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2011/01/22(土)に投稿された記事
くすぐりの塔R -第16話- 『絆』
キャンサーさんが執筆された「くすぐりの塔R」第16話です。
じっくり時間をかけて教えを受けてみたい。
ルシアから忍者技能に関する説明を手っ取り早く受けたキーンは、今まで知らなかった異質の戦闘法に好奇心を抱いた。
戦闘に限らず、全ての技術という物は奥の深い物ではあるが、忍者技能はとりわけその幅が広く、知識として知らされた全てを極めるのは不可能であろう事を、彼は早々に悟る。
自然を意味する地風火水に属する術を始め、特殊な武具や毒物の取扱いは、それぞれの専門が存在して当然であり、『忍者』と一言で識別される存在がその実、かなりの数に分化される事を彼は知った。
そうした中でルシアは、自分が教えを受け、扱えるようになった技術をかいつまんでキーンに説明していく。
「・・・・と、言う訳で、私は主に火を用いますけど、要は注意を僅かにそらした瞬間に、最低限の行為で事を成すようにするんです。相当の熟練者であれば、その仕込みすら気づかせず、あたかも幻術を用いたかのように思わせる事も可能な訳です・・・・」
「成る程・・・・・」
としか言いようの無いキーン。ルシアも会得していないため、話だけの部分もあったが、忍術なる物は、極めれば一種の芸術とも言えるような域に至る事を思い知る。
「以上、私の方はだいたいこんな物です」
言い終わってルシアはキーンの言葉を待った。
「ああ、判ってる・・・・・が、説明しにくいな」
ルシアの待つ闘気士の説明。だがこれは、説明の得手不得手以前に、幼少時代以降、ほとんど独学で闘気士技能に磨きをかけてきたキーンにとっては難題だった。
その上、闘気士は自身の戦闘スタイルに合わせて独自に発展させていく傾向が強く、剣術や拳法の様に師匠は存在しても、弟子の戦闘姿勢によっては全く異なる技を駆使する存在となる上に、師弟の相性が悪ければ弟子が全く育たない場合もあり、一つの流派として受け継がれない原因にもなっていた。
したがって、彼が教えられる事は実質少ない。
「・・・・そうだな、まず闘気士としての技能に目覚めた場合、最初にしておくことは、自分がどういう風に気を扱うのが得意なのかを知る事だな」
「どういう風に・・・・ですか?」
ルシアには漠然としすぎて、要領がつかめない出だしとなった。
「闘気士は、文字通り『気』という自分の生命力というか精神力を使って闘う者の総称だけど、その使い方は色々ある。例えば、剣や槍といった武器に気を込めて、魔法のアイテム並の威力を発揮させるとか、魔法使いの様に光弾として放つとか、肉体強化に使うとか・・・さっきの忍術みたいに、個人による独創性があって、その資質によってかなりの幅がでる」
「それで私は、どんなタイプなんですか?」
「それは判らない」
ルシアの質問にキーンはあっさりと答えた。
「実際に色々やってみて、自分がやりやすい手法を見つけて、それを発展させていくのが通例だ。自分の戦闘スタイルに合わせて会得するのも当然アリだけど、スタイルと得意な分野との相性が悪いと苦労するぞ。自分では長距離攻撃スタイルを求めているのに、体質的には身に纏う方が得意って場合が生じた場合、戦闘スタイルか気の扱い方のどちらかを矯正しなければならない訳だ」
「キーンさんみたいに、全てをバランス良く会得できる場合もあるんですか?」
「そりゃ、もちろん。目の前に実例がある以上、出来ないことはない・・・けど、かなり難しいぞ。俺にしても、最初から出来た訳じゃないからな・・・・」
キーンは語らなかったが、彼はかなりの時間と闘いを経て今の技術を身につけている。幾つもの実戦という場を用いての修行によって、ここまでに至ったのである。
「がんばりますっ」
ぐっと拳を握ってルシアは言った。
そんなルシアの仕草に苦笑しつつキーンは、かつて自分が幼少時代に受けた基礎をルシアに教え始めた。
本来なら、気の存在を意識し、それを集中させて実感できる域にまで高める事から始めるのだが、『魂の絆』によって、既に能力が発現しているルシアは容易にそれをクリアする。
「よし、次は自分のその気を、拳にかき集めるイメージしてみな・・・」
「は、はい・・・・」
言われるままイメージするルシア。
「・・・・・・・・・」
「出来たか?」
「多分・・・」
「なら、その拳で、そこの岩殴ってみな」
キーンが促したそれは、小さな子供程はあるサイズであった。
「えっ・・・・?」
そのあまりに急な指示にルシアは当惑した。
「全力でなくていい。手が痛くない程度にやってみな」
「は・・・・はい・・・・」
言われるまま殴りかかるルシア。拳を痛めない程度の手加減をしての一撃であったが、ルシアの一撃は岩の表面に小さな亀裂を生じさせていた。
「ま、そんな物か・・・」
「こ・・・これ・・・」
自分では拳を痛めないように手加減した一撃だった。その、自身の放った一撃の威力を自覚できないでいるルシアを尻目に、キーンは別の岩を指差し、新たな指示を与えた。
「次、剣を抜いて、拳の気を剣に移すイメージ・・・・・出来たらアレに切りかかってみろ」
戸惑いが残るものの、言われるままに背の忍者刀を構えて振るうルシア。
キンッ!
乾いた小さな金属音がしたかと思うと、岩は右上から左下にかけて斬撃を受け、ずるりと滑って転がり二つに分裂した。
「ほぉっ、お見事」
これにはキーンも素直に驚いた。だが、驚きの度合いでいうのであれば、彼よりむしろルシアの方が遙かに結果を信じられないでいた。
「あっ・・・・あのっ・・・これ・・・」
ルシアは刀と二つの岩を交互に見やって、大いに戸惑っていた。
「それが気孔付与の武具の威力だよ」
「で、でもこれ、ただの剣ですよ」
「だから、気孔付与すればこの位はできるって、理解できただろ。それににしても、どうやらルシアは武具に付与する気孔操作が相性いいみたいだな」
切断した岩の切り口を眺め、その見事さから、キーンはその方向性を示した。
「・・・はぁ・・・」
未だに自分の得た力が実感できず、当惑するルシア。
「そこで、付与系の闘法で行くという前提で注意しておくことが一つある」
彼女自身、まだはっきりと決めていなかったのだが、キーンはほぼ決定事項として説明をし始める。
「気孔付与は、術者の熟練度によっていくらでも付与して、その威力を高める事ができるが、武具自身の限界を考慮しなければならない」
「武具の限界?」
「そうだ、まだルシアのレベルでは実感できなかっただろうけど、気孔付与には必ず負担がその対象に生じる。そしてもし付与した力が武具の強度の限界を超えると・・・・」
「越えると・・?」
「武具が壊れてしまうんだよ」
そう言ってキーンは周囲を見回し、手近な所に落ちていた木の枝を拾い上げると、気孔付与を行って見せた。
(やっぱりレベルが違う)
何の前触れも予備動作もなく気孔付与を行うキーンを見て、ルシアは自分の闘気士として差を実感しつつ、その枝を注視する。
ルシアにも判るようにゆっくりと気を高めて行くと、程なくなくして枝が軋む音がしたかと思うと、一瞬で全体に亀裂が走り、枝は粉々になってはじけ飛んだ。
「と、こういう訳だ。武具の頑丈さがそのまま付与の限界量にも繋がるって訳だ。そんなわけで、付与をメインにするなら魔剣とか聖剣を用意しておく方が望ましいな」
手に残った僅かな木片を投げ捨てキーンは言った。
「質問!」
そこでルシアが手を上げる。
「どうぞ」
「魔剣や聖剣を使った場合、その武具に宿る力の属性による反発は生じないんですか?」
属性とは、文字通りその武具に込められた力を分類したものである。
聖剣は聖なる力の宿りし剣、魔剣は邪なる力の宿りし剣・・・・と、言う判断基準のもとに基本的な二大区分が成されており、より細分化すれば、地風火水といった自然の力の属性も存在する。
仮に、複数の剣の制作者が同じで、当人に聖・魔の意図がなくとも、秘められた力の種類によって、今の時代の人間達は、それを聖剣・魔剣と勝手に分けているのだ。
そして、その分類が示すとおり、聖剣は魔法や呪術等による能力強化がほとんど行えず、逆に魔剣は神聖魔法の加護に反発する。
簡単に言えば相性であり、彼女は気孔付与が武具に悪い影響を生じさせないか、あるいは付与に不向きな武具はないかを問うていたのである。
「ない」
キーンは即答する。
「気孔は言ってみれば生命力そのものだ。それは聖魔はもちろん、精霊の地風火水にも該当しない・・・しないが『生』という全ての属性の共通点たるからこそ拒絶もされない」
「便利ですね」
「その分、会得しにくいけどね・・・」
「それでは、さっきの話に戻って、武具の限界の話ですが、判別できるんですか?」
「ああ、限界が近くなると持っている武具に妙な振動が生じたりして兆候が判る・・・・が、今のところルシアには気にする必要のない問題だよ」
「そうですね・・・・」
「それじゃ次は・・・気を放つ手法だけど・・・」
「手に集中させた気を放り投げる感覚で・・・・ですか?」
刃を左手に持ち替え、剣から右手へと気をぎこちなく移動させながらルシアは言った。
「正解。飲み込みが早いな」
言って微笑むキーンであったが、実際にはそれが決まった唯一の手法ではなかった。気を扱いは、集中力とイメージであり、個人によって異なっていく。
つまりはコントロールできれば、どのようにイメージしても良いわけである。今は初心者向けに漠然としたイメージの仕方で説明してはいたが、それ以後は彼女のやりやすいようにやって向上させていくのが一番なのである。
気を放つ事に関し、ルシアがそうだろうと思い描いたイメージを矯正するのは望ましくなく、また間違いでもないため、キーンはそれを否定しなかったのである。
ルシアは今はこれで目一杯と思う気を右手に集中させ、キーンの投擲指示を待った。が、彼はルシアに視線を向けていたものの、その注意は別の方向へと向けられていた。
「・・・・・!」
その緊張感が含まれた表情を見て、彼女は近づいてくる微かな気配に気づいた。気孔操作に集中するあまり、周囲への警戒がおろそかになっていたのである。
『いやいや、仲のよろしいことで・・・・』
不意に森の奥で低い声が響いた。
『俺達は邪魔者扱いされたのに、あんたは一人とはいえ、迎え入れられてるんだなぁ』
(二人!?いや、二体というべき?)
迂闊だった。いつもの自分ならキーンと同様に気づけていたはずの気配を見過ごした事に後悔しながらも、口調の違いからその数を察したルシアは身構え、緊張した面もちで刀を構えた。
これが単なる盗賊二人あるいは単なるモンスター二体であれば、彼女にも十分に勝機はあった。
だが、今、この国に存在する敵は奴等しか存在しない。
「誰かは知らないが、今、練習中なんだ、邪魔しないでくれないか?」
ルシアの内心の緊張感をよそに、キーンは平時の冷やかしを相手にするかの様相で応じた。
『そんなこと言うなって、俺達はあんたにも女にも興味があるんだ』
声と共に足音までが耳に届き、相手との距離が縮まっている事を暗に示す。ルシアは集中して声と足音の発生源を探り、その方向を大まかに特定した。
「キーンさん敵は・・・・」
その情報を伝えようとしたその時、キーンが左腕を突きだし、その掌から気孔弾を放った。
「!?」
それはルシアの言わんとしていた方向に正確に放たれ、やや離れた空間で何かに炸裂した。
「慣れてくるとな・・・」
今の一撃の効果を確認しようとしているルシアに、キーンは視線を逸らすことなく語りかける。
「相手の気も感じる事ができるようになる。忍者としての技能と併用すればこういう状況では有利になるぞ」
「は、はい・・・」
倒したか否かは問わない。今尚、キーンが緊張を解いていないのがその答えであった。
「だから・・・そう邪険にするなよ」
はっきりとした口調と共に、重々しい足音が響き、分厚い甲殻でその身を包んだ怪物が姿を現した。
大熊に匹敵するだろうサイズ、鋭利な鈎爪状の爪を持つ大きな腕、四方に開く牙と四つの眼球。かつて魔王襲来時に同伴していた従者の一人が変貌した姿であった。
そしてその陰から、フード付きマントを身に纏ったもう一人の従者がその姿を現した。
「ラーベルクの奴が戻ってこないところを見ると・・・・・」
まだ人の形をしたままの従者がそう口にした直後、彼の身体を鈍い衝撃が走った。
キーンがおもむろに投げ放った大型ナイフが、彼の胸板を捉えて深々と突き刺さったのである。
「なっ!?」
「だりゃぁ!」
あまりに唐突な出来事に、甲殻の身体に変化した従者が思わず視線を同僚に向けた一瞬の間に、キーンは一足飛びに間合いを詰め、先程、王女に頂いたばかりの剣を抜き、ナイフを受けてバランスを崩した従者に向けて振り下ろした。
キーンの剣は相手の左肩口から腹部にまで到達したが、その素人目にも致命傷と思われる一撃を加えながらも、彼はすぐさま後方に飛んで、間合いを取った。
「そういうタイプもあるって事か・・・・」
悔しそうなキーンの言葉に、ルシアは先程の致命的と思われた一撃が有効打にもなっていない事を悟る。
「そう言うことだ・・・・ま、俺はたまたま特殊な部類であっただけで、他の連中だったら終わってたがな」
攻撃を受けた従者は、そう言ってローブを捨て去ると、自ら特殊と言った灰色がかった半透明状の身体を披露した。
先程の斬撃の痕はほぼ修復が完了し、胸に突き刺さっているナイフも何事も無かったように抜き捨てられた。
「スライム体質とは、本当に特殊だな」
「どうだ?少しは俺達の能力を認める気になったか?ラーベルクの仕事を引き継ぐつもりはないが、お前はあの方の関心を得ているからな。今からでもこちら側に来れば、更なる強さを手に入れることも可能だぜ」
そのスライム従者の言葉を聞いて、キーンは幾つかの事を確信した。
一つは、今、自分が相手にしているのは、古種のライカンスロープとされる存在の生き残り・末裔だけではなく、人為的に作られた存在もいるということ。
これは、今し方の発言がそれを物語っている。
魔導か悪魔の契約によるものかは判らないが、彼等の主たる魔王は、少なくともそうした技術あるいは能力を持っている可能性があること。
そう考えれば、希少種である古種ライカンスロープの様な類が、多く塔内にたむろしている事にも合点がいく。
全てが魔王関与ではないにしても、彼等を古種と呼ぶのはもはや間違いかもしれないと思うと同時に、言いしれぬ不満感もキーンの中で膨れあがってきた。
その不満が何かと思い悩んだキーンであったが、目の前で自分姿を誇示する従者達を見て、すぐにその答えを理解した。
「ああ、確かに得た能力は人を超えてはいるな。だがそれ以上に感心するところがあるよ」
「?」
「人間である事を捨てて、化け物になってまで力を欲する、その執着心だ。それだけは凄いと認める」
得意げに自身の形態を変化してみせるスライム従者に剣先を向けてキーンが言うと、スライム従者それに甲殻従者は揃って硬直した。
「何?・・・・何だとっ!」
「お前達、人間時代は戦士か魔法使いかは知らないが、自分の限界に達する前に逃げたんだろ・・・・・」
「逃げただと!?」
「そう、人としての限界に挑む事からな!」
「違う、これは進化というんだよ!」
「上手い言い様だな・・・・・進化ね・・・・醜い化け物になるのがか?そんな姿にならなければ得られない能力で満足か?」
「貴様こそ、人の殻を破らねば得られぬ能力と限界がある事が分からないか!俺達は限界に挑む事から逃げたのでは無い!挑んだからこそ、進化の道を選んだんだ。いわばこれは、人の限界を超えるための勇気ある行為なんだよ!今、その勇気によって得た、人を遙かに超越した力を見せてやる!」
必然的不可避な闘いはこうして始まった。
もともと非力である事を熟知しているスライム従者は、己の手足を伸ばして鞭の様に振り回してキーンを牽制し、見た目通りの腕力を誇る甲殻従者が必殺の威力を秘めた爪を繰り出す。
「ふん」
挑発的に唸ってキーンは大きく間合いを取る。
彼にとって相手は、どういう誕生秘話があろうと、結局は見たことのないというだけのモンスターでしかない。
そうした未知の相手と対峙する時、だいたい彼は間合いを取る。
「キーンさん!」
「ルシアは見ていろ!」
加勢しようとしだしたルシアを一喝すると、キーンは更に間合いを広げ、ルシアとも離れた位置へと移動する。
「ほぉ、まさかとは思うが、一人で俺達を相手にする腹づもりか?」
その様子を見て甲殻従者が意外そうに言った。
「当然!」
そう吐き捨てて身を屈めるキーン。その頭上を、大きく弧を描いて彼の死角から回り込んでいた、スライム従者の腕が通過する。
「ちっ!」
気づいていた素振りが無かったことから、自分の攻撃が当たると思っていたスライム従者は、事も無げに不意打ちをかわされ舌打ちする。
「軟体生物のやりそうな手だ!」
考えが甘いと言わんばかりに、キーンが動きだす。
「「!」」
しかしそれは、スライム従者が腕を戻す隙を狙っての突進ではなく、森の木々を右に左にと不規則に動きながらの攪乱接近であった。
その動きにパワー重視の甲殻従者はもとより、スライム従者もついていくことはできなかった。
木にさしかかる都度、その方向を変化させつつキーンは徐々に甲殻従者との距離を縮めて行く。
不本意ながらそうした動きに対応できないことを悟った従者達は無駄に追うことをやめ、キーンの手法を逆手に取った戦法を選択した。
それは、甲殻従者が攻撃を受けたその隙に、スライム従者が攻撃をしかけるというもので、本来この二人の役割であるスライム従者の牽制、甲殻従者の攻撃という分担が逆となった手法であった。
キーンが動きの鈍い甲殻従者を攻撃の対象としているのは、その動きからも明らかであり、その攻撃手段は手にした剣によるもの。それが判っていればスピードが劣っていても彼等に対応できない事はない。
いよいよ間合いが詰まり、最も手近な木をターンした時、従者そしてルシアも、キーンが攻撃に入ると予見し、それは的中した。
が、予見できなかったワンステップが存在した。
「せいっ!」
キーンは木に差し掛かった瞬間、それを手にした剣で切断したのである。
乱暴な力業で切断された木は、根・幹の支えを失って倒れ出す。その方向に従者達がいた。
「?」
これには不意をつかれた。だが従者達に一瞬にも満たない時間の動揺を与える事しかできなかった。
彼等は『進化』した力を得て、かなりの期間を経ており、自身の能力を完璧に把握していた。それ故に、この倒木の直撃を受けたところで大したダメージにならない事も理解し、これがキーンの攻勢の手段であるなら、逆に隙を突くチャンスと判断したのである。
「浅はかだな!」
「いや、違う!!」
しょせんはこの程度かと身構える甲殻従者に反して、スライム従者がこの行為の意図を見抜いて声をあげた。
そして直後に倒木した。
二人の従者の間という位置に。
「!・・てめぇっ」
この時、甲殻従者もキーンの意図を悟った。倒れた木の若々しい枝葉が、スライム従者の攻撃のタイミングを奪い、これによって彼は余計な横槍を気にせず正面の相手と対峙する事ができた。
「化物二匹相手に、無策で勝負する程の馬鹿じゃないんだよ!」
言って一足飛びにジャンプし、剣を振り下ろすキーン。
「ほざけ!」
甲殻従者はキーンの動きにはついていけない。だが見失っている訳ではない。咄嗟に彼は両腕を交差させる形で頭上に掲げ、その一撃に応じた。
ギィィンッ!
剣でありながら斧のように重い一撃が甲殻従者の腕に伝わり、少なからず驚かせた。だが、これは彼にとっては好機であり、大振りの一撃を放った直後の瞬間を狙って攻撃を繰り出そうと片腕を引いた時、キーンは更に剣に加重を加えて体重を移動させ、甲殻従者の頭上を飛び越えた。
「!?く、くそっ!」
最初からそのつもりでジャンプしていなければ不可能な動きに、甲殻従者は自分の手の内が読まれていた事を悟って、慌てて腕を突き出したが、その強烈な一撃も空しく空を切り、キーンはくるりと回転して彼の背後に着地する。
「なめやがって!」
振り向きざまに腕を振るう甲殻従者であったが、その一撃すらも空を切った。
キーンはそうした攻撃が来るのも予測して、着地と同時に身を屈めてそれをやり過ごしたのである。そして、腕が大振りになった隙を突く形で、下方から斬りかかった。
この下段からの一撃を手始めに、キーンはその場で刃の連撃を放ち、それは次々にヒットしていく。
「く、くそっ!いい気になるな!!」
甲殻従者がその早さに対応するのは不可能であり、最も得意とする頑強さとパワーで押し切るしかなく、腕をハンマーの様に振り回して牽制するので手一杯だった。
さすがに冗談でも当たるわけにはいかない一撃であったため、キーンは一旦身を退いた。
「そんな小技で、俺をどうにかできるとでも思ってるのか!」
甲殻従者は五体満足なのを確認すると、キーンの動きに注意を払いつつ、自分の身体に視線をやった。
身体の至る所に傷が生じていたが、深刻な物は一つもない。このまま数万回も続けられると、身が粉にされる可能性はあったが、それはあくまで1対1の場合の可能性でしかない。
「ちょっとの間に大苦戦だった様だな・・・・え、おい」
倒れた木を乗り越えてきたスライム従者がからかうように言った。
「なかなかの機転だったが、あのチャンスでこいつを倒せなかったのは痛恨のミスだったな。もう同じ手は食わないぜ」
やはりこれが人間の限界だなと思いつつ、スライム従者は腕を伸ばして攻撃の態勢に入った。
「だったら、別の手を使うまでだよ」
言ってキーンが手にしていた剣を地面に突き立てる。
(魔法の類か?)
相手の動きをそう警戒して、従者が一瞬身構える。
応用によっては強大な敵をも葬ることの可能な『魔法』ではあるが、一言で語られるそれも用途や手法はかなり広い。
一般的な呪文詠唱の魔法であればその隙を突く事も容易ではあるが、魔法を使う者が単独で、しかもこの間合いで呪文詠唱するなどという事は考えにくく、現状から推測すれば、剣に何らかの魔法を付与してあり、それを解放するように見受けられた。
闘う者としての本能がその危険性を察知したが故に、迂闊に近づく事を控えたのだが、キーンの行為はそうした警戒を杞憂に終わらせた。
彼は地面に突き刺した剣の代わりに、腰からもう一本の大型ナイフとショートソードを引き抜き、それを構えたのである。
「はっ・・・・何かと思えば、武器を小さいモノに変えてスピードを増そうって魂胆か?」
「やはり浅はかだな。その長剣で切れない俺の身体を、更に小型の武器でどうにかなるとでも思ってるのか」
キーンの、予想外ではあるもののまるで驚異とは思えなかった手法に、従者達は揃ってせせら笑った。
傍観者ルシアも、従者が指摘した手法では勝てないだろうと判断していたが、キーンの狙いは他にあることを、物言わぬその目を見て悟っていた。
「どうなるかは・・・・・見れば判るさ!」
そう言って彼は両手に持っていた大型ナイフとショートソードを正面でX字に構えたかと思うと、いきなり同時に頭上に投げた。否、投げたという言うより放ったというのが正しいだろう。
戦意喪失にも見えるその姿に、一同はその意図が見抜けずにいた。
キィィン!
不意に金属音が彼等の頭上で響いた。
キーンの投げたそれが接触したのである。
「?」
キーンの不可解な行動による剣の接触と、彼自身の不敵な笑みが、そのナイフ等に何らかの仕掛けがあるのではという疑問を抱かせ、瞬時にその可能性に思い至った従者達は、半ば反射的にそれを見上げた。
だがそれも杞憂であり、宙に舞った二本の武器は外的な力の関与を一切受けず、物理的法則にしたがった動き、つまりは衝突による軽い回転を生じさせながら、落下し始めているだけだった。
「何のつもり・・・」
意味のない行為を嘲笑うつもりであった甲殻従者は、そこまで言って、その言葉を受けるべき人物がいないことに気づいた。
「消えっ・・・た?」
「馬鹿な!」
ナイフに気を奪われた一瞬の隙を突かれたのは明白であった。キーンは視線が頭上にそれた瞬間に移動したわけだが、問題は何処へ移動したかである。
従者達はセオリーに従い、背中合わせになって互いの死角をカバーし、姿をくらました相手を捜索し、そして襲撃に備えた。
(・・・・上・・・・)
その場にいた中で唯一、キーン行方を辛うじて見ていたルシアは、従者達に情報を与えないよう視線を動かないようにして心の中で呟き、先程の動きに驚愕した。
キーンは、投げた武器の衝突で注意がそれた瞬間、ルシアが練習で切断した岩に横っ飛びした。この時、従者達は所定位置にキーンがいないことを知り、反射的に周囲へ視線を巡らす。
その捜索の視界に入る寸前、キーンは移動した勢いのまま岩の切断面を踏み台にして頭上へとジャンプしたのである。
最初に見た空間、しかも気をそらされたポイントに相手が移動しているとは考えつかなかった従者達は、その姿を見失ったまま、キーンに攻撃のチャンスを与える事となる。
彼等がそれに気づいたのは、頭上で生じた物音によってであった。
「「!」」
思わぬ場所からの物音に視界を再び頭上に向けた二人が見た物は、大型ナイフを空中でキャッチし、手近な木の幹に「着地」したキーンの姿だった。
何故そこに?何をしている?
そうした瞬間的な思考の混乱の最中、キーンは自分の着地の勢いによってしなった木の反動を利用して弾けた。
その向かう先は甲殻従者。
「!」
咄嗟にカウンターばりに爪を繰り出すが、反応の遅れた僅かの瞬間が、彼の明暗を分けた。
キーンと甲殻従者が衝突し、彼の体重と勢いの加わった大型ナイフの切っ先が甲殻従者の胸板を貫き、深々と刺さる。
「がぁぁあああああああっ!!!!」
およそ人間とは思えない苦悶に満ち溢れた悲鳴が轟き、甲殻従者の身が痙攣した。
「馬鹿なぁっ・・・・・」
(何故俺の装甲が、あんなナイフで貫かれるっ!)
激しい痛みを伴う事実があるにも関わらず、彼はそれを信じられずにいた。だが彼にもう少しの冷静さがあれば、最初の連撃の傷が、貫かれた胸板に集中している傾向にあった事に気づいたはずである。
小さな傷の集中により甲殻の強度を下げ、その一点に対する攻撃によって自慢の装甲をうち破る。先程の攻撃も闇雲な攻撃の繰り返しではなく、全てはこの一撃のための布石であったのだ。
しかしそうした事実を悟るよりも、そして説明されるよりも先に、突き立てたナイフを更に力任せに下げたキーンの追い打ちによって、彼は、間際に抱いた疑問を解消することなく事切れた。
「き、貴様ぁっ!」
同僚が前のめりに倒れるのを見て、スライム従者は怒りをあらわにした。
キーンが突進してきた時、彼は僅かな思考の混乱で牽制のチャンスを逃し、同僚を救う事ができなかった。
そして致命的な一撃を受けた時、背中合わせという近すぎる位置関係があだとなり、同僚の肉体一つを隔てたキーンに攻撃する機会を失わせた。
結果、彼は何もできないまま、同僚を倒されてしまう。
不甲斐ない自分自身に向けて生じた憎悪すらもキーンに向けて、スライム従者は腕を繰り出した。
同僚が倒れた今、自分と敵を遮る物はなく、距離的にもタイミング的にも命中すると信じた一撃は、またも空振りとなって空を切った。
キーンにしてみれば、伸びると判っている腕の攻撃を油断するはずもなく。ストレート調に繰り出されれば、槍の突きと何ら変わる物ではなかった。
「へぇ、そんな姿になっても『頭に血が上る』のか」
明らかに冷静さを欠いたスライム従者を更に挑発すると、キーンは僅かに移動して、先程倒した木の枝から手頃な物を手早く選んで折り、それに気を込める。
「何を!?」
スライム従者それにルシアの疑問は、結果が答えることとなる。
気が枝全体に行き渡った枝葉は、一瞬のうちに強化されて硬化し、それをキーンが力一杯横振りした。
まだまだ若く、葉が十分に生い茂った木の枝は、平面状の打撃武器となってスライム従者の全身を直撃した。
「くぁああああっっ~~~~~~!」
彼の体質上、刀剣類の斬り刺しなどは無効果に終わるのは誰の目にも明らかであった。それ故、全身を吹っ飛ばすという発想のもと、面積のある枝葉に気を込めることで即席の武器に仕上げたのである。
さしものスライム従者も全身を同時に叩かれては、力を受け流す事もできずに吹っ飛ばされるしかない。
「蝿叩きだな。まるで・・・・」
言って視線をルシアに向けたキーンは、担いでいた枝に、更に気を込めて見せると、程なくして枝は限界に達し、パンという小さな破裂音を立てて砕け散った。
「!」
それを見てルシアは納得する。
彼が一人で闘って見せたのは、闘気士の闘い方を実戦レベルで見せ、教えるためだったのだ。
幅のある『気を用いての闘い方』というのを言葉による説明ではなく、実践して見せたわけである。
教えるのが苦手としたキーンの精一杯ともいえる指導に、ルシアは少し可笑しさがこみ上げてしまった。
「大変参考になりました」
「そりゃ良かった」
キーンは自分の意図を彼女が理解してくれたのを知り、応えるように笑んだ。
そうした朗らかなやりとりが隙となって現れた。
キーンは突如地面から滲み出るように飛び出して来た、スライムにまとわりつかれ、その動きを制された。
「なっ・・・・に?」
色合いと状況からして、先程のスライム従者であるとこは明白であり、キーンはスライムを振り払おうと、全身に力をかけて抗った。
スライムの抵抗を、全身に浴びたゴムの樹液が硬化し始めたようなもの・・・と、連想をしながらキーンは四肢を動かすが、その抵抗を手強しと察したスライムが、更に地中から溢れて触手状に伸び、四肢を中心にまとわりつく。
その結果、彼は地中から伸びた触手にがんじがらめにされた状態となって自由を奪われた。
『なんて力だよ』
スライム従者の声と共に、地中から植物の芽のような形状のスライム体が姿を現し、キーン目線まで伸びると、その先端に『頭』を形成させた。
「ここまでしないと動きを止められないとは予想外だったよ」
「そうかい?こっちにはまだ余力はあるぞ」
地面に向いている腕を僅かながら持ち上げて見せてキーンが言ったが、スライム従者の頭は動じること無く応じた。
「やめとけ、やめとけ、余力があるのはこっちも同じ事だ。それに、俺は非効率的な力比べで勝つつもりももない」
そう言ってスライム従者の頭がキーンの側面を促し、それに応じて彼が自由な首を傾けると、そこには彼同様、スライムに捕らえられたルシアがいた。
ほぼ全身を、スライムで薄く包まれ身動きをほぼ制され、口まで塞がれ声を発する事もできない状態に陥っていた彼女は、すまなそうな視線をキーンに送っていた。
「見て判るよな?彼女は非力だから、このまま押しつぶしたり、後少し身体を覆う面積を増やして窒息死させる事もできる・・・・・」
「で、俺に抵抗するなと?」
「低俗な要求で心苦しいが、仲間を殺った報いと、何より不死身の俺に闘いを挑んだ事を後悔してもらわなければな」
「何が不死身だ!そのスライム体質の全てがお前の意志体じゃあるまい。その原始的な身体を統率する為の核があるだけであって、それが肉眼では判別できないだけだろうが」
窮地にも怯まないキーンのその一言に、スライム従者は僅かな関心を示した。
「ほう、よく判ったな。冥土の土産に見せてやろう。これがその核・・・・全ての思考と活動を司る、心臓でもあり脳でもある神聖なる物だよ」
スライム従者は自慢げに語って、形成している頭部の、脳に該当する位置に、別の色をした直径2センチ程度の、小さな球形状の物体を移動させて見せた。
「判るも何も・・・先だって来たスライム使いのラーベルク伯爵とやらが自分の使うスライムの事を自慢してたんで、試しに言ってみたが・・・・本当にそうだったのか?やっぱりお前は原始生物と同類だな。あるいは、あの伯爵の生み出した一匹か?」
「貴様っ!」
地位的には彼はラーベルクより格上の存在と自負していた。それ故、ラーベルクの使い捨てスライムと同類にされた事は、そのプライドを大きく傷つけた。
その怒りをあらわにしたスライム従者を無視して、キーンは言葉を続けた。
「そもそも、肉体的弱点をさらけ出すのは、まともな生物のやる事じゃないな。やっぱりお前は・・・・・」
「黙れ!」
大声で叫び、スライム従者はキーンの発言を遮った。
「これは余裕だ!見えていても、判っていても、危害を受けなければ問題はない!」
「何を偉そうに・・・人質って保険を用いて俺の抵抗を抑えてるくせに・・・・そう言えば、ラーベルクも同じ手を使ってたなぁ・・・・さすがは主従関係だよな」
「貴様っ!まだ言うか!!俺は仲間達の中でも特に進化した存在だ!人質は無駄な時間を省くための効率的手段だ。あの女がいなくとも、お前の動きを封じる事など容易い事だ」
「分かったよ化け物!その姿を進化の一環と言いたいなら、進化でもいいさ。ただ、お前は失敗作だがな」
あくまで自分を見下すキーンに、スライム従者はこれ以上ない殺意を覚えた。発言した相手が同じ『進化』で力を得た存在ではなく、下等であるはずの人間とあっては、そうした感情も無理もないと言える。
「っ・・・・・!!その言葉後悔させてやる!存分に苦しみ、無力さを噛み締めさせて殺してやる!」
「そうそう好きにさせるかよ!」
それまで動くのを控えていたキーンが再び全身に力を込めて抗い始める。
「余力があるのは、お前だけじゃないと言ったはずだよな」
スライム従者は全身の拘束を解き放とうとするキーンに、更にスライムを増量してそれを制した。
内心、人間としては異様すぎる力に驚いてはいたものの、二人の力はほぼ拮抗しており、キーンが脱出の機会を得る前に、口と鼻を塞げば勝負は決する。それは人間を相手にするのであれば、必勝とも言える戦術であった。
勝敗をスムーズに決するのであれば、スライム従者はそうすべきであったかもしれない。しかし、人を越えたと自負するプライドを侮辱された報いを与えたいとする意識も強かったが故に、嬲り殺しという手法を選んだのだった。
「どうした?そろそろ限界か?」
力による抵抗に陰りが生じ始めているのを文字通り身体で感じたスライム従者が勝ち誇った様に言った。
「まだまだ、生きている限り起死回生はありえるさ」
「ほざくな!力で俺の拘束から逃れるのは不可能なのはとうに判っているはずだ。一方で俺は身体の一部を僅かに動かしてお前の顔の半分を覆えば、それでお終いだ」
「だから、させるかよっ!」
キーンが更に力を込めると、それに呼応するようにスライムがその量を増す。
「無駄無駄・・・・お前は逃げる事もかなわず、目の前に弱点でもある俺の核があるにも関わらず手も足も出ず、そして女も助ける事もできずに窒息死するんだよ」
「そうなのか?」
まるで他人事のように言うキーン。
「何処までその余裕が続くかな?」
腕周りに集っていたスライムの一部が徐々に伸びてキーンの肩から首へと伸びて行く。 死の恐怖を与える意図もあり、その動きは実に緩慢であった。
「お前・・・・やっぱり戦闘生物としては失敗作だな」
それは今までの挑発的な口調ではなく、哀れみを帯びたものだった。
だがスライム従者にはその違いが理解できていなかった。
「ほざく・・・・・・」
事は一瞬で決した。
スライム従者の頭部上方に光弾が直撃し、上半分を核ごと吹っ飛ばしたのである。
スライム従者の肉体の統率の要であった核を失い、残ったスライム体は途端に結束力を失った。
今までキーンの身体を抑えていたゴムのような弾力も失せ、彼は容易く自由を取り戻す。
「上出来だ・・・・」
キーンは光弾を放った人物、ルシアに向かって右手親指を軽く突き出す。
「あ、ありがとうございます」
ルシアは慣れない気孔弾の使用に、ちょっとした脱力感を感じつつも、事が上手くいって安堵した。
はっきり言って一発勝負の賭けだった。彼女は、キーンが核の話を始めて確認した時点で、それを破壊し、確実な勝利を狙っているのだという事を察した。
そして、無意味な力による抵抗と挑発を行った事で、彼の企みの全貌を察した。
彼は勝ち誇った相手に対して挑発を行い、その敵意と関心を自分に集中させ、無関心状態となっルシアに攻撃を仕掛けるように、し向けていたのである。
自分もスライムに捕らわれている以上、刀等による直接攻撃や爆薬の投擲は不可能であり、できるとすればこの場での攻撃という条件上、魔法の類しかない。だが、彼女には魔法の心得など無く、必然的に気弾による攻撃という答えに辿り着く。
練習も何もないぶっつけ本番。しかもキーンの生死がかかってるプレッシャーの中、ルシアは慎重に右腕をスライム従者の頭部へと向ける。
キーンの力による抵抗に、ムキになって応じたスライム従者は、その腕力を抑えるために身体の多くを彼に傾け、結果、ルシアを拘束していた分のスライムも削減された。もともとルシアに対しては無力な存在という認識があったため、彼女に対する注意もこの時点で散漫を通り越し、ほとんどゼロとなっていた。
そしてその時、ルシアが慣れない気孔弾を放って、慢心したスライム従者を屠ったという訳である。
「ふぅっ・・・」
脱力し、ぺたりと地面に座り込むルシア。
「大丈夫か?初めての気孔弾で気を込めすぎたんだな」
「あ、あの、できればお願いがあるんですが・・・・・」
後から来た疲労感に、肩で息をしてルシアはキーンを見上げた。
「ん?」
「今後、ああいう事は、先に教えて下さい。今回は意図が判ったからいいようなものの、理解できていなかったら、死んでました」
「ルシアは忍者だろ?」
今更とも思える質問に、ルシアはキョトンとした表情で頷いた。
「え、ええ」
「なら、あのチャンスに攻撃を仕掛けると思ってた。だから心配はしてなかったよ」
「そんな、無計画な・・・・」
「それに・・・」
「?」
「この仕事の後、ついて来るつもりなら、この位の連携はできないとな・・・・」
言ってキーンは自分で恥ずかしくなったのか、ルシアから視線を背けた。
「と、ともあれ、余計な手間をとったが、これで片づいたな」
「まだですよ」
「ん?」
「これ・・・・」
言ってルシアは自分の身にまとわりついたままのスライムを見た。全体の行動の統率を司る核が消滅した今、害は無かったが、不快な物体としては残ったままだった。
「な~に、ただまとわりついているだけの異物なら・・・・・」
そこまで言ってキーンは、軽く息を整え全身から気を放つ。攻撃を目的としたそれではなかったが、キーンに密着していたスライム体は、その衝撃に吹き飛ばされ散り散りに散った。先のラーベルク戦で周囲の爆煙を吹き飛ばした行為と同種の行為だった。
「と、まぁ、こんな事もできるわけだ」
得意そうに言うキーンに反し、それを見たルシアは少し不満顔をして見せる。
「ん?どうした?」
「・・・・私の関与が無くても倒せたんですね・・・・・」
今の技を本気ですれば、彼ほどの実力であれば、統率されていた状態のスライムでも吹き飛ばせると悟ったのである。そして間髪入れずに正面から気孔弾を叩き込んでも結果は同じであった。そうした事実を知って、先の連携作戦に関して必ずしも自分が要ではなかったと知り、不満を滲ませたのである。
「あ~・・・いや・・・それは・・」
「一発勝負、外したら・・・・なんて、必死になってた私は滑稽じゃないですか・・・」
「だから、違うって、そう言った緊迫感があった方が上達も早いだろ、だから運命を託したんだよ」
とは言うものの、ここで慌ててはそうした説明にも説得力がなかった。
「いいですよ・・・実際、私はまだ力不足ですから・・・・」
思いっきり拗ねて見せてルシアはキーンを困らせる事で少し楽しんだ。
女忍者技能共通の、『女』を利用した手法・・・・この国では不必要である上に、まともな伝承者もいなかったため、古文書の断片と大まかな口伝でしか伝わっていなかったそれを行使してみたのである・・・・・が、やはりそれは本来のそれとはかけ離れたモノとなったのだった。
キーンにしてみれば、可愛らしくも見える拗ね方ではあったが、気分を害した少女をどう取りなすかの経験が皆無であった彼には、ある意味この事態は、敵と闘うより困難な状況と言えたかもしれない。
だが、そうした現状も長くは続かなかった。
対処に閉口している最中、突如ルシアが身を震わせ、悩ましくくねらせ始めたのである。
「うぁん・・・・・くっ・・ぅ・・・・あ・・ぁぅっ」
本人の意識したところではないが、それこそが女忍者の妖かしの技に通ずる物であった。だが、この局面では誰もその点に関心を抱くことはなかった。
「どうした?」
目の前の艶やかさよりも、様子の急変に疑問を抱いたキーンが問うが、それに対する即答はなかった。
「ぅくっ・・・・うっ・・・うぁっ・・・う・・・」
ルシアは小刻みに身悶えながら膝を突き、まるで寒さを堪えるかのように身を縮める。
「おい、ルシア?」
状況が全く見えないキーンが、ルシアの肩を叩く。それがきっかけになった訳ではない。だが、タイミング良く彼女の限界が訪れ、突如として吹き出してしまった。
「いっいっやぁっははははっ・・・はっはぅっ、くぁっっはははっはははははは!!」
「!?・・・・ルシア?」
「だめっ、だ、だぁっはははははははは!いっいっいいひひひひひいひひひひひっ」
当然ながらそうした反応に心当たりのあるキーンは、確証を得るため、未だ身悶える彼女を抑えつけた。
「お~い、ルシア~聞こえてるか~?」
「きこっ、きこぉっっほぁっっははははははっ、聞こえっ、聞こえてまぁっははははあはははははは!だから、だからぁ~~~」
両腕を強引に地面に押しつけられ、両脚も腰掛けられた形で抑えられながらも、ルシアは笑い悶え、自由の制限された身体をくねらせ続ける。
「何がどうなってる?」
「すっ・・すぁっすあっっはははあぁっははっはははは!スライひははははっ、スライムがっ・・・ぁ、ぁあっ、はぁっっはははっははははは!!」
キーンの問いかけに、ルシアは懸命に答える。それは彼の予想した通りであった。
彼は両腕を押さえつけていた手を離すと、有無を言わさず彼女の忍者装束を強引に左右に開いた。
細い金属繊維によって織り込まれた、全身網タイツの様にも見える特注鎖帷子の上から着けられた黒い革製のブラ(ソフトレザーアーマーの一種)が露出すると、キーンも男の性で一瞬動きを止める。
だが、そんな彼女の身体に羨ましくも付着する、不定型な異物を認めると、そうした色気は後回しとなった。
それはあのスライム体で、不規則にルシアに付着していたそれが幾つかのグループを形成して脈動し、彼女に刺激を送り込んでいたのである。
スライム従者が生きていたわけではない。活動の統制の無さがそれを物語っており、おそらくは本能あるいは反射反応のようなもので活動していると思われた。
明確な意志の介在しない、いわば赤子のじゃれつきの様な害も他意もない行動であったが、身体のあちこちでそれをされるルシアには、たまったものではなかった。
定位置に付着してムニムニと蠢くもの、ブルブルと震えながらカタツムリの様に身体を徘徊するもの、それらを排除しようにも数が多い上に、くすぐったさに反応して身体が上手く動かせず、ルシアはピクンピクンと身を弾けさせながらのたうち回り、苦しそうな笑い声を漏らし続ける。
「くぅっ・・・くうっふふふふふふっふふふっふふふふふふ・・・ふっふっ・・・ふぁあっっははははっはははあはははあはあはっいやぁっっははははっはははあはは~~~~!!」
そうした艶姿を見ているうちに、キーンの先程までの戸惑いは綺麗さっぱり消え去り、逆にいつもの悪戯心が急速に湧きだして来る。
つき合いの長い相棒でもいれば、彼のそんな心情の変化を察知して窘めたであろうが、単独行動であるが故にその脱線を止める者も存在しなかった。
「ルシア!今助けるぞっ!」
妙にわざとらしく言って、キーンが救助作業と言う名目の悪戯を開始する。
彼は眼下で悶えるルシアを見据え、不規則に蠢く幾つものスライム体を観察すると、あるポイントに達したスライム体に自分の手を突きだし、掬い上げるように剥ぎ取ると、素早くそれを遠くへと投げ捨てた。
一見、何ら問題のない行為であったが、この行程の中にキーンの悪意が含まれていた。
掬い上げたスライム体は、彼女の脇腹に付着していた物で、彼は掬い取ると言う行程にかこつけて彼女の脇腹を指先でグリグリと刺激し、爪を不必要に立てて引っ掻くようにして剥がしていたのである。
「きぃやぁっっっははははははははははっははあっははははは!やめっやめっやぁっっはははははははぁっっははははははははは!!」
無論それはマッサージなどという類ではなく、明確なくすぐり技法であり、スライム体特有のくすぐったさに、いきなり異なった別の激しいくすぐったさが加わり、ルシアは悲鳴に近い笑い声を上げて身を仰け反らせた。
その反応の良さに気をよくしたキーンは、脇腹・腹部・胸回りといった有効なポイントにスライム体が移動するのを待って、除去を繰り返す。
「やっはははははははははははひゃぁっっはははははっはははははいひひっぁっっははははははははははっっっ!」
キーンがスライム体を除去する都度、ルシアはひときわ大きな笑い声を上げて、身をくねらせ、責め手を悦ばせる。
抵抗しようにも脚は彼の身体の下敷きとなり、両腕は彼の左手が両手首を捕らえて頭上で固定しており、振りほどこうと藻掻いても、わざわざ気孔によって筋力強化までしているキーンの腕力に太刀打ちできはしなかった。
「さてさて・・・次は~~~・・・・・」
キーンは意地悪く右手の指をワキワキさせて、ルシアの身体に近づけると、彼女はイヤイヤと首を振ってそれから逃れようと身をくねらせる。
「やっ・・あぁ・・・だ、だめです・・・ぁっ・・・くぅぅぅ~~~っっっふふふふっ!」
そうして彼の指にばかり注意が傾くと、残ったスライム体の刺激が不意打ちという形で彼女の身体を駆けめぐり、その身を小刻みに震わせ、時には捩らせる。
そうして注意が逸れた隙を狙っては、キーンの指がルシアの弱点に襲いかかり、落ち着く間を与えられなかった。
「も、もうっ、いぃ・・・・意地わ・・わぁっっっはっははははひはひゃぁっっはははははっ!!意地悪ですぅぅ~~~!!」
ルシアが涙声で笑いながらもキーンを非難するが、命に関わる危険性が無いため、彼は涼しい顔をしたまま、スライム除去を続けている。
かなりのスライム体が除去されると、彼はこの楽しみを持続させようと指全体ではなく、指先一本でその作用を続行していた。丁寧と言えば聞こえはいいが、引っ掻くような指先の動きは、やはり彼女の身体にくすぐったさを与える意図が明確に現れている。
「ルシアだって意地悪な拗ね方して、困らせたじゃないか・・・・・あいこだよ」
比較して見れば、あまりにも理不尽といえる言い訳だったが、この場において抗議や異議申し立てなど意味のある事ではない。
「そんなっ・・・そんなぁ~~くぅっっふふふふふふ・・・」
「おっと、ここにもスライムが・・・・」
ルシアは何度目かの脱出を試み、身を捩らせるが、やはりキーンの縛めからの脱出はかなわず、そうした抵抗を可愛らしくも感じながら彼は臍の窪みに溜まっていた少量のスライム体を除去すべく指を差し入れた。
「あっあぁっっはははっははははは!わかっぁっはははははは!ごめっごめんなさぃっっひひひひひひゃっっっはっはっっはっっっはあはははははっ!ごめんなさぁぁぁいい!!だから、だからぁぁぁっっははははははっ!」
今までとはまた異なるくすぐったさに、ルシアの身体が新鮮味のある魚のように弾け、その刺激に彼女はたまらず許しを請うた。
「忍者たる者がそう簡単に許しを請うて良いのかい?」
キーンは嬉しそうに、かつ意地悪にいうと、その反応が顕著であった臍への刺激を続行する。
「あぁっ!あ!あ~~~っ!だめっぁぁぁっ!だっ・・だめっ!そこわぁぁっっ~~~~っっははははははははははひゃぁっっはははははは!!」
臍で蠢く指先の動きにルシアは面白いように反応する。堪えようとしても堪えられない感覚に、ルシアは狂ったように悶笑し続ける。
「ふ~ん・・・ルシアの弱点はここかい?」
臍への刺激を極端に弱めてキーンが問うた。それはこれまでの反応を見れば聞かずとも判る質問であった。
「ちがっ・・・違います」
思いっきり息を乱したままルシアは否定するが、それが虚偽であることは明白だった。つい先程であれば、自分自身すら知らなかったが故に不安を抱かず返答することが出来たはずだった。
「ふ~ん・・・そう」
「ふひゃぁぁぁん!!」
言ってキーンは指先の動きを少し強めると、ルシアは面白いほどに反応して身を弾けさせた。
「弱点じゃないって?ん?ん?」
「いやっっははははははっ!ひぃっっっはやははははははははああ~~~~~~っ!!」
意地悪く臍の窪みを刺激し続けるキーン。ルシアは修行時にも味わったことのないくすぐったさという苦痛から逃れようと狂ったように、不自由な腰を必死に揺する。だが、彼女が懸命に腰をずらして指先の位置をずらしても、すぐにその位置は修正されて今、最も弱いポイントに潜り込む。
「も、もぅだっ、もう駄目!だめっっへぁっっははははははははははははは!!」
「弱点じゃないんじゃなかったけ?嘘だったのかな?」
見れば判ることをわざとらしく言いつつも、その責めを止めないキーン。
「うわぁっはっはははははははう、う、う、うそっ、うそですぁぁぁぁ!嘘ですっよわぃでぇぇぇやっっっはははははははははは!!」
ほとんど半狂乱になって訴えるルシア。それを見て、彼は更に含みのある笑みを浮かべて、自分の顔を彼女に近づけた。
「ふ~ん、やっぱり騙したんだぁ・・・・嘘つく相手には、お・し・お・き、しようねぇ~」
その言葉を聞いただけで、ルシアは気が遠くなるのを感じた。
・・・・・・
結局ルシアは、数十回に及ぶ懇願を笑い声と共にはなってようやく、キーンの悪辣な悪戯兼お仕置きから解放される事となる。
地面に突っ伏し、一心不乱に息を整えているルシアを眺め、キーンはどこかしら満足したような表情をしてみせた。
「さてと・・・・精神的にも満悦できたことだし、行くとするか・・・・」
「・・・・・・」
「お~い、ルシアぁ~?」
「・・・・・・」
ルシアは突っ伏したまま起きあがろうとしない。まだ息を整えるので手一杯の様子であった。
「起きようね、ル~シア~」
キーンは突っ伏したままの彼女の無防備な両脇腹に手をまわすと、おもむろに揉み回してくすぐった。
「っっっっきょわぁぁっっはははははっっ!」
いきなりのくすぐりによって、ルシアが飛び起きる。
「やっぱり狸寝入りだったか・・・・」
「ちがっ・・・違います、本当に精根尽き果てて・・・・」
全てを見透かしたようなキーンの笑みに対し、ルシアは引きつった笑みを浮かべた。
実際、彼女は言う程には消耗してはいなかった。否、見かけの状況よりは回復していた。そして生じた若干の余裕から、疲労困憊の様相を見せて少なからずキーンを心配させてやろうと試みたのだが、それはあっさりと見抜かれていた。
もっとも、本当に疲労していたにしても、あの様な起こされ方をすれば、瀕死でもなければ起きあがる事だろう。
この事を口実に更なる「お仕置き」の可能性を察し、ルシアは背筋に冷たい物を感じた。
そうした彼女の怯えた様子を見て、キーンは思わず吹き出す。
「なんとなく解るな」
いきなりの理解にルシアは困惑する
「?」
「連中がこうして愉しんでいる事がだよ。強情で反抗的な相手を心身共に疲労させて屈服させる悦びは、なかなかだ」
「あぁ・・・」
ルシアはキーンの意識はもう塔へと向いているのだと理解し、彼の意見にも同意した。文字通りその身で体験した結果で。
情報として塔では、くすぐり責めが行われている事は承知しており、その効果は知っているつもりであった。だが、実際に受けてみると、そうした情報など無意味である事を彼女は知った。
自分でも知り得ていなかった弱点を責められた瞬間、彼女の思考は混乱から虚無へとなり、言い様のないくすぐったさに、ただただ逃れたい一心で許しも請うた。
そうした行為を行っているキーンの嬉しそうな表情を微かに思い出し、自分の乱れ狂った姿が、彼の征服感を満足させていたのだという事を悟る。
「で、でも、酷いですよ・・・・あそこまでするなんて・・・」
「ルシアはわざとらしく拗ねたり、嘘言ったりしなければ早々に許してあげたんだけどね~」
あくまで自分が原因と言い張るキーンに、ルシアは少なからず理不尽さを感じたが、それは不快な物ではなかった。
「ぅ~~~~」
下手な反論は、また口実となるのではと思い、ルシアは口を噤む。
「だから拗ねるなって。次の機会には苦しくないくすぐりをしてやるから」
「?」
え?っとなってルシアがキーンを見る。
だが彼は、そうした発言直後の表情を見られるのを避けたのか、早々に装備を調え、ルシアに背を向け歩き出す。
「あ、あの・・・・」
「ルシアも早く戻れよ。他のモンスターが徘徊している可能性もあるしな。あ、あと、王女には俺が塔に向かったって言っといてくれ」
手にした槍を手の代わりに振ってキーンは言った。既に暴走時の精神的重荷は消えていた。
結果論として見れば、偶発的ではあったが、今回の戦闘と事後の出来事は、彼の精神的負担を軽減したと言えた。
「お気をつけて・・・・」
遠ざかるキーンお背に語りかけたルシアは、乱れた着衣を整えながら泥にまみれている自分を眺め、この状態を王女にどう説明しようかと少し悩み始めた。
ルシアから忍者技能に関する説明を手っ取り早く受けたキーンは、今まで知らなかった異質の戦闘法に好奇心を抱いた。
戦闘に限らず、全ての技術という物は奥の深い物ではあるが、忍者技能はとりわけその幅が広く、知識として知らされた全てを極めるのは不可能であろう事を、彼は早々に悟る。
自然を意味する地風火水に属する術を始め、特殊な武具や毒物の取扱いは、それぞれの専門が存在して当然であり、『忍者』と一言で識別される存在がその実、かなりの数に分化される事を彼は知った。
そうした中でルシアは、自分が教えを受け、扱えるようになった技術をかいつまんでキーンに説明していく。
「・・・・と、言う訳で、私は主に火を用いますけど、要は注意を僅かにそらした瞬間に、最低限の行為で事を成すようにするんです。相当の熟練者であれば、その仕込みすら気づかせず、あたかも幻術を用いたかのように思わせる事も可能な訳です・・・・」
「成る程・・・・・」
としか言いようの無いキーン。ルシアも会得していないため、話だけの部分もあったが、忍術なる物は、極めれば一種の芸術とも言えるような域に至る事を思い知る。
「以上、私の方はだいたいこんな物です」
言い終わってルシアはキーンの言葉を待った。
「ああ、判ってる・・・・・が、説明しにくいな」
ルシアの待つ闘気士の説明。だがこれは、説明の得手不得手以前に、幼少時代以降、ほとんど独学で闘気士技能に磨きをかけてきたキーンにとっては難題だった。
その上、闘気士は自身の戦闘スタイルに合わせて独自に発展させていく傾向が強く、剣術や拳法の様に師匠は存在しても、弟子の戦闘姿勢によっては全く異なる技を駆使する存在となる上に、師弟の相性が悪ければ弟子が全く育たない場合もあり、一つの流派として受け継がれない原因にもなっていた。
したがって、彼が教えられる事は実質少ない。
「・・・・そうだな、まず闘気士としての技能に目覚めた場合、最初にしておくことは、自分がどういう風に気を扱うのが得意なのかを知る事だな」
「どういう風に・・・・ですか?」
ルシアには漠然としすぎて、要領がつかめない出だしとなった。
「闘気士は、文字通り『気』という自分の生命力というか精神力を使って闘う者の総称だけど、その使い方は色々ある。例えば、剣や槍といった武器に気を込めて、魔法のアイテム並の威力を発揮させるとか、魔法使いの様に光弾として放つとか、肉体強化に使うとか・・・さっきの忍術みたいに、個人による独創性があって、その資質によってかなりの幅がでる」
「それで私は、どんなタイプなんですか?」
「それは判らない」
ルシアの質問にキーンはあっさりと答えた。
「実際に色々やってみて、自分がやりやすい手法を見つけて、それを発展させていくのが通例だ。自分の戦闘スタイルに合わせて会得するのも当然アリだけど、スタイルと得意な分野との相性が悪いと苦労するぞ。自分では長距離攻撃スタイルを求めているのに、体質的には身に纏う方が得意って場合が生じた場合、戦闘スタイルか気の扱い方のどちらかを矯正しなければならない訳だ」
「キーンさんみたいに、全てをバランス良く会得できる場合もあるんですか?」
「そりゃ、もちろん。目の前に実例がある以上、出来ないことはない・・・けど、かなり難しいぞ。俺にしても、最初から出来た訳じゃないからな・・・・」
キーンは語らなかったが、彼はかなりの時間と闘いを経て今の技術を身につけている。幾つもの実戦という場を用いての修行によって、ここまでに至ったのである。
「がんばりますっ」
ぐっと拳を握ってルシアは言った。
そんなルシアの仕草に苦笑しつつキーンは、かつて自分が幼少時代に受けた基礎をルシアに教え始めた。
本来なら、気の存在を意識し、それを集中させて実感できる域にまで高める事から始めるのだが、『魂の絆』によって、既に能力が発現しているルシアは容易にそれをクリアする。
「よし、次は自分のその気を、拳にかき集めるイメージしてみな・・・」
「は、はい・・・・」
言われるままイメージするルシア。
「・・・・・・・・・」
「出来たか?」
「多分・・・」
「なら、その拳で、そこの岩殴ってみな」
キーンが促したそれは、小さな子供程はあるサイズであった。
「えっ・・・・?」
そのあまりに急な指示にルシアは当惑した。
「全力でなくていい。手が痛くない程度にやってみな」
「は・・・・はい・・・・」
言われるまま殴りかかるルシア。拳を痛めない程度の手加減をしての一撃であったが、ルシアの一撃は岩の表面に小さな亀裂を生じさせていた。
「ま、そんな物か・・・」
「こ・・・これ・・・」
自分では拳を痛めないように手加減した一撃だった。その、自身の放った一撃の威力を自覚できないでいるルシアを尻目に、キーンは別の岩を指差し、新たな指示を与えた。
「次、剣を抜いて、拳の気を剣に移すイメージ・・・・・出来たらアレに切りかかってみろ」
戸惑いが残るものの、言われるままに背の忍者刀を構えて振るうルシア。
キンッ!
乾いた小さな金属音がしたかと思うと、岩は右上から左下にかけて斬撃を受け、ずるりと滑って転がり二つに分裂した。
「ほぉっ、お見事」
これにはキーンも素直に驚いた。だが、驚きの度合いでいうのであれば、彼よりむしろルシアの方が遙かに結果を信じられないでいた。
「あっ・・・・あのっ・・・これ・・・」
ルシアは刀と二つの岩を交互に見やって、大いに戸惑っていた。
「それが気孔付与の武具の威力だよ」
「で、でもこれ、ただの剣ですよ」
「だから、気孔付与すればこの位はできるって、理解できただろ。それににしても、どうやらルシアは武具に付与する気孔操作が相性いいみたいだな」
切断した岩の切り口を眺め、その見事さから、キーンはその方向性を示した。
「・・・はぁ・・・」
未だに自分の得た力が実感できず、当惑するルシア。
「そこで、付与系の闘法で行くという前提で注意しておくことが一つある」
彼女自身、まだはっきりと決めていなかったのだが、キーンはほぼ決定事項として説明をし始める。
「気孔付与は、術者の熟練度によっていくらでも付与して、その威力を高める事ができるが、武具自身の限界を考慮しなければならない」
「武具の限界?」
「そうだ、まだルシアのレベルでは実感できなかっただろうけど、気孔付与には必ず負担がその対象に生じる。そしてもし付与した力が武具の強度の限界を超えると・・・・」
「越えると・・?」
「武具が壊れてしまうんだよ」
そう言ってキーンは周囲を見回し、手近な所に落ちていた木の枝を拾い上げると、気孔付与を行って見せた。
(やっぱりレベルが違う)
何の前触れも予備動作もなく気孔付与を行うキーンを見て、ルシアは自分の闘気士として差を実感しつつ、その枝を注視する。
ルシアにも判るようにゆっくりと気を高めて行くと、程なくなくして枝が軋む音がしたかと思うと、一瞬で全体に亀裂が走り、枝は粉々になってはじけ飛んだ。
「と、こういう訳だ。武具の頑丈さがそのまま付与の限界量にも繋がるって訳だ。そんなわけで、付与をメインにするなら魔剣とか聖剣を用意しておく方が望ましいな」
手に残った僅かな木片を投げ捨てキーンは言った。
「質問!」
そこでルシアが手を上げる。
「どうぞ」
「魔剣や聖剣を使った場合、その武具に宿る力の属性による反発は生じないんですか?」
属性とは、文字通りその武具に込められた力を分類したものである。
聖剣は聖なる力の宿りし剣、魔剣は邪なる力の宿りし剣・・・・と、言う判断基準のもとに基本的な二大区分が成されており、より細分化すれば、地風火水といった自然の力の属性も存在する。
仮に、複数の剣の制作者が同じで、当人に聖・魔の意図がなくとも、秘められた力の種類によって、今の時代の人間達は、それを聖剣・魔剣と勝手に分けているのだ。
そして、その分類が示すとおり、聖剣は魔法や呪術等による能力強化がほとんど行えず、逆に魔剣は神聖魔法の加護に反発する。
簡単に言えば相性であり、彼女は気孔付与が武具に悪い影響を生じさせないか、あるいは付与に不向きな武具はないかを問うていたのである。
「ない」
キーンは即答する。
「気孔は言ってみれば生命力そのものだ。それは聖魔はもちろん、精霊の地風火水にも該当しない・・・しないが『生』という全ての属性の共通点たるからこそ拒絶もされない」
「便利ですね」
「その分、会得しにくいけどね・・・」
「それでは、さっきの話に戻って、武具の限界の話ですが、判別できるんですか?」
「ああ、限界が近くなると持っている武具に妙な振動が生じたりして兆候が判る・・・・が、今のところルシアには気にする必要のない問題だよ」
「そうですね・・・・」
「それじゃ次は・・・気を放つ手法だけど・・・」
「手に集中させた気を放り投げる感覚で・・・・ですか?」
刃を左手に持ち替え、剣から右手へと気をぎこちなく移動させながらルシアは言った。
「正解。飲み込みが早いな」
言って微笑むキーンであったが、実際にはそれが決まった唯一の手法ではなかった。気を扱いは、集中力とイメージであり、個人によって異なっていく。
つまりはコントロールできれば、どのようにイメージしても良いわけである。今は初心者向けに漠然としたイメージの仕方で説明してはいたが、それ以後は彼女のやりやすいようにやって向上させていくのが一番なのである。
気を放つ事に関し、ルシアがそうだろうと思い描いたイメージを矯正するのは望ましくなく、また間違いでもないため、キーンはそれを否定しなかったのである。
ルシアは今はこれで目一杯と思う気を右手に集中させ、キーンの投擲指示を待った。が、彼はルシアに視線を向けていたものの、その注意は別の方向へと向けられていた。
「・・・・・!」
その緊張感が含まれた表情を見て、彼女は近づいてくる微かな気配に気づいた。気孔操作に集中するあまり、周囲への警戒がおろそかになっていたのである。
『いやいや、仲のよろしいことで・・・・』
不意に森の奥で低い声が響いた。
『俺達は邪魔者扱いされたのに、あんたは一人とはいえ、迎え入れられてるんだなぁ』
(二人!?いや、二体というべき?)
迂闊だった。いつもの自分ならキーンと同様に気づけていたはずの気配を見過ごした事に後悔しながらも、口調の違いからその数を察したルシアは身構え、緊張した面もちで刀を構えた。
これが単なる盗賊二人あるいは単なるモンスター二体であれば、彼女にも十分に勝機はあった。
だが、今、この国に存在する敵は奴等しか存在しない。
「誰かは知らないが、今、練習中なんだ、邪魔しないでくれないか?」
ルシアの内心の緊張感をよそに、キーンは平時の冷やかしを相手にするかの様相で応じた。
『そんなこと言うなって、俺達はあんたにも女にも興味があるんだ』
声と共に足音までが耳に届き、相手との距離が縮まっている事を暗に示す。ルシアは集中して声と足音の発生源を探り、その方向を大まかに特定した。
「キーンさん敵は・・・・」
その情報を伝えようとしたその時、キーンが左腕を突きだし、その掌から気孔弾を放った。
「!?」
それはルシアの言わんとしていた方向に正確に放たれ、やや離れた空間で何かに炸裂した。
「慣れてくるとな・・・」
今の一撃の効果を確認しようとしているルシアに、キーンは視線を逸らすことなく語りかける。
「相手の気も感じる事ができるようになる。忍者としての技能と併用すればこういう状況では有利になるぞ」
「は、はい・・・」
倒したか否かは問わない。今尚、キーンが緊張を解いていないのがその答えであった。
「だから・・・そう邪険にするなよ」
はっきりとした口調と共に、重々しい足音が響き、分厚い甲殻でその身を包んだ怪物が姿を現した。
大熊に匹敵するだろうサイズ、鋭利な鈎爪状の爪を持つ大きな腕、四方に開く牙と四つの眼球。かつて魔王襲来時に同伴していた従者の一人が変貌した姿であった。
そしてその陰から、フード付きマントを身に纏ったもう一人の従者がその姿を現した。
「ラーベルクの奴が戻ってこないところを見ると・・・・・」
まだ人の形をしたままの従者がそう口にした直後、彼の身体を鈍い衝撃が走った。
キーンがおもむろに投げ放った大型ナイフが、彼の胸板を捉えて深々と突き刺さったのである。
「なっ!?」
「だりゃぁ!」
あまりに唐突な出来事に、甲殻の身体に変化した従者が思わず視線を同僚に向けた一瞬の間に、キーンは一足飛びに間合いを詰め、先程、王女に頂いたばかりの剣を抜き、ナイフを受けてバランスを崩した従者に向けて振り下ろした。
キーンの剣は相手の左肩口から腹部にまで到達したが、その素人目にも致命傷と思われる一撃を加えながらも、彼はすぐさま後方に飛んで、間合いを取った。
「そういうタイプもあるって事か・・・・」
悔しそうなキーンの言葉に、ルシアは先程の致命的と思われた一撃が有効打にもなっていない事を悟る。
「そう言うことだ・・・・ま、俺はたまたま特殊な部類であっただけで、他の連中だったら終わってたがな」
攻撃を受けた従者は、そう言ってローブを捨て去ると、自ら特殊と言った灰色がかった半透明状の身体を披露した。
先程の斬撃の痕はほぼ修復が完了し、胸に突き刺さっているナイフも何事も無かったように抜き捨てられた。
「スライム体質とは、本当に特殊だな」
「どうだ?少しは俺達の能力を認める気になったか?ラーベルクの仕事を引き継ぐつもりはないが、お前はあの方の関心を得ているからな。今からでもこちら側に来れば、更なる強さを手に入れることも可能だぜ」
そのスライム従者の言葉を聞いて、キーンは幾つかの事を確信した。
一つは、今、自分が相手にしているのは、古種のライカンスロープとされる存在の生き残り・末裔だけではなく、人為的に作られた存在もいるということ。
これは、今し方の発言がそれを物語っている。
魔導か悪魔の契約によるものかは判らないが、彼等の主たる魔王は、少なくともそうした技術あるいは能力を持っている可能性があること。
そう考えれば、希少種である古種ライカンスロープの様な類が、多く塔内にたむろしている事にも合点がいく。
全てが魔王関与ではないにしても、彼等を古種と呼ぶのはもはや間違いかもしれないと思うと同時に、言いしれぬ不満感もキーンの中で膨れあがってきた。
その不満が何かと思い悩んだキーンであったが、目の前で自分姿を誇示する従者達を見て、すぐにその答えを理解した。
「ああ、確かに得た能力は人を超えてはいるな。だがそれ以上に感心するところがあるよ」
「?」
「人間である事を捨てて、化け物になってまで力を欲する、その執着心だ。それだけは凄いと認める」
得意げに自身の形態を変化してみせるスライム従者に剣先を向けてキーンが言うと、スライム従者それに甲殻従者は揃って硬直した。
「何?・・・・何だとっ!」
「お前達、人間時代は戦士か魔法使いかは知らないが、自分の限界に達する前に逃げたんだろ・・・・・」
「逃げただと!?」
「そう、人としての限界に挑む事からな!」
「違う、これは進化というんだよ!」
「上手い言い様だな・・・・・進化ね・・・・醜い化け物になるのがか?そんな姿にならなければ得られない能力で満足か?」
「貴様こそ、人の殻を破らねば得られぬ能力と限界がある事が分からないか!俺達は限界に挑む事から逃げたのでは無い!挑んだからこそ、進化の道を選んだんだ。いわばこれは、人の限界を超えるための勇気ある行為なんだよ!今、その勇気によって得た、人を遙かに超越した力を見せてやる!」
必然的不可避な闘いはこうして始まった。
もともと非力である事を熟知しているスライム従者は、己の手足を伸ばして鞭の様に振り回してキーンを牽制し、見た目通りの腕力を誇る甲殻従者が必殺の威力を秘めた爪を繰り出す。
「ふん」
挑発的に唸ってキーンは大きく間合いを取る。
彼にとって相手は、どういう誕生秘話があろうと、結局は見たことのないというだけのモンスターでしかない。
そうした未知の相手と対峙する時、だいたい彼は間合いを取る。
「キーンさん!」
「ルシアは見ていろ!」
加勢しようとしだしたルシアを一喝すると、キーンは更に間合いを広げ、ルシアとも離れた位置へと移動する。
「ほぉ、まさかとは思うが、一人で俺達を相手にする腹づもりか?」
その様子を見て甲殻従者が意外そうに言った。
「当然!」
そう吐き捨てて身を屈めるキーン。その頭上を、大きく弧を描いて彼の死角から回り込んでいた、スライム従者の腕が通過する。
「ちっ!」
気づいていた素振りが無かったことから、自分の攻撃が当たると思っていたスライム従者は、事も無げに不意打ちをかわされ舌打ちする。
「軟体生物のやりそうな手だ!」
考えが甘いと言わんばかりに、キーンが動きだす。
「「!」」
しかしそれは、スライム従者が腕を戻す隙を狙っての突進ではなく、森の木々を右に左にと不規則に動きながらの攪乱接近であった。
その動きにパワー重視の甲殻従者はもとより、スライム従者もついていくことはできなかった。
木にさしかかる都度、その方向を変化させつつキーンは徐々に甲殻従者との距離を縮めて行く。
不本意ながらそうした動きに対応できないことを悟った従者達は無駄に追うことをやめ、キーンの手法を逆手に取った戦法を選択した。
それは、甲殻従者が攻撃を受けたその隙に、スライム従者が攻撃をしかけるというもので、本来この二人の役割であるスライム従者の牽制、甲殻従者の攻撃という分担が逆となった手法であった。
キーンが動きの鈍い甲殻従者を攻撃の対象としているのは、その動きからも明らかであり、その攻撃手段は手にした剣によるもの。それが判っていればスピードが劣っていても彼等に対応できない事はない。
いよいよ間合いが詰まり、最も手近な木をターンした時、従者そしてルシアも、キーンが攻撃に入ると予見し、それは的中した。
が、予見できなかったワンステップが存在した。
「せいっ!」
キーンは木に差し掛かった瞬間、それを手にした剣で切断したのである。
乱暴な力業で切断された木は、根・幹の支えを失って倒れ出す。その方向に従者達がいた。
「?」
これには不意をつかれた。だが従者達に一瞬にも満たない時間の動揺を与える事しかできなかった。
彼等は『進化』した力を得て、かなりの期間を経ており、自身の能力を完璧に把握していた。それ故に、この倒木の直撃を受けたところで大したダメージにならない事も理解し、これがキーンの攻勢の手段であるなら、逆に隙を突くチャンスと判断したのである。
「浅はかだな!」
「いや、違う!!」
しょせんはこの程度かと身構える甲殻従者に反して、スライム従者がこの行為の意図を見抜いて声をあげた。
そして直後に倒木した。
二人の従者の間という位置に。
「!・・てめぇっ」
この時、甲殻従者もキーンの意図を悟った。倒れた木の若々しい枝葉が、スライム従者の攻撃のタイミングを奪い、これによって彼は余計な横槍を気にせず正面の相手と対峙する事ができた。
「化物二匹相手に、無策で勝負する程の馬鹿じゃないんだよ!」
言って一足飛びにジャンプし、剣を振り下ろすキーン。
「ほざけ!」
甲殻従者はキーンの動きにはついていけない。だが見失っている訳ではない。咄嗟に彼は両腕を交差させる形で頭上に掲げ、その一撃に応じた。
ギィィンッ!
剣でありながら斧のように重い一撃が甲殻従者の腕に伝わり、少なからず驚かせた。だが、これは彼にとっては好機であり、大振りの一撃を放った直後の瞬間を狙って攻撃を繰り出そうと片腕を引いた時、キーンは更に剣に加重を加えて体重を移動させ、甲殻従者の頭上を飛び越えた。
「!?く、くそっ!」
最初からそのつもりでジャンプしていなければ不可能な動きに、甲殻従者は自分の手の内が読まれていた事を悟って、慌てて腕を突き出したが、その強烈な一撃も空しく空を切り、キーンはくるりと回転して彼の背後に着地する。
「なめやがって!」
振り向きざまに腕を振るう甲殻従者であったが、その一撃すらも空を切った。
キーンはそうした攻撃が来るのも予測して、着地と同時に身を屈めてそれをやり過ごしたのである。そして、腕が大振りになった隙を突く形で、下方から斬りかかった。
この下段からの一撃を手始めに、キーンはその場で刃の連撃を放ち、それは次々にヒットしていく。
「く、くそっ!いい気になるな!!」
甲殻従者がその早さに対応するのは不可能であり、最も得意とする頑強さとパワーで押し切るしかなく、腕をハンマーの様に振り回して牽制するので手一杯だった。
さすがに冗談でも当たるわけにはいかない一撃であったため、キーンは一旦身を退いた。
「そんな小技で、俺をどうにかできるとでも思ってるのか!」
甲殻従者は五体満足なのを確認すると、キーンの動きに注意を払いつつ、自分の身体に視線をやった。
身体の至る所に傷が生じていたが、深刻な物は一つもない。このまま数万回も続けられると、身が粉にされる可能性はあったが、それはあくまで1対1の場合の可能性でしかない。
「ちょっとの間に大苦戦だった様だな・・・・え、おい」
倒れた木を乗り越えてきたスライム従者がからかうように言った。
「なかなかの機転だったが、あのチャンスでこいつを倒せなかったのは痛恨のミスだったな。もう同じ手は食わないぜ」
やはりこれが人間の限界だなと思いつつ、スライム従者は腕を伸ばして攻撃の態勢に入った。
「だったら、別の手を使うまでだよ」
言ってキーンが手にしていた剣を地面に突き立てる。
(魔法の類か?)
相手の動きをそう警戒して、従者が一瞬身構える。
応用によっては強大な敵をも葬ることの可能な『魔法』ではあるが、一言で語られるそれも用途や手法はかなり広い。
一般的な呪文詠唱の魔法であればその隙を突く事も容易ではあるが、魔法を使う者が単独で、しかもこの間合いで呪文詠唱するなどという事は考えにくく、現状から推測すれば、剣に何らかの魔法を付与してあり、それを解放するように見受けられた。
闘う者としての本能がその危険性を察知したが故に、迂闊に近づく事を控えたのだが、キーンの行為はそうした警戒を杞憂に終わらせた。
彼は地面に突き刺した剣の代わりに、腰からもう一本の大型ナイフとショートソードを引き抜き、それを構えたのである。
「はっ・・・・何かと思えば、武器を小さいモノに変えてスピードを増そうって魂胆か?」
「やはり浅はかだな。その長剣で切れない俺の身体を、更に小型の武器でどうにかなるとでも思ってるのか」
キーンの、予想外ではあるもののまるで驚異とは思えなかった手法に、従者達は揃ってせせら笑った。
傍観者ルシアも、従者が指摘した手法では勝てないだろうと判断していたが、キーンの狙いは他にあることを、物言わぬその目を見て悟っていた。
「どうなるかは・・・・・見れば判るさ!」
そう言って彼は両手に持っていた大型ナイフとショートソードを正面でX字に構えたかと思うと、いきなり同時に頭上に投げた。否、投げたという言うより放ったというのが正しいだろう。
戦意喪失にも見えるその姿に、一同はその意図が見抜けずにいた。
キィィン!
不意に金属音が彼等の頭上で響いた。
キーンの投げたそれが接触したのである。
「?」
キーンの不可解な行動による剣の接触と、彼自身の不敵な笑みが、そのナイフ等に何らかの仕掛けがあるのではという疑問を抱かせ、瞬時にその可能性に思い至った従者達は、半ば反射的にそれを見上げた。
だがそれも杞憂であり、宙に舞った二本の武器は外的な力の関与を一切受けず、物理的法則にしたがった動き、つまりは衝突による軽い回転を生じさせながら、落下し始めているだけだった。
「何のつもり・・・」
意味のない行為を嘲笑うつもりであった甲殻従者は、そこまで言って、その言葉を受けるべき人物がいないことに気づいた。
「消えっ・・・た?」
「馬鹿な!」
ナイフに気を奪われた一瞬の隙を突かれたのは明白であった。キーンは視線が頭上にそれた瞬間に移動したわけだが、問題は何処へ移動したかである。
従者達はセオリーに従い、背中合わせになって互いの死角をカバーし、姿をくらました相手を捜索し、そして襲撃に備えた。
(・・・・上・・・・)
その場にいた中で唯一、キーン行方を辛うじて見ていたルシアは、従者達に情報を与えないよう視線を動かないようにして心の中で呟き、先程の動きに驚愕した。
キーンは、投げた武器の衝突で注意がそれた瞬間、ルシアが練習で切断した岩に横っ飛びした。この時、従者達は所定位置にキーンがいないことを知り、反射的に周囲へ視線を巡らす。
その捜索の視界に入る寸前、キーンは移動した勢いのまま岩の切断面を踏み台にして頭上へとジャンプしたのである。
最初に見た空間、しかも気をそらされたポイントに相手が移動しているとは考えつかなかった従者達は、その姿を見失ったまま、キーンに攻撃のチャンスを与える事となる。
彼等がそれに気づいたのは、頭上で生じた物音によってであった。
「「!」」
思わぬ場所からの物音に視界を再び頭上に向けた二人が見た物は、大型ナイフを空中でキャッチし、手近な木の幹に「着地」したキーンの姿だった。
何故そこに?何をしている?
そうした瞬間的な思考の混乱の最中、キーンは自分の着地の勢いによってしなった木の反動を利用して弾けた。
その向かう先は甲殻従者。
「!」
咄嗟にカウンターばりに爪を繰り出すが、反応の遅れた僅かの瞬間が、彼の明暗を分けた。
キーンと甲殻従者が衝突し、彼の体重と勢いの加わった大型ナイフの切っ先が甲殻従者の胸板を貫き、深々と刺さる。
「がぁぁあああああああっ!!!!」
およそ人間とは思えない苦悶に満ち溢れた悲鳴が轟き、甲殻従者の身が痙攣した。
「馬鹿なぁっ・・・・・」
(何故俺の装甲が、あんなナイフで貫かれるっ!)
激しい痛みを伴う事実があるにも関わらず、彼はそれを信じられずにいた。だが彼にもう少しの冷静さがあれば、最初の連撃の傷が、貫かれた胸板に集中している傾向にあった事に気づいたはずである。
小さな傷の集中により甲殻の強度を下げ、その一点に対する攻撃によって自慢の装甲をうち破る。先程の攻撃も闇雲な攻撃の繰り返しではなく、全てはこの一撃のための布石であったのだ。
しかしそうした事実を悟るよりも、そして説明されるよりも先に、突き立てたナイフを更に力任せに下げたキーンの追い打ちによって、彼は、間際に抱いた疑問を解消することなく事切れた。
「き、貴様ぁっ!」
同僚が前のめりに倒れるのを見て、スライム従者は怒りをあらわにした。
キーンが突進してきた時、彼は僅かな思考の混乱で牽制のチャンスを逃し、同僚を救う事ができなかった。
そして致命的な一撃を受けた時、背中合わせという近すぎる位置関係があだとなり、同僚の肉体一つを隔てたキーンに攻撃する機会を失わせた。
結果、彼は何もできないまま、同僚を倒されてしまう。
不甲斐ない自分自身に向けて生じた憎悪すらもキーンに向けて、スライム従者は腕を繰り出した。
同僚が倒れた今、自分と敵を遮る物はなく、距離的にもタイミング的にも命中すると信じた一撃は、またも空振りとなって空を切った。
キーンにしてみれば、伸びると判っている腕の攻撃を油断するはずもなく。ストレート調に繰り出されれば、槍の突きと何ら変わる物ではなかった。
「へぇ、そんな姿になっても『頭に血が上る』のか」
明らかに冷静さを欠いたスライム従者を更に挑発すると、キーンは僅かに移動して、先程倒した木の枝から手頃な物を手早く選んで折り、それに気を込める。
「何を!?」
スライム従者それにルシアの疑問は、結果が答えることとなる。
気が枝全体に行き渡った枝葉は、一瞬のうちに強化されて硬化し、それをキーンが力一杯横振りした。
まだまだ若く、葉が十分に生い茂った木の枝は、平面状の打撃武器となってスライム従者の全身を直撃した。
「くぁああああっっ~~~~~~!」
彼の体質上、刀剣類の斬り刺しなどは無効果に終わるのは誰の目にも明らかであった。それ故、全身を吹っ飛ばすという発想のもと、面積のある枝葉に気を込めることで即席の武器に仕上げたのである。
さしものスライム従者も全身を同時に叩かれては、力を受け流す事もできずに吹っ飛ばされるしかない。
「蝿叩きだな。まるで・・・・」
言って視線をルシアに向けたキーンは、担いでいた枝に、更に気を込めて見せると、程なくして枝は限界に達し、パンという小さな破裂音を立てて砕け散った。
「!」
それを見てルシアは納得する。
彼が一人で闘って見せたのは、闘気士の闘い方を実戦レベルで見せ、教えるためだったのだ。
幅のある『気を用いての闘い方』というのを言葉による説明ではなく、実践して見せたわけである。
教えるのが苦手としたキーンの精一杯ともいえる指導に、ルシアは少し可笑しさがこみ上げてしまった。
「大変参考になりました」
「そりゃ良かった」
キーンは自分の意図を彼女が理解してくれたのを知り、応えるように笑んだ。
そうした朗らかなやりとりが隙となって現れた。
キーンは突如地面から滲み出るように飛び出して来た、スライムにまとわりつかれ、その動きを制された。
「なっ・・・・に?」
色合いと状況からして、先程のスライム従者であるとこは明白であり、キーンはスライムを振り払おうと、全身に力をかけて抗った。
スライムの抵抗を、全身に浴びたゴムの樹液が硬化し始めたようなもの・・・と、連想をしながらキーンは四肢を動かすが、その抵抗を手強しと察したスライムが、更に地中から溢れて触手状に伸び、四肢を中心にまとわりつく。
その結果、彼は地中から伸びた触手にがんじがらめにされた状態となって自由を奪われた。
『なんて力だよ』
スライム従者の声と共に、地中から植物の芽のような形状のスライム体が姿を現し、キーン目線まで伸びると、その先端に『頭』を形成させた。
「ここまでしないと動きを止められないとは予想外だったよ」
「そうかい?こっちにはまだ余力はあるぞ」
地面に向いている腕を僅かながら持ち上げて見せてキーンが言ったが、スライム従者の頭は動じること無く応じた。
「やめとけ、やめとけ、余力があるのはこっちも同じ事だ。それに、俺は非効率的な力比べで勝つつもりももない」
そう言ってスライム従者の頭がキーンの側面を促し、それに応じて彼が自由な首を傾けると、そこには彼同様、スライムに捕らえられたルシアがいた。
ほぼ全身を、スライムで薄く包まれ身動きをほぼ制され、口まで塞がれ声を発する事もできない状態に陥っていた彼女は、すまなそうな視線をキーンに送っていた。
「見て判るよな?彼女は非力だから、このまま押しつぶしたり、後少し身体を覆う面積を増やして窒息死させる事もできる・・・・・」
「で、俺に抵抗するなと?」
「低俗な要求で心苦しいが、仲間を殺った報いと、何より不死身の俺に闘いを挑んだ事を後悔してもらわなければな」
「何が不死身だ!そのスライム体質の全てがお前の意志体じゃあるまい。その原始的な身体を統率する為の核があるだけであって、それが肉眼では判別できないだけだろうが」
窮地にも怯まないキーンのその一言に、スライム従者は僅かな関心を示した。
「ほう、よく判ったな。冥土の土産に見せてやろう。これがその核・・・・全ての思考と活動を司る、心臓でもあり脳でもある神聖なる物だよ」
スライム従者は自慢げに語って、形成している頭部の、脳に該当する位置に、別の色をした直径2センチ程度の、小さな球形状の物体を移動させて見せた。
「判るも何も・・・先だって来たスライム使いのラーベルク伯爵とやらが自分の使うスライムの事を自慢してたんで、試しに言ってみたが・・・・本当にそうだったのか?やっぱりお前は原始生物と同類だな。あるいは、あの伯爵の生み出した一匹か?」
「貴様っ!」
地位的には彼はラーベルクより格上の存在と自負していた。それ故、ラーベルクの使い捨てスライムと同類にされた事は、そのプライドを大きく傷つけた。
その怒りをあらわにしたスライム従者を無視して、キーンは言葉を続けた。
「そもそも、肉体的弱点をさらけ出すのは、まともな生物のやる事じゃないな。やっぱりお前は・・・・・」
「黙れ!」
大声で叫び、スライム従者はキーンの発言を遮った。
「これは余裕だ!見えていても、判っていても、危害を受けなければ問題はない!」
「何を偉そうに・・・人質って保険を用いて俺の抵抗を抑えてるくせに・・・・そう言えば、ラーベルクも同じ手を使ってたなぁ・・・・さすがは主従関係だよな」
「貴様っ!まだ言うか!!俺は仲間達の中でも特に進化した存在だ!人質は無駄な時間を省くための効率的手段だ。あの女がいなくとも、お前の動きを封じる事など容易い事だ」
「分かったよ化け物!その姿を進化の一環と言いたいなら、進化でもいいさ。ただ、お前は失敗作だがな」
あくまで自分を見下すキーンに、スライム従者はこれ以上ない殺意を覚えた。発言した相手が同じ『進化』で力を得た存在ではなく、下等であるはずの人間とあっては、そうした感情も無理もないと言える。
「っ・・・・・!!その言葉後悔させてやる!存分に苦しみ、無力さを噛み締めさせて殺してやる!」
「そうそう好きにさせるかよ!」
それまで動くのを控えていたキーンが再び全身に力を込めて抗い始める。
「余力があるのは、お前だけじゃないと言ったはずだよな」
スライム従者は全身の拘束を解き放とうとするキーンに、更にスライムを増量してそれを制した。
内心、人間としては異様すぎる力に驚いてはいたものの、二人の力はほぼ拮抗しており、キーンが脱出の機会を得る前に、口と鼻を塞げば勝負は決する。それは人間を相手にするのであれば、必勝とも言える戦術であった。
勝敗をスムーズに決するのであれば、スライム従者はそうすべきであったかもしれない。しかし、人を越えたと自負するプライドを侮辱された報いを与えたいとする意識も強かったが故に、嬲り殺しという手法を選んだのだった。
「どうした?そろそろ限界か?」
力による抵抗に陰りが生じ始めているのを文字通り身体で感じたスライム従者が勝ち誇った様に言った。
「まだまだ、生きている限り起死回生はありえるさ」
「ほざくな!力で俺の拘束から逃れるのは不可能なのはとうに判っているはずだ。一方で俺は身体の一部を僅かに動かしてお前の顔の半分を覆えば、それでお終いだ」
「だから、させるかよっ!」
キーンが更に力を込めると、それに呼応するようにスライムがその量を増す。
「無駄無駄・・・・お前は逃げる事もかなわず、目の前に弱点でもある俺の核があるにも関わらず手も足も出ず、そして女も助ける事もできずに窒息死するんだよ」
「そうなのか?」
まるで他人事のように言うキーン。
「何処までその余裕が続くかな?」
腕周りに集っていたスライムの一部が徐々に伸びてキーンの肩から首へと伸びて行く。 死の恐怖を与える意図もあり、その動きは実に緩慢であった。
「お前・・・・やっぱり戦闘生物としては失敗作だな」
それは今までの挑発的な口調ではなく、哀れみを帯びたものだった。
だがスライム従者にはその違いが理解できていなかった。
「ほざく・・・・・・」
事は一瞬で決した。
スライム従者の頭部上方に光弾が直撃し、上半分を核ごと吹っ飛ばしたのである。
スライム従者の肉体の統率の要であった核を失い、残ったスライム体は途端に結束力を失った。
今までキーンの身体を抑えていたゴムのような弾力も失せ、彼は容易く自由を取り戻す。
「上出来だ・・・・」
キーンは光弾を放った人物、ルシアに向かって右手親指を軽く突き出す。
「あ、ありがとうございます」
ルシアは慣れない気孔弾の使用に、ちょっとした脱力感を感じつつも、事が上手くいって安堵した。
はっきり言って一発勝負の賭けだった。彼女は、キーンが核の話を始めて確認した時点で、それを破壊し、確実な勝利を狙っているのだという事を察した。
そして、無意味な力による抵抗と挑発を行った事で、彼の企みの全貌を察した。
彼は勝ち誇った相手に対して挑発を行い、その敵意と関心を自分に集中させ、無関心状態となっルシアに攻撃を仕掛けるように、し向けていたのである。
自分もスライムに捕らわれている以上、刀等による直接攻撃や爆薬の投擲は不可能であり、できるとすればこの場での攻撃という条件上、魔法の類しかない。だが、彼女には魔法の心得など無く、必然的に気弾による攻撃という答えに辿り着く。
練習も何もないぶっつけ本番。しかもキーンの生死がかかってるプレッシャーの中、ルシアは慎重に右腕をスライム従者の頭部へと向ける。
キーンの力による抵抗に、ムキになって応じたスライム従者は、その腕力を抑えるために身体の多くを彼に傾け、結果、ルシアを拘束していた分のスライムも削減された。もともとルシアに対しては無力な存在という認識があったため、彼女に対する注意もこの時点で散漫を通り越し、ほとんどゼロとなっていた。
そしてその時、ルシアが慣れない気孔弾を放って、慢心したスライム従者を屠ったという訳である。
「ふぅっ・・・」
脱力し、ぺたりと地面に座り込むルシア。
「大丈夫か?初めての気孔弾で気を込めすぎたんだな」
「あ、あの、できればお願いがあるんですが・・・・・」
後から来た疲労感に、肩で息をしてルシアはキーンを見上げた。
「ん?」
「今後、ああいう事は、先に教えて下さい。今回は意図が判ったからいいようなものの、理解できていなかったら、死んでました」
「ルシアは忍者だろ?」
今更とも思える質問に、ルシアはキョトンとした表情で頷いた。
「え、ええ」
「なら、あのチャンスに攻撃を仕掛けると思ってた。だから心配はしてなかったよ」
「そんな、無計画な・・・・」
「それに・・・」
「?」
「この仕事の後、ついて来るつもりなら、この位の連携はできないとな・・・・」
言ってキーンは自分で恥ずかしくなったのか、ルシアから視線を背けた。
「と、ともあれ、余計な手間をとったが、これで片づいたな」
「まだですよ」
「ん?」
「これ・・・・」
言ってルシアは自分の身にまとわりついたままのスライムを見た。全体の行動の統率を司る核が消滅した今、害は無かったが、不快な物体としては残ったままだった。
「な~に、ただまとわりついているだけの異物なら・・・・・」
そこまで言ってキーンは、軽く息を整え全身から気を放つ。攻撃を目的としたそれではなかったが、キーンに密着していたスライム体は、その衝撃に吹き飛ばされ散り散りに散った。先のラーベルク戦で周囲の爆煙を吹き飛ばした行為と同種の行為だった。
「と、まぁ、こんな事もできるわけだ」
得意そうに言うキーンに反し、それを見たルシアは少し不満顔をして見せる。
「ん?どうした?」
「・・・・私の関与が無くても倒せたんですね・・・・・」
今の技を本気ですれば、彼ほどの実力であれば、統率されていた状態のスライムでも吹き飛ばせると悟ったのである。そして間髪入れずに正面から気孔弾を叩き込んでも結果は同じであった。そうした事実を知って、先の連携作戦に関して必ずしも自分が要ではなかったと知り、不満を滲ませたのである。
「あ~・・・いや・・・それは・・」
「一発勝負、外したら・・・・なんて、必死になってた私は滑稽じゃないですか・・・」
「だから、違うって、そう言った緊迫感があった方が上達も早いだろ、だから運命を託したんだよ」
とは言うものの、ここで慌ててはそうした説明にも説得力がなかった。
「いいですよ・・・実際、私はまだ力不足ですから・・・・」
思いっきり拗ねて見せてルシアはキーンを困らせる事で少し楽しんだ。
女忍者技能共通の、『女』を利用した手法・・・・この国では不必要である上に、まともな伝承者もいなかったため、古文書の断片と大まかな口伝でしか伝わっていなかったそれを行使してみたのである・・・・・が、やはりそれは本来のそれとはかけ離れたモノとなったのだった。
キーンにしてみれば、可愛らしくも見える拗ね方ではあったが、気分を害した少女をどう取りなすかの経験が皆無であった彼には、ある意味この事態は、敵と闘うより困難な状況と言えたかもしれない。
だが、そうした現状も長くは続かなかった。
対処に閉口している最中、突如ルシアが身を震わせ、悩ましくくねらせ始めたのである。
「うぁん・・・・・くっ・・ぅ・・・・あ・・ぁぅっ」
本人の意識したところではないが、それこそが女忍者の妖かしの技に通ずる物であった。だが、この局面では誰もその点に関心を抱くことはなかった。
「どうした?」
目の前の艶やかさよりも、様子の急変に疑問を抱いたキーンが問うが、それに対する即答はなかった。
「ぅくっ・・・・うっ・・・うぁっ・・・う・・・」
ルシアは小刻みに身悶えながら膝を突き、まるで寒さを堪えるかのように身を縮める。
「おい、ルシア?」
状況が全く見えないキーンが、ルシアの肩を叩く。それがきっかけになった訳ではない。だが、タイミング良く彼女の限界が訪れ、突如として吹き出してしまった。
「いっいっやぁっははははっ・・・はっはぅっ、くぁっっはははっはははははは!!」
「!?・・・・ルシア?」
「だめっ、だ、だぁっはははははははは!いっいっいいひひひひひいひひひひひっ」
当然ながらそうした反応に心当たりのあるキーンは、確証を得るため、未だ身悶える彼女を抑えつけた。
「お~い、ルシア~聞こえてるか~?」
「きこっ、きこぉっっほぁっっははははははっ、聞こえっ、聞こえてまぁっははははあはははははは!だから、だからぁ~~~」
両腕を強引に地面に押しつけられ、両脚も腰掛けられた形で抑えられながらも、ルシアは笑い悶え、自由の制限された身体をくねらせ続ける。
「何がどうなってる?」
「すっ・・すぁっすあっっはははあぁっははっはははは!スライひははははっ、スライムがっ・・・ぁ、ぁあっ、はぁっっはははっははははは!!」
キーンの問いかけに、ルシアは懸命に答える。それは彼の予想した通りであった。
彼は両腕を押さえつけていた手を離すと、有無を言わさず彼女の忍者装束を強引に左右に開いた。
細い金属繊維によって織り込まれた、全身網タイツの様にも見える特注鎖帷子の上から着けられた黒い革製のブラ(ソフトレザーアーマーの一種)が露出すると、キーンも男の性で一瞬動きを止める。
だが、そんな彼女の身体に羨ましくも付着する、不定型な異物を認めると、そうした色気は後回しとなった。
それはあのスライム体で、不規則にルシアに付着していたそれが幾つかのグループを形成して脈動し、彼女に刺激を送り込んでいたのである。
スライム従者が生きていたわけではない。活動の統制の無さがそれを物語っており、おそらくは本能あるいは反射反応のようなもので活動していると思われた。
明確な意志の介在しない、いわば赤子のじゃれつきの様な害も他意もない行動であったが、身体のあちこちでそれをされるルシアには、たまったものではなかった。
定位置に付着してムニムニと蠢くもの、ブルブルと震えながらカタツムリの様に身体を徘徊するもの、それらを排除しようにも数が多い上に、くすぐったさに反応して身体が上手く動かせず、ルシアはピクンピクンと身を弾けさせながらのたうち回り、苦しそうな笑い声を漏らし続ける。
「くぅっ・・・くうっふふふふふふっふふふっふふふふふふ・・・ふっふっ・・・ふぁあっっははははっはははあはははあはあはっいやぁっっははははっはははあはは~~~~!!」
そうした艶姿を見ているうちに、キーンの先程までの戸惑いは綺麗さっぱり消え去り、逆にいつもの悪戯心が急速に湧きだして来る。
つき合いの長い相棒でもいれば、彼のそんな心情の変化を察知して窘めたであろうが、単独行動であるが故にその脱線を止める者も存在しなかった。
「ルシア!今助けるぞっ!」
妙にわざとらしく言って、キーンが救助作業と言う名目の悪戯を開始する。
彼は眼下で悶えるルシアを見据え、不規則に蠢く幾つものスライム体を観察すると、あるポイントに達したスライム体に自分の手を突きだし、掬い上げるように剥ぎ取ると、素早くそれを遠くへと投げ捨てた。
一見、何ら問題のない行為であったが、この行程の中にキーンの悪意が含まれていた。
掬い上げたスライム体は、彼女の脇腹に付着していた物で、彼は掬い取ると言う行程にかこつけて彼女の脇腹を指先でグリグリと刺激し、爪を不必要に立てて引っ掻くようにして剥がしていたのである。
「きぃやぁっっっははははははははははっははあっははははは!やめっやめっやぁっっはははははははぁっっははははははははは!!」
無論それはマッサージなどという類ではなく、明確なくすぐり技法であり、スライム体特有のくすぐったさに、いきなり異なった別の激しいくすぐったさが加わり、ルシアは悲鳴に近い笑い声を上げて身を仰け反らせた。
その反応の良さに気をよくしたキーンは、脇腹・腹部・胸回りといった有効なポイントにスライム体が移動するのを待って、除去を繰り返す。
「やっはははははははははははひゃぁっっはははははっはははははいひひっぁっっははははははははははっっっ!」
キーンがスライム体を除去する都度、ルシアはひときわ大きな笑い声を上げて、身をくねらせ、責め手を悦ばせる。
抵抗しようにも脚は彼の身体の下敷きとなり、両腕は彼の左手が両手首を捕らえて頭上で固定しており、振りほどこうと藻掻いても、わざわざ気孔によって筋力強化までしているキーンの腕力に太刀打ちできはしなかった。
「さてさて・・・次は~~~・・・・・」
キーンは意地悪く右手の指をワキワキさせて、ルシアの身体に近づけると、彼女はイヤイヤと首を振ってそれから逃れようと身をくねらせる。
「やっ・・あぁ・・・だ、だめです・・・ぁっ・・・くぅぅぅ~~~っっっふふふふっ!」
そうして彼の指にばかり注意が傾くと、残ったスライム体の刺激が不意打ちという形で彼女の身体を駆けめぐり、その身を小刻みに震わせ、時には捩らせる。
そうして注意が逸れた隙を狙っては、キーンの指がルシアの弱点に襲いかかり、落ち着く間を与えられなかった。
「も、もうっ、いぃ・・・・意地わ・・わぁっっっはっははははひはひゃぁっっはははははっ!!意地悪ですぅぅ~~~!!」
ルシアが涙声で笑いながらもキーンを非難するが、命に関わる危険性が無いため、彼は涼しい顔をしたまま、スライム除去を続けている。
かなりのスライム体が除去されると、彼はこの楽しみを持続させようと指全体ではなく、指先一本でその作用を続行していた。丁寧と言えば聞こえはいいが、引っ掻くような指先の動きは、やはり彼女の身体にくすぐったさを与える意図が明確に現れている。
「ルシアだって意地悪な拗ね方して、困らせたじゃないか・・・・・あいこだよ」
比較して見れば、あまりにも理不尽といえる言い訳だったが、この場において抗議や異議申し立てなど意味のある事ではない。
「そんなっ・・・そんなぁ~~くぅっっふふふふふふ・・・」
「おっと、ここにもスライムが・・・・」
ルシアは何度目かの脱出を試み、身を捩らせるが、やはりキーンの縛めからの脱出はかなわず、そうした抵抗を可愛らしくも感じながら彼は臍の窪みに溜まっていた少量のスライム体を除去すべく指を差し入れた。
「あっあぁっっはははっははははは!わかっぁっはははははは!ごめっごめんなさぃっっひひひひひひゃっっっはっはっっはっっっはあはははははっ!ごめんなさぁぁぁいい!!だから、だからぁぁぁっっははははははっ!」
今までとはまた異なるくすぐったさに、ルシアの身体が新鮮味のある魚のように弾け、その刺激に彼女はたまらず許しを請うた。
「忍者たる者がそう簡単に許しを請うて良いのかい?」
キーンは嬉しそうに、かつ意地悪にいうと、その反応が顕著であった臍への刺激を続行する。
「あぁっ!あ!あ~~~っ!だめっぁぁぁっ!だっ・・だめっ!そこわぁぁっっ~~~~っっははははははははははひゃぁっっはははははは!!」
臍で蠢く指先の動きにルシアは面白いように反応する。堪えようとしても堪えられない感覚に、ルシアは狂ったように悶笑し続ける。
「ふ~ん・・・ルシアの弱点はここかい?」
臍への刺激を極端に弱めてキーンが問うた。それはこれまでの反応を見れば聞かずとも判る質問であった。
「ちがっ・・・違います」
思いっきり息を乱したままルシアは否定するが、それが虚偽であることは明白だった。つい先程であれば、自分自身すら知らなかったが故に不安を抱かず返答することが出来たはずだった。
「ふ~ん・・・そう」
「ふひゃぁぁぁん!!」
言ってキーンは指先の動きを少し強めると、ルシアは面白いほどに反応して身を弾けさせた。
「弱点じゃないって?ん?ん?」
「いやっっははははははっ!ひぃっっっはやははははははははああ~~~~~~っ!!」
意地悪く臍の窪みを刺激し続けるキーン。ルシアは修行時にも味わったことのないくすぐったさという苦痛から逃れようと狂ったように、不自由な腰を必死に揺する。だが、彼女が懸命に腰をずらして指先の位置をずらしても、すぐにその位置は修正されて今、最も弱いポイントに潜り込む。
「も、もぅだっ、もう駄目!だめっっへぁっっははははははははははははは!!」
「弱点じゃないんじゃなかったけ?嘘だったのかな?」
見れば判ることをわざとらしく言いつつも、その責めを止めないキーン。
「うわぁっはっはははははははう、う、う、うそっ、うそですぁぁぁぁ!嘘ですっよわぃでぇぇぇやっっっはははははははははは!!」
ほとんど半狂乱になって訴えるルシア。それを見て、彼は更に含みのある笑みを浮かべて、自分の顔を彼女に近づけた。
「ふ~ん、やっぱり騙したんだぁ・・・・嘘つく相手には、お・し・お・き、しようねぇ~」
その言葉を聞いただけで、ルシアは気が遠くなるのを感じた。
・・・・・・
結局ルシアは、数十回に及ぶ懇願を笑い声と共にはなってようやく、キーンの悪辣な悪戯兼お仕置きから解放される事となる。
地面に突っ伏し、一心不乱に息を整えているルシアを眺め、キーンはどこかしら満足したような表情をしてみせた。
「さてと・・・・精神的にも満悦できたことだし、行くとするか・・・・」
「・・・・・・」
「お~い、ルシアぁ~?」
「・・・・・・」
ルシアは突っ伏したまま起きあがろうとしない。まだ息を整えるので手一杯の様子であった。
「起きようね、ル~シア~」
キーンは突っ伏したままの彼女の無防備な両脇腹に手をまわすと、おもむろに揉み回してくすぐった。
「っっっっきょわぁぁっっはははははっっ!」
いきなりのくすぐりによって、ルシアが飛び起きる。
「やっぱり狸寝入りだったか・・・・」
「ちがっ・・・違います、本当に精根尽き果てて・・・・」
全てを見透かしたようなキーンの笑みに対し、ルシアは引きつった笑みを浮かべた。
実際、彼女は言う程には消耗してはいなかった。否、見かけの状況よりは回復していた。そして生じた若干の余裕から、疲労困憊の様相を見せて少なからずキーンを心配させてやろうと試みたのだが、それはあっさりと見抜かれていた。
もっとも、本当に疲労していたにしても、あの様な起こされ方をすれば、瀕死でもなければ起きあがる事だろう。
この事を口実に更なる「お仕置き」の可能性を察し、ルシアは背筋に冷たい物を感じた。
そうした彼女の怯えた様子を見て、キーンは思わず吹き出す。
「なんとなく解るな」
いきなりの理解にルシアは困惑する
「?」
「連中がこうして愉しんでいる事がだよ。強情で反抗的な相手を心身共に疲労させて屈服させる悦びは、なかなかだ」
「あぁ・・・」
ルシアはキーンの意識はもう塔へと向いているのだと理解し、彼の意見にも同意した。文字通りその身で体験した結果で。
情報として塔では、くすぐり責めが行われている事は承知しており、その効果は知っているつもりであった。だが、実際に受けてみると、そうした情報など無意味である事を彼女は知った。
自分でも知り得ていなかった弱点を責められた瞬間、彼女の思考は混乱から虚無へとなり、言い様のないくすぐったさに、ただただ逃れたい一心で許しも請うた。
そうした行為を行っているキーンの嬉しそうな表情を微かに思い出し、自分の乱れ狂った姿が、彼の征服感を満足させていたのだという事を悟る。
「で、でも、酷いですよ・・・・あそこまでするなんて・・・」
「ルシアはわざとらしく拗ねたり、嘘言ったりしなければ早々に許してあげたんだけどね~」
あくまで自分が原因と言い張るキーンに、ルシアは少なからず理不尽さを感じたが、それは不快な物ではなかった。
「ぅ~~~~」
下手な反論は、また口実となるのではと思い、ルシアは口を噤む。
「だから拗ねるなって。次の機会には苦しくないくすぐりをしてやるから」
「?」
え?っとなってルシアがキーンを見る。
だが彼は、そうした発言直後の表情を見られるのを避けたのか、早々に装備を調え、ルシアに背を向け歩き出す。
「あ、あの・・・・」
「ルシアも早く戻れよ。他のモンスターが徘徊している可能性もあるしな。あ、あと、王女には俺が塔に向かったって言っといてくれ」
手にした槍を手の代わりに振ってキーンは言った。既に暴走時の精神的重荷は消えていた。
結果論として見れば、偶発的ではあったが、今回の戦闘と事後の出来事は、彼の精神的負担を軽減したと言えた。
「お気をつけて・・・・」
遠ざかるキーンお背に語りかけたルシアは、乱れた着衣を整えながら泥にまみれている自分を眺め、この状態を王女にどう説明しようかと少し悩み始めた。
あとがき
今回のエピソードは、旧塔にない書き下ろしエピソードです。
誕生のきっかけは、旧作ではキーン&ルシアの対話が少なかったと言う思いから、「魂の絆」によって得た、互いの技能の説明という形で僅かながら一緒にいる時間を作りました。それと、冒頭の書き下ろしで登場した魔王の従者二人が本編では出番が無いため、この場で登場そして処分される事になりました(笑)
塔内でのフロア・ガーディアンと言うお約束案もあったのですが、他の古種ライカンスロープ達の登場が既に決まっていたので没に・・・・
結局、二人の新技能の実験台と言う立場になってしまいました。
今回のエピソードは、旧塔にない書き下ろしエピソードです。
誕生のきっかけは、旧作ではキーン&ルシアの対話が少なかったと言う思いから、「魂の絆」によって得た、互いの技能の説明という形で僅かながら一緒にいる時間を作りました。それと、冒頭の書き下ろしで登場した魔王の従者二人が本編では出番が無いため、この場で登場そして処分される事になりました(笑)
塔内でのフロア・ガーディアンと言うお約束案もあったのですが、他の古種ライカンスロープ達の登場が既に決まっていたので没に・・・・
結局、二人の新技能の実験台と言う立場になってしまいました。