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2011/02/13(日)に投稿された記事
くすぐりの塔外伝 -届かぬ想い、求める心-(前編)
投稿日時:21:33:12|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔外伝RF
外伝RFだよ!
前・中・後編の3編からなっておりまふ。
それに対し、学術的関心を持って見渡せば、それらに種族としての統一性がなかった事に気づくであろう。二足歩行の人獣タイプもいれば、完全な獣の類もいる。それらは世間一般には屈強と評される種ばかりであったが、今は無惨な姿を晒していた。
生前、目標であるキーンを仕留めるに至らず、逆に彼の刃によって還らぬ存在となったのである。
それでも尚、彼の眼前には、屍の数に匹敵するモンスターが立ちふさがり、殺気に満ちた眼差しを向け、彼を死の世界の住人にさせるべく襲いかかっていた。
憎悪の対象になっていた彼に、恐怖心などによる気負いはない。それは負けるとは思えぬ確たる自信の表れであったが、何故か漠然な不安感が彼の心の底に燻っていた。
しかしそれを悠長に考察している余裕を与えまいとしてか、モンスターが次々と襲いかかる。
キーンは繰り出される爪・牙・骨といった攻撃を何事も無かったかのように身を捻ってかわし、その捻りの勢いを利用して剣を振るい、近づく相手を次々に斬り捨てていく。殆どのモンスターは攻撃がかわされたと思った瞬間、死角からの斬撃を受けて事切れていた。
まるで片手間仕事のように仲間を斬っていく人間に、モンスターはそれこそムキになって襲いかかり、その生涯に幕を閉じていったが、中には多少なりとも知恵を働かせる個体も存在し、ひたすら前進を続ける彼の背後を狙おうと画策する。
しかしそれもキーンの察知するところであった。だが彼は背後に対する関心はあっても警戒する素振りは見せなかった。否、必要なかったのである。
背後に回り込んだモンスターの一群は、無警戒な相手の背中を喜々として切り裂こうとしたが、突如頭上から降り注いだ無数の手裏剣に、そのタイミングを奪われた。
「!」
数匹のモンスターがその身に幾つかの手裏剣を受け、頭部や喉といった急所に直撃を受けた個体が力を失って地に伏した。
モンスター達が何事が生じたのかと見上げたと同時に、一つの人影がキーンの背後に降り立った。
彼よりも小柄で装備も軽装。身体のラインから女性と判るその存在は、背に背負ったやや短めの剣を抜き構えて難を逃れたモンスターを睨みつけた。
「キーンさんの背後を狙いたかったら、私を倒すのが先よ」
そう、彼女が・・・ルシアがいるからこそ、彼は背後を無視して前面の敵にのみ集中する事ができた。
忍者の技能に加え、『魂の絆』による効果で闘気士としての能力も持つ彼女は、彼の旅においてかけがえのないパートナーであり、安心して背後を任せられる存在であった。
唯一無二である彼女の実力は幾度となく繰り返してきた闘いで格段に向上し、この程度のモンスター群が相手であれば、何一つ心配する要素はなかった。
・・・・にも関わらず、彼の・・・キーンの心中の不安は増大する。
「ルシア、油断するな」
不安に駆られたキーンが、思わずそれを言葉にする。
「任せて。この程度の規模なら・・・・」
言って背後の群に身を投じるルシア。
彼女の闘い方は美しかった。共に闘うだけあって、敵の攻撃をかわしつつ反撃する戦闘スタイルは似ていたが、その動きはより洗練されたものとなっていた。
まるで、モンスターの存在を知らぬまま演舞しているかのようにも見え、その優雅な動きでモンスターの攻撃をかわし、舞った剣の先に、たまたまモンスターがいたかにも見える動きで斬っていく。
一見、貧弱な斬撃に見えるものの、その力不足を彼女は『気』の力で補っている。
刀身に気を込め、インパクトの瞬間、その力を上げて剣の威力を増加させているのである。
女性のしなやかな動きを最大限活用した、彼女自身の編み出した戦法であった。
モンスターは、何とかしてその舞を止めさせようとちょっかいを出そうとしては葬られていき、徐々にその数を減らしていく。
第三者が見れば、キーンの不安は杞憂だと思うに違いない。事実、彼女は無傷のまま、群の最後の一匹を斬り捨てていた。
「いかが?」
得意げに笑んで見せるルシア。
こうまでされては、素直に認めるしかないところであるが、ここに来てキーンの不安は最高潮に達し、同時にその正体に気づいた。
「ルシア逃げろ!」
何が起きるか判っていたキーンが叫ぶ。
叫ぶより先に動きたかったが、身体が動かなかった。焦燥感ばかりが募る一方で、当のルシアは変わらぬ笑みを浮かべている。
「何、言ってるの・・・・」
そんな彼女の後から、音もなく一つの影が迫った。
「ルシアっっ!!!」
何も出来ないままキーンが叫ぶ。
「変ですよキーンさん・・・」
少し呆れた表情となって笑むルシアの背後に、巨大蟻種『レギアント』の一匹が迫り、その攻撃的に進化した前足を構えた。
「!!!!」
「?」
何かを察知した彼女が振り向いた瞬間、彼女はレギアントの鋭い爪に腹部を刺し貫かれ、がっくりと仰け反った。先程まで笑みを浮かべていた顔は、たちまち死に満ちたものとなり、逆さまの状態でキーンと向き合った。
「・・・・・・・・・・・・っっ!!!」
ビクリと電気ショックを受けたかの様に身を弾ませてキーンは覚醒した。
「・・・・・くそっ!これで何度目だ・・・・・」
横たわったまま空を見上げてキーンが唸る。過去幾度となく見る最悪の悪夢が、また彼に忌まわしい記憶を呼び覚ましたのだ。
-ルシアの死-
彼の適わぬ願望が関与してだろう。状況は、現実と異なる点もあったが、最後は決まって巨大蟻レギアントによって彼女は殺されるという、現実にそった結末が待っている。
この夢を見る度、キーンの心は言いようのない悲しみと痛みを覚え、やりきれない想いに苦しむ。夢の中でだけでも助けたいと、いつも考えるのだが、一度として彼女を救えたためしがない。
「これまで殺してきた連中の呪いかもな・・・・」
自嘲したがこれは流石に質が悪いと心底思うキーンであった。
悪夢として現れなくとも、何度となく思い出す光景を今は忘れようと頭を振って一時的に追い出すと、ようやくにして彼は自分の周囲の状況を気にとめた。
『目覚めたか・・・・主よ・・・』
契約において服従を誓い、キーンの鎧となって活動する悪魔『セイファート』が、その形状を維持したまま、直接彼の脳内に語りかけてきた。
「ああ、すこぶる不機嫌にな・・・何が起きた?あの時、頭上から熱波が襲ってきたんで、咄嗟に反撃したところまでは覚えているが・・・」
自分が別の場所へ移動させられたのか?そう思うほどの変化が生じていたのである。
意識を失うまで彼は、ある湿地帯で、とある国が派遣した大軍と激戦を繰り広げていたのだが、今は一帯が焼け野原になっているのである。
しかも、周囲を忌め尽くしていた敵兵の姿は一人もなく、無数の物体が燻って混じり合った嫌な臭いがけが漂っていた。
『判らぬ・・・その熱波の直撃を受けた瞬間、周囲で闘っていた敵兵が一斉に破裂・・・いや、爆発した』
「爆発?・・・・・痛ぅっ」
思いもよらなかった報告にキーンが驚いて立ち上がる。その際、体の節々に痛みを感じた彼は、その身体を確認し、自分も今し方までは、この風景に同化した存在であった事を悟る。
「かつての湿地帯をこうまで変える爆発?よく無事だったな・・・・」
改めて周囲を見回し、その状況を推察した上で、最終的な結果に至る自分に驚いた。
『同感だ。だが結果として、鎧となった我の防御能力と主の耐久力・・・それが僅かに勝っていたおかげで主の瞬時の死は避けられた。故に我は、全力で主の体の再生に勤めた』
淡々と語られたが、実際は致命傷に近い状態であった事をキーンは把握する。だが彼の生死の天秤は、まだ現世へと傾いていた。
「つまりは、また死に損ねたか・・・・」
まだゾンビの域を出ていない自分の変わり果てた身体を眺め、キーンは呟く。その絶命していてもおかしくない身体も、鎧の力によって回復に向かっている。
『そうなるな』
特に何の関心も示さず、セイファートは同意した。彼は特に強制されてキーンに使役しているわけではない。古来からある彼等の盟約により、同意の上で従っている。
その任期は主の命が尽きるまでであり、何時その時が訪れようと、それに関心はなかったが、仕える人物がどの様にしてその時を迎えるのかには興味を抱いていた。
キーンは辺りと身体を見回して鎧に問いかけた。
「俺の槍はどうなった?」
『先の一件で砕けて散った』
「やっぱりか。新品だったのにな・・・愛用の二刀は?」
『同様だ』
「だろうな・・・」
周囲にこれだけのダメージを与えているのである。彼の所有装備が原型を止めているなどという事は常識的にもあり得ない。それでも思い入れがあるだけに訪ねたのだが、結果は彼の想像の範囲に止まり、魔王を名乗る以前から使用していた武具の損失に、彼は少なからず気落ちした。
「それで、アレは・・・カイゼル・ブレードはどうなった?」
『カイゼル・ブレード』は古代アイテムではあったが、極論すれば剣でしかなく、これがキーンの元々の所有物であれば失ってもやむなしとする物であった。だがあれは、先代魔王より授かった彼の遺品であり、共感する想いを抱いた人物の形見ともいえるものであった。それ故、この行方に関する問いかけには先程よりも緊張感が漂った。
『心配ない。あれだけは、否、我が体内に収納していた各種の物体は全て無事だ』
一瞬脳裏をよぎった好ましくない結果を回避し、キーンは安堵の息をもらす。
「そうか・・・・セイファート、身体の修復を急いでくれ。あと、衣服も見事に焼けたからな。それもカバーしてくれ」
『御意・・・』
セイファートの擬態した鎧から黒い液状の物体が滲み出し、露出したキーンの身体を覆っていくと、ゴム状のボディスーツへと変貌した。
キーンはそうした様子を眺めながら、ここまでの大規模な破壊をもたらした爆心点にいながら死に至らなかった自分自身を呪った。おそらくは自分だけの力であれば死に至ったであろうが、セイファートという世界最強の鎧の助力によって彼は冥界の門をくぐることを許されなかったのだ。
かと言って、それを手放す思想も彼にはなかった。
彼は闘いの場で没する事を望んでいる。それが至高の宝『ブラッド・ストーン』を用いても得られない彼の望みを叶える唯一の手段であったからである。
闘いの場で死した者が赴く世界に行く為には、自分も闘いの場で没するしかない。それしかルシアとの再会の方法がない・・・と、彼は考えていた。
それは言うなれば宗教的概念ではあったが、生者が死者に会う手段が実際に存在しない以上、そうした思想に頼る、否、支えにするしかなかった。ただ、天国と地獄・・・等という単純な思想ではなかったが為に、己の得た装備や力を放棄して闘いに挑む事は、『自殺』を意味すると彼は思っていたのだ。戦死と自殺は『死』という現象においては同じではあるが、含まれる意味は大きく異なるのである。
彼の望む死の世界の門が寛容であれば、死者を分け隔てなく受け入れるのであれば、望まれる『再会』は果たされるのかもしれないが、残念ながら死は片道切符であり、その確認を他人に依頼しても結果報告が受けられない以上、手を抜いた死を選ぶことはでなかったのだ。
しばらくして、体の痛みが殆ど治まるのを確認すると、キーンはゆっくりと歩みだす。
周囲はセイファートの語った爆発により、彼を中心として、ありとあらゆる物を削ぎ取った窪地に変化していた。
湿地であったはずの地面は乾いた荒れ地と化し、その一瞬に生じた熱と破壊力の凄まじさが伺える。
キーンはそこを進む中で、炭化した肉片らしき物や粉々になった鎧類の破片を見つけ、その中で比較的大きな、といっても掌に収まる程度の大きさの破片を拾い上げ、それを眺めた。
それは鎧のどの部位の破片かは判らなかったが、二層構造となっており、その隙間に粘土状の物体が僅かに残っているのが確認された。
「これ、ひょっとして、遺跡で時々見つかる、古代の火薬か・・・・」
若干状態が異なったが、ソレを使用した経験のあるキーンは指で掬い取った物体を眺めてその大爆発の程を納得した。
製法などは既に失われていたが、特に古代の戦場跡とされる場所での発掘が多く、人の持ち運べる程度の量でも城一つを破壊できる威力を秘めた火薬であり、粘土状である事から仕掛けも容易な物となっている。
「こいつはひょっとして・・・・」
「キーン様!」
思考を巡らしたキーンの傍らに、突如人影が飛来した。彼の配下である忍者の一人が、凧と風を利用しての空中滑空の技を用いて駆けつけたのである。
「椿か・・・・」
聞き知った声に、振り向くことなくキーンは言った。
「ご無事でしたか」
平均的な黒の忍者装束を身に纏い、高度着地の際のエアブレーキに用いる布を襟巻き・腰巻きにして腰に巻き付けた女忍者・椿は、片膝立ちの姿勢のまま、健全な姿の主を見て安堵した。
「見ての通りな。クォバリス帝国の連中、あれだけの規模の仕掛けを用いて、俺の命を奪うことに失敗しているよ」
皮肉っぽく言うと、キーンは振り向いてその視線を椿へと向けた。
「それで、何か情報か?」
「はい。ですが、事が済んだ今となっては・・・・・」
「構わない。状況だけでも把握したい」
「はい。帝国は騎兵・歩兵を用いてこの場にて戦闘を仕掛けましたが、それは罠でした」
その結果がこの周囲の状況だとキーンは承知している。報告にはその先があると判断して、彼は軽くうなずいて次の説明を待った。
「彼等はそれでキーン様を足止めしている間に、真の主力となる魔導部隊が準備した魔法生物が上空に展開させ・・・」
「魔法生物?」
「はい。形状は掌サイズの蜂の様なモノですが、周囲の水分を操りレンズ状にする能力を有しており、その能力で自身を中心とした直径1メートル程の範囲の光を自在に屈折させる事ができます。それを数千単位で頭上に展開して・・・」
「なるほど、上空に巨大な虫眼鏡を展開した訳か・・・子供が蟻虐めにする遊びと同レベルだな」
空を見上げて呟くキーンに対し、頷く椿。
「ですが、規模が桁違いです。キーン様の危機を察して、我が忍者部隊がその魔導部隊を始末しましたが、指令を受けていた魔導生物は作戦を決行してしまいました。ただ、それだけなら目標地点が焦熱地獄になるだけで終わるはずだったはずが、何故か次の瞬間、爆発を伴いまして、そちらに関しての情報がまだ・・・・」
「そっちの件なら把握している」
一部の情報不足に対して陳謝するように頭を下げる椿に対し、キーンは手にしていた破片を投げ渡した。
「これは・・・?」
「現場にいた敵兵の鎧の一部だ。装甲に不可解な隙間があるだろ。多分、この場で闘っていた敵兵全員の装備にそうした余剰空間を作って、その中に古代の火薬を詰め込んでいたんだ。それが椿の報告にあった魔法生物のレンズ攻撃によって生じた熱で誘爆した」
「そ、そんな、彼等全員が命を捨てる覚悟で・・・・」
キーンのこうした発言に虚偽が無いことを知る椿は、その事実におののいた。キーンが敵国にとって国運を賭けて倒すべき存在であったにしても、これほどの人員が自らを犠牲にして挑んでいたとは到底信じられなかったのである。
そうした彼女の驚愕を、キーンはあっさり否定する。
「違うな。この場にいた連中には事実は知らされていなかったはずだ。覚悟があったとしても、体に爆薬があると知っていれば、誤爆や予定時以外の爆発を恐れて動きはぎこちなくなるはずだ。なのに、闘っていた連中にはそうした怯えはなかった。きっと、足止めしていれば、別働隊の秘密兵器とか必殺魔法が俺を始末する・・・とでも言われていたんだろ」
そうしたキーンの憶測は的を得ていた。全てはキーン抹殺を目的にしたクォバリス帝国の特殊爆薬及び魔法生物の焦熱攻撃という二段構えの作戦であり、騎兵・歩兵の多くを捨て駒とした作戦であった。
非人道的ではあったものの、帝国首脳陣にとってキーンは、そうした犠牲を払ってでも倒すべき存在となっていたのである。
「そこまでして・・・・・」
どちらにせよ、椿には信じがたい事実であった。と、同時に、そこまでの攻撃を受けながらも死に至っていない主を目の当たりにして、彼女は今更ながらに身震いした。
彼の恐ろしさは、忠誠を誓ったその日から知っていたつもりであった。だが、それは日増しに増大しているようにも思え、彼が、常に望んでいる結果とはほど遠い存在となっていく現実に、運命の皮肉さを感じずにはいられなかった。
「で、その魔法生物はどうなった?」
「操っていた魔導部隊を始末もしましたが、キーン様の反撃によって女王蜂とでもいうのか、群を統率する役目の個体が失われた様で、統率が失われて四散しております。もう既に驚異とは成り得ないと思われます」
「そう・・・か」
その呟きは、自分の望みを叶えてくれるかも知れない存在が失われた事に対する失望感にも聞こえた。
椿は己の立場を理解している。故に彼の行動に必要以上の意見を述べない。ただ、来るだろう次の言葉を待つのみだった。
「帝国の同行を再確認する必要もある。配下に偵察の続行を。俺は一旦、城に戻る」
「はい」
黙々と歩き始めるキーンの後を椿は追いつつ、任務続行を意味する信号弾を上空に放った。遠方ではそれを確認した彼女の部下が、敵国に侵入してその動向を調査すべく行動を開始する。
この日の戦闘は彼の居城からそう離れた位置ではなかった。故に彼はセイファートの力を借りた飛翔すら行わなかった。
それはあくまで気まぐれである。だがしかし、それのおかけでキーンは『彼』に遭遇し、『彼』はキーンに発見され、その命を拾うことになる。
「あれは・・・」
「クォバリス側の兵士ですね」
キーンは進行上に横たわり下半身を砂に埋もれさせた焼死体を見つけた。爆心点から遠かった為か、ここに来て初めて原型を止めたともいえる死体に出くわし、彼は僅かにそれに興味を抱いた。
「原型を止めていたって事は、爆薬装備をしていなかったって事だが・・・何者だったんだろうな?」
「おそらくは、例の魔法生物の屈折光焦点を微調整するための情報を伝達する者だったのではないかと・・・・」
「つまりはコレも捨て駒か・・・・気の毒にな」
キーンは現在、世界に対して恐怖の代名詞に近い評価を得ている。だがそれは決して正しい物ではない。それは敵対した者に対する行為の結果であり、無抵抗・無関係の者に対しては基本的に無関心・無関係を押し通している。
しかし、敵対者に対する無慈悲に近い闘いばかりが伝わり、民衆は無力さ故に、その被害が飛び火する事を恐れた。
その恐怖が想像に拍車をかけ、彼の存在そのものが悪魔の様に誇張されていたため、こうした同情の念を聞けば誰もが意外に思うだろうが、これこそが彼なのである。
この焼死体にしても、敵兵であっても直接的に闘いを仕掛けてきたわけではない。ただ、あの作戦を成功させるためだけの存在だった訳である。
既に物体でしかないと考えていたキーンはそれを軽く足でこづいた。そしてその認識が過ちである事を知らされる。
「・・・・・・・・・・」
あまりに小さくか細い声であったが、それは確かに唇を動かし、言葉を放ったのである。
「何!?」
「うそっ・・・生きてる?」
二人が驚くのも無理はない。どう見ても焼死体としか見えなかったそれが、瀕死ながらもまだ生者の側に立っていたのである。
驚愕に値する出来事ではあったものの、現状ではあと数刻もしないうちに正真正銘の死体になる事は紛れもない事実であった。
キーンはその人物の頭に耳を近づけた。その最後の言葉を聞き取ってやろうと言う傭兵時代からの癖が生じたのである。
「・・・・・・」
それを聞いた時、キーンは少し感心した様子を見せると、セイファートの表面に幾つか埋め込んでいた宝玉の一つを取り出し、焼死体もどきの上に掲げた。
「キーン様それは・・・」
主が行おうとしている事を見て、椿が思わず声を上げた。
「死にたくない」
少し面白そうにキーンは言った。
「は?」
「死にたくない・・・そうだ。誰がどう見ても結果が判りそうな状況にあってもな・・・・それだけの執着心があれば、助かりそうだろ」
そう言って彼は、手にした宝玉を握りつぶした。これによって内封されていた僅かな液体が漏れだし、ポタリと焼死体もどきに落ちた。そして急速な変化が生じる。
炭化した皮膚がたちまち再生を始め、朽ち果てるだけのはずの肉体が、時を巻き戻すかのように徐々に戻り始めたのである。
キーンが用いたそれは、『悪魔の滴』と呼ばれる回復系のアイテムであり、使用された者の意思に呼応して回復能力を発揮する。
その効果は軽症から、今回の様な死亡寸前の重傷者に至るまで効果を発揮するが、悪魔の・・・と呼称される以上、無条件とはいかない物だった。意思に呼応して発動するという点がその問題点でもあり、その意思力が中途半端であった場合、完治にまで至らないという欠点が、このアイテムには存在したのだ。
最悪の場合、肉体は再生しても皮膚が再生せず、剥き出しの神経が絶えず風雨にさらされ途絶えぬ激痛を味わい続ける事となるのである。
このアイテムの用途上、軽傷時に使用されるケースは皆無であり、殆どの使用例で先の最悪のケースが生じる事となる。
全快を望むのであれば相応の意思力を示せ・・・という事らしいが、重傷が完治していく様子を目の当たりにすれば、大半の人間は安堵感に気を緩めてしまう。そしてそこに待ちかまえるのは痛烈にして悪辣なしっぺ返しと言うわけである。
これがこのアイテムに『悪魔』の呼称を持たせる所以であった。
本来は一か八かの回復薬だったのかもしれない。しかし、これまでの使用例の歴史により、その用途はいつしか拷問用へと用いられることの多くなっていたアイテムであり、偶然得たキーンすらも、使用する機会のないままとなっていた。
椿にはキーンの意図は判らない。だが、現状ではソレを用いるしか助ける手段が無いのも事実であったに違いない。全ては当人の意思力にかかっていたが、当人は回復魔法ではあり得ない速度での肉体修復を続け、そしてついには何の停滞も異常も見せることなく、当たり前のように肉体を完全修復するという稀少例を見せて終わった。
「ほぉ、成功したか」
過去の使用凡例を知るキーンは、その結果を素直に驚いて見せ、意識を失ったままのソレを、また足でこづいた。キーンと椿は、その勢いでごろりと横たわった身体の身体的特徴を確認して相手を男と認識した。
「どうされるのですか?」
椿もまた、完全回復を信じていなかったため、その処遇に関心が無かったため、想定外の事態の対処に迷った。
「そうだな・・・・椿は、この男が何者に見える?」
「・・・・・そうですね、身体の特徴からしても戦士系ではありませんね。肉体が再生されているので皮膚の様子からの判別が出来ませんが、良くて魔法系あるいは学者かと・・」
倒れた男を触診して椿はそう判断する。
「優秀かな?」
「そこまでは・・・実際に話をしてみるしか・・・」
「そうだな・・・悪いが先行して回収の為の人員を要請してくれ」
「御意」
椿は一礼し、襟巻きの布を外して駆けだして行った。
「彼」は薄れていた意識の中で、身体の一部のみが熱くなっているのを感じて覚醒し始めた。
「ぅ・・・・」
眼を覚ました彼は、再び開いたその瞳に炎を写し、思わず身を引いた。意識を失う直前に見た光景、灼熱の光と爆発が脳裏によみがえったのである。
「起きたか・・・」
「!?」
視界外から放たれた声に、男は身を震わせて、その主を捜し求めるように視線を彷徨わせ、想像以上に近くで座り込んでいた人物を確認し、今度は恐怖で身を震わせた。
「ひぃっ・・・・ま、魔王キーン!」
世間・・・と言うより、自国では悪の象徴の魔王と称された存在が、地べたに座り込んで焚き火にあたっている光景は実に違和感のある物だったが、そうした状況の不自然さよりも何よりも、自分では絶対に勝てない敵のトップが間近にいた事実のみが重要事項であり、触れれば死んでしまうかの様相で男は怯えた。
「本当に完治している様だな・・・・・そこまで生に執着があったって事か・・・・」
「ぼぼぼぼぼぼくっ、僕をどどどど、どうすっ、どうするつもももも・・・」
「いいから落ち着け。殺すなら一瞬で出来る事だ。すぐにそれをしなかった事を察しろ」
敵側の人間で、よほどの戦闘員を省けば、始めて彼に対峙した相手はたいがいがこうした反応を見せる。望む望まぬに関わらず肥大した世間の評判の結果であったが、こうした時には実に迷惑な結果となることがしばしばであった。
だが幸い、この男は臆病に類しながらも洞察力はあったようで、キーンのそうした発言の意味を理解し、少し落ち着きを取り戻した。
「ぼ、僕からは大した情報は得られませんよ」
この間合いでは、逃げても瞬殺されて終わると判断した男は逃亡を諦め、焚き火を挟む形でキーンと対峙する様に座った。
その際、自分が全裸に近い状態であり、椿の残していった布を腰に巻き付けられていただけである状態であることを始めて知って、少し戸惑った。
「それは期待していないさ。知りたいのはお前さん個人の事だ」
「ぼ、僕は男で、性の対象はノーマルですっ!」
言い回しと、自分の現状を誇大解釈した男が別の意味で身の危険を感じ、大慌てで主張する。その、あまりにも真面目すぎる反応に、キーンは思わず吹き出した。
「俺もそうだ。そんな噂まであるのか?」
「い、いえ・・・・・」
相手の人間っぽい反応に、目の前の人物が本当に魔王と称されている人間なのかと、男は思わず疑った。
「ならいいが、それよりお前・・・・・名前は?」
「せ、セイルです」
「ふん、セイルね・・・お前は意識を失う寸前のどの辺りまで覚えている?」
やや真面目な表情となって問われた質問は、彼の予想の範疇外のものだった。
「え・・・・?」
セイルと名乗った男は少し思案して記憶を遡ったが、目の前で揺らめく焚き火の炎が、容易にそれ思い出させた。
ソレは覚醒直後に目撃したキーンと同様、あるいはそれ以上の死の恐怖を伴っていた。眩い光と熱と爆風という瞬間的な衝撃。それらが殆ど一纏めとなって自身に襲いかかって来た事を思い出し、思わずセイルは自分の両手を見つめ、無傷である不可解さを改めて認識した。
「何が起きたか・・・それは把握しているようだな」
「は・・・はい。急に戦場が白く光って熱に包まれたかと思うと、仲間達が一斉に・・・・・・あ、あなたの仕業ですか?」
「似た事はやって出来ないこともないだろうが、アレは違う」
「それじゃ、何が・・・それにどうして僕は生きて・・・・」
「その前に聞くが、見たところ、騎兵や剣士ではないようだが、どうして戦場にいた?後方の魔法支援の一員か?」
「違います・・・・戦場観察として派遣され、その・・・・あなたの情報収集をするように指令されていました」
「・・・・・現在地も逐一報告するよう厳命されていなかったか?」
「え?ええ・・・・確かに」
「その理由は聞いていたのか?」
「・・・・・・・・・」
キーンの質問にセイルはこうも素直に答えて良いものかと考えた。だが、その心情を見抜いたのだろう。キーンは強い口調と共に彼を見据えた。
「隠して意味のある情報じゃないだろ」
「・・・・転移魔法にて投入予定の増援の最適座標把握のため・・・・・でした」
この発言を聞いてキーンは確信を得る。セイルもやはり捨て駒でしかなかったのである。別の目的での・・・・
「そうか・・・・」
「・・・・それで、あの光や惨劇はいったい・・・・・」
キーンの質問が止まると、今度はセイルが自身の疑問を払拭するべく口を開いた。
「空気中の水分を操る蜂みたいな魔法生物・・・・・知っているか?」
「何故それを・・・・・」
質問を質問で返され、その内容にセイルは仰天した。彼の問うたそれは、つい最近、彼の自国クォバリス帝国にて創造された魔法生物で、彼自身も一部で開発協力に携わっていたものであり、未だ極秘扱いされていたはずの存在であった。
「セイルが眠っていた時に、配下から報告があった。ソレが数千だったか?上空で展開していたそうだ」
「!?」
関係者であるセイルにはそれだけで何が生じるか、容易に事態が把握でき、信じられないといった表情となった。魔法生物一体一体は僅かなサイズでしかないものの、数千箇所から集光された光の焦点は、岩を融解させるに必要な熱量を容易く得ることが出来る。
何より彼が信じられなかったのは、そうした使用法を、味方の密集する場所で用いたと言う点である。
屈折させられただけの光に敵味方の区別などなく、生物・無機物すら問わず、その場に在る全ての存在に等しく効果を発揮し焦熱地獄へと追いやる。これが自然現象であれば天災として納得も出来ようが、生憎、今回のそれは人為的な事であり、仲間の犠牲をいとわない意志が介入したのは明白であった。
その『意志』が自国の首脳陣のそれである事実は疑いようもなく、その残酷な現実にセイルは震えた。
「・・・そんな・・・目標が定位置にいる必要があるからって、足止めのためだけに、あれだけの仲間達を・・・」
「ついで言うとな・・・・安全圏で魔法生物を指示していた連中は、セイル・・・お前の情報をもとに正確な焦点のポイントを割り出したはずだ・・・」
「!?そ、そんな・・・・」
「実際、任務で報告していた情報で来たのは増援じゃなく、光と熱の洗礼だっただろう」
「・・・・・・・!」
セイルは絶句したまま俯いた。これが魔王の、人を惑わす言葉の罠であれば救われるのにと思いもしたが、生憎、その言葉には事実が伴っていた。信じたくなくとも目の当たりにした現実が、彼の心を無慈悲に打ちつけた。
「あ~・・・ショッキングだとは思うがこの際、全て知っておけ。お前の上司達は更にもう一手、用意していたんだ」
「一手?」
「幾ら凄い熱量であっても、人間は爆発はしないだろ?」
言われてセイルは、意識を失う間際の最後の瞬間を克明に思い出す。
「・・・・まさか・・・・・・・」
「多分そのまさかだ。連中は足止めだけじゃなく、とどめの爆薬を運ぶ役割も担っていたんだよ」
「それじゃあれが・・・・・・・」
「お前は役割上、爆薬も持たされず、爆心点から離れていたため即死には至らなかった。そういう訳だ」
セイルは青ざめた表情で全ての事態を把握すると、改めて周囲を見回し、記憶と全く違う風景に変貌したその光景を目に焼き付けた。
「あなたは・・・」
「ん?」
「いえ、僕と貴方は何故、生きているんですか?」
「その好奇心、それは、セイル自身のものか?それとも、クォバリス軍の一員としての任務か?」
真剣な眼差しとなってセイルの瞳を覗き込むキーン。
「純粋な好奇心です」
「なら話そう・・・俺もお前も、あの直後は致命傷だった」
「?」
この時初めて、今の現実とは異なる発言をしたキーンに、セイルは怪訝そうな表情をした。
「だが俺は、持っていたアイテムがその回復力を最大限発揮して、損傷した肉体を再生してくれた」
ポンと鎧を叩いてキーンは説明を続ける。
「そしてお前は、自身の意志力の強さのおかげで再生する事が出来たのさ」
「意志力?」
「悪魔の滴・・・と言うのを知っているか?」
「はい・・」
コクリと頷くセイル。この質の悪い回復薬の名は、学者や薬剤師でなくとも、神官あるいは魔法使いでもあればたいていの人物が耳にする。そして比較的どこの国にも存在するが、リスクの大きさ故に使用されずに破棄される事もある。
「俺がお前を発見したときは、見事な消し炭で、神官長クラスでも回復は不可能な状態だったんだが、奇跡的に息はあった上に『死にたくない』と譫言を言っていたから、それだけ生に対する執着が強ければ大丈夫かと思って、滴を使ってみたんだ」
「!!!??」
「そしたら、見事に全快。凄いモノを見せてもらったよ。多分、記録上初めてじゃないか?」「あ、あれを僕にっ、に、人間に使ったんですか!?」
実に気楽に語るキーンに、セイルは仰天して思わず事実確認をした。
「そう言ったろ?そして奇蹟の例が俺の目の前にいる」
彼の動揺をよそに、いとも簡単にそれを肯定するキーン。セイルは思いもよらなかった回復手段に、自分の身体を改めて眺めて異常がないかと確認し始める。
「最近の研究では、あれは家畜用の回復薬だって言う可能性もあるんですよ、それを・・・」
「へぇ、それは初耳だな、発現が本能に関与するのはそれ故か・・・お前が調べたのか?」
「ええ・・・公式には認められてはいませんが・・・・」
身体のあちこちに視線を向けて話し続けるセイルは、どこにも異常が生じていない事を確認すると、少し落ち着いて視線をキーンに向け直した。
「まぁ、何にせよ、家畜並の本能のおかげでお前は命を拾ったんだ。望みを叶えてやった相手に謝意の一つも見せてもらいたいな」
「・・・・・何をしろと?」
「察しが良くて助かる。ここでは説明もしづらい。まずは戻るからついてこい」
「で、でも、この格好じゃ・・・・」
どこかの原住民と大差ない格好の自分にセイルが少し戸惑いの表情を浮かべる。
「あの滴には装備の復元能力は無いんだ。先行させた部下が戻って来るまで我慢しろ」
そう言ってキーンは立ち上がると、セイルを促した。
正直セイルは、魔王の誘いなどに従える立場ではなかった。だが、万全な装備であっても太刀打ちできない上に、逃げる事すら不可能であることを知る彼は、生き残るべき目的があったが故に、繋ぎ止めた命を無駄にするような選択はしなかった。
靴すらないセイルの厳しい行軍はそう長くは続かなかった。
椿の報告を受けた本陣から、回収部隊が派遣されキーンとの合流を果たしたのである。
こうして彼は難なくキーンの本陣でもあり居城でもある旧メルフィメール城に辿り着いた。
「・・・・普通の城ですね」
門をくぐってから最上階に位置するキーンの自室に至るまでの間、城内を見ていたセイルが実に単純な一言をもって、その感想を述べた。
「死体の柱、血の噴水、人面の廊下や壁でも想像していたか?」
隣接するベランダの前にある椅子に腰掛けキーンは笑い、向かいの椅子に座るように促した。
「え、えぇ・・・まぁ・・・」
セイルは返答に困った。そうした噂もあるにはあったが、それは誇張されていた物だと彼は思っていた。
が、いざ、その城内を訪れてみると、そうした異質さが無いかと見回していた自分がいたのである。
こうして相対する魔王キーンはやはり人でしかなかったのを彼は改めて実感した。
「それじゃ、気の利いた接待の手順も知らない無粋な出身故に、本題に入らせてもらうが、構わないな?」
椅子に腰掛けたセイルに向かってキーンが切り出すと、彼も素直に頷いた。
「お前・・・セイルの本業は何だ?」
「・・・軍では魔法使い見習いですが、本業は学者です」
そう答えた瞬間、キーンの表情が微妙な変化を生じさせたのをセイルは見逃さなかった。それに一抹の不安を感じた彼は、実は名称が決まってもいなかった先の魔法生物の製作に関して、一部ではなく基礎理論を構築した張本人だという、喉まで出かかっていた内容を呑み込んだ。
「では、これを見て感想を聞かせてくれ」
キーンは一度立ち上がり本棚に赴くと、その中から厚みのある一冊を取り出してセイルへと差し出した。
「?」
言われるままにそれを受け取り、本を開いたセイルは、最初の数ページを読んだ時点で目の色を変え、しばらくの間、のめり込むようにそれに集中し、徐々に顔色を変えていった。
「こ、これは何ですかっ?」
本を掴む手を震わせてセイルは尋ねた。
「判らずに熱中してたのか?先にこちらが聞きたかったんだが、何か判ったのか?」
「全てとは言いませんが・・・・・これ、合成獣・・・キマイラの製造方ですね。それに、人間ベースの改造技術・・・そしてライカンスロープの、いや、これは古種ライカンスロープでしょうか、その人為的製造方法らしい内容も・・・」
生粋の戦士であるキーンに、そうした文献の価値は判らない。だが内容の高度さは理解していたため、予備知識なしに渡したそれを把握した彼の知力に感心した。
「ほぅ、そこまで理解できたのか」
「こんな高度な文献、あり得ません・・・古代遺跡の・・・いや、古語ではないからあなたの?」
興奮さめやらぬ様子でセイルは問うた。
「残念ながら俺は無学者だ。そいつは先代の魔王が残していった資料をかき集めた物だ」
「先代魔王?」
聞いたこともない言葉にセイルが問い返す。
「話せば長くなる上に、聞いても無意味な話だ。志半ばに散った人間が残した研究資料が発見された・・・と思ってくれたらいいさ」
「こんな研究が一代で可能なんですか?信じられない・・・」
「俺も先代の研究経緯までは知らないんだ。古代文明の完璧に残っていた文献を発掘したか、誰かの研究を奪ったか引き継いだか、あるいは伝説のアイテム『英知の宝玉』との接触の機会を得たか・・・」
「英知の宝玉・・ですか」
セイルは不満げな表情をして見せた。今語られた全ての仮定を完全には信じ切れなかったのである。発掘されたという説は一番可能性があったが、本などは劣化が激しく、原形を止めて発見されることは皆無であり、ここまで詳しく残る事はまずあり得ない。
研究の引継・強奪にしても、ここまでの研究が出来るとは到底考えられない。
ある地方で語られる、『英知の宝玉』と呼ばれる魔法アイテムの伝承は彼も聞き知っていたが、あるとされている遺跡はかなり以前から調査や発掘が行われていたが、そうした物が発見されたと言う話は聞かされていない。
古代文明期に本とは異なる記録方法が存在するのは知られており、それらしき物体の発掘例もあったが、使用できる状態のそれが発掘された例は未だ存在していないため、一部では存在そのものが疑われていた。
「まぁ、入手経路を信じてもらわなくても結構だ。俺も現物と闘うまでは古種のライカンスロープは絶滅していたと思っていたからな。ま、どう思われようと、実物がそこにある。その現実だけは受け入れられるな」
「・・・・・・・はい」
セイルは頷いた。結局その一点なのである。例え入手経路が不可解であり、現実的にあり得ない存在でも、それが実際に目の前にある以上、実在の物として認めるしかない。
「・・・そうか、納得できるか。頭の固いだけの学者ではないってことだな」
「そりゃ、本当に若いですし・・・それで、これを見せて僕に一体何を?」
一瞬見せた笑みを再び不安げに曇らせてセイルが問う。
「この資料で研究を始めて、実用化は可能か?」
それは予期していた範疇の問いかけであった。得た物は使いたいと思う、人としてよくある欲求。しかしそれは人が行使するには恐ろしすぎる物だとセイルは感じた。
「多分不可能です・・・・」
「研究もか・・・」
「・・・・それは・・・」
キーンの妥協的内容に、知識を探求する学者としてのセイルが馬鹿正直に反応し、それはキーンの察するところとなった。
「なら、研究してくれないか?」
「・・・・お断りします」
それは、セイルの勇気を総動員した返答であった。
「酔狂でも何でも、助けてくれた恩義は感じています。ですが、貴方の世界戦争の協力は出来ません」
実際、これだけの資料が揃っていれば、この中の幾つかは実現できるだろうとセイルは感じていた。だが、資料だけでも推測されるその魔法生物や人体モンスター化の戦闘力は、今世に存在するモンスターを軽く凌駕する。
今でも、魔王一人に一国が苦戦している現状で、そうした強力な配下が加われば、その勢力バランスは大きく傾くことは容易に察する事ができた。
そうした事に、セイルの人としての良心が協力を拒んだのである。
「勘違いするな。俺の戦争は俺がする。俺が頼みたいのは・・・・・」
その時、不意に室内に突風が入り込み、室内のカーテンが大きく揺れた。セイルの手にしていた本のページが風に煽られて激しくめくれたが、彼の耳ははっきりとキーンの言葉を聞き取っており、彼はその内容に驚愕するしかなかった。