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2010/10/02(土)に投稿された記事
くすぐりの塔R -第1話- 『魔王襲来』
ううむ、前置きの意味が薄れておるのぅ・・・
この世界にある、とある温暖な地域の辺境に、周囲を森で囲まれ、その存在を隠しているかのような小国があった。
その国の名は『メルフィメール』
周辺諸国ではその名を知られた、女性だけの国である。
そのメルフィメールを遠方から見下ろすことの出来る崖の端に、三つの人影があった。
その中の一人は、あと一歩踏み出せば転落すること間違いなしの危険な位置に立ちながらも、それを意識した素振りも見せず、じっと彼方の国をながめていた。
「あれが・・・・件の国ですか?」
崖っぷちに立つ人物の背後にいた男が尋ねた。全員、黒いフード付のマントを羽織っているため、表情などは伺えなかったが、声そして体格が、一同が男性であろう事を物語っていた。
「ああ」
問われた男は小さく肯く。
「女だけの国・・・・・そんな国が本当に存在するのですか?」
「ああ」
同様に答えて男は崖に背を向け、目的地へ向けての歩みを再開する。
「女だけの国・・・・男には夢の国にも思えるが、常識的に考えれば国として維持できるはずはないよな。どやって子孫を残すってんだ?」
先頭を行く男に従う男の一人が、平行して歩く同僚に声をかけた。
「ん?聞いてなかったか?」
もう一人の男は、その質問に意外そうな声をあげた。
「?」
「マジックアイテムの恩恵で維持されているらしいぞ。あの国の人口は・・・・・」
「・・・どういう事だ?」
「つまり、男なしで子孫繁栄、つまりは妊娠できる・・・・・と、言う話だ」
「あるのか?そんな物が?」
「にわかには信じ難いが、その国が数世紀の歴史を持つ以上、事実なんだろうな」
彼は道中の暇つぶしも含め、何も知らなかった同僚に、聞き知ったメルフィメールの歴史を簡単に説明した。
遙か昔、その国がメルフィメールと名乗る以前、その国も他国とさして異なることのない普通の国であった。ただ、時の国王が暴君の類であり、女性を軽視し、あからさまな男尊女卑の社会体制となっていた。
そんなある時、余興に催された選抜人員による男軍と女軍の模擬戦で、女軍が圧勝した時から事態は変化し始めた。
長い間、男性上位の社会で暮らし、自分達の価値を軽視していた女性達がある種の自信をつけ、社会体制の改善を求め始めたのである。
これに対し当時の国王は、女性に対する弾圧を強めたのだが、結果的にそれが仇となり、数年後、遂に女性達の内乱が勃発した。
弾圧に対する不満が力となった上に、綿密な計画を練っていた女性達は数日で国を制圧し、国王は即日処刑されたという。
これで平和が訪れたのであれば問題はなかったのだが、あまりに長期に亘る抑圧に解放された女性達の意識が予想以上に弾けたのか、これまでと180度異なる女尊男卑の政策を始めたのである。
もちろん、男性からの反対意見もでたが、それらの意見は権力を持った女性に弾圧され、かつて女性が受けていた屈辱を男性が受けることとなる。
しかしこれでは歴史の繰り返しと悟った新国王(王女)は、将来起こり得るだろう反乱を未然に阻止するためと称して、国内すべての男を追放したのである。
この思い切った行動には、国内近くで発掘された遺跡に、女性が単身で受胎できるマジックアイテムが大量に発掘された事が起因になったとも言われている。
もともと、これまで行われていた男性からの仕打ちに対する不満が大きかった事もあり、その子孫繁栄の問題がクリアされると、女性側からの反対論者はほとんどいなくなったという。
そうした経緯から当時の女性曰く、「汚らわしい男性」の助力無しで繁栄が可能となったその国は、国名も改め、現在に至るまで男の関与を許していなかった。
その歴史背景から、メルフィメールの国民達は、男性はこの国の敵、そして国を混乱させる存在・・・という認識の上で子供達を教育し、決して男達を近づけようとはしなかった。
「不甲斐ない」
初めて知った目的地の経緯を聞いて、男はそう評した。もちろんそれは、男追放のきっかけとなった男軍連中に対するもので、自分ならそうはならないという絶対の自信から放たれた言葉であった。
事実、彼に・・・否、彼等に秘められた能力は並々ならぬ物であり、一国の存亡すら左右できると言っても過言ではない。
だが、外見しか判断材料がない今、その恐ろしさを看破できる存在は今のところいないと言える。
辺境地域の上に隠れ里に近い地位条件で、ある種の鎖国状態になっているとはいえ、その特殊な国政を省けば自給自足の出来るメルフィメールは平和な日常を送っていた。
少女は街道を行き交い、『主婦』となった女は河の洗濯場で洗濯に勤しみ、幼子は友達と興じている。
そうした日々の営みも、郊外最外郭に三人の男が姿を現した途端一変した。
誰もが紛れ込んだ猛獣を見るような怯えた目で彼等を見つめ、足早に離れ、各々の家屋に閉じ籠もったのである。
「凄い嫌われ様だな・・・・」
洗濯物まで放り出しての行為に、従者の一人が呆れた様に呟いた。
「今に始まった事じゃない」
先頭の男は無関心にいうと、家屋の窓や扉の隙間から感じる視線を無視して、先へと進んだ。
「連中、俺って人間を知らないからだな。確かに怪しい格好はしてるが、自己PRすれば少しは理解を得られる・・・・・・」
冗談口を叩いていた従者の一人は、先頭の男が無言の視線を向けると、その言葉を途中で止め、一転して畏まる。
「し、失礼しました。軽口が過ぎました・・・」
「その自己PRのチャンスが来たぞ」
男は従者の軽口も謝罪も聞き流し、進行方向の先を促した。そこには、この国の警備兵と思わしき一団が、馬あるいは徒歩で駆けつけて来るのが見受けられた。
「そこの者!」
先頭の馬に乗っていた警備隊長エリザは、開口一番、手にした剣を男に突きつけて言った。
「貴様等、男だな」
「女に見える要素があるのか?」
男は突きつけられた剣先に怯む事なく、威圧的な問いかけを肯定した。
「我が国は男禁制!いかなる理由があろうとも、踏み入る事は許されない。即刻、立ち去りなさい!」
「俺達に、それに従わなければならない義理や義務があるのか?」
挑発的に男は言った。
「それがこの国の掟。従わないのなら、実力で排除する」
エリザはこうなるだろう事は予想していた。こうした男の襲来は始めてではなく、時折天災のように起こる事態であった。
希に偶発的な事もあるが、その大半が邪な目的を抱いての事であり、こうした忠告は聞き入れられない。それを承知しているからこそ、彼女も動じず決められた通りに事を進める事に意識を集中した。
「こちらも目的の邪魔をするなら・・・・抵抗するさ」
その発言と同時に男達は各々の剣を抜き、エリザ達も呼応するかのように散開して戦闘態勢をとった。
「さぁ、自己PRしてみよう・・・・手早くな!」
不適に男が笑った。
エリザは目の前の出来事が信じられなかった。より厳密にいうなら信じたくはなかった。
ふらりと現れた三人の国内侵入者。それがこの国への入国を認められない存在である男と聞いた時点では、彼女には何の関心も無かった。
そうしたトラブルを、彼女は部下達と共にことごとく「処置」していたのだが、今回は様相が違った。
出陣した彼女の一隊とその増員が、いとも簡単に打ち倒され、事もあろうか王城の城門の前にまで迫ったのである。
ここに来てエリザは、相手がただの放浪者や盗賊の類ではない事を悟り、権限の許す最大限の人員を用いて、問題の排除に赴いた。
だが、数に物を言わせた目論見も、想像を上回った相手の戦闘力の前に瓦解した。
おおよそ三十名はいただろう、彼女の部下達はことごとく地に伏し、今立っているのは彼女を含め、数人になっていた。
「そ、そんな・・・馬鹿な・・・」
力無く呟くエリザと、男の一人との視線が合った。その瞬間、彼女の背筋に言い様のない恐怖感が走った。
(人間じゃない!)
自身の常識を上回る存在が、彼女を恐怖に駆り立てた。
「こ、後退!城門を閉じろ!」
どう足掻いても自分には勝てない。そう判断したエリザは、なりふり構わず逃げ戻り、堅固な城門を閉じさせた。
巨人族用にあつらえたような城門は、その巨大さから、数人程度の人員では微動だにせず、主要部分が鉄板で補強されている上に、二重の閂で閉ざすという念の入れようであった。この国の閉鎖的思想を象徴するかのような門には、彼女のみならず城内の殆どの者が確固たる信頼をよせ、何人をも寄せ付けないと信じ切っていた。
「ガードがお堅い事で・・・・」
従者の男が、城門を軽く拳で小突き、呆れたような声を漏らした。
「どけ・・・」
主格の男が怒気を含めた呟きを発し、手にした剣を上段両手持ちの構えを取ると、従者は慌てて城門から離れて距離をとった。
「忌まわしき門よ・・・砕けてしまえ!」
個人的想いを込めた男の剣が一閃し、剣先から不可視の衝撃がほとばしった。男の剣は空を切ったが、そこから放たれた力が離れた城門を直撃し、一筋の巨大な傷を刻みつけた。
それだけでも強烈ではあったが、男の攻撃はそこで止まることは無かった。剣を振り終えた彼は、剣を左手に携えると、右の拳を腰まで引き、次の瞬間、正拳突きの様に突き出し、突き出した瞬間、拳を広げ城門に対して掌を突き出す形となり、その掌から光の球が放たれた。
その様子を見た者は、初級の魔法攻撃の類と思った事だろう。だがそれに秘められた破壊力は初級とは程遠い物だった。
城門内部、門の前で待機していたエリザ達は、剣による一撃目の衝撃に身を竦め、何人かは慌てて門を抑えようと動き始めたが、それよりも早く光の球が門を貫通し、ほんの半瞬遅れでやって来た衝撃に門が絶えきれず、粉々となって吹き飛んだ。
広域に対する衝撃波に、エリザ達も例外なく吹き飛ばされ、城門前にいた者は全員がダメージを負って倒れ、立ち上がることが出来なくなっていた。
男達はそんな彼女等を尻目に、粉砕した際に巻き上がった埃が静まるのを待ち、悠々と入城を果たすのだった。
もはや男達の進行を阻む者はいなかった。城門での立ち回りを聞いた衛士達は迂闊に近づく事を恐れ、希に立ちはだかっても足止め程度にもならず返り討ちとなっていた。
我が城のごとく歩を進める男達三人は、敵意の眼差しを受けながら、遂にこの国の最高責任者である王女のいる間へと辿り着いた。
その部屋は大きな謁見の間となっており、正面突き当たりに玉座に鎮座する王女。そしてその両脇に数人の侍女が控え、そこへ至る広い通路の両端には多くの兵士達が列んで控え、間違っても歓待しているいるのでは無いことを暗に語っていた。
男達は周囲に関心を示さず、部屋の中央、相手にとって攻撃を集中しやすい位置で立ち止まり、頭を覆っていたフードを初めて降ろした。
侵入者の素顔は一同が想い抱いていたよりは若いのもだった。一朝一夕では会得できない剣技と、魔法と思わしき術を駆使するという話から、年期を重ねた老齢の存在だろうという先入観があったのである。しかし実際には青年の域を出ない若者で、城門の報告がなければ過小評価されたに違いない柔らかみすら感じられた。
だが、かなりの場数を踏んだであろう堂々とした態度と、冷気を思わせる殺気が常に放たれ、彼女達に警戒心を緩めさせるの事を許さなかった。
「何者です?」
訪問者に対し、明らかな敵意を含めて王女フレイアは尋ねた。この国に存在の許されない男が無礼極まる手段で訪れたのである。歓迎できる心情ではない。
「何者か・・・・か・・・」
問いかけに対し、先頭に立つ青年は僅かに苦笑してフレイアを見すえた。
「貴女に本名を名乗っても無意味でしょう。どうせ覚えるつもりも無いでしょうからね。あえて呼称していただくなら、魔人・・・いや、魔王とでも呼んでもらいましょうか」
「魔王?」
明らかに不愉快そうにフレイアは言った。
「この国にとってはそうなる」
男は断言した。
「大した自信ですね。ここまで辿り着いた事でそう思っているのであれば、思い上がりですよ」
「もちろん」
フレイアの言わんとしている事を理解した自称魔王は、大げさに頷いた。
「この国の主要戦士達が、演習で不在だというのだろ?それは承知している。その方が楽に入城して話ができると思って、この時期を選ばせてもらった」
「抜け目ないですね」
フレイアは改めて相手に嫌悪感を感じた。手薄な時期を見計らっての襲撃は、姑息さ意外の評価を見い出さなかった。
「それで、話とはなんです」
「貴女に譲って貰いたい物がある」
魔王はあくまで丁寧に、しかし明確な敵意を示しながら用件に入った。
「何を求めるというのですか」
「秘宝と魔獣・・・・・」
魔王の思わせぶりな発言に、周囲から思わずざわめきが起こり、フレイアもピクリと眉をひそませた。
「どうせ使っていない物なんだろ?だったら譲って頂きたい」
周囲の反応が求めるモノの実在を示していると確信した魔王は、大仰に右手を差し出した。
「断ります。秘宝は我が国に代々伝わる宝。まして魔獣などと言われる存在を譲渡できようはずがありません」
フレイアの返答は至極当然のものだった。
「ほう、魔獣の事も一応は知っているのか・・・・だが、その様子じゃ、どちらも本質までは知らないだろう」
「何が言いたいのです」
「代々受け継がれたが、何かは知らない。事実が正確に伝承されていないって事だ。そんな意味も判っていない物を後生大事にする必要も無いだろうと言っているんだ」
確かに彼女は、この国に創設期より伝わる秘宝と魔獣の存在は知っている。だがそれは、国民がおとぎ話として聞き知っているレベルと大差ない。
この国の最も重要な地位に即位した後も、秘宝と魔獣がどの様な物か、その詳細は知らされていない。
と、いうより、王女のみならず、国民全てが事実を一切知らないのである。いわば、伝説レベルの存在のみ知られているだけなのである。
「何と言われても、無礼者に譲る道理はありません」
正体を知らされなくとも、フレイアには「魔獣は野に放つ物ではない」「秘宝は女性だけのための至高の品」とは聞かされている。その為、国を統べる者として、譲るという選択肢は最初から存在しなかった。
「価値も知らずに、相も変わらず頑固ぶり・・・」
魔王はフレイアの態度に苦笑すると、改めて彼女を見つめ、挑発的な眼差しを込めて言葉を続けた。
「穏便に済まないなら、当初の予定通り実力行使と行こう。王女の面子もあるだろうから、遠征中のメンバーが戻ってくるのを待ってやる。それまでにこちらは、魔獣の檻を開ける準備に入らせてもらうがな・・・」
「魔獣を封じた場所を知っているというのですか!?」
魔王の発言に、彼女は思わず声をあらげた。彼女すら魔獣は、封じられた怪物・・・程度の知識しか無く、その実態や封じた場所は全く聞かされてはいなかったのである。
それは何代も前からの事で、当時の人々が秘密保持のために封じ場所を伝える事そのものを止めたためである。
しかしその秘密を魔王は知っているかの様な素振りを見せたのである。虚偽の発言によるこちらの様子見という可能性もあったが、もしそれが事実であれば、それは由々しき事態と言えた。
「まぁ正直いうと、詳しくは知らないんだが、見当はついている。そこでリアクションを起こせばすぐに変化が起こるはずだから、そこで待つ事にしようかと思っている」
曖昧な返事で済ませ、背を向けた魔王に、フレイアの鋭い声が響いた。
「そうはさせません!」
彼女が片手を上げて合図を示し、その時を今か今かと待っていた者達が一斉に動いた。
侍女に成りすましていた魔法使い達が、既に詠唱を終えて溜め状態にしていた魔法弾を一斉に繰り出したのである。
その場にいた女性全てが魔王を名乗る男が、魔法の集中攻撃を受けて、ぼろ雑巾状態になることを予想した。しかし今まで黙していた魔王の従者二人が素早く行動し、彼女達の期待を裏切った。
彼等は前に踏み出し、その身をもって魔王と魔法攻撃を遮る壁としたのである。
魔法弾が着弾直前、動体視力の良い者は、従者二人の身体が異様な変化をした事に気づいたが、その結果を見届ける前に魔法弾が炸裂し、彼等の周囲は爆煙に包まれた。
常識的に考えれば確実に仕留められたであろう爆発の余波は、同室内にいた全員にも及んだが、不埒者を始末したという達成感と満足感がそれを緩和していた。
しかし、その高揚感も、爆煙の中に佇む人影の存在によって驚愕へと瞬時に切り替わった。
三人が死を迎えていない事もそうであったが、それよりも増して一同を恐怖させたのが、従者二人の存在だった。
二人は魔法による炎によってその身を炎に包まれていたが、燃えているのは着衣だけで、その身体は先程の一瞬とはまるで異なる異形な姿へと変貌していたのである。
一人は全身が蟹の様なチキン質の甲殻に覆われ、大熊に匹敵するだろうサイズにまで肥大していた。腕も身体に合わせて巨大化し指先は鋭利な鈎爪状となり、頭も四方に開く牙の列んだ口と四つになった眼球の目立つ、禍々しい姿へと成り果てていた。
そしてもう一人は、シルエットこそ通常の人型を保っていたが、全身が灰色かかった半透明状となり、スライムが人型をしているという表現がぴったりな姿へと変わっていた。
ただ一つスライムと異なるのは、頭部を形成している部位に、人の眼球がそのまま残されている点で、ある意味その一点の違いだけで、単に人の形を真似たスライムより遙かに不気味な存在に見えた。
この異質な存在へと姿を変えた二人が、身体の頑強さ及び柔軟さで魔法弾を受け、そのダメージから魔王を守ったのである。
場は予期せぬ事態に凍りついた。彼等の様に人から怪物へと変貌する存在は、始めてとい訳ではない。狼男に代表される獣人・ライカンスロープとも呼ばれる存在は、確かに人から獣、あるいは人と獣の融和したような姿に変貌する事が知られている。だがそれには、満月の日などと言った時間的・環境的要因が必要であり、自分の意志で、かつ、これ程素早く変貌できるライカンスロープなど伝説にすら聞いた事がないのだ。
伝説をも通り越した存在を目の当たりにして、彼女達の思考が一時的に停止したとしても、迂闊だと責められる事ではないだろう。
だが、非常識な事態が支配する中でも、そうした緊張感に無縁の者も少なからずいた。
それは率直にいうところの『無知』で、ライカンスロープなどに対する知識を持ち合わせていない者だった。
そうした少数の者達は、瞬時に変貌した二人に驚きながらも『相手の正体はモンスター』というストレートな結論に達し、王女を守るべく手にした矢を射ったのである。
「!!」
その無知故の行為が、他の者に正気を取り戻させた。
仲間内から放たれた矢を見て、衛士達は自分達の役目を思いだし、後に続いて矢を放ち、手槍をそして魔法弾を投げつけた。
部屋の中央に位置していた魔王達は格好の集中攻撃ポイントに立っており、周囲に加えて天窓にまで待機していた弓兵による上方からの攻撃にも晒された。
集中攻撃という危機的状況の中、対象の三人の様子に変化はなかった。
怪物と化した二人の表情は伺い知れず、魔王に至っては笑みすらうかべている有様だった。
魔王は一番最初に放たれた矢を軽々と掴み取ると、その腕を大きく振って、衝撃波に近い『風』を周囲に巻き起こした。
ただ手を振るだけでは間違っても起こり得ないはずの瞬間的暴風に、矢と槍は大きくコースを外れ、魔法弾は障害物と化したそれに触れて次々と誤爆していった。
「無駄だよ」
言って魔王は手にしていた矢をフレイアに向けて投げつけた。
その矢は弓を用いていないにも関わらず、猛スピードで彼女の顔を掠め、数本の髪の毛を切って背後の壁に突き刺さる。
「!!」
王女が狙われた事により、再び場が凍りついた。
玉座の脇にいた魔法使い達が慌てて王女の前に立って盾となり、次の攻撃に備えて魔法障壁の呪文を詠唱し始める。
だが、そうした彼女達の戸惑いをよそに、魔王達は背を向け、出口へと歩み始めていた。
「本気で我々を止めるつもりなら、主力が戻ってからにしてもらおう。ここにいる連中の芸の無い攻撃では足止めにもならんよ」
背を向けたまま魔王はいうと、彼等は来た時と同様、周囲の敵意を意に介さず、不遜な態度で出ていった。
その様子を誰もが歯痒く想いながらも何も出来ずにいた。自分達の出来る攻撃では相手にダメージを負わせる事が出来ないことは既に証明されており、しかも王女へ向けての一矢が無言の牽制となっていたのである。
完全なる敗北。
今はそれを認めるしかない彼女達だった。
城を出た魔王達三人は来た方向とは別の、メルフィメール領内のある場所へと向かっていた。
二人の従者は、怪物化したままの姿で魔王に付き従っていたため、来た時よりも数段に異様さが強調され、城下町の人々は先刻にも増して身を潜めていた。
もちろん二人は人間の姿に戻る事も容易にできたが、怪物状態で不都合があるわけでもなく、着衣を失った状態で戻っても好ましい状態にならないという判断から、現状を維持していた。
当事者達は周囲の視線を気にする様子もなく、始めてであるはずのメルフィメールの地を迷うことなく歩き続け、城下町を取り囲む森の一角にある切り立った岩山の前に到着した。
「ここ・・・・ですか?」
魔王が立ち止まり、視線を一箇所に集中させているのを見て、怪物型に変身した従者が問うた。発言に自信が無いのは、その視線の先が何の変哲もない岩肌でしか無かったためである。
「ああ、擬装だ」
視線を動かすことなく魔王は言いきった。
「しかし封印に見受けられる紋も触媒物質も無いように見えますが」
「封印としての機能は内部に入ってからだ。今、目の前にあるのは、宝石箱を収納している木箱のような物だ」
言って魔王は掌から光の球を放ち、目の前の岩を粉砕した。すると崩れた岩の奥に、明らかに加工された石組みの壁の一部がその姿を現した。
「岩山に擬装していたってわけか・・・・・」
スライム人間に変化した従者が、その仕組みを理解して呟いた。
「大がかりではあるが単純・・・・だが、周囲がこうした森であるために不自然には見えなかったわけだ」
魔王は、長い間それを覆い隠す役割を担っていた岩山を一旦見上げると、すぐに視線を正面に戻し、歩を進めた。先の一撃は岩肌だけでなく、隠されていた石壁にも穴を開けており、内部への侵入が容易となっていたのである。
「魔王!」
いざ三人が中へ入ろうとした矢先、背後から彼等を呼び止める声があった。
一同が振り向くと、そこには僅かに見覚えのある戦士の姿があった。基本的な構造のプレートメールに、部隊長を示す羽根飾りの付いた兜を装備した女戦士。警護隊長のエリザであった。
「何を企んでるかは知らないが、この国での暴挙を黙って許すと思ってるの」
彼女にはそうした主張の他に、彼等を城内に侵入させてしまったという負い目があった。
その汚名を何としても返上すべく、彼女は自分の権限の及ぶ最大の手段を用い、彼等を討伐しようと単身挑んだのである。
「許可などもらうつもりもない。それに、お前程度では相手にならないと、何度言えば・・・・」
「主よ・・・・ここは私が・・・」
めんどくさそうにエリザの相手をしようとした魔王より早く、スライム人間がその前に立ち、『頭』を下げた。
「・・・・・・・程々にしておけよ」
従者の意図する事を悟った魔王は、その求めを承諾し、自らはもう一人の従者を伴って、穿った穴の中に姿を消した。
「待て!」
「おっと嬢ちゃん。待つのはそっちだ」
本来の目標である魔王が、自分達も知らなかった遺跡らしき物の中に消え、エリザは反射的に後を追おうとしたが、スライム人間がそれを許すはずもなく、入口となっている穴の前に立ちはだかり、その行く手を遮った。
「あの御方と相対したければ、最低限、俺程度を倒せなければならないぜ」
「ならば倒すのみ!」
構えてエリザはスライム人間を睨み付ける。
「威勢がいいな。だが、見ての通り俺の身体はこういう具合だ。物理攻撃も魔法攻撃も大した効果はないぜ」
スライム人間は部分部分を不規則に変形させて、見れば判る自身の特徴を誇示して見せた。
「でしょうね。でも、不死身というわけではないのでしょう?」
自然界の真理としてはごく当然の事を、エリザは不適に問う。まるで自分がスライム人間に引導を渡せるのが当然の様に。
「もちろん。だが、嬢ちゃんにできるか?」
異質・異形であっても生物。それをスライム人間は認めた。そして生物である以上、死はどういう形であれ、必ず訪れるものである。
「やってみせるわ」
決意を滲ませエリザは言った。
「ふふふ・・・・嬢ちゃん、出来ないことは言わない方がいいぜ」
せせら笑ってスライム人間は拳を繰りだした。通常、剣も槍も届かない間合いであったが、彼の繰り出した腕がゴムの様に伸びてエリザに襲いかかった。
しかしそれは彼女の意表を突くには至っていなかった。不定形に近い相手の風体から、そうなる可能性を想定していたのである。
彼女は身を翻して鞭の様な腕の一撃を避けると、鎧のフックに吊していたアイテムを取りだした。
それは『S』字に近い形状をした小型の刃物で、中央にグリップが設けられていたが、形状的に、手にして扱うには不向きな武器であるのは一目瞭然であった。
「貴様がどんな化物であろうと、この『破魔の曲牙』にかかれば死あるのみよ」
そう叫んで、エリザは破魔の曲牙と称したS字型ナイフを投げつけた。
「そんなちっぽけなモノで・・・・」
スライム人間は伸ばしていた腕をしならせて破魔の曲牙を払おうとした。
だが、回転する刃は接触した腕を切り裂き、そのままスライム人間めがけて飛来した。
「!?」
スライム人間は骨格のある生物では不可能と思える身体の動きで破魔の曲牙の一撃を避けると、その意外な一撃の威力を認め、やや間合いを取った。
「判った?この破魔の曲牙は、魔物に対しては絶大な効果を発揮する聖なる力を帯びた刃なのよ」
ブーメランのように弧を描き戻ってきた破魔の曲牙を難なく受け止め、エリザは勝ち誇ったように構えた。
メルフィメール王国に幾つか伝わるマジックアイテムの一つ。彼女が唯一使用を許可されたその武器こそが、彼女の奥の手であった。
「成る程、確かに見かけよりは物騒な武器だな」
四散した腕を再生させてスライム人間は言った。だが、その口調には焦りや動揺は無い。
「物騒なのはこれからよ」
エリザが再び構えると、破魔の曲牙の刃部分が白い光を放ち始めた。その聖なる力を宿した刃の一撃を受ければ、どの様な類の魔族にも致命傷となる。
「魔よ!滅せよ!!」
エリザが光り輝く破魔の曲牙を再び放った。
先程の一撃とはまるで違う早さで飛翔するそれは、まるで生物の様に不規則な弧を描き、かつ正確にスライム人間に向かって突き進んだ。
エリザにとっても破魔の曲牙の実戦使用は初めてであった。だが、輝く刃がスライム人間の喉元に命中した時、彼女は勝利を確信した。
スライム人間は刃に宿った力の余波で、縦に真っ二つに分断された。
「やった!」
誰もがそう思うだろう瞬間であった。だが、一旦分断されたスライム人間の身体は、磁石の対極の様に互いを引き寄せ合い、接合し、もとの姿へと復元した。
「そ、そんな馬鹿な!」
戻ってきた破魔の曲牙を受け止めたエリザは驚愕の声をもらした。
スライム人間の特性を考えれば、起こり得て当然の状況であった。だが彼女は文字通り、破魔の効果の高い武器を用いているのである。その能力に絶対の信頼を寄せていただけに、この結果は信じられない物だった。
「何故こんな事が・・・・」
「簡単な事じゃないか・・・・」
動揺するエリザにスライム人間が当然の様に語りかけた。
「どんな御大層な武器でも、『対魔属性』である以上、その他の属性にとっては、『見かけより威力のある武器』でしかない」
「?」
「解らないか?・・・・こういうナリをしていても、俺は魔族じゃないって事さ」
「!?馬鹿なっ!!」
思いも寄らない発言に、エリザは思わず叫んだ。
「馬鹿も何も・・・そのご自慢の武器が効果を示さなかったのが証拠だろ」
確かに破魔の曲牙は物理攻撃性を向上させた類の武器ではなく、魔に対する効果を特化させているため、その一撃を受けて致命傷に至らない存在は通常モンスターあるいは人間の類と証明されたような物であった。
かつて、人間に化けた悪魔を識別する為にも用いられたとも言われる破魔の曲牙の経緯を知るエリザは、その能力を信じてはいたが、目の前のスライム質の人型生命体が、魔に属していないという事実が信じられないのである。
「貴様の様なおぞましい存在が、自然発生したというの?」
もしそうなら、彼女は創造神の美意識を疑い、その意図を問いただしたくなったであろう。
「それが、そうでもない。人の力の関与によって、俺はこの能力を得た。魔ではなく、人の関与でな」
「人の力で?」
ますますもって彼女は動揺した。異形の生物を生み出す技術は今も存在する。しかしそれは既存する生物・怪物の合成であり、少なからず『魔』・・・・つまりは魔法の力を必要とするため、破魔の曲牙が全く効果を現さないはずはないのである。
「詳しい理屈は俺にもわからん。だが、今、判る事は一つ。嬢ちゃんに、打つ手が無くなったという事だ」
勝ち誇ったスライム人間が一歩踏み出し、彼女との間合いを詰めた。
「ま、まだよっ!」
完璧に選択した武器のあてが外れたエリザであったが、それで逃げ帰る事ができるわけもなく、低い勝率という現実を省みず身構えた。
「嬢ちゃん、馬鹿だな。もっとも、こっちにとっては好都合だが」
「まだよ!」
エリザが破魔の曲牙を投げつけた。だが、結果を知ってか、その勢いは先の一撃には遠く及ばず、刃は発光すらしていなかった。
「おいおい、ヤケでも起こしたか?」
スライム人間は少し呆れた様子を見せると、今度は避けもせず破魔の曲牙をその身に受け、その粘性・弾性に優れた体内に取り込んだ。
「そら、これでこの武器は封じられた」
半透明の体内に透けて見える破魔の曲牙を指さし、スライム人間は勝ち誇って笑った。
「そうね・・・」
「!?」
この時スライム人間は、応じたエリザの瞳が絶望などとは程遠い光を宿している事を悟った。
次の瞬間、彼の不定形の身体は、自身の意志とは無関係に膨張し、内側から勢いよく弾けた。
内部爆発。スライム人間の体内に取り込まれたと同時に、破魔の曲牙に込められていた力を一気に開放したのである。
包み込まれていた状態にあったそれは、スライム人間の身体を内側から押し広げ、そして四散させたのである。
粉々になったスライム人間の身体は辺り一面に飛び散った。
その一部がエリザの身体にも付着したが、それが特に害でないと判るや否や、彼女は落ちていた破魔の曲牙を拾い、早々に魔王の消えた穴へと向かった。
その穴の中でもう一体の、甲殻のモンスターが待ちかまえている様子はなかった。スライム人間の勝利を信じて疑わなかった結果であろうが、追撃を行うエリザにとってはその状況は都合が良かった。あわよくば不意打ちを仕掛けられる可能性が出来たのである。
「そう遠くへは行ってないはず・・・・」
穴の手前で、暗い中を覗き込んだエリザは、意を決して中に入ろうとした。だが、予期しなかった力が彼女に作用し、その動きを制した。
穴の奥を覗いていた際に、身体を支えていた左手が外壁から離れなかったのである。
「!?」
正確には手が離れなかった訳では無かった。左手の手甲部分に付着していた僅かな量のスライム人間の身体一部が、まるで接着剤の様に外壁と左手を繋げていたのである。
「これは・・?」
スライム人間の身体が予想以上の粘着性を持っていたのかと判断したエリザは、力一杯左手を引き、その粘着を剥がそうとした。
「く・・・この・・」
だが、スライム人間の一部はゴムの様な弾力性も備えており、彼女の行為に抵抗した。
奇策により倒した相手が死して尚、障害となる体質だった事を知り、エリザは戸惑いを隠せなかった。
ともかくも、ここで時間を費やせば費やすほど、魔王はその目的の場所へと近づいていく。何を企てているかは想像の範囲外であったが、自分達に有益な物とは思えず、それを阻止するためには、早々にこの忌々しいスライム体を引き剥がさなければならなかった。
手段の一つとして、彼女は破魔の曲牙を構えた。攻撃手段として絶対的な効果は無かったにせよ、最初の攻撃で腕の切断をやってのけたのである。この肉片にも同様の効果がある可能性はかなり高い。
「早く追わないと・・・」
粘着物を振り払おうと右手を下ろそうとした彼女であったが、今度はそれを拒否するかのように右腕が頭上で硬直した。
「!?」
原因は一目で判明した。外壁に付着していたスライム人間の別の一部が、カメレオンの舌の様に伸びて破魔の曲牙ごと、右手を絡め取っていたのである。これも同様の弾力性を持っていたため、彼女は実質、両手を太いゴムで繋がれた状態に陥っていた。
「まさか・・・」
『そう、そのまさかだよ』
どこからともなく、あのスライム人間の声が響いた。
「ど、どこ・・」
『ここだよ』
視線を巡らし、声の発生源を探ろうとしたエリザのすぐ足下で、四散していたスライム体の一部と、唯一の特徴とも言える『眼球』が集まり、小さな頭部を再生した。
「ば・・・・化物よ・・・・やっぱり」
喋る半透明の生首を眼下に、これを人間とは絶対に言わないと、心底エリザは思った。
「まぁ、そういうなよ。さっきの攻撃、発想はよかったぜ。何しろ、俺が死にかけたんだ。ただ、息の根を止めるにはあと少し威力が足りなかった・・・・それだけのことだ」
「くっ!」
エリザは歯噛みした。起死回生を狙って破魔の曲牙最大の物理攻撃を試みたが、その基本特性故か、一歩力が及ばなかったのである。
「では、こうして実力差も分かってもらえたようだし、勝者の特権と行こうか」
スライム人間の頭は不気味な笑みを浮かべると、方々に散った身体を呼び集め、幾つかの塊を形成させてエリザの周囲に配置させた。
「何をする気?」
さすがのエリザも周囲を得体の知れない生物に取り囲まれては、不安げな表情を隠しきれないでいた。
「なに、親睦を深めるためのスキンシップ・・・・・いや、儀式というべきかな」
「ふざけないで!誰が忌まわしき男などとっ!」
彼女は思わず罵声をあげた。世間一般で見れば極端と思われるこの反応も、このメルフィメールではごく普通であり、男との接触は怪物とのそれにも等しいと思われている。
「つれないね~だが、嬢ちゃんには拒否権も抵抗する術もないんだぜ」
言ってスライム人間はエリザの意志を無視して行動を開始する。
幾つかの個体に分離していたスライム体がアメーバのように動きだし、足を伝ってエリザの身体に這い上がり始めた。
「う・・・く・・・」
その動きのおぞましさに、自由な脚をあちこちに動かしてその進行を阻もうとしたが、自由の利かない腕を経緯したスライム体もあり、たちまち彼女の身体はスライム体まみれとなった。
「な、何を・・・」
「お楽しみに無粋な鎧は邪魔だろ」
その言葉が合図だったように、不意に彼女の手甲が二つに分かれて地面に落下した。
「?」
エリザは何事かと落ちた手甲を見たが、事はそれだけで終わらず、それに呼応するかのように次々と鎧のパーツが分解して彼女の身から離れていった。
彼女の各所へと移動したスライム体が器用にも鎧の接合金具を外したり、あるいはスライムらしく溶解させたのである。
こうして彼女は抵抗の手段もないまま鎧を全て外され、薄手のアンダーウェアのみの姿となった。
「ほぉ、なかなか均整の取れた見事な身体だな」
露わになったエリザの身体を足元というある意味、特等席ともいえるポジションから見上げるように眺めていたスライム人間が、感心したように言った。
「やはり男は下劣ね」
「まぁ、そういうな。これでも賞賛しているつもりなんだ。ま、そんなことより始めようか。慣れれば結構、楽しいもんだぞ」
そうスライム人間がいうと、彼の幾つかの分体が、エリザの両腕を捕らえている分体と合体して容積を増し、増加した分が触手状となって彼女の身体へと伸びていった。
手首から胴へ、植物の蔦の成長を思わせる動きで腕を這い進む触手は、全体を微妙に震わせて、ジワジワと彼女の腕を刺激していった。
「うくっ・・・・んんっ」
手首から始まり、腕を徐々に進行してくる感覚に、エリザは思わず漏れそうになった声を堪えた。
快感ともとれるむず痒い感覚は、否応なしに彼女の神経を刺激し、その肢体を震わせる。
「やめ、やめなさっ・・ぃ」
エリザは腕に絡みつく触手を払い除けるべく、腕の自由を取り戻そうと振り乱したが、壁と腕を繋げるスライムを引き剥がすには至らず、その身は虚しく揺れ動くだけだった。
「そう、邪険にするな。さっきも言ったとおり、すぐに楽しくなるって」
「何を馬鹿な・・・・っっ!」
そうこう言っている間に、伸び続けた触手は腕から身体へと辿り着く。
「さて、ここからが本番」
楽しげにスライム人間がいうと同時に、触手の先端が現状で最も手近な要所とも言える両腋の下に潜り込み、グリグリとのたうち回った。
「!!!!!!っっっっっ」
その動きは、小さな穴に潜り込もうとする蛇や鰻の様でもあり、全身をジワジワ撫でられるのかと思っていた彼女には全く予想外な不意打ちであった。
「あくっ・・・・あっ・・・あっ・・・あぁぁぁっっっ~~~~」
エリザは身を強張らせてその刺激に耐え、唇をかみ締めて込み上げてくる感覚を抑えながら身を左右に振り乱して、再度、触手を振り払おうと試みた。
だが全てが無駄な足掻きであった。不意打ちから始まり、決められた終わりなどない責めに、長時間絶えることは不可に近く、彼女の限界はすぐに訪れ、必死に堪えていた表情を崩して吹き出してしまった。
「ぁぁぁっっくぁっっははははははははは!いや~~~~っっっっははははははははは!やはっやはっ、い、いやっっははははははは!く、くすぐったぁぁぁい!!」
その激しく身悶える姿は、責め手のスライム人間の期待に応えるものであり、被虐性を十分に満足させた。
「なんだ、思ったより弱いんだな。ん?」
腋の下の責めを続けながら彼は問う。
「いやははははははは!やめ、やめっ、ああはははははは、ひゃっははははははは!やめて~~~~~っぁっははははは!」
エリザは腋の下の刺激に過敏に反応して、その身を振り乱した。しかし腕にしっかりと絡みついている触手は、どんなに彼女が身を捩ろうとも、決して引き剥がされる事はない。
「どうだ?言ったとおり楽しいだろ?」
意地悪く問いかけるスライム人間だったが、それに応える余地すら彼女にはなかった。
断続的に加えられる刺激が彼女の神経に耐えられないくすぐったさを与え、休む間もなく笑いを込み上げさせているのである。
「いひひひひひひ、あはははっははははは、きひゃははああはははははは!」
「た・の・し・い・だ・ろ?」
スライム男は改めて、そして少し強めに繰り返すと同時に、腋を責めている触手を複数に増やし、それぞれを独立させた動きで上下させたり、あるいは回転させたりして新たな刺激を送り込んだ。
「~~~~~~~~っっっひゃはははっはあっはははははははははは!それっだめっ止めてぇ!」
腋の下の強烈なくすぐったさに、エリザは狂ったように身悶え、足を無秩序にばたつかせた。
「おいおい、もう少し大人しくしていろ」
その狂ったステップに、本体である頭を何度か踏みつけられそうになって、スライム人間は一旦彼女との距離を取ると、新たに呼び寄せたスライム体を、彼女の足元へと配置した。
「あひ!?あ、足が、ああはははははははは!」
笑い悶えながら彼女は自分足が地面から離れない事を知った。彼女の足元に展開したスライム体を踏みつけ、腕同様に『接着』されてしまってるのである。
これで彼女は四肢の自由を完全に奪われた事となる。
「どうだ、嬢ちゃん。楽しいだろ?」
ほんの少し、くすぐる力を弱めてスライム人間は三度尋ねた。
「た、楽しいわけっっぁぁっははははははは、楽しいわけ、あるわけない。はぁっははははは・・・・・」
エリザは全身から汗を滲ませ、激しく首を振って否定した。
「そんなに笑ってくれていてもか」
加害者であるスライム人間は、その笑いが当人が望んでの事でないのを承知しつつ、あえて問うと腋の下を責めていた触手を変形させた。
それは木の根の毛根を思わせるような変化であり、弱めの力加減で腋の下を責めつつ、本体から幾つもの細い触手を枝分かれさせていった。
それはアンダーウェアの隙間から中に入り込み、全身へと広がりを見せ、瞬く間に彼女のウェアには、メロンの表皮のような『筋』が浮き上がった。これは触手に身体全体が覆われた事を意味している。
「さてお次は・・・・・」
腋の下の責めが一旦止まると、エリザはほぅっと息をついて項垂れた。手足の自由が奪われていなければ地面にへたりこんでいたであろうが、もちろんそれは許されなかった。
スライム人間の言動から、まだ何かされると分かっていた彼女だったが、くすぐりという予想外の苦しみからようやく解放された彼女の身体は、何よりも回復を求めていたのだ。
しかし無慈悲なスライム人間は、彼女の呼吸が僅かに整った瞬間を見計らって全身に広げた触手を一斉に振動させた。
「っはぅっ・・・ひっ・・・あうぅ」
全身を駆け巡った微妙な刺激に、項垂れていたエリザの身体はピクンと跳ね、モジモジと身を再び捩りだす。
触手は微弱な振動を維持し、彼女を責め続ける。縦横無尽に広がる触手は彼女の背筋や胸や股間と言った性感帯部分にも容赦なく触れており、くすぐったさと快感の入り混じった刺激を与えていた。
「どうだ?愉しんでるだろ?」
「なに・・を・・うくっ・・・ば・かな事を・・・あっ・・・」
エリザは汗にまみれた顔を真っ赤にしてそれを否定した。
実際、彼女の身体を駆け巡る快感は、不覚にも甘美と思えるモノであったが、それをこのスライム人間の前で認める訳にもいかず、懸命に肯定する声を漏らさないように耐えていた。
もちろんそんな様子をスライム人間は見抜いている。それを承知した上で責めつづめ、健気にも耐えて身悶える姿を眺め、そして訪れる限界を想像して愉しんでいた。
「くぅふふふふふふふ・・・・んっ・・・くひひひひひひひひ、あくぅぁぁ・・・・」
時にはくすぐったく、時には快感へと、僅かなきっかけで変化する微妙な感覚にエリザは翻弄され続けた。
せめて拘束から逃れられればとは思うものの、その手段が彼女にはなく、ただ与えられる刺激に耐えるしかなかった。
(このままじゃ、このままじゃ・・・)
反撃や逃亡の余地のない耐えるだけの状況が続けばどうなるか、彼女にも簡単に想像はできる。だが、分かっていて何もできない事態が更に焦燥感を煽っていた。
「見る限り、嬉しそうにみえるんだがなぁ・・・・」
意地悪いスライム人間は、触手の振動をあげて全身への刺激を強めると同時に、腋の下近くの触手で、彼女の腋の下を軽く引っ掻くような刺激を加えた。
「いやぁっっはははははははは!それはダメっっはははははは!はひゃははははははは、あははっははははははは!いひゃっはははははは!」
それは彼女の苦手とする感覚であった。耐え難い腋の下への刺激がスイッチとなって、全身の微妙な刺激は一気にくすぐったさへと変化し、エリザの身体は激しく揺れた。
だがしばらくすると、振動と腋の下の責めは弱まって、全身の感覚は再びくすぐったさからムズムズとした快感へと移行する。
そしてそれが続くかと思うと、不規則にくすぐりに寄った刺激が加えられ、彼女の身体を翻弄した。
その不完全燃焼な快感とくすぐったさの反復責めに、彼女の精神的防壁は急激に消耗していく。
「は、はひっ・・・は・・ぁあ・・・だれか、たすけ・・・・くぅふふふふぁぁぁああ」
延々と続けられる責めで朦朧とし始めた意識の中、エリザは唯一助かる可能性であろう、仲間の救援を願った。
しかし、もともと単独での追撃であったため、その望みも実際の所は低い。国内に彼等がいる以上、討伐部隊の派遣は確実ではあったが、それが今すぐという事はまずあり得ない。
虚ろな表情となり、涙・涎をだらしなく垂らしながらなお身悶えるエリザにとっての、奇跡はやはり訪れなかった。
望んでいた救いの代わりに、『それ』は唐突に訪れた。
艶やかに身悶えていた彼女ではあったが、それでも意志は必死に転落を抑えていた。
だが、突如彼女の中で意識が弾けたかと思うと、快楽とくすぐったさが束になったような感覚が全身を襲った。
「きぃやぁっっっはははははははははははははは!!!あ~~~っっっっひゃはははははははああははははははははあはあははっっはははあっはあははははははは!!!あっあっあっあ~~~~~~っっっっっ!!!!」
エリザは首を振り乱して大笑いし、その身をビクビクと弾けさせた。
必死に堪えていた精神的な防波堤が度重なる責めで限界に達し、そのタイミングを見計らって強められた触手の刺激によって、遂に決壊したのである。
墜ちてはならないという理性が負け、堪えていた刺激を一気に受け入れてしまったエリザは、その瞬間に強まった二つの感覚に耐えきれず、遂にくすぐったさの中にありながらイッてしまったのである。
抑えていた分、その反動も強烈で、それに耐えきれなかった彼女の意識はたちまち身体を駆けめぐる感覚に押し流されながら、闇に呑み込まれていった。
『あっあっあっあ~~~~~~っっっっっ!!!!』
遺跡の奥、およそ人工物とは思えない生物的脈動感のある部屋で、魔王達はエリザの断末魔とも思える声を聞いた。
「終わりましたね・・・・」
従者モンスターが見えない背後を振り返って言った。
だが、彼の主たる魔王はその言葉にも関心を示さず、目の前にある物体を見つめ続けていた。
「・・・・・・」
従者はそれ以上語ることなく、主の動向を見守った。
魔獣は確かに実在した。だがそれは従者の思い描いていた物とはかけ離れた、肉の塊・・・いや、大きな薫製とでもいうべき、朽ち果てた存在であった。
だがそれでも、魔王の目は落胆の様子など見せてはおらず、念願の宝を発見した盗掘者のような輝きを見せていた。
「気になるか?こいつが」
見透かした様に魔王が問うと、従者は畏まって頭を下げた。
「眠っているんだよこいつは」
肉の塊に手を触れ魔王は言った。
「余計なエネルギーを消費しないために・・・・な。だがそれも、事が始まればじきに目覚める・・・・」
「は・・・・では・・・」
「ああ、全員を招集させろ。宴の開催だ!」
強い意志を込めて魔王は言い放つ。それは長年鬱積した思いが解き離れた瞬間でもあった。
閉鎖的国政、そして何より地理的環境によって外界からの接触を断つ事で『平和』を維持していたメルフィメールは、この時より動乱の時代へと突入するのだった。
塔R-復活編-・・・・などというと言いすぎでしょうね。
ともあれ、塔Rの第1話をお送りします。
この「1話」ですが、これは当時、「R」の書き下ろしとして制作しました。
初代の掲載地である「館」には、この襲撃のエピソードが、存在せず、既に襲撃された時点から物語が始まっていました。
これは、「館」で言うところのキーンの存在など無い時の作品であり、前半のメルフィメール攻防戦までが当初の「塔」の全てだったのですが、後に色々なところから続編の要望がでた事から続編、即ちキーンその他の存在が生まれました。
そしてそれを「R」にする際、この2編を繋げる為という事で、数行の説明で終わっていた、この襲撃編を作り上げた次第です。
当時は、先程言った、襲撃エピソード数行分をカバーするだけの存在であった1話ですが、魔王単身で乗り込むのもアリだけど、少し寂しい・・・・相手が強力だって知らしめよう・・・みたいな感じで、従者二名を登場させたのですが、その後の処遇(キーンとの対峙)も必須となってしまい、更なる苦労を背負い込みました(笑)
この従者二名は、やはり書き下ろしとなって中盤、強引に組み込みました。
ちなみに、従者のコンセプトは『剛』と『柔』って事で、堅い甲殻系と柔らかいスライム系になりました。