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2012/01/01(日)に投稿された記事
第2章-獣魔の街編- 第13話 「人」の心
投稿日時:00:19:47|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
獣魔の街編最終話だよ!
いつセイムが攻めてくるかと気が気でないサナ達に反して、当事者達は落ち着いた様子で装備の手入れを行い、身体を動かし調子を整えていた。
ウェイブはほぼ確定事項だろう遠近両方の戦闘を想定し、片手で剣を振り回す行為を続け、片手を常に空け、いつでも気孔弾を放てる状況を維持する事を主眼に置いた鍛錬を行い、タールは押しつけられた鉄弓の練習に渋々励んでいた。それも命中精度ではなく連射を目的としたもので、街の狩人の意見を聞きつつ多くの矢を放てる手法を模索している。
そしてカレンは、珍しくミファールを脱いで鎧に休息を与えると、自分は瞑想を続けその魔力の蓄積・向上を続けていた。
「お前達でもやはり自信がないか?」
鍛錬を続けるウェイブに、ラーディが歩み寄って声をかけた。カレンは瞑想で近寄りがたい雰囲気を放っており、タールは慣れない武器の扱いで四苦八苦しており、唯一マイペースでいた彼に声がかけられたのである。
「ああ、勝つ自信はないよ」
剣を振る手を止めて、ウェイブは事も無げに言い切った。
「・・・」
まさかここまで簡単に認められるとも思っていなかったラーディが言葉に詰まったが、そこにウェイブの言葉が続いた。
「相手がスペック通りの能力を発揮して、闘い続ければ・・・だけどな」
「これまでの連中の様に、使いこなせない・・・とでも?」
意味深な発言に、自分自身も加わったモンスターマスターとの闘いを思い出し、その中で最たる敗因を想定しているのかと、ラーディは問うた。本来、備わっていない能力。それは人には手に余る力であり、それ故に多くのモンスターマスター達はその力を使いこなす前に散っていった。
彼等モンスターマスターから見て、未完成・出来損ないと言われる自分でも、闘いに加わり勝利できたのも、一部の身体強化のみという出来損ないであったからこそ、能力を使いこなす・・・つまりは順応が早かったためと考え、己を知る・・・・という大昔の偉人の言葉が一瞬思い浮かんだラーディであった。
「いや・・・多分、それはない。向こうも今頃、順応しようと練習中のはずだ。時間を与えたのは、俺達に対する余裕だけじゃないのさ。より完璧になるため、竜の力をどこかで試してるはずだ」
「それじゃ、お前達はそれを知ってて、時間を与えてるのか?」
そう考えれば呑気とも思えるウェイブ達の行為に、その疑問は当然と言えた。装備の準備だけなら、あの一件の翌日には完了している。そして体調に関しても、魔法術師やマジックアイテムの類でどうにでもなる。にもかかわらず迅速な行動を起こさない現状は、自ら勝利の確率を減らしている様にしか見えなかった。
「実は、ほぼ勝ちは見えてるんだ」
「何?」
構えていた剣の切っ先を地面にあて、素っ気なくウェイブが言うと、ラーディは自分の耳を疑わずにはいられなかった。
「時間が経てば経つほど・・・・いや、奴が能力に順応すればするほど・・・ね」
この時ラーディは、勝利を宣言したはずのウェイブの表情が複雑なものへと変化しているのに気づいた。
「どういう事だ?」
「ん?・・・まぁ、あの遺跡で見つけた資料から推測した、モンスターマスターの『弱点』ってことかな。本当のことをいうと確定情報ではないから、あとは実戦の場で確証を得るしかないんだよ」
言って、その為の鍛錬とでもいうように再び剣を振り始めるウェイブ。
「で、それはいつになるんだ?」
「さぁね・・・・こっちから出向いてもいいけど、森で他のモンスターと出くわして消耗するのも面白くないないからね。それに、どこへ行けばいいかも判らない。ならここで、向こうから来るのを待つ方がいいさ」
「まさか、ここを戦場にするつもりか?」
彼等とモンスターマスター達の闘いと闘い跡を幾つか目撃しているラーディは、その戦火が街中で生じた際の被害の大きさを危惧した。
「まさか、向こうにその気がなければ大丈夫だよ。来たら同意の上で場所を変えるさ」
「応じるか?向こうが罠を用意しているとでも思ったら・・・・」
「向こうは最強に類する力を手に入れた・・・・と、思ってる。その余裕から多少の罠はハンデと思って受け入れるさ」
「しかしあいつは、油断が敗北に至る事を間近で見てきたはずだ。そこまで自惚れるとは思えないが・・・・」
「そりゃ油断はしないだろ。だけど手に入れたのはドラゴンだ。抑えようとしても抑えられない優越感はあるはずだ。多少の罠は食い破れる自信が絶対にある」
ラーディはそうした意見に明確に反論できなかった。それはモンスターマスターとなった仲間の多くが、その力に慢心していくのを実際に見てきたがためである。
「すまない・・・・・」
「あん?」
予想の範疇外の言葉を耳にして、剣を振るっていたウェイブの手が止まった。
「本来は全く関係ない事に、お前達を巻き込んだ。あまつさえ、その後始末まで完全に任せてしまっている・・・」
「ああ、それは気にしなくていいさ。最初に連中の仲間と遭遇して倒した時点で、連中のプライドに傷をつけてしまったんだ。ここに立ち寄らなくても争いにはなってたと思う」
「しかし・・・」
「それにな、モンスターマスターの技術は魔王の力を越えるべく研究された物の一端だ。魔王の血族である俺達と巡り会うのは意外と運命だったのかもしれないだろ」
「何?」
このウェイブの呟きは、声の小ささと再び振り始めた剣の風を切る音に掻き消されて、はっきりとはラーディの耳には届くことはなく、以降、彼も剣を振るう事に集中し、口を開くことはなかった。
翌朝、早くもなく遅くもない時間。朝食を済ませひとごごちつき、一般の者であれば、これから畑仕事でも行おうかという時間帯に、事は起きた。
コンコン
「は~い」
軽いノックに呼ばれ、ラーディの来訪かと思ったサナが自宅のドアを開ける。そしてその先にいる人物を見た途端、彼女の思考は凍り付いた。
「・・・・・セイム・・・・」
この日が来るのは覚悟していた。が、こうも日常的感覚で訪れるとは思ってもいなかった彼女は、次のリアクションを行えず硬直したままとなっていた。
「ここに居るんだろ?呼んでくれないか」
サナの様子を気にもとめず、確証をもってセイムがいった。
「ああ、来たか・・・」
サナの背後で声がした。来客の対応に出たサナの様子がおかしいのに、いち早く気づいたウェイブが、のぞき込んで相手の存在を知ったのだが、こちらも古くからの来訪者を待っていたような口調で応じていた。
「そろそろ良いだろ?」
「ああ、時間をくれたおかげでそれなりに準備と覚悟はできてるよ。すぐ行くから外で待っててくれ」
「いいだろう・・・」
間にいるサナの存在を無視して会話が進み、双方が一旦さがると、ようやく正気に戻った彼女が、ウェイブの後を追った。
「奴が来た」
「そう」
「わかった」
ウェイブの報を受けたカレンとタールも、待っていたかのように手早く装備を準備し始める。
「ちょっと、なんで冷静に支度してるのよ!非常識にもいきなり訪問してきたのよ・・・」
慌てている自分がおかしいのではないかと思ってしまう程、三人は冷静であった。いや、冷静すぎるように見えた。
「なんでって・・・・あの時、時間と待ち合わせ場所を約束してなかったし、連絡方法も打ち合わせてなかったじゃない。だったら向こうから誘ってくるのが普通でしょ」
しれっとカレンが答える。
「そ、探すアテのなかった俺達と、心当たりのある奴となら、向こうから出向くしかないだろ」
鎧を装着しながらタールもその意見に同意する。
「でも、こんな堂々と・・・・」
「それだけの自信があるんだよ」
相手の非常識さを疑うサナに、ウェイブはその一言で黙らせると、少し引きつった笑みを浮かべる。
「勝算はあってもきつそうだ・・・・」
自笑した彼は、手にした二本の剣を両腰に装着すると全ての準備を終え、残る二人の様子を伺った。
既にカレンは魔鎧ミファールを装備し終えており、一番手間のかかる重装鎧のタールが、遅れて最後となる脚部のパーツを取り付けている所であった。
少しして全員の装備が整うと、一同は揃ってサナの家を出る。
心の片隅で、直後に攻撃でも受けないかと考えたサナは、僅かに身を竦ませたが、それは杞憂に終わり、四人は家の前にて対峙した。
時間帯の事もあってか、周囲に人通りは少なかったが、余所者であり注目されている人物でもあるウェイブ達が何者かと向き合っている光景は、通りがかりの目を引き、それがすぐに異常事態である事を認識させ、その足を止めさせる。
そしてそれは他者の注意を呼び集める事になり、その数は徐々に増える傾向を見せ始める。
「さて・・・と、場所を変えることを提案したいんだが応じてくれるか?」
周囲に視線を向けウェイブが告げると、セイムはあっさりと頷いた。
「ああ、そのつもりだ」
「どこか、いい場所はあるかい?地元民さん」
「なんだ、用意してないのか?」
てっきり自分達の闘いやすい空間を準備していると思っていたセイムは、その問いかけに意外そうな顔をして見せた。それが相手の余裕とも感じられたが、下手な小細工は通用しないと理解しているのかもしれないとも考え、それに対する真意の追究は避け、尋ねられた件に対する答えを模索し、すぐさま結論に至った。
「なら、我々がアジトに使っていた遺跡の周辺にしよう。発掘で木々の伐採も広範囲に至ってる上に、もはや住む者もいない。この計画の発祥の地で決着をつけるのもいいだろ」
「了解した。行こうか・・・」
ウェイブ達も、そこに相手の罠があるとは微塵も考えずに応じると、一行は揃って門の方へと歩き出す。
集まりだしていた人々は、これから何が起きるか判りつつも、その日常の一風景としか思えない様子に戸惑い、ただそれを見送るだけであった。
一行は、周囲の地形に詳しいセイムの先導のもと、黙々と森の中を進んでいた。
思惑の違いはあったものの、双方に目的地に着く前に仕掛けるという思いはまったくなく、眼前に敵を見据えながらも殺気のない珍妙な歩みが続いた。
「セイム・・・・」
歩みの中、ふとカレンが声を放つと、振り返ることなく問われた者が応じた。
「何だ?」
「貴方のその技術、偶然的な発見なのでしょ?何のためにその手にしたの?」
「自分の居場所を守るためさ」
「居場所?」
「あの街だ・・・」
それは生まれ故郷を守るという、ごく自然の返答である。
「なら、何故、その街の人を犠牲にするような真似をしたのよ」
「判ってて聞いてるんだろ?あの遺跡で見つけた文献はあまりに断片的だったからさ。それを完成させるには相応の実験が必要だったのさ」
「実験?犠牲だろ」
「そう、必要な犠牲だ」
皮肉っぽくいったタールの言葉をセイムは訂正しなかった。
「強いる側の常套句のような言葉よね」
「僅かな期間しか滞在しかしていない余所者に何が判る!」
カレンの皮肉に、セイムが唐突に声を荒げた。
「あの街は常にモンスター達の影に怯えているんだ。毎年必ずといっていい程、犠牲者が出る。そんな環境で生き残るには力が必要なのは当然だろ」
「そして求めたのが、そのモンスターの力か・・・・」
ウェイブは、ただの武具の威力だけでは追いつかない深刻さがそこにあるのだろう事を思わずにはいられなかった。
「今更ながらに聞くけど、貴方は発掘したそれが、どんな技術か本当に理解しているの?」
カレンは同じ『資料』を把握した者として、相手との差を確認する意味も込め、事の核心と言ってもいいだろう疑問を投げかけた。
「ああ、古種ライカンスロープ創造を根元とする技術さ。人の中に他の生物的特徴を含ませ、発現させる・・・・他のモンスターマスター達はライカンスロープと大差ない存在だったが、俺とレギアスは違う。より進んだ、複数種の力を同時発現させる事のできる存在さ」
「ぶっちゃけ、化物になったわけだ・・・」
タールがまたも露骨に皮肉った。
「確かに、理解出来ない人間にはその一言で片づけるしかないな」
「それで、理解できた貴方は、人の身体をそんな風にして、弊害が生じるとは考えなかったの」
研究者なら必ず直面するだろう問題をどうとらえているのか?その点をカレンは聞きたかった。
「もちろん考えたさ。だからこそ尊い犠牲が出てしまった・・・・だが、それは無駄じゃなかった。おかげでレギアス・・・そして俺という完成体が生まれた。この成功を基に全員がモンスターマスターの力を得れば、街はもう、外のモンスターを恐れる必要性がなくなること疑いない」
「自分が・・・・完成体と思っているの?本当に・・・」
完全に相手が間違っている事を確信し、静かに、そして重々しい口調でカレンが問う。
「もちろんだ。ドラゴンを含め数種のモンスターの力を操り、数日経過した今も拒絶反応も起こしていない。これが成功いや、完成でなくて何だというんだ」
「そう思うなら、他人に無理矢理その力を押しつけずに、完璧な力を持つ貴方が街を守ればいいじゃない」
「そうそう、目的がそれなら、俺達と闘う意味もないだろ」
軽い口調でウェイブも同意するが、これは本心からでた言葉でもある。
「意味か・・・・意味はある」
平和的意見に対し、首を横に振り、セイムは言葉を続けた。
「この技術は本来、魔王を越える存在の創造だったという・・・当時の研究がどれ程のものだったのか、そして残された技術を全て解析したとは俺も正直分からない。だが、最強を目指した技術であるが故に、少なくとも人間に負ける事など許されない。試作だったとはいえ、多くのモンスターマスター達を倒してきたお前達を倒さなければ、俺は完成体である事を自負していても、証明にはならないんだよ」
「ふん、それっぽい事を言ってるけど、行き着くところ復讐だろ?」
「いや、復讐ってのも口実さ。つまるところ、得た力を実戦で思いっきり使ってみたいのさ。その為には、強い獲物が必要不可欠ってわけさ」
タールの愚痴をウェイブが訂正し、その当人を見据えた。
「そう解釈したければそうすればいいさ。見解の相違などこれから闘う者には些細な事だ」
「はぁ・・・やってる事が尋常じゃないくせに、事の動機がまっとうだから始末に負えないな」
街を守る・・・全てはこれが発端のはずだった。だが、そのために悪魔に魂を売ったような行いをするセイムではあったが、彼はその目的が一途であり、正当性を信じるが故に、常軌を逸脱した行いにも迷いを生じさせなかったのである。
「ああ、もう少し別の方法は見つけられなかったのかね」
あからさまな非難をセイムは鼻で笑って一蹴した。
「はっ、日々鍛錬しろとでも?外壁を強化しろって?そんな悠長な事をしていられるものか・・・樹海の深部・・・この絶望的環境で人が生きて行くには、周囲のモンスターと同等以上の力が必要と何故判らない・・・・いや、平穏な外で過ごす余所者には判らない話なんだろうな」
あくまで同意が成らない事に、セイムは苛ついた声をあげる。それは、遥か以前から街で行われた行為であり、彼の中では、ある種の徒労の代名詞でもあった。
「でも、人として生きて行きたいなら、モンスターマスターの事は忘れた方がいいわ」
「今更何をいう。利用できる力は利用する。人はこの知恵と工夫でこれまでの歴史を歩んできたんだ。モンスターの力だけは何故利用してはいけない?」
「その利用方法が間違っているのよ・・・・」
「いいや、この技術は無敵だ!」
確たる意志のこもった一言に、カレンは論点の相違を実感していた。これではいくら言っても己の信じた道を変えようとはせず、他人の指摘に耳を貸さないのが容易に予想できた。
もはや戦闘は不可避と全員が諦め、ウェイブ達はその場で足を止める。
セイムはそのまま歩みを続け、距離がそこそこ開いたのを感覚で察してからゆっくりと振り向いた。
距離を置いて対峙する双方。
そこは戦闘場所として合意した遺跡周辺地であり、会話の間に到達しているのである。
「・・・・・さて、いよいよだな」
「ルールは決めないのか?」
「必要ない・・・・これまで同様、死んだ方の・・・・負けだっ!」
出来れば命のやり取りは避けたい意向であったが、セイムはそれを認めず駆けて向かってくると、ウェイブとタールもやむなしと腹をくくって手に武器を持ち走り出す。
見る間に互いの距離が縮まり、半分に達したかと思うと、ウェイブとタールの二人が左右に散った。注意を分散させる意図ではない。二人が別れた直後、その後を追うように直進していた火炎がセイムに襲いかかったのである。
事前打ち合わせなどない。二人が先行した瞬間、カレンがその背に、正確にはその先に向けて火炎の魔法を放ったのである。二人は背後で感じた『熱』によって火炎の発生を関知し、左右に回避したのである。
こうして闘いの火蓋はカレンの奇襲で始まり、相手に向かっていたセイムは回避のタイミングを半瞬逃し、その身で炎を受ける事になる。
「これで逝ってくれれば楽なんだけ・・・・・どっ!」
自分で言ったその言葉を信じていないカレンが、目標に命中し火球となったセイムに向けて両手を突きだし、掌から二本の光の矢を放った。
だがやはり事は楽には済まない。炎の球は突如、内側からの力に弾かれ散り散りとなり、中から服の大半を焦がしながらも無傷なセイムが姿を現し、背から生やしたコウモリに似た羽をはばたかせた。これがまとわりつく炎を吹き散らしたのである。そして迫る光の矢を身を傾けてやり過ごす。
そこへ颯爽とウェイブが駆けつけ側面から剣を突き入れようとする。セイムは両手の甲を見せつけるかのような構えをすると両腕に埋め込まれた計八つの宝玉の一つを光らせたかと思うと、ウェイブ側の左腕で剣を受け止めた。
「!?」
表層的には肉体の変化は見受けられなかった。だが彼の剣は手加減していないにもかかわらず、皮膚を裂くことも適わずに終わった。その際の手応えに、彼は甲良のようなモノに斬りかかった様な感覚を覚える。
しかし深くは考えない。余計な思考は行動を抑制し、瞬時の判断を鈍らせてしまう。特に敵の眼前では自殺行為にも等しく。次の攻撃も有効には至らないと察した彼は、連撃を中止して早々に後退した。
これを追撃するのはセイムには容易な事ではあったが、彼はそうはせず、反対側から来るだろうタールに備えて振り返る。
彼は僅かな時間ではあったが、相手の・・・彼等の闘い方を直に見てきている。一度だけではあったが、全員の連携した闘いも目撃した。そうして得た情報から、こうした状況下においては、かなりの高確立で、タールとウェイブの左右同時あるいは時間差攻撃が加えられると判断したのである。
そしてその予想は概ね正しかった。タールは予想通り攻撃に入っていたが、それはお得意ともいえるヘビー・シックルによる近接攻撃ではなく、距離を置いた場所からの矢による攻撃であった。
常人では数人がかりでも引くこともままならない鉄弓から放たれた矢が、凄まじい勢いでセイムに迫っていた。
振り向いた途端、迫る矢を見て彼は慌てて身を捻り、矢の直撃をかわすと、少し予想外だった攻撃を行ったタールを見やった。
タールもこれには不本意の様で、少し不満そうな表情であったがすぐに次の矢を弓に添え、第二発目を放とうとしていた。
放たれる瞬間が目撃できれば、避ける事はそう難しくはない。セイムがそう思ったのも束の間、タールの矢に合わせて、カレンも光の矢を放ち二方向からの攻撃に入っていた。
それはまったく同じタイミングで放たれた物ではなく、タールの矢の回避行動に入った瞬間を狙った時間差攻撃であった。
「小賢しい!」
連続した攻撃が目標を捕らえる事は失敗したものの、二回の回避行動は明確な動作の隙となって現れ、それを待っていたウェイブが再び剣を大きく振り上げ迫った。
タイミング的にこれは回避できないと判断したセイムは、再び腕の宝玉を輝かせて、得たモンスターの力を発現させ、腕に宿ったその力をもって振り下ろされた剣を受け止めた。
「残念」
並のモンスターマスターであれば、防御が間に合わず致命傷であっただろう。だが、より早く、効率的に能力行使できる彼の前に、そうした隙は皆無であった。
「だが、相手に哀れんで貰おうとは思っていないさ!」
眼前のウェイブに、攻撃失敗の焦燥感はなかった。それどころか逆に太々しさが見え隠れしていた。
「!」
この瞬間、ウェイブが両手で剣を扱っていた事に気づくセイム。記憶では常に彼は二刀流であり、今も二本目は腰の鞘に収まっており主旨替えしたわけでないことを物語っている。両手保持による威力重視という考え方もあったが、それにしては受けた衝撃も軽い事にも気づく。
それが意味するもの・・・それは、今の一撃は囮であり本命が存在する。
それを察した瞬間、彼の腹部に強い衝撃が生じた。
「ふっ!」
ちょっとしたボディブローにセイムが軽く息を詰まらせる。ウェイブがフリーにした左手から放った気孔弾によるものだ。しかもそれは一発に止まらなかった。
「せりゃぁぁぁ!!!!」
命中させる事に成功した彼は、その機を逃さず、断続的に気孔弾を放ち続けたのである。並のモンスターであれば致死に至る一発一発が的確にセイムの腹部を捉え、その威力によって彼の身体が後退し、浮き上がる。
もちろん近距離で着弾している以上、その衝撃によるダメージは少なからず術者にも及んでいたが、それにもかまわずウェイブは攻撃を続け、最後に一回り大きい気孔弾を叩きつけて相手を弾き飛ばすと、軽くふらついた状態のまま背後のカレンに視線を送った。
「カレンやれ!」
「判ってる!」
言われる前に彼女はアクションに入っていた。
呪文を込めていた六牙の杖を上下逆さまに持ち、その先端を地面に叩きつけると、先端に込められた魔法が地面を疾走し、セイムの着地予想地点一帯を大きく爆破した。
「くぁっ!!」
下方から吹き上げた爆風と、それに伴う石の礫によって、セイムの身体は大きく跳ね上げられる。
「タール!今度は当てろ!」
「うるさいぃっ!」
怒鳴り返しながらタールは用意していた矢を三本同時に放った。
「!」
大きくバランスを崩していたセイムに避ける暇はなかった。矢は一本が外れたものの、残る二本が右肩と左脇腹に命中し、初の出血をもたらした。
「~~~~~~!!!」
セイムはそのまま落下する直前、翼を羽ばたかせ上方へと移動し、三人を眼下におさめる位置に移動する。
「無傷・・・・ではいられないとは予想していたが、こんな形でダメージをうけるとはな・・・」
自身の肩と脇腹を貫いている矢を見て、セイムが悔しそうに呟いたかと思うと、矢を強引に抜き取って捨てる。その強引なやり方に、傷口が広がった事も意に介さず、彼は相手に明確な憎悪の念を向ける。
「あ~あ、本格的に怒らせたな。今ので頭を射抜いてりゃめでたしめでたしだったのに・・・」
見上げて苦笑いを見せるウェイブ。
「当てただけで快挙と誉めろ!実戦では始めての弓だぞ」
新たな弓を用意してタールが反論する。そうしている間にもセイムの腕の宝玉が輝いて能力を発揮し、彼の受けたダメージを見る間に修復していた。
「やっぱり一撃必殺でなけりゃダメか・・・」
それは想定内の事態ではあった。「技術」にセイムによる多少のアレンジや解釈が加わっていたとしても、基本的には遺跡の資料が基となっている以上、その能力の予想は容易であった。
人間の形態のままの能力の行使。これはレギアスと同様かと思えたが、背の羽以外に形状変化を起こさないでいる点が異なっている。
複数のモンスターの能力や体質をその身に同化させ、それら能力を必要に応じて必要な箇所にのみ発現させ、また、各特性を混合させた全身変化が可能なレギアスに対し、セイムはモンスターを封じた宝玉を身体に埋め込み、宝玉経由でその能力を自由に行使し、行使内容によっては肉体の形状変化も起こさずに済む形式となっていた。
無論、レギアスとは異なる手法を用いたのには理由がある。
やや特殊なレギアスを含めたこれまでのモンスターマスターは、簡単に言えば人の身体にモンスターの特性を同化させる手法であり、異なる種の融合となるため、大小に関わらず肉体の拒絶反応がどうしても生じてしまう。
それを起こさせないために古代の魔法薬・呪法等を用いて拒絶反応を抑える訳だが、同じ人間同士の臓器移植であっても拒絶反応が起きるのだから、他生物とのそれが成功する可能性は極めて低いのは当然であり、また手法そのもののが体質に合わない者も多い。
彼等の「失敗」の原因の大半がこれに起因する。
セイムは、自身の体質がモンスターマスター計画には向いていない事をかなり早くの段階で把握しており、その代行案を模索した。そして行き着いたのが、技術の一端を応用し、魔法・呪術をより多く用いた、この手法であった。
レギアス達が肉体そのものに任意の能力を融合させているのに対し、彼は能力そのものは宝玉に封じ込め、必要時に能力を憑依させるという精神的面の高い融合手法であった。
その結果、肉体的変化があまり生じないにも関わらず、やりようによってはレギアス以上に多彩な能力を扱える可能性を持った存在が誕生したのである。
現在、彼が手中に収めているモンスターは宝玉の数の八種。全ては闘いに必要と思わしき能力を持ったモンスター達ばかりで、再生能力もそのうちの一つが関与している。
先日カレンがこの遺跡で得た『宝玉』によって、これらの情報は得ていたため、現状に対する必要以上の動揺はなく、実際に能力の一端を体感した現在においても勝算はあったものの、楽に行かないことだけは確実だと一同は改めて実感した。
「どうした?俺はまだ、たいしたダメージも受けてないぞ」
「みりゃ判る」
矢を目一杯引いて、タールが応じた。
「それはよかった。今ので勝った気になられては、少し気が悪かったからな」
「それじゃ第2ラウンド開始だな」
「ああ・・」
セイムが応じた瞬間、タールが指を離し、抑えていた矢を放つ。同時にカレンとウェイブもそれぞれ気弾と魔法を放って対空攻撃を開始する。
「ふん」
セイムは含みある笑みをもらし身を翻すと、素早く滞空していた場所から降下して三人の攻撃を避けると、まっしぐらにタールに迫った。
「!?」
「あんたの矢は、当たればキツイが、他の二人より精度と連射性がいまいちなんだよな」
彼はもともとタールが弓を使う戦士ではないと知っている。こうして上空に距離をおいた状況に対応するための臨時装備である事を見抜き、未熟な相手を狙ったのである。
当てられれば冗談では済まない本来の武器はいま、彼の足下に転がっており、持ち変えるよりも接触の方が早いことが明確であった。
破壊力ナンバー1の彼をしとめるか深手を負わせれば、こちらのセイムの勝利は確たる物になる。そうした打算が、タールをターゲットに定めたのである。
「中途半端な腕じゃ、俺は捉えられないだろ!」
「ああ、だが、そっちから来てくれるのは好都合」
勝ち誇ったセイムに対し、タールは実に冷静に応じると、あっさりと手にしていた鉄弓をわきに投げ捨て、接近に合わせて左腕を突きだした。
空陸に関わらず、高速で動き回る相手を追って仕掛けるというのはタールの戦闘スタイルでは向いていない。だが、向こうから来てくれるのであれば話は別である。
「!?」
カウンターで迫るスパイク付きの盾にギョッとなり、タールの喉を掻きむしるつもりだった爪で受け止めるセイム。
爪とスパイクが絡み合って双方の動きが止まると、タールは素早く腕を捻ってセイムの関節を軽く極めて動きを制すると、すかさず右腕を繰り出した。
「くはぁ!?」
左脇腹周辺を強引に引き裂かれる様な痛みに、思わずセイムが唸り声を上げる。
タールは右手には逆手に持った短剣の柄が握られており、これが彼の身を切りつけたのである。そしてその刃の部分は、彼の腹部に取り残されており、先の矢のように身体に食い込んでいた。
「お前から預かった剣だ。返すぞ!」
言ってタールは残されていた柄を捨て、更に右拳で胸を殴りつけ、彼を突き飛ばした。
地面に叩きつけられながらも、腹部を見たセイムはタールの言葉に納得した。身体に残された刃は、かつてセルシオを名乗り同行していた際に渡した、毒素を含んだ石材で作り出した短剣であったのだ。
「やってくれる!」
セイムは刃を急いで引き抜くと、身体の修復と同時に解毒の能力も発現させ、異常が生じる前に処置を開始する。
傷が塞がるのを感じつつ、身を起こそうとする彼の頭上を影が覆った。
「!?」
カレンである。飛翔呪文で飛び上がり、相手の頭上を取ると、手にした六牙の杖を突きつける。セイムの生物としての本能が危機を察するのと同時に、杖の「牙」から六色の光が放たれた。
-六魔光弾-
六種の魔法の同時放出による攻撃。手法こそ単純ながら、破壊力絶大なそれをまともに受けるつもりのないセイムは、身体能力を全開にしてその場から離脱する。
咄嗟の脱出に辛うじて成功した彼は、ターゲットを上空の魔女に変更したが、回避される事を見越していた彼女は、杖を持っていない側の手の指先で魔法陣を描いていた。
(マニュキュア封入の魔法!)
セイムがそれを認識したと同時に、魔法陣から雷が放たれ、彼を直撃した。
「ふぅぅぅっ!!」
その攻撃にも彼の肉体は耐えて見せた。が、電撃によるダメージは少なからず筋肉の俊敏な動きを阻害する。
「くらえぇ~~!!!」
「うぉぉぉ!!!」
ここぞとばかりにウェイブが気孔弾を乱射し、その爆心点にタールがヘビー・シックルを構えて突撃する。
「く、くそっ!」
鈍る身体で気孔弾の雨を受け止め、そして隕石の直撃の様なタールの一撃を受け流しつつ強引に飛び上がったセイムは、僅かに生じた攻撃の間隙をついて、魔力に似た障壁を展開させると同時に、肉体の回復を再開し始める。
これが最後の闘いと割り切ってか、思い切りのよい一行の攻撃は、セイムの予測をいくばくか凌駕していたが、彼はまだ負けたとは思っていなかった。
実戦ならではなのか、彼等と闘う中でセイムは自分がより的確かつ素早く能力を使い始めている事を実感していた。今は押され気味だが、このまま闘いが長引けば長引くほど、自分はより完璧に力を使いこなせるだろう。
彼等は宿敵であり、当面の越えるべき目標であると同時に、良き教師・・・いや、生贄でもある。そう考えると、彼の中に余裕が生じ始めていた。
(絶対・・・勝てる!)
そう思った彼の思考は強制的に中断された。障壁の存在も無視して続けていたカレンとウェイブの攻撃が、障壁の耐久力を越えて貫通し、彼に襲いかかったのである。
「なんて奴らだ!・・・だが」
自分を化物扱しながら、それを辟易させる一行に対し、彼等こそがそう呼ばれるに相応しいと本気で思ったセイムは、余計な接近戦は避け、空中での中~長距離戦闘にスタイルを変更しだす。そしてもう少し身体が順応すれば、一気に攻勢に出ようと目論んだ。
これに直接対応できるカレンであったが、一人で対応する愚かさを知っており、単独で仕掛けようとはせず地表に降りると、ミファールを変形させ、肩部のパーツの表面積を飛躍的に増大させ、その表面に魚眼状の物体を多数浮き上がらせ、そこから魔法の光を無数に放ち始める。
カレンによるこの対空砲撃は熾烈を極めた、まるで複数人規模の魔法使いによる光の矢が断続的に放出され、縦横無尽に飛翔するセイムを狙い続ける。ウェイブもタイプの異なる攻撃として気孔弾の連射を行いたいところであったが、既にこれまで行った連射でそこそこ疲労していたため、体力温存のためカレンに一任していた。
セイムはとにかく回避し続ける。気を抜けが射抜かれ、余計なダメージを受けるため、反撃しようとして動きを鈍らせる事は避け、おそらくそう遠くはないだろう、相手の消耗を待つ事にした。どれ程の使い手で、上質の杖の助力があったところで、一個人がこれ程の魔法攻撃を行えば、その消耗度は格段に高くなるのは常識であった。
無理に対抗しようとせず、時間を待てば相手は疲弊し、逆に自分は強くなり勝率は高くなって、勝利は仮定の話ではなくなる。その証拠に彼の感覚は今も高まりを見せていた。
地表からの攻撃をかわし続けるという行程はしばらく続いたものの、それは双方が打ち合わせたかのようなタイミングで突如停止した。
「な・・・なんだっ・・これは?」
それはセイム側に起因した出来事だった。
空中での高速回避を続けていた彼は、突如、身体の異変を感じ地表に着地した。
それを見て、カレンは事態を悟り、攻撃を中止したのだ。
「始まっちゃったわね・・・・」
「な・・・に?」
自分が把握していない事態を知っているかのようなカレンの発言に、セイムが戸惑いの目を向ける。今尚、彼の異変は続いており、妙な筋肉・皮膚の脈動が続いていた。
最初は異変ではなかった。カレンの攻撃を回避し続けているだけで肉体と精神の一体感が高まる感覚があった。それが最高潮になったと思った瞬間、異変が始まったのである。
意識もしていないのに宝玉が輝きを続け、身体が肉体変化を起こそうとしては戻るのを無秩序に続けている。
「身体の順応が始まったのよ・・・・」
哀れむ様にカレンが言うと、セイムの目が明らかに当惑の色を見せた。
「順応・・・・だと?」
「ええ、順応・・・・体質の本格的変貌が始まったのよ」
「変貌?まさか・・・っ!」
「事実よ。今、貴方の身体で起きてるじゃない・・・・」
「何故だ・・・なぜ・・・」
セイムは今尚、自分の意志とは無関係に形を変えようとする自分の手を見ながら困惑した。
「貴方のその技術、モンスターマスターの創造術は、人と異種生物との融合技術を基本とする物。人の持たない生物的特性を得るために、他生物の細胞を混ぜ合わせている・・・それで、概ね間違いないわね」
確認するように尋ねるカレンに対し、セイムは無言のまま頷き、肯定する。
「でも、人の細胞はそうした他の細胞を異物と認識して拒絶反応を起こしてしまう。その身体の拒否反応を抑えるために、薬物・呪術を用いている・・・のよね?」
セイムは再び静かに頷く。
「その本来起こるべき肉体的拒絶が抑えられた結果、貴方の体は多種多様な力を得られたわけだけど、同時に、肉体はその複数の全く異なる特質をより効率良く扱えるように働き出したのよ」
「それが・・・順応だと・・・」
「そうよ、各生物の能力を効率よく使おうとする特性が、今の状態、つまりは『人』である事が効率的ではないと判断して、貴方の身体をその能力を行使するに相応しい存在に変化・・・いえ、進化させているのよ」
ここでカレンは僅かに言葉を選んだ。彼女の見解では、この状況は進化と言うよりは変異であり、遺跡で得た資料でもそのように記されていたが、当事者の心情を考慮して聞こえの良い表現にしたのだった。
「馬鹿なっ!」
しかしそれでも、セイムには衝撃的な事実に変わりはなかった。
「八種・・・だっけ?それだけのモンスターの能力を扱うには、人の身体では不便なのは当然じゃない。呪術の影響を受けている貴方の身体はより相応しく、効率のよい姿に、八種の特性を融和したモノに変わってしまうわ」
「変わる・・・俺が・・・・」
「どう変わるかは判らない。遺跡の資料にも明確には記されていなかったわ。選出する特性次第なんだから予測できないのは当然ね。獣人か、合成獣か、あるいは変化についていけずに死か・・・少なくとも、人の姿では在り得ないわ」
この事態に関しては、遺跡の資料の中でも危惧されていた。だがこれをセイムは把握していなかったのだ。それは断片的文献で得た資料と、宝玉によって直接脳で全てを把握した者の差であった。この危険性さえ知っていれば、彼も計画の変更を思案したかもしれない。
カレンは、この事実を知って以降、セイム達の行動を観察し、この問題点を知り得ていないと判断し、こうした肉体的異変が高確率で発生すると予測し、それに勝機を見出していた。だからこそ、相手の能力を多用させる事を目的とした戦闘を展開していたのである。そして彼等の目論見は成功した。
「今のあんたは、能力を自由に使えないし動くのもまともに出来ない・・・・少なくとも順応が終わる間はな・・・」
間近まで歩み寄ったタールが、ヘビー・シックルを構える。
「・・・・・」
無言のまま死刑執行任を見上げるセイム。戦略負けした以前に、自分の行い全てが失敗だった事実が彼の心を打ちのめしていた。
「俺達の勝ちだ・・・」
「待って!」
ヘビー・シックルが振り下ろされる直前、カレンが声を張り上げ、その動きを制した。
「何だよカレン」
「情けをかけるのか・・・俺は負けたんだ。あらゆる意味でな・・・殺せ・・」
セイムとタール。二人の視線が同時に彼女に向けられた。
「それで犠牲にした人達への謝罪にでもするの?貴方、尊い犠牲は街のためって言ったわよね?」
「・・・・・ああ」
既に首の周囲が変化し始めたのか、ぎこちない動きで首を縦に振るセイム。
「だったら、獣人になろうが魔獣になろうが、街を守りなさい!捨てる命なら、私達に捧げず街に捧げなさいよ」
「って、見逃すのか?」
カレンの思いも寄らぬ発言に、タールは途中で止めていた獲物を地面に置き、不服そうに言った。
「いいんじゃないか?向こうも負けを認めた。それって俺達が闘う必要性がなくなったって事だろ」
憮然とするタールの肩を剣の腹で叩き、それを鞘に収めて見せるウェイブ。
「セイム・・・・貴方がこの先、どんな姿になっても、その本来の目的を忘れず、「人」でいられたら、街の為に生きることね・・・・それが出来なければ、貴方は街の脅威であるモンスターの一匹に成り下がるだけよ」
人を捨てて力を欲したモンスターマスターに対し、精神的に人であるよう皮肉的に勧めたカレンは、相手の返事も待たずに背を向け歩みだす。
ウェイブとタールも、少しセイムの様子を眺め、全く動く様子を見せないと知るや、カレンを追って歩き出す。
「・・・どう思う?」
遺恨を残した感じがしてならないタールは、背後を気にしながら先を行く二人に声をかけた。
「さぁ?大丈夫じゃないか?」
「大丈夫でしょ」
「ずいぶんと投げやりに聞こえるぞ・・・」
とはいえ、二人にもそれ以上の言い様がないのも事実であった。彼等にあるのは、セイムという人間が抱いていた、事に対する動機だけは正しいものだという認識であり、闘いの最中で交わした会話で、その根底の意志だけは揺るぎないだろうとした、漠然とした憶測しか無かった。
真の心情など、この世界で唯一無二の孤独な個体となり果てた当事者で無ければ解ろうはずもなく、彼等は自分達の思い描く人物像が正しいと信じたのだ。
当然ながら、選択肢の一つとして、今この場で災いの可能性を刈る事も出来たが、相手にも僅かながら正義が在るが故に手を下すのは忍びがたく、その良心の存在に賭ける事を選んだのである。
それは、自暴自棄になったセイムの襲撃が無かった事で示された・・・と、彼等は思った。
その様な曖昧な判断で終わったのは、彼等が街に滞在している間に、セイムのその後の行方が知れなかった事が要因であった。
事の顛末を知った者達の中からは、絶望して自害した仲間を引き合いにして同様の道を選んだ事を主張する者もいたが、サナやラーディなどはそれは間違ってもあり得ないと考えていた。
何しろ、彼は竜をも取り込んだのである。その基本的な生命力もさる事ながら、尋常でない再生能力をも兼ね備えた身で自害など出来るはずもなく、単なる自傷行為にしかならないと確信していた。
それこそが人間の身で生命を玩んだ者の酬いだとも思えたが、これも一個人の主観でしかない。確実のなのは、セイムにとっての今後の生が平穏で済ませられるはずがないという事であった。