアは本能的な恐怖を感じてしまったのである。
何が起きるのか判らない不安。
永きに渡り平和であり続けた自国の危機。
これまでにない危機的状況に、今後の事態を憂いたが、当面の危機はメルフ
ィメールではなく、王女自身にあった。
「できれば、高価な献上品があれば良かったんだが、残念ながら俺は王女様程
の身分に見合った物品を持ち合わせていない身でな・・・・・だが、手ぶらで
はいくら何でも失礼かと思って、王女様が知りたがっているだろう、『魔獣』
をここにつれて来て差し上げた次第だ」
「!?」
室内の緊張感が一気に高まる。魔獣と称される存在が、いきなり来ていると
言われればその反応も当然と言えたが、魔王はそんな王女達の恐怖に青ざめる
表情を見て、僅かに笑みをもらした。
「・・・・と、言いたいが、実は、誠に残念な事ながら、魔獣は目覚めたばか
りで、完全に活動を開始できる状態ではなくてね、一部の分体しかお披露目で
きないが、それでも魔獣の能力を御理解いただけるかと思う」
そう言って魔王が指で印を結ぶと、彼が現れた鏡が再び漆黒の空間を写し出
し、その仲から不気味な生物を出現させた。
大きさで言えば子牛程度。
既存の生物で例えるなら、脚が無く首の向く方向が180度反転した馬と言
えばよいだろうか。
その体表は粘膜で覆われたナメクジを思わせ、一見して『目』と認識できる
物はどこにも見受けられない。
移動は身体の底部に生える、虫のような四対の脚で行い、側面の所々から伸
びる触手が独自の意志を持っているかのように蠢くという、異質で不気味さは
ありながら、恐怖の対象とはしてはやや力不足に思えるそれが、ゆっくりと魔
王の傍らへとやって来た。
王女達が思い描いていた物に比べれば、迫力に欠けたイメージはあったが、
仮にも魔獣と呼ばれた存在である以上、外見でその能力を判断するのは危険と
言える
この生物に、どの様な秘密が隠されているのか・・・・・王女はそれを我が
身で知る事となる。
あとがき
このエピソードには、RPGにおける「お約束」に対する反抗心(笑)が含ま
れております。
つまりは、敵の勢力下であるダンジョン内で、都合良く敵に対抗するために必
須のアイテムが見つかるという現象に対する不自然さ。
実際にはあり得ない、敵の手に渡る前に撤去あるいは隠匿されていて当然であ
ろうアイテムの放置。言ってしまえばゲームの定番を皮肉った内容となってお
ります。
『敵地にある物を疑い無しに所持する方がどうかしてるんだ・・・・・・そも
そも、お前達にとって決め手になるようなアイテムが、手の届く場所に都合良
くあるものかよ!』
本編の台詞であるこれは、ぶっちゃけ、DQ等に対するつっこみです(笑)
このネタ、トラップとして結構使えるでしょうから、塔に限らずあらゆる作品
で登場するかも知れませんね。
そして、読み返して見て、思いっきり思いつきだったことを思い出す『ワンダ
ーフラワー』苦しい設定なれど、くすぐり行為の屁理屈には良かったかな・・
・・などと考えてます。
AF編第2部にて亜種でも登場させようかな~とも思っています。
(今のところ、餌食になりそうなのは設定・雰囲気からアニィ・シルディ・ス
ティアのいずれかになるかと・・・・)
このエピソードには、RPGにおける「お約束」に対する反抗心(笑)が含ま
れております。
つまりは、敵の勢力下であるダンジョン内で、都合良く敵に対抗するために必
須のアイテムが見つかるという現象に対する不自然さ。
実際にはあり得ない、敵の手に渡る前に撤去あるいは隠匿されていて当然であ
ろうアイテムの放置。言ってしまえばゲームの定番を皮肉った内容となってお
ります。
『敵地にある物を疑い無しに所持する方がどうかしてるんだ・・・・・・そも
そも、お前達にとって決め手になるようなアイテムが、手の届く場所に都合良
くあるものかよ!』
本編の台詞であるこれは、ぶっちゃけ、DQ等に対するつっこみです(笑)
このネタ、トラップとして結構使えるでしょうから、塔に限らずあらゆる作品
で登場するかも知れませんね。
そして、読み返して見て、思いっきり思いつきだったことを思い出す『ワンダ
ーフラワー』苦しい設定なれど、くすぐり行為の屁理屈には良かったかな・・
・・などと考えてます。
AF編第2部にて亜種でも登場させようかな~とも思っています。
(今のところ、餌食になりそうなのは設定・雰囲気からアニィ・シルディ・ス
ティアのいずれかになるかと・・・・)