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2014/03/04(火)に投稿された記事
第4章 ウェイブ編 1-9 -譲られた勝利-
投稿日時:21:48:56|コメント:1件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
今いただいているのは、ここまでで、とりあえずおしまい。
その威力は凄まじく、刀身が何かに接触するたびに凄まじいスパークが発生し、対象に多大なダメージを与えて、脆い物は消し炭へと変貌させていた。
刀身にエネルギーを付与する点では同じである『雷の剣』と『気の剣』が接触する都度、放電と気の拡散が生じ、二人の対峙に部外者の乱入を拒むような場が自然と形成されていく。
激しい剣のぶつかり合いは、素人目にはほぼ互角と判断されている事だろう。だが、当事者だけは、自身の不利な部分を正確に痛感し、それを補う行為に苦慮しながら闘いを続けていたのだ。
(意外と辛い!)
ウェイブは苦手とする、気を刀身に込めて維持する技法で、本来なら刀身を伝って来るだろう電撃を阻んでいたが、その行為にかなりの精神力を要され、必要以上の消耗を余儀なくされつつ、剣の衝突の度に霧散してしまいそうな気を必死に抑え維持するのに懸命になっていた。
(我が命の刃を、ここまで退けるか)
そしてダインも『雷の剣』を形成するだけで、自身の活動を維持するために必要なエネルギーを浪費しており、その行為は、補充が行えないこの世界においては、まさに命を削った闘法と言って過言ではなかった。
こうして似たリスクを背負って闘いを繰り広げる両者であったが、相手の窮状を知らず、現状のまま持久戦になった場合、どうしても敗北色が濃いと意識するウェイブに迷いが生じ、それはそのまま結果に結びついた。
「つぅっ!!」
ウェイブの表情が苦痛に歪んだ。交差する剣の間隙を縫ってダインの剣が繰り出され、その切っ先が左腕を僅かに掠めたのである。通常の斬撃ならば意に介す必要もない傷であったが、雷はそんな僅かな接触にも容赦なく襲いかかり、彼の左腕全体が瞬時に麻痺した。
これによって彼の剣に込められた気のバランスは安定を失ってしまい、そこへダインは更なる追い打ちをかける。
「くそっ!」
ウェイブは咄嗟に相手との間合いを詰め、体当たり同然に接触し、辛うじて剣との接触を避けると、動く右腕を相手の左脇に潜り込ませ、強引に放り投げようと試みた。
だがその時、ただでさえ安定を失っていた気の集中が、その行為によって完璧に崩れ、刀身に込められていた気が暴発した。
それは霧散の一種であり、以前のキーン戦で起こしたのと同じ現象であった。
あの時と比べれば、使用された気の量が異なっているため、暴発の規模は小さかったが、至近距離にいた二人が無事で済むような物でもなかった。
「ぐぁっ!」
「おぉ!?」
予期せぬ衝撃に、二人は揃って地面を転がった。
「~~~~っ、剣はっ・・・折れてないっ!」
そんな中、手放さなかった右手の剣が無事である事を確認したウェイブは、まだ痺れの残る左腕を振るって地面を叩き、無理矢理体勢を整えると、剣を突き立てダインに向かって突進した。
「死中に活を求めるか、剣士よ!」
ダインもまた獣の様に四肢を踏ん張って、転倒から立ち直ると、迫る敵に対して同様に剣を突き出す。
「!」
剣が交差する最中、相手の切っ先の軌道が心臓にあると見抜いたウェイブは、右手首を僅かに捻って剣先を揺らし、その切っ先を接触させて軌道を僅かに変更させた。が、それでも構わずダインは剣を突き、身体への直撃を狙う。
剣の接触時に電撃のダメージを受けることを覚悟していたウェイブだったが、彼にとっては幸運な事に、気と同様に相手の剣にも雷は消えており、幸いにして接触によるダメージは逃れる事ができ、結果、不完全ながら彼は、更なる対応を取ることができた。
ウェイブは回復も不十分な左掌で相手の剣を受けるような態勢をとると、素早く気孔弾を作り出し、それを用いて剣先を受けた。
「!?」
一瞬の出来事だった。ダインの剣は一瞬軋みを起こしたかと思うと、所有者の突き出す力と気の塊のプレスに耐えかね、刀身中央から砕けて折れた。
「ぬぅぅ!!」
だがそれでもダインの闘志までは折れてはいなかった。彼は剣が砕けたことも意に介さないかのように、強引に身体を捻って肩幅を利用し、失ったリーチを補うかたちで、折れた刀身をウェイブに突き立てた。
「くぅっ!」
力で圧しきった攻撃は左肩口付近を直撃し、ウェイブの表情を苦痛で歪めさせる。幸いだったのは剣が折れた事で切っ先が失われ、加えて鎧の防御もあって刀身が十分に貫通せず、打撃に等しいダメージに止まった事だった。
そして何より、同時に繰り出していたウェイブの剣が、相手の頭部の右側にヒットし、頭部の一部を砕くという結果をもたらしていたため、相手の一撃の威力を大きく減退させていた。
(相打ちぃ!)
ウェイブは思った。そしてすぐさま次の攻撃に移ろうと考えた矢先、横合いから繰り出されたダインの左拳が彼の身体を横殴りした。
モーニングスターの様な鉄の塊を叩きつけられた衝撃を受けた彼は、それに耐えきれず、身体は大きく弾け飛んだ。
すぐさま打撃を受けた右脇腹が痛み、肋骨に異常が生じた事を身体に伝える。
これは致命的だ。
否応なしにウェイブがそう判断し、両者が僅かな間合いで視線を交えたその瞬間、横合いから唐突に飛来した幾本もの光の矢が、両者の動きを牽制した。
「ウェイブ!」
その乱入者はアニィであった。周囲の避難を終わらせ戦場に駆けつけるや否や、痛恨の一撃を受けた彼の姿を目撃し、思わず手を出してしまったのだった。
彼女は既に新たな光の弓矢を構築し、その先端をダインに向け構えていた。
「やめろアニィっ!」
激痛を堪えて立ち上がったウェイブは、実力の差が大きい相手に敵対する彼女の行為そのものより、勝負に乱入しようとする行為に対して叫んでいたが、既にダインのパートナーであるニンベルクは、この行為によって『決闘』が破棄されたと見なし、応戦態勢に入っていた。
「やめよ!ニンベルク!」
ダインもまたパートナーの勇み足を制するために動き、二人は互いに仲間の攻撃から相手側を庇うような態勢を取る形となった。
「「!?」」
アニィとニンベルクは当然のごとく仰天したが、既に両者は攻撃の態勢に入っており、それを止めようが無かった。
「ちょ、ちょっとっ!」
放った光の矢の進路にウェイブが割り込んだ事で、アニィは慌てて魔法の矢を操作してその進路を辛うじて変更したが、その報復としてニンベルクが額の角から放った電撃はそう言った融通が利くものではなかった。
アニィを狙った電撃の間に、主であるダインが割り込んだ事でニンベルクは慌てて電撃の放出を止めたが、既に放出されたエネルギーは止まる事を知らず、容赦なくダインを直撃する。
「ぬおっ!」
全体がほぼ金属質とも言えるダインの身体に激しいスパークが発生し、その余波で近場にいたウェイブが転倒するが、直接的なダメージは受けずにすんだ。
「お、おい、あんた!」
大半の生物にとっても致死に至るだろう電撃は、ダインにも痛烈なダメージを与え、さしもの彼も地に膝を着くと、ウェイブは思わず彼に駆け寄った。
「・・・・剣士ウェイブ、私の負けだな」
近づく相手に、ダインは顔を向けて不自然ながらも苦笑いの表情を見せる。
「何がっ!勝負としては俺の負けだ、今のがなけりゃ、決着は真逆だった」
あまりに唐突な宣言に、ウェイブは思わず否定し、自身の敗北を認めた。
「闘いとはかような物だ。仲間を始めとする多くのあらゆる要素、そして不意な出来後、・・・・それらによって我は敗北したのだ」
折れた剣を地面に突き立て、よろめく身体をで支えようとするダインであったが、その支えとなるべき刀身が崩れ、彼は手によってそれを支えるが、それも弱々しい姿であった。
「しかしっ・・・」
納得がいかないのはウェイブである。状況的に彼に逆転の要素は皆無であった。一撃を加えた直後に受けた逆撃のダメージは大きく、アニィの横槍があっても一時的な延命でしかなかったはずだったのだ。
「それでいい・・・良いのだ。結果は既に出た。我はこの結果で十分に満足している」
「それが、こんな決着でもか?」
「左様、最後の一瞬を全力で闘えたのだからな。むしろ我が儘につき合ってくれた貴公に感謝したい」
「我が儘?」
「貴公との勝負だ・・・・」
笑んで見せてダインは言葉を続ける。
「この地が、魔王の恐怖支配下でないという時点で、魔王の軍勢と闘うとする我が使命は失われている。だが、命尽きるまで闘う事だけが存在意義の我には『敵』が必要であった。有象無象ではない強敵が・・・・」
強敵。ダインは自分を評価していると悟り、ウェイブは複雑な心境となる。その様な評価は相応しくないと、今回の闘いで彼自身は思い知らされたのである。
「俺は・・・・」
「そう、未熟」
相手の心情を察しつつ、ダインは明言した。
「だが強敵だった。この判断は貴公がどう思おうが変わらんよ。故に心苦しくもあった。貴公が邪悪な存在であれば、我が心も気楽であったろう・・・我の与えられた使命は、邪悪な魔王とその下部を葬る事。されど、いざ対峙した者達は生きる事に純粋なだけの存在、本来、我が護るべきだろう存在であったのだから・・・」
「やっぱりあんたは、古代の、自分の意志を持つゴーレムの類なのか?」
その姿形、そして使命にこだわる姿勢から、ウェイブはそう判断する。
自我を持つゴーレム。常識的にはあり得ず、例外的に呪術により類似の存在を作り出せる者がいるという話を文献で知るウェイブであったが、目の前のそれはそうしたモノとは異なっていると感じ、そうした各種の状況から、目の前の存在が古代文明の産物だとほぼ確信した彼は、それを確認するように問うと、ダインは軽く首を縦に振った。
「そう思ってもらっていい。遙か昔の戦時において、困難な使命を的確に果たす為、我は古代の賢人によって生み出され、判断する意思をも与えらた。その意思が、お主の未来が惜しいと思ってしまった。つまりは、鍛錬を積み重ねた貴公と再び相見えたいと思ってしまったのだ」
それが彼を庇った理由となる我が儘だった。
「なら、回復させろよ。街に危害を与えないなら、何時でも、何度でも相手する。俺だって、こんな納得のいかない決着は望まない」
「申し出は嬉しいが、我はもう限界に近いのだ」
「その頭部の損傷か?」
人間であれば致命傷となる欠損部を見てウェイブは問うた。人・生物でないなら、モラレス達にも修復が可能ではないかと思い至ったのであるが、ダインはそうした思惑全てを否定するかのように首を横に振った。
「それも・・・ある。だが、それ以前に「命」その物が尽きかけているのだ」
「命?」
「人間的には何と説明すべきかな・・・・・例えるなら、我は体内に蓄えられた魔力によって維持されている。だが、その補給方法も遙か過去に失われ、残されたそれも、先の闘いで散々に放出させてしまった」
「なんて無茶を・・・・」
それが『雷の剣』である事を理解するウェイブ。
「貴公がそれを言うか?闘気士も似たようなモノであろう。ただ、補給の方法が在るか否かの違いだけだ」
ダインは様子を見に近づいて来ていたアニィとシルディに視線を向けた。
「この地の民衆達に詫びてくれ・・・・先入観により、魔王の配下と誤認し、一方的に脅やかした事を・・・」
謝意を伝えダインは、再び視線を生涯最後の敵に向けた。
「そして、剣士ウェイブ。命がけの我が儘につき合ってくれた事を・・・・心から感謝する」
彼は最後の力を振り絞るかのように立ち上がり、この世界で唯一の仲間に向き合った。
「最後に我が友ニンベルクよ・・・最後の命令だ。この世界で新たな主を見つけ、その力となるも、野に帰り生きていくも・・・・・好きにせよ」
それは今生の別れの言葉であると同時に、ニンベルクとの主従関係の終演を示すものでもあった。魔法契約的な関係もあったニンベルクは、哀しみを現すかのような大きな咆哮をあげると、その額の角が輝きだす。
雷を連想させる鋭角状だったそれは、光の放出と共に形を変え、一般的なユニコーンに見られる円錐状へと変化した。
「好きに・・・・せよ」
改めて一言告げると、ニンベルクは了承の意思を示すかのように頷いて見せると、街の外に向かって駆け出し、その姿は瞬く間に見えなくなった。
「あれ、大丈夫なの?」
その能力を見る限り、魔獣に匹敵する存在を野放しにする行為を、アニィが心配そうな表情をして見送った。
「ニンベルクはもともと飼育されたユニコーンと下級魔族との合成で生み出された存在。確かに魔獣級であろうが、その性質はどちらかというとユニコーンに準じる。自分が主と認めた者が邪悪で無ければ害はない」
そう述べるとダインは糸の切れた人形の様に、地面に崩れ落ちた。
「おいっ!」
「すまぬな、もはや限界だ。できれば勝者に我が愛剣でも託したかったが、それも適わぬ」
既に武器としての機能を果たせない剣を見て苦笑するダイン。
「あっても俺は受け取らない。そんな権利もないと思ってる」
「頑固者め・・・」
「あんたがその形式を成したいのなら、もう一度、改めて勝負して、白黒をはっきりさせろ」
「・・・・無茶を言う。では、来世に持ち越しとしよう・・・・それまで、勝負は預ける」
(フフ・・・来世などと・・・・我からそんな言葉が出ようとはな)
ダインはそれが自分の『未練』だと悟り、本来有り得ない感情を実感した彼は、それを不愉快とは逆の思いで満たしつつ、静かに意識を闇に沈めていった。
「おい・・・あんた?」
人間のように死の色が明確になった訳ではない。だが、どことなく瞳から生気のようなものが失われたのを感じたウェイブが、ダインの身体を揺すったが、もはやそれは単なる人型の物体でしかなかった。
こうして予期しようのなかった結界外からの乱入者による襲撃事件は、事の張本人が倒れた事で解決となった。
先だってのアニィ・シルディ救出の件もあり、街の住人にある程度名を知られていたウェイブは、この一件でその認知度を確固たるものとし、事を治めた当事者として、ちょっとした英雄扱いを受ける事となる。
だが、当事者たる彼は、譲って貰った勝利に喜べる心境には至れず、怪我の治療と称して早々に現場を立ち去るのだった。
その際、彼はダインの遺体を回収し、モラレスの元へと届けた。
彼が持ち前の探求心で、ダインを再生できるのではないかという期待があり、当人にも隠さずそれを告げたウェイブだった、やはり色好い返事は返ってこなかった。
「判らない部分が多すぎる」
好奇心いっぱいの瞳でダインを見たモラレスの第一声がそれだった。
魔王戦乱よりも更に過去の、古代文明期の技術である、その基礎すら把握していない者達の手に負える代物ではなかったのである。
それでも研究対象・素材となるのは間違いないようで、モラレスは欲しかった玩具を与えられた子供の様に、喜々としてダインの調査を始める事となる。
ウェイブにとっては、正々堂々闘った相手を興味本位に解剖されている気分ではあったが、万一の復活の可能性にも期待し、調査が終われば『死者』として弔ってもらうように依頼し、後を任せる形となる。
「後味悪い結果だったな・・・・」
シルディの回復魔法を受け、大半の怪我を回復させたウェイブは、モラレスの館の自室のベットに横渡り、窓越しにぼんやりと『彼』の飛び出して来た『結界壁』の方を眺めていた。
既に穴などは存在せず、変わらぬ様相の結界を見ていると、先程の騒動も夢のようにも思えてしまう。
「今回の騒動の事ですよね?」
体調に関し何か不都合があれば、すぐに対応できるようにと控えていたシルディが、その独り言に応じた。
「ああ、勝利を譲られたなんて、嫌な気分だ・・・」
「ですけど、古代のスケルトン・ウォーリアー相手に無事でいられたんですよ。それは誇れる事ですよ。一部の伝承では、古代の闘気士に対抗するための物だったらしいですから」
シルディもダインの素性を正確に知っている訳ではない。だが、残る古代の文献に、その旨の記載があるのを知っていた彼女は、話半分としても伝説級の存在と対峙して生きている彼を擁護するが、やはり当人には納得がいく様子は見られなかった。
「でもやっぱり、未熟を痛感する・・・」
と、その時、乱暴に部屋の扉が開かれたかと思うと、アニィがずかずかと乱入して来た。
「?」
「何、偉そうに言ってるのよ!」
クカァ~ン!
依然と暗い面持ちであるウェイブの顔面に、アニィは背後に隠し持っていた金たらいを叩きつける。
「ぶっ・・・あ?」
「アニィさん?」
「あなた、自分が最強とでも思ってたの?未熟当然!強い相手は多種多様!そんな自覚は千年早い!せめて魔王キーンに匹敵するくらいの伝説を作ってからにしなさいよ。あなたにはそのチャンスがあるのをまず、喜びなさい!」
ウェイブとは異なる不機嫌さを思いっきり顔に表したアニィが、仁王立ちの姿勢で彼を見下ろし、途切れることのない不満をぶつけた。
「そうですよ。あの闘いで無事であった事を喜んでください・・・」
彼女達二人の指摘は、ウェイブには耳の痛いところであった。
実力が魔王キーンに及びもしないことは既に体験している。それでいて並の実力者でもないという自信があったのも否めなかった。
言ってみれば稀な存在である闘気士という技能者故の、『強者』である自負があったわけだが、その要である「気」の駆使に関し、苦手な使い方による闘いを強いられた事で、本来は得意であったはずの剣技が十分に発揮できなかった事実に直面し、改めて全体的な面での未熟さを痛感させられた結果に至り、気落ちしていたのである。
これまでであれば、そうした技量が要される局面では、それを得意としていたタールがカバーしてくれていた。だが今は、完全に一人であり、今後も苦手な戦法で対処せざるを得ない状況が来るだろう事が容易に予想でき、それに対する焦りも少なからず生じていたのである。
今回、命があったのも、突き詰めれば目の前の二人の助力による所が大きい。感情をぶつけた指摘を受けて、今更ながらにそれを実感するウェイブだった。
「・・・・・・・・」
「な、何よ・・・」
「いや、二人の言うとおりだな・・・・ってね。今日はこっちが助けられたよ。本当に有り難う・・・・」
おもむろに起きあがって、いきなり礼を言い出すウェイブに対し、二人は対応に困って少し照れた様子を見せる。
(思えば二度助けられたか・・・・)
最初に空中戦を挑んだ時、そして最後に競り負けた時、どちらも致死に至ってもおかしくない状況であったのは明白であり、それを思えば命の借りができたようなものであった。
「それじゃ、お礼を求めても良いわよね?」
「礼?」
少し感傷に浸っていたウェイブを、アニィの一言が呼び戻した。
「脚、マッサージしてよ。今日、街の人の避難に走り回って、かなり疲れてるのよ。筋肉痛は嫌だから、マッサージしてよね」
そう宣言するや、アニィはウェイブをベットから引きずり降ろし、変わって自分の身体を俯せ状態で横たわらせた。
「ア、アニィさん、それはちょっと・・・」
少し図々しいと思ったシルディが、行為を諫めようとしたが、アニィは構わないと言った様子で要求を続けた。
「いいじゃない。命の恩人な・ん・だ・か・ら!」
恩着せがましくも聞こえるが、何となくウェイブに気分転換をさせようとする意図を察した彼は、そうした態度を不快に思う事なく、その要請に素直に応じると横たわっている脚を服越に揉み始める。
「これでいいか?」
マッサージ師の心得などないウェイブは、適当な感じで脚をマッサージしながら、具合を問う。
「う~ん、まぁまぁかな。あと、もうちょっと感謝の念を込めて、しっかりとしてよね」
アニィも実際にはマッサージを施して貰うほどの筋肉疲労はない。単に場の勢いで言い出し、状況の流れに乗って調子に乗っただけなのだが、それは徐々に勢いを増そうとしていた。
「まったく、年寄りか姑みたいな事を言って・・・」
「ほらほら、気を抜かないの。命の恩人に、それなりの誠意を見せてくれたら終わりにしてあげるから」
(私達にも命の借りはありますよぉ)
アニィの発言に、ジト汗を流したシルディが心の中でつっこんだ。
「・・・・かしこまりました。お嬢様。誠心誠意尽くさせていただきます」
もちろんその点はウェイブも気づいていた。だが、それを指摘して現状を終わらせる前に、こちらも遊び心で応じようと画策し、妙に芝居がかった口調で応じると、彼は身体をずらしてアニィの両太股辺りの上に負担にならないように腰を下ろし、指の骨を軽く鳴らして俯せ状態の彼女へと指を伸ばす。
「これで・・・いかがですか?」
「ほひゃっ! ふひゃっははははははははははは!ちょっ、ちょっ、ちょっははははははははっははあはははははは!」
心を悪戯心でウェイブの『誠意』が施された直後、アニィはけたたましい笑い声をあげて身を反らせた。彼の指は最も疲労しているはずの脚にではなく、両腰に回されその柔肉を絶妙とも言うべき力加減で揉みだしたのである。
調子に乗っていた事もあり、全く予期していなかった刺激にアニィは堪える間もなく悶絶し身体を左右に捻って身を起こそうと試みる。
「な、なになぁ~はっはははははひゃっはははははは!な、何を、なにしてっっっっひゃはははっははははははっあははははははは!」
脇腹の刺激に笑いを抑えられないまま、彼女は何度も身を捻るが、両太股に位置するウェイブの身体が重しとなって、その態勢を変化させる事が許されなかった。
「ひゃひっっひゃっっはははは、ダメッ、だっ、あ、あひゃっはははははははははは!」
脱出が困難と悟ったアニィは自由に動く両腕を腰に回し、自分を苦しめるウェイブの腕を腰から引き剥がそうと、あるいは指と腰の間に割り込ませて防御をしようと試みるも、彼女の手が彼の手首を掴んだり、指の間に割り込もうとすると、抵抗する事を戒めるように指はその動きをより激しくさせた。
「いやははははははは、あっ、あっ、あひはははあははははは、ひ、ひ、ひははは、な、何を、何ぉほほほほひゃはははは~~~~」
「何ってマッサージだよ。全身くまなく、丹念に揉み回してあげるから堪能して下さい。お・じょ・う・さ・ま」
あからさまに態度の大きさに対する報復である事を示す口調で語ると、ウェイブは意地悪くも自分の下で、逃げられずに藻掻く彼女に対する責めを続行する。
彼は腰を揉む動作を止めると、手をベッドと身体の間へと潜り込ませ、臍の両隣やや下のポイントを指でグリグリと刺激した。
「きゃぁぁぁぁ~~~~~!! いやっっははははははは、いやぁ~~~~っっひゃっっひゃっっひゃっははははははは!」
それは筋肉を揉みほぐすと言うよりは、筋肉の中にあるツボなどの刺激する類の刺激であり、先程とはまた異なるくすぐったい刺激となって、彼女の身体を駆けめぐった。
「うわっ、うわひゃひゃひゃひゃっっいひゃっははははははは! ちょっ、だめぇ、はひあひゃははははははははは!!!」
新たな部位に生じた刺激も堪えようのないくすぐったさであり、またも彼女の身体はそれから脱しようと、ほとんど反射的に藻掻き始める。
腕立て伏せのように両手をベットにあて、身を起こして指とベットの間に隙間を生じさせようと必死の思いで抗うが、やはり太股にあるウェイブの身体がそれを許さず、浮き上がったのは胸辺りまでで肝心のポイントに隙間を生じさせることは出来ずに終わる。
「止めて、もう止めて、やぁっ・・・・ぉ、おひゃはっははははははははは!お、お願い、もういいからぁ~~~きぃぃやぁ~~~~~~~っっははっっっははははははは!!」
「いえいえ、遠慮なさらずとも結構ですよ」
意地悪極まりない言葉でアニィの懇願を一蹴すると、彼の指は再び両腰に移動し、今度は指先を突き立てるようにして、その先端を小刻みに揺らすという手法を見せた。
「はひゃっ!?」
アニィの身がビクリと震え、その手が反射的に腰に伸びる。指先だけの接触であれば、今度こそガードが出来るかも・・・という思いがあったが、タイミングを見計らっていたウェイブは、彼女の手が割り込む寸前、指先振動から揉み責めへと再び手法を戻し、ウエスト部をグニグニと揉んで、その抵抗をあざ笑いつつ、悶える様子を楽しんだ。
彼は、揉む力加減を左右均等ではなく、右・左と不規則に緩急をつけて責めると、アニィの身体は面白いように反応し、それから少しでも逃れようと、右に左にとくねって彼を楽しませ続ける。
「うっ、うくっ!ふひゃっ!んんっ!」
刺激が切り替わる度に、アニィは息を詰まらせて身を捩らせる。緩急がついたおかげで最初のような激しいくすぐったさはないものの、長い休みを与える意図もない指先は時折予期せぬタイミングで激しい動きに移り変わり、彼女を翻弄し続ける。
それでも最初よりは余裕の生じた彼女は、一瞬のタイミングで脱出を目論もうと、指の動きが弱まる瞬間を狙って手を差し伸べ、相手の両手首を掴んで身体から引き剥がす事に成功する。
(やった!)
アニィは思った。態勢と力の差があるため、状況好転までは行かないが、最悪の事態は脱したと思っていた。すぐに両腕で要所をガードすれば、少しは抵抗が適うと考えていたのだが、これもウェイブの嫌らしい罠だった。
彼の手首を掴んだ手が、身体のガードに向かおうと離れた瞬間を狙い、指は新たな部位へと移動したのだ。
「ひっ!」
彼女が腕を閉じ、手が要所としていた腰をガードしたと思った時、彼女は脇の下に異物があるのを否応なしに実感した。いうまでもない、ウェイブの手である。彼女は腋の下に彼の指を挟み込む態勢に誘導させられたのである。
そしてその指先は、無論、脇の要所である窪みの部分に位置していた。
「あ・・・・」
「覚悟!」
「~~~~~~~うぁっっはははははははははは!あひゃっっはははははははは!いやぁあぁ~~~っはははははははは!だめ、くすぐっったぁぁぁぁぁぁぁ~~~~い!!そ、そこ、ほんとにひゃはははははははははは!ひひゃっっははははははは!やめ、やぁ、きひゃぁぁ~~~~~!!」
閉じられた腋の下で生じた指の蠢きは、アニィに凄まじいくすぐったさを与えた。
そのあまりに強烈な刺激に、たまらず彼女は腕を閉じる力を強めるが、既に潜入を許している状況では無意味な事であり、逆に圧迫させてしまうことでその刺激を増大させる結果へと落ち込んでいく。
脇に手を回して蠢く彼の指を除去しなければと思いながらも、激しいくすぐったさに反射的に脇が閉じてしまい、抜け出せない状況に陥った彼女は、手と顔でベットを叩く以外の行為が出来ずに笑い悶え続ける。
「うわひゃはははははははははは!いやぁぁぁっっははははははは!し、しる、しるでぇ~~~へひゃっっっははははははははは、たすけてぇぇぇぇぇ~~~~!!」
アニィは苦しげに首を振り乱した中で、視界の端にシルディいることを認め、まだ希望が消えていないとばかりに助けを求めた。
「ん?ああ、シルディ、もう少し待っててね。彼女へのご奉仕が終わったら、君にもマッサージしてあげるから」
アニィの悲痛な叫びに、ウェイブは存在を思い出したかのように言うと、傍観者となっていた彼女の方を見やる。
「え、いえ、大丈夫です。私はそんなに疲労してませんから。あ、そうだ、飲み物用意しておきますね」
向けられたアニィとウェイブの視線に身の危険を察したシルディは、慌てて申し出を断ると、そそくさと部屋から出ていくという賢い選択を行った。
「やぁぁぁ~~~~~~し、しるでぃ~~~~待って、まっ、まひゃひゃひゃひゃひゃっっはははははは!いか、行かないで、いっっっいやぁぁぁ~~~ひゃははははははは!!は、薄情者ぉぉ~~~~~お、ぉはひゃほははははははほおおほほほほほほ!!」
アニィの絶叫とも言うべき悲鳴を背に受け、後ろ髪を引かれる思いに駆られつつも、シルディは扉を閉じる。
「はぅぅぅ~~~ごめんなさいアニィさん。私、助けに入れません~~」
脳裏に残る声を振り払うかのようにブンブンと左右に振ってシルディは一人懺悔した。近づけばまず間違いなく自分もあの『マッサージ』に引き込まれた事は想像に難くない。見るからに苦しそうなアニィの姿を見て、彼女が保身を選択してしまったとしても、非難される事ではなかっただろう。
助けに入れなかった弱い自分に罪悪感を感じたシルディは、せめて事の済んだ後に必要となるだろうと、大量の飲み物を用意すべく厨房へと向かった。
「うひゃっはははははははは!そ、そこはぁ、うわひゃははははははは!そこ、ストップ、ぷぁっっははははははははは!!」
完全に部外者からの救援の見込みがなくなり、自力脱出しか助かる道がなくなったアニィは、現状打破ができないまま、更なる責め苦を受け始めた。
ウェイブが座る向きを素早く前後逆に変えると、これまで被害を受けずにいた足の裏を引っ掻きだしたのである。
視界の外で行われた新たな刺激に、アニィは吹き出して足をばたつかせ、必至の抵抗を行ったが、そんなに当人が激しくと思っても、せいぜい足を上下に動かすだけの単調な動きしかできず、その程度では逃げ切れるはずもなく、抗った両脚はあっさりと捉えられる。
「まだまだ、ここにもツボはあるんだから」
左手だけで器用に彼女の両足首を捉えていたウェイブが、にこやかに言って、右手の指で揃えられた両足の裏を無造作に引っ掻いた。
「きゃぁぁぁ!!」
たまらず反応した両脚が彼の指を振り解いて再び暴れだす。
「こら、逃げるなって」
ウェイブは座る位置を太股からふくらはぎ部にずらして脚の抵抗を難なく制すると、逃げる術を失った足裏に容赦なく両手の指を這わせていった。
「はきゃっ、いひゃっははははははははははははは!これ、だめだってば、いひひひひひ、引っ掻くのだめ~~~!」
むず痒いようなくすぐったさが足裏全体に生じ、アニィの身体が仰け反る。幾分上半身の自由度は回復したが、まだ脚を押さえられている以上、振り向く事はできず、海老剃りの態勢からでは腕の抵抗もまともには届かない。
それを良いことに、ウェイブの指先は彼女の足裏を不規則に動き回り、その反応を楽しみ続けた。
アニィは足の指を折り曲げたり、足首を振り回したりしたが、俯せ状態の姿勢では状況に好転はまるで見られず、片方の足で片方の足裏を隠す手法も用いたが、それではやはり片方の足裏の防御が行えず、刺激の中断は一時も成功しなかった。
更に彼は、彼女の足の間隔を若干広げる事で、その抵抗すら封じてしまう。
そうして逃げ場を失った足裏に、指先を押し込んでは位置をずらして引っ掻くという、辛うじてマッサージに見えなくもない行為をじっくり繰り返すと、アニィはしゃっくりを繰り返すかのように息を不規則に詰まらせる。
こうしてじっくりと遊び心を満たしたウェイブは、抵抗の弱くなった相手に最後の施行を施そうと動き始める。
「では、仕上げっ!」
「ほぁっ?ほぉぁぁぁ~~~~~いきゃぁぁぁ~~~~っっっっっっははははははははははははははは!うきゃっっははははははははははははは!!だめだめだめぇ~~~っっひゃっはははははははは!」
ウェイブの宣言と共に、突如変化した刺激に、アニィが絶叫して悶笑した。
彼は突如姿勢を再反転させて向きを変えると、手の届かない足裏の刺激に耐える為、ベットのシーツを握りしめて無防備となっていた彼女の腰に指を回し、その柔肉を再び激しく揉みくすぐったのである。
俯せであったアニィには不意打ちであった事と、先の責めで腰周辺の弱いポイントを把握していた事が相成って、くすぐったさが足裏からいきなり腰に転移した彼女は、思考が一気に吹っ飛ばされて、ただただ、腰に生じる刺激に脳天を貫かれて笑い悶えた。
散々、マッサージと称された責めに消耗していた彼女がそうした刺激に長時間耐えられるはずもなく、唐突に息を詰まらせて乱したかと思うと、あっという間に全身を痙攣させて気絶してしまう。
これによって賑やかであった室内はたちまち呼吸音だけの静寂な空間へと変貌した。
と、そこにタイミング良くノックがして、シルディが飲み物を用意してやってきた。
もちろんこれは偶然ではない。途中で入り、矛先が自分に向くのを恐れた彼女は、部屋の前で事が済むまで待機し、中から聞こえる声の様子を確認して入室したという訳である。
「ご苦労様です。これ、どうぞ・・・・」
他人事の様に言って、シルディは水を注いだコップを二つ差し出した。
「ありがと」
ウェイブは少し待ってと手振りし、アニィの身体を反転させるて抱えるようにして上半身を起こさせると、ペシペシと軽くその頬を叩いた。
「アニィ、水いるか?」
その問いかけに、うっすらと目を開けたアニィが呆けた表情のまま頷くと、ウェイブはコップを一つ受け取り、口元に持っていった。
彼女は、口に注がれた水の感触を得るや否や、身を自力で身を起こしてコップをウェイブから奪い取り、一気にそれを喉に通す。だがそれでは足りなかった彼女は、シルディの持っていたもう一つのコップまで強引に奪い取って飲み干し、ようやくにして人心地つけた。
「う~ん、良い飲みっぷりだ。それで、お嬢様、満足して貰ったかな?」
「む~~~~~~」
その問いかけに非難たっぷりの視線を向けるアニィ。
「あれ、まだ足りない?」
その視線の意味を理解しつつも、わざとらしくとぼけたウェイブは、指をワキワキとさせて続行しようかという素振りを見せると、アニィは面白いほどに反応して見せた。
「わ~~~いい、いい、もういい、満足したからいい!きゃっ!?」
周囲のシーツを慌ててたぐり寄せて身をくるみ、必至にガードしながらウェイブとの距離を広げようとした彼女は、自身がベットの上だというのも忘れていたらしく、あっさりと縁にまで後退し、そのまま落下してしまう。
その様子に思わず吹き出す、シルディとウェイブ。
「あ、酷い、笑った~」
「そりゃ、笑えるよ」
特に悪びれる様子もなくウェイブはベットから降りると、床でシーツを巻き込んで藻掻くアニィを抱き上げた。
「ま、お調子者の躾って事でね」
そう言って彼女を優しくベットに戻すウェイブ。
「そこで、しばらく休んでなよ。シルディ、飲み物まだあるかな?」
「あ、はい」
「シルディ、私も頂戴。まだ喉が渇いてる~」
シルディはその要求に応じて、飲み物を注ぎながらウェイブの様子を覗き見て、最初の思いつめたような暗い表情が消えているのを確認し、代償はあったが、アニィの行動は無駄でなかったのだと安堵の息をもらす。
愉しいマッサージで少し渇いた喉を潤すと、ウェイブは、もう一汗流してくると告げ、二人を部屋に残して出て行った。
「ふへ~酷い目にあったぁ~」
「アニィさんが調子にのりすぎるからですよ」
ベッドに突っ伏したままアニィが大きく息を吐くと、それは自業自得と言わんばかりにシルディが応じた。
「シルディは狡いわよ。逃げ出すんだもん」
その時の事を思い起こし、アニィが非難の目を向けると、シルディは顔を背けてとぼけた。
「わ、私は、どこも疲れてなかったですから・・・・」
「よく言うわね、私より運動が苦手なくせにあんなに走ったんだから、明日は筋肉痛だからね」
「アニィさんだってきっと筋肉痛になってますよ別の意味で」
「あ、それ言えてる・・・まったく、ウェイブもあんな可愛い冗談でむきにならなくてもいいのにね」
笑いすぎによる腹部の筋肉痛を想像して、その原因となった相手に愚痴るアニィ。
「でもやっぱり調子に乗りすぎですよ」
常に味方であったはずのシルディから同意を得られなかったアニィは、少し拗ねた目つきで彼女を見やった。
「も~二人してそんな事いうんだから・・・・」
顔を枕に埋めて唸るアニィを、シルディは微笑みながら眺めていたが、やがて生じた間を境に、その表情は真剣な物へと移り変わった。
「・・・ところでアニィさん、あの話・・・・どうします?」
「シルディはどう思ってるの」
不意な質問であったにも関わらず、アニィはそれを理解し、顔を枕に密着させたまま聞き返す。
「もう少し、様子を見ながら・・・・」
「私は明日にでも・・・って、思ってる」
少し自信なさげなシルディ声を遮るように、アニィが言葉を発すると、彼女は驚きの目をベットに向けた。
「明日ですか?急すぎませんか?」
そんな疑問に、アニィが首を傾け、冗談では無いことを物語った視線を向けて口を開く。
「でも、あの話って、タイミングってあまり関係ない気がしない?だったら勢いでいいと思うのよ。今日だって一応は活躍して実績は示したし、少しは前向きに考えてくれると思わない?」
「だといいんですけど」
楽観的意見のアニィとは対照的に、シルディは不安さを省ききれない様子で思案する。
「私達の意思は決まってるんだから、あとは向こう次第よ。このまま待って、ウェイブには先に話をしてみましょ」
「・・・・はい」
相手側にすれば急な申し出となる事に、ウェイブがどんな返答をするか、そして望ましくない結果になればどうしようかと、不安げな気持ちになりながらも、シルディはアニィと共に時間の経過を待つことを決意した。
二人が人生に関わると言って過言ではない決意を示していた頃、ウェイブは夜の闇に覆われたモラレスの館の敷地内の一角で、一人剣を振り、宣言通り汗を流していた。
(俺はっ、まだまだ未熟っ!)
もちろん剣の向く先に敵の存在などはなく、彼は自分の脳裏にのみ存在するダインのイメージを相手に攻防を繰り広げていた。
だが、何度繰り返しても勝利のイメージを得ることができず、自身の造りだした幻の剣筋を何度も身体に受けていた。
これは、今日の『勝利』に負い目を持っている事が大きく起因しており、結局彼は、イメージに一勝もできずに終わる。
結局、ただ闇雲に身体を動かすだけとなったウェイブは、疲労の極地寸前まで剣を振り続けても尚、まるで満足のいかない感覚を初めて味わい、やがて力尽きて地面に座り込んだ。
「悩むのは大いに結構ですが、性急に答えを求めるのは感心できませんよ」
ぜいぜいと荒い息をする彼の背後から、穏やかな声がした。
「モラレスさん・・・・悩んでいるように見えましたか?」
闇の中に浮かぶ影の声でそう判断したウェイブは、この状況でよく判ったなと思いつつ、相手に聞き返した。
「ええ、大きな壁にぶつかった・・・・というよりは、伸び悩みですか、そんな焦りが感じられましたね。若い頃の仲間の一人が似たような事をしてましたよ」
「伸び悩み・・・ですか」
「違いましたか?」
「違ってはいないでしょうね。俺、闘いで勝利を譲ってもらったような事になったのは初めてだったんで・・・後味が悪いと言うか・・・試合であれば再戦も望めるでしょうけど・・・」
一抹の期待を込めて、ウェイブはモラレスを見やった。
「実際は、それすら適わぬという訳ですね」
相手の口調に、ある種の願いが込められている事を敏感に察したモラレスではあったが、それに応じられる事はできなかった。つまりは、現時点でやはりダインの再生は不可能と告げたのである。
「・・・・そういう事です」
ウェイブもそれを察すると同時に、そのぶつけようのない不満がわだかまりとなって、ウェイブの心にのしかかっていた。
「なれば、今後も生き続けるしかないでしょう」
唐突な意見が述べられ、素っ頓狂な声をあげるウェイブ。
「はい?」
「ウェイブさんなら判っているはずでは?闘いに身を置く者は生き残った者の勝ちだと。後味の悪い結末を迎えたのであれば、どうにかしたいと思うのであれば、兎にも角にも生き続ける事です。でなければ、それすら出来ませんよ。そして、その中で、自分が最善と思う事をするしかないんです」
その言葉はモラレス自身にも、言い聞かせた様な感じのする物だった。
「最善と思う事ですか・・・・」
ウェイブのそれは明瞭であった。新たな旅で更なる経験を積み、技術を向上させることだが、その実施を阻害する縛りが今、存在するのも現実であった。
「ウェイブさんの心中は判っているつもりです。ですから一つお願いがあって、この場に伺った次第です・・・・」
座り込んでいたウェイブに向かって、いよいよ本題とばかりに、モラレスは神妙な面もちで深々と頭を下げた。
「おはよう、お父さん」
モラレスの館の食堂。食事を始めていたウェイブとモラレスの前に、元気一杯のアニィと、遅れて来た事に対する負い目で頭を軽く下げるシルディが姿を現した。
「おはようって・・・・既に昼だよ」
『昼食』を口にしていたウェイブが冷ややかな視線を送る。
「少し寝坊が過ぎたね」
同様にモラレスも苦笑して、その場違いな挨拶をいなした。
「誰のせいよ」
名ばかりのマッサージによって疲労した上に、深夜までウェイブの帰りを待ちつつ、おしゃべりによる夜更かしをしていたのが今回の寝坊の原因であったアニィは、その原因の大半を占めるはずのウェイブに、批判的視線を向けた。
あの夜、ウェイブは自己鍛錬とモラレスの依頼に対する話し合いで相当な時間を費やしてしまい、部屋に戻ると二人がベットを占領して眠っている光景に出くわしたのである。
そして、起こしては気の毒と気を使った彼は、二人をそのままにして別室にて休んだという訳である。
「誠意が足りなかったと?」
アニィの言いたい事を理解しつつも、わざとらしくとぼけるウェイブ。
「ち・が・う~~!」
「アニィさん」
話がいきなり脱線しそうになるのを感じたシルディが、アニィの袖を引っ張り方向修正を行った。
「あぁ、そうだった、お父さん、お願いがあるんだけど」
「お願い?またアイテムのおねだりかい?」
詰め寄る娘を前に、モラレスは落ち着いた様子で口回りをナプキンで拭き取り、ティーカップに手を差し伸べる。
「違うって、私とシルディ、ウェイブについて行く事を許してほしいの」
「ぶっ!!」
聞き取り方、解釈によっては爆弾発言に類するお願いを耳にして、思わず咳き込んだのは誰あろうウェイブだった。本来なら、娘の唐突な発言に動揺する役目を担当しなければならないはずの当のモラレスの方は至って平然であり、むしろ笑みさえ浮かべている。
「「?」」
予想と若干異なる反応を前に、アニィとシルディが揃って顔を見合わせる。
「い、いきなり何を言ってるかな?冗談は・・・・」
これまたモラレス側であるはずの台詞をウェイブが口にすると、珍しくシルディも勢いよく詰め寄ってきた。
「冗談じゃないです」
「そうよ、昨日の夜に二人で相談した事なんだから」
「いったい、何でそんな事を・・・」
「街と私達の安全の為よ」
「安全?」
「そうです。安全です。クライマーの魔の手から逃れるための」
「ここに住んでる限り、私達は危険と隣り合わせだって事を考えれば、判ってもらえるはずよ」
「いやいや、親子の絆と言うべきですかね」
昨晩の申し合わせの通り、勢いでウェイブを攻める二人の様子を見て、モラレスが口を挟み、場が一瞬停止し、その間隙を突いてウェイブが口を開いた。
「そんな呑気な・・・二人とも正気か?俺についていくって、隣近所のお使いじゃないんだぞ」
「ええ、理解してるわよ」
頷くアニィ。
「長旅で、危険で、気楽にここに戻れる訳でもないんだぞ」
「判ってます」
頷くシルディ。
「食料は主に現地調達で、毎日の入浴なんてのも・・・・」
「「覚悟はしてます!」」
そして同時に即答する二人。
「・・・・・・」
ここまで迷い無く答えられると、さしものウェイブも意思を挫く隙を見出せず、助けを求める視線を親に向けたが、それも既に無駄な行為でしかなかった。
「ウェイブさん。話す手間も説得の苦労も省けて良し、と、諦めてしまいせんか?」
「??・・・ねぇ、どう言う事?ひょっとしてお父さんは私達のお願いの事を知ってたの?」
ウェイブにばかり動揺の様子が現れ、あるべき父親がいつもの様子である事を不審に思ったアニィが、言葉の矛先をモラレスに向ける。
「いいえ、アニィがそんな事を考えていたとは思ってもいなかったよ。でも昨晩、同じ事をウェイブさんにお願いしていたからね」
「「え?」」
聞き及んでいない事実を確認するかのように二人の視線がウェイブに注がれると、彼は不承不承頷いて、それを認めた。
「・・・・ああ、本当だ」
よもやこの様な展開になるとはと、ウェイブは頭を垂れた。
昨夜あの場で、ウェイブはモラレスから娘達を連れて行ってほしいとの願いを受けた。
もちろん『二人とも』である事から、嫁に・・・などといった類の話ではなく、彼の旅路の同伴者にしてほしいという願いである。
当然ながらそれは軽々しく応じられる依頼ではなく、ウェイブはその理由を問うた。
モラレスの真意は、要するにクライマーの目論見を潰すことであった。彼の計画は、当事者さえいなければ達成には至らいため、その活動域から逃がす事で危険を回避しようと言うのである。
これはモラレスが以前から検討していた件でもあり、先日未然に防がれた儀式も、実施には場所的な要素も必要である事が判明している事から、危険な場所と人物の二つの要素から離れ、あわよくば姿を眩ませ、その驚異から恒久的に逃れる事も可能という選択肢も含まれていた。
だが、それには大きな問題が避けられない形で存在していた。
街の外には数多の獣やモンスターが生息しており、その中を、起こり得るだろう追撃を退けつつ旅するのは、彼等身内の実力では夢物語でしかなかったのだ。
そもそも、外へ旅をするという行為そのものが成されておらず、その手の経験者が存在せず、それを数に頼って補えば、大きな痕跡が残って追撃が容易になるのは目に見えていた。
このため、必然的に防御に徹した立場となっていた彼等の前に、ウェイブが現れ、その実力を示した事で、モラレスは彼に二人を託そうと思い至ったのである。
だが、事情を聞いて尚、ウェイブは容易に首を縦には振らなかった。
理由は単純明快。自信が無かったためである。
他者には戦闘能力を評価してもらっているウェイブであったが、当の本人は先刻の戦闘によって未熟さを痛感し、かつての仲間もいないとう状況では、依頼主の期待に応じられるかどうかという不安があったのである。
だが、他に適任があるはずもなく、また次の候補者が訪れる可能性も皆無である現状では、ウェイブが最適任者であるのは間違いなく、今後、この様なチャンスは有り得ないと考えたモラレスは、しつこい程に食い下がって嘆願した。
結果、ウェイブが折れる形となり、二人に事情を話し、了承が得られれば・・・・と言う条件で承諾したのであった。
旅の経験のない彼女等が、あてのない旅路を行くにも等しい自分につき合うはずがない・・・・と、考えていたのだが、現実は説得どころか話を持ちかけるステップすら省略されて、期待とは正反対の結論に最速とも言うべき速さで到達してしまったのである。
ウェイブは再三、旅の長期化・困難さ・不便さ・危険性をやや誇張してまで説明したが、そのどれをもってしても二人の決意を、本人すらまだ自覚していないだろう、根底にある単純明快な感情を揺るがす事は出来なかった。
「俺だけじゃ二人を守りきれない事態だってあり得るんだぞ」
「その時は、私達がウェイブをサポートする」
「その時は、私達がウェイブさんをサポートします」
ウェイブが口にした最も危惧している心情をに、アニィとシルディが即答してみせると、遂に彼は説得は不可能と諦めた。
「・・・・・モラレスさん、本当に俺でいいんですか?」
根負けしたウェイブは右手を顔にあてて天井を仰ぐと、その姿勢のまま改めて確認を行った。当事者達の意思は堅い。なれば、それを許可する立場にある保護者に、最後の検討を求めたのだが、こちらも既に出た結論を覆す意思は微塵も無かった。
「おそらく今後、数十年、適任者は現れませんよ。ウェイブさんが訪れた偶然は運命と思いたいのです。どうか、娘達をお願いします」
「シルディの方の親御さんには・・・・」
「もう以前から話はしていましたし、昨日の騒ぎの時に一旦戻ったときにも話してあります」
その返答に用意周到さを感じたウェイブは、勝手に抜け出す事も先方は想定しているだろうと察し、完璧に抵抗を断念する。
「みんな過大評価しすぎだ・・・・」
唸ったところで一同の評価は微動だにしない。認可という条件付きで応じた手前、ウェイブは依頼を引き受けるしかなかった。
そして事態が確定事項になったのであれば、最善を尽くすしかないと理解している彼は、現状で出来うる事を思案し始める。
不用意な一言で背負った重荷ではあったが、少なからず利点も存在している。
それは、彼女等の同行が確定した事で、クライマーの件を解決しないまま街を出発しても問題がないという点である。
彼の抱く野望を阻害するには、必須条件であるアニィ・シルディを手の届かないところにやれば良いわけであり、倒す必要が無くなったのである。
場合によってはこの街に長期の滞在もあり得た中で、この経緯はウェイブの目的から見れば好機と見るべきであろう。
もちろんクライマーの追撃も十分あり得たが、この地に滞在し続ける事に比べれば、準備期間を与えずに済むために、危険度の大きな上昇には繋がらないと考えられる。
ならば、事は早いほうが良いだろうと判断したウェイブは、席から腰を起こして一同を見回した。
「それじゃ、アニィ、シルディ、旅支度を・・・」
「今から!?」
ここでアニィが驚きの声をあげ、ウェイブはやっと一矢報いたような気になった。
「思い立ったが吉日、物事は勢い、みんなが揃ってその気なら、早いほうがいい。クライマーにも時間を与えたくもないしな」
トントン拍子に責任を背負わされた事に対するささやかな反撃の思惑もあったが、行動自体は本気であった。
その理由にも偽りは無かったが、本当の目的は早く野生の場に身をおいて、鍛錬に入りたい思いがあった。
「わかった」
「わかりました」
少しは戸惑いもあるかと危惧したウェイブだったが、二人はこの日を遙か以前から想定していた事もあり、言われるまま準備に入るのだった。
あとがき
シルディ&アニィの同伴確定エピソード。
これだけでも、後々の苦労は確定でもあるのに、
古代スケルトン『ダイン』
野に放ったニンベルク
そしてクライマーとシドレ
・・・・ウェイブ編はやや伏線っぽい種が多すぎる話になってしまいました。
これ以上、増やさないよう注意しつつ、消化に励みます。
投稿日:2014/10/04(土) 02:15:26
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