インラインRSSがどうも動作しなくなったみたいなので、RSSへのリンク追加しました
このサイトに掲載されている作品を、無断で掲載・転載する事を禁止します。
Copyright 2007- C Powered By FC2 BLOG
生きてるけど、今は家族のことを最優先中!
「くすぐりの塔」はキャンサーさんから作品が届き次第、ちゃんと更新していきます!
(今は公開させていただいた作品が手元に届いているすべてです)
ご連絡:キャンサーさん、何度かメール送っているから、ご返信くださ~い
2011/09/04(日)に投稿された記事
第2章-獣魔の街編- 第6話 タールのとある災難
投稿日時:03:37:23|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
ちなみに、今まで秘密にしていましたが、私は猫が大好きです。
猫が進化した人間とか、あ、レッドドワーフ号のキャットはお断り。うわ、怒られそう。
あえて声を大にして言うとしたならば、ジーンダイバーのティルが好きでした。
ドライ6との絡みとか絶対にアリだとボクは思います!
すみません、GMailのデーターが消えてしまったばかりに、こんなテンションで・・・
ラーディに案内された余所者一行ことウェイブ達は、街の一角に立ち並ぶ、石造りの倉庫の一つに案内された。
大きな錠前で施錠されていた倉庫の中には、剣・槍・斧・鎧・盾という充実した武具が数多く並んでおり、さながら戦時中の国家の兵器庫並の品揃えとなっていた。
「うわっはぁ~凄いな」
それだけこの街が武器を必要とする環境である証明となっているわけだが、久々に装備が充実できる機会を得て、タールとウェイブは思わず目を輝かせて、整然と並ぶ武具を眺め始めた。
タールの場合、一定以上のサイズが必要なため、閲覧する場所は限られていたが、それでも選べるほどの数が揃っている事には驚かされた。
「こんなサイズがよく揃っているな・・・・」
「腕や体格が大きくなる奴もいるからな。それに合わせたサイズだ」
「ああ・・・」
ラーディの説明を聞いてタールは納得した。実際には拝見していないが、ラーディの様に戦闘時に部分変化する者の中に、標準サイズの武器が扱えなくなる者がいるのである。
彼等には不本意ではあるだろうが、それが幸いしてタールは武器の補充にありつけたというわけである。
彼位の体格に見合う物であれば、槍だろうが手斧だろうが、それは十二分に破壊力を秘めた武器であるといえたが、彼はそうした中でひときわ物理的威力が大きい物を選出した。
それは一見、ハンマーのようにも見える武器で、『死神』が持つ鎌の刃が、柄から5分の1程を残して折れたような形状のポールウェポンで、厚みのある刃を支えるため、柄も太くなっているという実に重々しい物で、これに彼のパワーが加われば、刃がなくとも大型モンスターを十分撲殺できるだろうと、見るだけで予想できる物騒な武器であった。
「どうだ?」
「似合ってるよ」
手にした獲物を構えてうれしそうに笑むタールに、ウェイブは素直な感想を述べた。
「で、お前はどれにするんだ?」
「結構、目移りしてね・・・・・」
「何でだ?」
「そっちと違って、手頃なサイズの物が多くて、気に入ったデザインの剣を探してるんだよ」
タールにしてみれば、それは贅沢な悩みといえた。
「そうかよ・・・・で、カレンはどうした?」
「ショートソードの類を見るって言って、向こうの方に行った・・・」
居並ぶ剣に視線を彷徨わせながらウェイブは明後日の方向にある棚を指さした。
女性の服選びのようなモードに入ったウェイブにつきあう事を望まなかったタールは、まだ時間のかかりそうな相棒を放置し、彼女の様子を伺いに向かった。
「ここか?」
自分にはアクセサリーの類にしかならない武器の棚を通り越し、人の気配のする棚を覗き込んだ時、偶然彼の顔の近くを何かかが掠め、それが刃物の類と判ったとき、一筋の冷や汗を流した。
「あ、ごめん・・」
刃物を試し振り回していた張本人のカレンが、社交辞令的に詫びた。
「危ねぇな・・・試すなら外でやれよ。で、何だそりゃ?」
悪意がない行為を深く責めず、彼女の手にした物を指さし彼は問う。
それは見ようによっては杖にも槍にも見えなくもない武器だった。長さは1メートル程で、その3分の2程が柄で、残りが刃状となっており、刃の部分の左右に、合わせて六つの牙のような突起が生じており、切っ先部分はやや幅のある作りになっていた。
魔法の発動に関しては、ミファールはもとより現在所有している短剣の柄の宝玉で事足りるため、先の騒動で失った軽量の剣の類を選んでたとばかり思っていたカレンが、手槍の一種とでも言うべき物を振り回していたのはタールには意外であった。
「銘は知らないけど、魔法使い用の武器よ」
「魔法使い用の武器?これがか?」
魔法使い用の武具は、基本的に上品で、杖の様な形状であると思っていたタールには、それはやや物々しく、魔法使いのイメージとは大きく異なると感じたのである。
「ええ、この刃の部分が魔法と相性の良い金属で造られているのよ」
「相性の良い金属?そんなのがあるのか?」
専門外であるため興味を抱かなかった事もあるが、また新たな知識を聞かされ彼は再び驚きの声をあげる。
「あるのよ。身近な物では『銀』があるけど、これは銀とは違った、もっとレアな金属でできているわ。しかも、発動体になるだけじゃなくて、ここの牙の部分には魔法が付与できて、刀身は所有者の魔力を受けて攻撃力が向上するの。結構掘り出し物よ~」
カレンはうれしそうに手にした杖を振り回す。
「お、おいっ危っ・・だから外で試せって・・・」
「気に入って貰えた用だな」
後方から来たラーディが、その様子を眺めて嬉しそうにいった。
「ああ、子供みたいだ。でもいいのか?今、あいつにアレの説明を聞いたが、マジックアイテムの一種だろ?余所者にくれてやっていいのか?」
そうした物品の真贋の目や相場に疎いタールであったが、簡単に聞いた説明だけでもあれが、かなりの値打ち物である事は予想できた。
「この倉庫にある武器はみな、所有者のない物ばかりだ。故に闘う者であれば誰でも好きなときに訪れて、好きな物を持ち出しても構わない」
それは、金銭という物が価値を成さないここならでは発想であっただろう。その反面、武器を持つ者は、街のために闘わなければならない責任が生じる。その責任を果たすために武器には不自由をさせない・・・・と、いう訳である。
「それに何より、奴等の何人かを倒してくれている。その礼でもあるさ」
「義理堅いんだな」
「いや、本当に礼だ。奴等を倒す事は、本来は俺達の仕事なんだ・・・身内のしでかした事なんだからな」
ラーディは『人』でなくなった自身の片腕を見つめて呟いた。
「力なんて、この程度で十分だったんだ。モンスターから街を守れる程度の力だけで・・・・最強の力なんて得て何になる。もはや世界を脅かす魔王などいないというのに」
力に溺れることのなかった人間の苦悩がそこにあった。彼は居場所であるこの街を守るために、人間であることを捨てる覚悟をした。結局彼は異形なる存在にもなりきれなかったわけだが、必要最低限の力は得た。
だが、それを施した者はそれに満足せず、今も、彼以上の無茶を、街の人々に行っているのである。
その、より強い力を得るためのリスクとして、かなり高い確率の死あるいは反動が生じるのは既に知れ渡っており、そうした行為は、欲のない彼にしてみれば、無意味以外の何者でもなかった。
「サナから少し聞いたが、顔見知りらしいな。モンスターマスターの上に立つ奴は」 タールに視線を戻したラーディは、小さく頷いた。
「彼は戦士としての素質はあまりなかった。だが知識はあった。だからその得意分野で村を守ろうと、古代技術の研究をしていた。みんなが平穏に暮らすため・・・・そう信じたからこそ俺も、みんなも協力した。だが、あいつ等は、最初から自分の欲望を達成するための実験の為に、俺達を利用していたんだ」
「自分の欲望ってのは?」
「至極単純なものさ・・・・『最強』になることだ。その為の実験は次第に露骨かつ危険なものとなって、今では俺以上の化物を・・・・心まで歪めた存在を作り出している。あれでは街の外に生息しているモンスターと何ら変わらない・・・」
ラーディは激しく首を振って、その行為に対する否定的考えをあらわにする。
「男は、強さに憧れるものだ・・・・言ってみりゃ、強さへの憧れは悪魔の誘惑が潜んでるんだよ」
「悪魔の誘惑?何が言いたい?」
「多分そいつは、知り得た『力』の可能性に酔ってるんだよ。俺だってこんな体だ。常人より遙かに強いし、調子にのって盗賊まがいの事もやっていた。質や大きさに関わらず、『大いなる力』ってのは人を惑わすもんだと思うぜ」
半分は慰めだろうと思いつつも、ラーディは真理だと実感した。ポールを始め『完成』に至った連中はみな、人間を超越したと意気込み、街を捨てている。
「君は・・・」
「?」
「君は今、道を踏み外していた風な事を言っていたな・・・・」
「ん?ああ、盗賊まがいの話な」
「どうやって更生したんだ?」
それが道を踏み外した仲間達の目を覚まさせる参考になれば・・・という思いが微かにあった。
「更生と言えるかどうか・・・・自称最強だった当時の俺は、あの二人に出会って、『世界』どころか世間すらも意外に広いと思い知らされて、自分の考えが幻想だと思い知っただけだよ。井の中の蛙と称されて死ぬのも不名誉だからな、この世界の全てを見て回るまでは自分を強者とは思わないようにしている」
「それはまた、いきなり控え目な見解になったものだな・・・」
「そうでもないさ。この樹海で過ごす日々全てが苦戦の連続だったし、その上、モンスターマスターなんて、聞いたことも無かった連中まで存在している。世界ってのは、想像以上に広いと思うぜ」
それは、ここの者達とは全く正反対の生き方、すなわち、実際に見て回っているが故にいえる発言であった。
「連中は己を強者と自負しているし、俺もみんなも認めている。どんな形であれ、それを倒せたお前達も十分に強者と呼ばれる資格はあると思うぞ。そこまで過小評価する事もあるまい?」
「ま、その辺は・・・な。俺だってそれなりに場数も踏んでるし、血筋も恵まれていたみたいだからな、人並み以上だとは思っているがな」
タールはそうした指摘を否定はしなかった。ただ、ぽつりともらしてしまった『血筋』に関しては、魔王のそれだと言ったところで信用して貰えるとも思えなかったため、深くは触れなかった。そしてラーディも、血筋の話が体格に関連したことだろうと勘違いし、それに話題を向ける事はなかった。
「そうやって人は経験を積んで鍛えれば強くなっていけるが、個人差が生じる。特に闘う者にとっては基本的な資質を見誤ると成長できないと聞いた事がある」
「あ、その話、昔、ある街で似たような事を言ってた学者先生がいたよ。戦士や魔法使いに向き不向きな人間もいる。間違った道を進むと、苦労するってな・・・」
「見たところ、お前は間違わずに済んだみたいだな」
タールを見やってラーディは笑んだ。
「間違えようがないだろ。そうした選択に関しては、あの二人も間違っていないと思ってる。二人とも、見かけ以上に強いぜ」
「もう実力の一端は見せてもらっている。お前の言葉ではないが、世界の広さを思い知らされたよ」
「そりゃこっちもだ。こんな危険極まる樹海で暮らす人間がいるとは思わなかったもんな」
「それで?この危険極まるここに、わざわざ何しに来たんだ?ここが目的地なはずはないよな?」
もしここが彼等の目的地でなるならば、彼等はもっと喜んでしかるべきである。そもそも数百年に至って外部との交友がなかった街である。存在の噂すらあるはずがないのだ。
その点を考えれば、死の危険しかないはずの樹海の奥地へやって来た彼等の行動こそ、信じられないものと言えよう。
「な~に、単純な事だよ。ある意味、モンスターマスターと変わらないさ」
「?」
「俺達三人とも、強くなれる素質があるのを自覚していたからな。閉ざされてはいても密度のあるこの世界を一緒に旅していくついでに、不確かではあるけど実在した最強伝説の足跡を探しているって訳さ・・・」
「実在した最強伝説・・・・ひょっとして魔王の居城を探しているのか?」
この時ラーディは、その動機が偽りない物だろうと察しながらも、その思考内容が酔狂を通り越した域に達していると感じた。
「知ってるのか?」
予想外だった返答内容に、タールが思わずラーディに詰め寄った。
「ああ、街の伝承に残っているのを聞いたことはあるが、既に人は住んでいないはずだ・・・」
「それでもいいんだ。こっちでは居城の存在すら疑問視されていたんだ。あるって事実だけでも収穫になる。それで、場所は判るか?」
「俺は知らなが、文献か何かが残ってたはずだ。聞いておく・・・・」
「いよっしゃ、これであてのない樹海の放浪も短縮される!」
既に決定事項のようにガッツポーズするタール。この思わぬ朗報を早速仲間に知らせようとしたタールであったが、つい先程まで武器を振り回していたカレンはその場から消えていた。
「あれ?」
「さっき、あの杖を持って行ったから、外で試すつもりだろ」
大きさの差が視界の差異となって見えなかったのだろう。目撃者でもあったラーディが事態を説明する。
「そうか、なら、ウェイブにだけでも・・・・・」
と、視線をもう一人の相棒に向けるが、彼は今尚、剣との真剣なにらめっこを続けていた。
「・・・・・・後にしよう。俺もその辺で、このヘビー・シックル(重鎌)を試させてもらうか・・・」
立てかけていた新しい武器を担ぎ、その重量感を心地よく感じながらタールは出口へと向かう。
「俺は施錠があるからこの場に残るが、一人で大丈夫か?」
ラーディは、最後の一人が決定を下すのがまだまだ先だと感じ、付き添いできないことを伝える。
「日が沈んでも戻らなかったら見つけてくれ。街の中にはいるから」
自分で探し回るより見つけてもらう方が早いとタールは笑った。
武器庫を出てすぐ、タールは周囲を見回したが、視界に見える範囲に探し求めるカレンの姿はなかった。
「あいつどこ行った?魔法で簡易ゴーレムでも作ってもらって、こいつの試し斬りしたかったんだがな・・・」
魔法も試す為に街中にはいないのか、結局、捜索の甲斐なく彼女の姿を見つけられなかったタールは、街中をうろついて武器を振りまわす事の出来る場所を探し求めた。
見知らぬ街並みであるが故に、あてのない散歩では退屈ではなかったが、やはり出店の存在しない風景はどこか彼の知る街と比べて活気に欠けていた。
そうして街中を徘徊すること十数分。タールはいつ頃からか聞こえてきた金属音に誘われるようにして、ある岩場に辿りついていた。
「いよっす!」
タールは威勢よく、岩場で作業をしていた数人の男達に、気さくに声をかけた。
男達は巨人の襲来に揃って作業の手を止めたが、既に彼の存在は知れ渡っていたらしく、不必要な混乱を生じさせる事はなかった。
「あんたか、デカイ余所者ってのは。本当にデカイの~」
愛想の良い初老の男が近づき、ポンポンとタールの身体を叩く。思いっきり手を上げて、ようやく胸に届くという感じであった。
「あんた達は何してるんだ?工芸品作りとか宝石採取じゃあないだろ?」
工具を手にして岩場で作業である。本来ならその可能性が最も高いのだが、売る相手のいない場所では意味は成さない。墓標作りという可能性もあるが、やはりそれは自分の口からは言いたくないものである。
「家や外壁を造るための石材加工・・・単純に言って石切だよ。ま、ごく稀に宝石やマジックアイテムも出ることはでるがの」
その返答を聞いて、思った通りとタールは笑みをもらす。
「そりゃご苦労さん。で、見たところ手頃な塊が少なくなっているようだから、また切り出すか砕くかするんだろ?」
明らかに砕いた痕が残る岸壁を指さし、タールは確信めいて問うた。
「そうじゃな、そろそろ新しく砕かないといかんな」
初老の男は、周囲の岩塊を見回し状況を認め、タールが何を言わんとしているかを察して笑みをもらす。
「なら少し手伝うよ」
「手伝う?」
予想通りの返答に、初老の男がわざとらしく問う。
「あの岩、砕いていいんだろ?おろしたての武器の試用を兼ねて是非一発やらせてくれ」
「意外にしんどいぞ?」
「任せろって。爺さん達の仕事で一番重労働な部分を引き受けてやるから」
真新しいヘビー・シックルを掲げてタールが言った。
「それじゃ、噂の余所者のお手並み拝見しようかの」
「ありがとうよ。んじゃ、みんなは少し離れてくれ。破片が散ると危ないしな」
言われるまま石切場の面々はタールとの距離を広げる。そこには、初めて見る巨人がどれ程の力を見せてくれるかの興味の視線があった。
周囲の人々の間合いが十分な距離になったのを確認すると、タールは岸壁に向かい合い、ヘビー・シックルを構えた。
「はぁっ!!」
気合い一閃!
格好の良いところを見せようとして、十分に気を込めた得物を動かない目標に対して、思いっきりタールが叩きつけると、派手な激突音が周囲に響いた。
それは、長年近隣に住み、石と金属のかち合う音を聞き慣れていたはずの住人すらも、何事かと手を止めて一斉に振り向かせるほどで、現場を見た一同は、そろって岸壁に巨大な亀裂をがはしっているのを目撃した。
タールの一撃が与えた衝撃は程良く対象に広がって更に亀裂を広げ、形状を維持できなくなって音を立てて崩れていく。
「ほぉぉぉぉぉ!!!」
その人間離れした光景は彼等の想像の上限を遙かに越え、職場の一同が一斉に感嘆の声をもらすと、その対象人物からも声があがっていた。
「ほおおおおっっ!?」
それは気合いの雄叫びではなく、悲鳴であった。
「た、大変だ~~!あのデカイのが、落盤に巻き込まれたぞ~~~~!!」
崩れていく大小の岩の雪崩に飲み込まれていくタールを目撃し、石切場職人のみならず、周囲の者達は一瞬、何かの冗談かと思って呆けたが、次の瞬間にはそれがうけ狙いでないことを悟って大慌てとなって駆け寄りだした。
幸いにしてタールは落盤事故死をま逃れた。その頑強な身体とそれに合わせた鎧が大半の岩の直撃にも耐えたのが主な理由であったが、あれで軽傷以下で済んでしまったが故に、この一件は笑い話となって周囲を沸かせてしまう事になった。
「お主、もう少し加減というものを覚えんといかんな」
誇りだらけの身体に数ヶ所包帯を巻いて座り込んでいるタールを、面白そうに初老の男が叩いた。
「面目ない。新しい武器を手に入れて調子にのっちまった」
悪意のない冷やかしにタールは苦笑する。
「まったく、子供だねぇ」
見た目通りの肝っ玉お母ちゃんが豪快に笑うと、周囲もほのぼのとした笑いに包まれた。
「だが、おかげでしばらくは面倒な大石切りをしなくてすんで助かるよ」
「いや全くだ。デカイの、このままここで働かんか?」
無論、流れ者・余所者であるタールが、ここに就職活動に訪れたとは誰も思ってはいない。そもそもの訪問目的も知らなかったし、今後の動向も彼等の知るところではない。それでもそうした言葉が出るほど、この場の面々は珍客タールの豪快さを気に入ったのである。
場はそのままごく自然な流れで小規模な宴会と化し、二時間ほどの歓迎の後、彼はようやく解放される事となる。
これまでの人生において初対面で歓迎を受けるという経験の無かったタールは、新鮮な体験の余韻を抱えたまま街路を歩いていたが、楽しそうなその表情は、歩を進めるにつれて険しい物となって行った。『尾行者』の存在に気づいた為である。
彼はそうした感覚に鋭い方ではない。だが、彼の感覚は自分に合わせてついてくる足音と気配を感じており、それがつかず離れずの距離をずっと維持しているため、尾行者と判断したのである。
(俺に悟られるようじゃ、よほどの素人だな・・・・)
タールは気づいていない素振りのまま歩き続ける。敵にしてはあまりにも迂闊な相手とは思ったが、先程のポールという例もある以上、そうした面に関しては素人なだけかもしれないという可能性もあり、更に加えて彼の場合は、訪問する先々で人々の注目を得る特徴もあったため、物珍しさに後をつけている子供という事も十分に考えられ、どう対処しようかと考えあぐねていた。
そのままの状況がしばらく続いたものの、流石に気の長い方でない彼は、気がついてからの現状維持に耐えかね、事態をはっきりさせようと決心し、人気の少ない場所へと歩く方向を変えた。
そうして進むこと、数分。彼は人気の少ない路地裏の行き止まりに突き当たると、唐突に振り向いた。
「!!」
その動作があまりに急だったのだろう。驚いて反応が一瞬遅れた影が、道端に積み上げられていた木材の影に慌てて飛び込むのを、彼は見逃さなかった。
「見えたぞ!誰だ!」
ヘビー・シックルを構えて威嚇するタール。
「出てこなけりゃ、その資材ごと砕くぞ!」
それははったりではない。岸壁を砕き落盤を起こせる程の彼の力をもってすれば、そこに積み上げられた木材をまとめて破壊することなど造作もない。
「わ~待って待って!降参降参!止めて~!!」
殺気をみなぎらせ、間合いを詰めていくタールに気圧された相手が悲鳴を上げ、木材の影から両手を出して闘う意志のない事を表した。
「?」
その、あまりにも緊張感のない声にタールの殺意は気え去り、姿を現した相手を見て、気が一気に抜けた。
両手に続いて見えたのは頭と、その上にある、人ならざる物の『耳』で、その形状から猫あるいは狐系のモンスターを彼は想像した。モンスターのランクとしては高いイメージを抱かせるようなタイプではなかったが、一部の形状のみでその能力が測れないのがモンスターマスターであり、油断は禁物・・・と、タールは自分の心に言い聞かせたものの、耳から後に見せた姿が、何ら変哲のない人間の少女となれば、どんな緊張感も霧散してしまうことだろう。
「な・・・に?」
それはまさしく『猫娘』であった。
ワーキャットのような、獣の色が強いタイプとは異なり、人間の姿に思いっきり偏った存在。
着衣も街の人々と同じ類の物で、根本的な違いはないが、背後から不規則に揺らめく尻尾は、耳同様それが作り物でないことを示し、彼女は『本物』であることを証明していた。
「は、初めまして~」
呆気にとられるタールを前に、猫娘はペコリと頭を下げた。
見た目の歳は二十歳程度、身長は150程で小柄な人間女性の範疇内。黒髪セミロングの毛で覆われた頭部には作り物でない同色の耳が一対、ごく自然に備わり、同じく黒い尻尾は身体のバランスに不自然でない長さとなっている。そしてそれ以外の身体は完全に人間という、ある種の人種には『完璧』と評され愛されるであろう猫娘がそこに存在していた。
「わ、私、キャニーって言います」
「あ、ああ、キャニーちゃん・・・ね、で、君は敵・・・じゃ、」
「ないです。違います」
コスプレの偽物でしかお目にかかった事の無かったそれを目の前にして、どう対処して良いか分からず戸惑っていたタールが、事態把握の為に何とか言葉を絞り出すと、キャニーと名乗った猫娘は、慌ててそれを否定する。
「石工場で見かけて、ついて来ちゃっただけなんです」
「・・何で?」
それは至極当たり前な質問だった。モンスターマスター関連の連中であれば、目立つ自分を狙って来る事情は理解できるが、敵意もない少女が見ず知らずの彼を尾行する動機が思い当たらない。
これが一般の街中であれば、見た目も冒険者である彼の懐を狙って、風俗系の女が誘ってくるいつものパターンと考えられたが、この街ではそうした、よくある光景とも無縁であった。
「あの・・・それは・・・」
そこで尾行者は、タールから視線を逸らし、もじもじと両手の人差し指を絡めて言いよどんだ。
「何?物珍しさだけでついて来てたんなら、もう俺は行くぞ?」
「あ~待って、待って下さい~!」
その様子に切迫した事情がないと直感しタールが立ち去ろうとすると、キャニーは必要以上に慌ててその足に飛びついた。
「だったら何だ!?」
何か調子が狂ってしまうと思いつつ、片足の重りになった猫娘を見据えるタール。
「あのっ・・・・そのっ・・・おね、お願いがありましてってあぁっって」
「落ち着けって・・・お願い?」
その問いかけにキャニーがコクコクと頷く。
「お願いって何だ?無茶な内容でないなら聞くが・・・」
「ホントですかっ!?」
いきなり彼の視界に猫娘の顔がアップになって入った。素早く彼の身体をよじ登ったのである。
「あ、ああ、もとの身体に戻せとか、専門外な事じゃなけりゃな」
「それは大丈夫です。単純なお願いです。でも、おに~さんじゃないと無理なんですっ!」
「分かった、分かったから目の前からどいてくれ」
「それで、何をすればいいんだ?」
「あ、ここじゃちょっと・・・来てくれますか?」
「?」
取りわけ害はなさそうだと判断したタールは、促されるままキャニーの後に続いた。が、彼は程なくしてその迂闊な判断を後悔することとなる。
それから数分を待たずして。街道を案内されていたタールは精神的な消耗を強いられていた。
単なる物珍しさの視線は慣れていた彼であったが、猫娘にエスコートされる経験があるはずもなく、この光景が周囲にどの様に見え、どの様な噂が生じるかと考えると、何となく胃痛を感じるのであった。
更に言えば彼女は童顔に類していた。タールの対比によって身体は更に小さく見え、不本意な見られ方もするだろう。石切場の一件でも分かったように、余所者の噂話の拡散は早い。
多少の言われ無き噂は気にする必要もないと思ってはいても、それがウェイブ達の耳に届いた場合、どれほど笑われるか容易に想像できたため、それを考えると、時の経過と共に冷や汗の量が増えていくようであった。
「なぁ、どこまで行くんだ。そろそろ解放して下さい・・・」
これは一種の拷問だと彼は真剣に思った。俯いて顔を晒さないようにしても、彼の大きさからすれば意味は成さず、顔を隠すフードもなければまさに八方塞がりみたいなものだった。
「なんでぇ~?まだお願いもしてないのに~」
そうした彼の心情を全く知り得ていないキャニーは、屈託のない笑みを浮かべてタールを見上げ、ピシリと一方向を指さした。
「あそこっ!」
「あそこ?」
「私のお家」
「はい?」
用件が皆目検討つかず戸惑うタールをよそに、彼女は身軽に彼の身体をよじ登って肩まで行くと、自力で肩車体勢に移行する。
「おい、何してる?」
「うわ~視線が高い~、ほら、早く行って行って!」
不満の声も右から左のまま、キャニーは無邪気にはしゃいでタールを急かせると、彼は、とりあえずでも人の視線を妨げる事の出来るのだけが救いと考え、やむなくそれに従った。
「ほら到着だ」
「は~い」
流石に肩車されたまま入り口から入ることが不可能だったキャニーは、身を屈めたタールのタイミングに合わせて飛び降りると、自宅の扉を開けて彼を招き入れた。
軽く身を屈めて中に入ったタールは、ぐるりと周囲を見回して待ち伏せが無いことを確認する。害は無いと思いつつも、こうした時には周囲の警戒が自然と行われるのは、彼の冒険者としての本能といえた。
街の人々が住む場所として共同で造った建物故に、中はサナの家と大差なかったが、天井に大きな天窓があり、自然の光をふんだんに取り込むようになっており、今も陽の光が直接射し込んで、外と変わりない明るさを維持していた。
「それで俺は何を・・・・」
見渡す限り、力仕事が必要と思われる物も、高い所に何の問題も見受けられなかったタールは、彼女の要望が皆目検討がつかなかった。
「ここっ!」
手頃な場所に座ろうとしていたタールを、キャニーの鋭い指摘が静止させた。
「ここ?」
彼女は天窓から差し込む日光の中心部を指定していた。
「そう、ここに座って」
どう見ても何もない場所を示すキャニーに、タールはその理由も理解しないまま、光差し込む場所へと移動し、何の意味があるのかと視線で問いながらあぐらをかく形で座るタール。一応、不穏な動きがあれば即応できる心構えをしていたが、それも杞憂に終わる。
どかりと座った彼を見て、キャニーは猫娘特有とも思える笑みを浮かべたかと思うと、おもむろにタールに飛びつき、彼のあぐらの上で丸くなった。
「お、おい・・・?」
「じっとしてて・・・・私、誰かの膝の上でひなたぼっこしたかったんです」
既に満足げな表情となってキャニーは言う。それは念願の叶った嬉しさがふんだんに込められていた。
「・・はぃ?何?・・・それがお願いか?」
「はい~~~」
嬉しそうに喉をならしながらキャニーがいう。
言葉もなく溜息をつくタール。この街の状況からして、彼女の生まれついての猫娘ではなく、モンスターマスターの実験か試行の産物であろう事は予測できた。
もちろん彼女は成功例ではないだろうことは、その姿が物語っている。ある意味、ラーディと同じわけだが、彼女の場合は若干事情が異なるようで、対象となったのであろう猫の本能・習性が影響を及ぼしているらしく、このひなたぼっこも、猫側の本能的な欲求が求めた行為だと感じた。
誰かのひざの上で・・・・人間サイズの身体でその欲求を満たすためには、極めて大柄の人間が必要だった訳であり、それこそがタールを求めた理由だったのだ。
「確かに・・・俺じゃないと無理か・・・」
まるっきり無防備に本能的欲求を満たすキャニーを眺めながら、タールは必要以上に危惧していた自分が馬鹿らしく思え、苦笑した。
そうした様子も気にすることなく、キャニーはようやく得た憩いの場でのひなたぼっこを、満足そうな笑みを浮かべつつ満喫していた。
(猫の影響が大きいんだろうな)
一体化に成功している以上、ある意味では最初に闘ったモンスターマスター達より成功しているのだろうが、人間状態でも猫の要素が部分的に残っている事や闘争心の欠如と言った点で、創造者から見れば、失敗なのだろうと彼は思う。
ラーディを最初に見た事から、失敗作という存在に固定概念が生じていたタールは、こうした例もあるのだなと、改めて現実の幅広さを実感する。
彼は無邪気極まる彼女の様子を眺めながら、もし『成功』していればどんな敵になっていただろうと思いを馳せる。
が、緊迫した物がないためか、必要以上に色っぽいコスプレのキャットウーマン的イメージしか思い浮かばず、これはこれで闘いにくい相手だと、再び苦笑する。
タールはそう長い間、考え事をしていたわけではない。だが、その僅かな間にキャニーは安堵しきった笑みで眠りに入っていた。
(この年で伝説の隠居爺さんみたいな事をする羽目になるとはな・・・・)
自分の老後のイメージの中では思いも抱かなかった行為を現役真っ直中の年齢で行っている自分自身に、タールは一人苦笑した。
今の時代・・・と、いうよりこちらの世界では、寿命を全うするどころか安楽な老後を過ごせる者すら少ない。
それは世界が平和でない事を示している。
外界と隔離されてたあの日から今日、残された人間達の間で、限られた世界の覇権を奪い合っての大規模な戦闘というものは生じなかった。
もちろん、地域間のいざこざ程度のやり取りは頻繁に生じたが、隔離世界全体を揺るがすような問題は生じなかったのである。
それは、限られた世界の覇権よりも重要な問題が存在している事を、誰もが悟っていたからに他ならない。
それは限られた空間内の生態系の一部として、全ての生物と共にゼロからスタートして生き残ること。
名誉も階級も金銭も意味を成さない世界でのそれは、決して楽な事ではなかった。
団結・生活圏の確保と拡張・モンスターという外敵との戦い・自給自足・・・・こうした行為が数百年に渡って繰り返され、その甲斐あって一部地域を省けば金銭流通も復活するまでに至ったが、平和と人手までが回復したわけではない。
人の社会秩序が回復しても、周囲の環境が激変したわけでなく、日々が生きるための闘いといって過言ではなく、その最中で命を失う者が出るのは日常茶飯事であった。
現役を退いても、新世代の指南や農夫としての人生が待っているのが通例であり、のどかな隠居生活というものは、もはや想像の世界の産物といってもよかった。
闘うことしか能のないタールにしてみれば、戦闘のない世界や生活など考えも及ばない話であるだけでなく、老後そのものが訪れないとすら思っていたのである。
だからこそ、自分にはあり得ない生活の1シーンを今、行っていることが正直、夢のように思えてならなかったのである。
だが、足に感じる重みは、キャニーの存在を現実の物と証明しており、満面の笑みはこれまでの闘いの日々の方こそが虚像であったかの様に思わせる・・・・というのは言い過ぎであるかも知れないが、一時の間、闘いを忘れさせるには十分なものではあった。
が、和んで振り返るほどの人生を送っていないタールは、数分もすると状況に飽きてしまう羽目となる。
退屈さに何らかの気晴らしをしようかと思っても、彼の膝の上には幸せを満喫しているキャニーが眠っており、その安らかな寝顔を見ると、身体を動かしてそれを妨げることが憚れた。
その場を動くことも許されなかったタールは、忍耐を鍛えるつもりでその場に座ししつつも、何かしら気の紛れる事はないかと思案をめぐらすが、基本的に身体を動かすことを好む傾向の彼に、良い案は見出せなかった。
結局、耐えるしかないという結論に至った彼は、溜息をついて自分の状況改善を諦め、今は彼女のささやかな幸せの維持に務める決心をすると、ほとんど無意識に彼女の背を撫でた。
「ナァ~~~~~~~」
猫と意識したための行為に、キャニーは相応の声をあげた。
「!?」
よもやそうした反応が生じるとは思わなかったタールは、一瞬硬直して様子を伺ったが、キャニーは目を覚ましていなかった。
「・・・・・」
彼はもう一度彼女の背を撫でてみた。
「ナァ~~~」
更にもう一度。
「ナァ~~~」
「・・・・・・・」
猫そのものともいえる反応に、タールは諦めていた暇潰しを発見し、触れる都度、寝言のように声をあげる彼女を眺めながら、彼はそれを繰り返し始めた。
更に隠居爺さんの行為に近づいた事も自覚せぬまま、彼は巨大な猫を愛で続け、彼女もそれに面白い様に反応し続ける。
「ナァ~~~」
「ニャァ~~~」
「ナァ~~~」
「ニャ~~」
「ニャ~気持ちいぃ・・・」
長らく続いた声の中から、明確な人の言葉が含まれたのを聞き取って、タールは少し驚いた表情を見せた。
「それ、気持ちいい・・続けて・・・」
いつの間にか目覚めていたキャニーは、寝惚けた様子とうっとりとしたような様子が交じり合った微妙な表情で彼にねだった。
それを断固拒む理由のない彼は、その求めに従った。
「にゃはん・・・」
「ンニャ~~~~」
「ふぅん~~」
彼の大きな手が背を撫でる度、先と同様の反応を示すキャニー。だが起きたせいか、その声には明らかに人としての反応が混じり初めていた。
そうした声を聞いているうちに、当初『猫』と認識していたタールの思考は、徐々に相手が『人』でもあると思いだし、鎮まっていた悪戯心にも火が灯り始めた。
「ふにゃぁぁ~~~!?」
タールが背をなで続けていた掌の人差し指をくっと折り曲げ、丸く曲線を描いていた背筋を引っ掻くようになぞると、キャニーは1ランク声のトーンを上げて丸めていた背を仰け反らせた。
「おっと、危ない」
急に身体を仰け反らせた事でバランスを崩し、膝から落ちそうになるキャニーを抱え、タールは意地悪く指先による背筋撫でを繰り返す。
「にゃはっ、はあぁっ・・・ん」
先程のようなやんわりとした心地よさとは異なる、突き抜けるような快感の刺激に、彼女の身体は意志とは関係なく、ビクビクと跳ねるように反応し続ける。
「ちょっ、待って、にゃはっ・・」
何とかして逃れようと藻掻くが、根本的な体格差がある上に、彼の膝の上で抱えられるようになっている体勢では思うように身を捩る事も困難な状態となっていた。
それでも脱出を求めた意志が身体を突き動かして身体を弾けさせると、背中をガードするべく身体を捻って上下の体勢を入れ替える事に成功した。
が、それが何の解決にもなっていないことを直後に彼女は思い知る。
「ん?今度はお腹を撫でてほしいのか?」
猫が服従のポーズなどで腹をさらけ出す事はよくある光景である。が、間違っても今回のこれは、そうした意図による物ではない。それを承知しつつもタールは意地悪く異なった解釈を行った。
「えっ!?違っ・・・・」
キャニーの否定よりも、それを聞いて動いた本能的な手足のガードよりも早く、彼の右手が彼女の腹部に触れ、小刻みに上下した。
これも一見、猫の腹部に対する撫で行為に酷似していたが、実態はそうではない。彼は掌で撫でるのではなく、指先全てを突き立てて蠢かせたうえで撫で回すという結構器用な行為をやってみたのである。体格故にやや指が太いという問題点があったが、その刺激はキャニーには十分に有効なくすぐったさとなって襲いかかった。
「にゃっっ!!にゃっはははははははははははははははっははははははは!く、くしゅっくすっっふぁにゃひゃっははははははははははは!」
キャニーは悲鳴のような笑い声を上げて身体を丸めるが、既に指が腹部に接触しているしているために意味のない反射行動でしかなかった。
「にゃはははははは!あひゃはははははははは!やっやっやっにゃぁっぁぁっっはははっはははは!」
彼女は何とかして腹部に生じるくすぐったさを止めようと、身体を丸める姿勢を利用して、身体全体でタールの指の動きを制しようと試みた。だが、全身で手を押さえても、ほんの僅かな指の動きがかなりのくすぐったさに感じため、必死の抵抗も無駄に終わった。
そうした程良い反応を満足げに眺めながら、タールは腹部への責めを続ける。
「うにゃっっははははははははははははははははあはははははは!!!」
いっこうに治まらないくすぐったさから何としてでも開放されたいキャニーは、効果のない防御を止めて、逃げる道を模索するかのように身体を右に左にと捩って、タールの指を振り払おうと努力する。
しかしそうした努力も事態の打開には届かず、振り払えるのは僅かな瞬間だけであり、指はすぐに舞い戻って良い反応を見せる腹部を襲い、笑い声を絶やすまいと蠢き回る。
「だめっ!だめへっっひゃっっっははははっひゃっっはっははははははははははははは!あ~~~っっはははははは!!」
右に逃げようと左へ逃げようと、タールの膝で悶えている限り平穏はあり得ない。もちろんそれは彼女の察するところではあり、身を起こして脱出は既に幾度も試みられていたが、彼の左腕が肩辺りを抑えて、身を起こす為の力が入りにくい状況に追いやられていたのである。
「にゃ~~~~~~~!やぁ~~~~~~!ふひゃぁはははははははははは!!」
そうして笑いのたうち回ること数分、藻掻くキャニーは激しく身を捩りまくった末に、問題の腹部を下側に反転させるに至った。
これは偶然の結果ではあるが、彼女はこれで腹部の責めは中断できたと内心安堵したが、やはり実際問題としては事態の解決には至っていなかった。
「おっ、今度はまた背中かい?」
「えっ!?やはぁっ!」
タールのわざとらしい一言で、状況の好転に至ってなかった事に思い当たったキャニーは、その瞬間、背筋に刺激を受けて艶やかな声を漏らした。
太い指がひっかくように立てられて的確に背筋を上下する都度、キャニーは電撃が駆け抜けたような心地よさを感じて身を震わせた。身を仰け反らせ、時には丸めても指先は変化したラインに惑わされる事なく背筋をなぞる。
「ふにゃっ・・・・にゃはぁっ・・・・はぁぁっぁああ・・・」
本来の猫がそうであるように、背を撫でられる事はキャニーにも決して不快な事ではなかった。その上、人の感性も加わっていたため、その刺激に対し、もやは拒絶と言うより、こみ上げる感覚を堪えている様相が大きくなっていた。
「んやぁぁぁ~~~~」
僅かな理性が今の自分に羞恥を感じて身を突き動かし、心地よい刺激が送られる背中を庇った。だがそれは、またしても上下転換という行為の枠を越える事が無く、当然ながらタールはさらけ出された腹部に対して、同様の意地悪を敢行する。
「うきゃはっっはははははははは!!だめっ!ずるいっぃぃやっっはははははははは!!」
たちまち激しいくすぐったさを腹部に受けたキャニーが藻掻き、それを庇うと、深追いはせずにノーガードの背筋に責めを転換する。
こうして彼女は、彼の膝の上からの脱出もままならないまま、背筋と腹部への波状攻撃を受けてのたうち回り続け、挙げ句には身を捩らせる余力も失って横向きの中途半端な体勢になってしまい、事もあろうか前後同時に責められる状況へと陥った。
「うきゃっ?はぁっっ!はぁっっあぁぁぁ~~~~~!!」
快楽よりの刺激とくすぐったさの前後サンドイッチの刺激は、これまでにない感覚となってキャニーに襲いかかった。
くすぐったいのか気持ちいいのか?はっきりしない感覚が彼女を襲い、その中で双方の感覚が自己を主張しようと大きくなっているようにも感じられる。それは二つの刺激の相乗効果だったのかもしれない。猫として心地よく感じる部位である背中と腹部は人としてはくすぐったくも気持ちよくもある部位であり、そこを責め続けられた結果、両者としての感覚が入り混じったまま、高まっていったのである。
「!!!!!~~~~~」
もう堪えられない。
そう悟った直後、前後の感覚が同時に限界に達し、彼女は身体を激しく仰け反らして口を大きく開けたまま、声にならない声を上げたかと思うといきなり脱力して動かなくなった。
くすぐったさと心地よさの限界を同時に受けて気絶してしまった彼女は、喘ぎながらもどこか満たされたような表情で眠っていた。
「・・・・・・・・・・」
そうした、女性の恍惚とした表情を眺めることは、男にとっては栄誉な事だったかもしれない。だが、この場のタールにおいては少し事情が異なった。
本来なら何ら問題の無いだろうこの状況を大いにぶち壊す現象が、視界外で発生していたのである。
「・・・・・・・・・」
それはタールの視界にも見えない物だったが、彼は、その身に感じる感覚でそれが何かを悟り、微妙な表情となった。
「漏らしたな・・・・」
犯人であるキャニーは答えない。だがそれを証明するかのように、タールの座り込む床から水溜まりが広がりを見せ、僅かな臭いが彼の鼻をついた。感覚の高まりに呼応しての行為であり、故意ではないにせよ、彼は対処に困った。
動いて移動しようにも、膝の上ではキャニーが幸せを満喫して、それを壊すのをはばかれる、天使のような笑みを浮かべて眠っていた。
「起きるまでこのままかよ・・・」
流石に今度は悪戯をするわけにもいかず、本当にてもちぶたさになった彼は、ふと窓の外に視線を向けてぎょっとなった。
決して低くはない窓の外に、キャニーと対して変わらない年頃の少女達が、家の中を覗き込んでいたのである。
「なっ!なっ?」
これがウェイブやカレンであれば、その行為に対して怒鳴りもしたが、若い女では勝手が違った。いったい何時から除いていたのか?何者なのか?そうした疑問が入り混じり、少し混乱しかけた矢先、家の扉が勢いよく開かれ、外の少女達がなだれ込んできた。
その数、十一人。
全員、年齢に大きな差はなく、着衣にも目立った特徴はなく、特別な階級や立場を思わせる存在ではなかった。
「な、なんだ・・・・」
当然の疑問を投げかけようとした矢先、彼の視線は彼女達のある共通点に気づいた。
髪に同化しているかのような耳と、小刻みに動く尻尾・・・・・そう、彼女達はキャニーと同じ猫娘だったのである。
「・・・・キャニーのお友達・・・かな」
居並ぶ面々の、端から端に視線を向けてタールが問うと、一同はピッタリ合ったタイミングで頷いた。
「それで・・・何の・・・」
巨漢が大勢の少女に囲まれて対処に困るという風景は、やや異様に見えたが当事者達にはまるで関心のない事項であり、タールがこの突然の訪問理由を尋ねようとした矢先、猫娘達の中の一人が勢いよく彼に詰め寄った。
「キャニーばっかりずるいっ!!」
それは見た目以上に相手を幼く見せる発言であった。
「は?」
その意味が判らず呆けるタールにお構いなく、その少女は事もあろうか彼の膝の上のキャニーを強引に押しのけた。
「にゃっ!?」
いきなり床に転がったキャニーは小さな悲鳴を上げたが、それにも関心を見せることなく、その少女は空いたタールの膝の上に乗り、キャニー同様身体を丸めた。
この行為によってタールは事態を大まかに把握したといえる。
つまりはこの面々、キャニーの仲間であり、共通した欲求を抱いていたのである。その欲求を彼女が独占しているのを知ってここへ訪れ、この光景を目の当たりにし、彼女に至っては嫉妬あるいはお裾分け感情に突き動かされて実力行使に入ったのである。
そしてその思いは、この娘に止まらず、全員の一致した感情でもあった。
「あ~ずるいアニー!私もやりたい」
「だめっ!サニーが先っ!」
たちまち、タールの眼前で当人の意思を無視した壮絶な膝の上争奪戦が展開された。イス取りゲームの類であれば、徐々に数を減らしていけるのだが、十二人の猫娘が、たった定員一名の一箇所を巡って争うのである。当事者にはたまったものではない。
「おい!ちょっと待て、順番ってものも検討しろ」
「「「「や~~!!私が先ぃ~~~~!!」」」」
無数の声が重なってタールの意見を抹殺すると、その争奪戦は勢いを増していった。
「おいおいおいおいおいおい~~~~~~!!」
腕力にものを言わせて排除する訳にもいかなかったタールに、彼にしか構築できない特等席の権利をかけた争いの余波が訪れ、彼の巨体は十二人の猫娘の身体の埋もれて行った。