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2011/02/13(日)に投稿された記事
くすぐりの塔外伝 -届かぬ想い、求める心-(後編)
投稿日時:21:34:08|コメント:1件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔外伝RF
用語解説もあるよ!でもちょっと待ってね・・・今加工してるのララバイ北関東。
あたりは何事も無かったように静まり、室内の変貌が夢の中の出来事にも思える平穏さは、否応なしに現実を思い起こさせた。
静けさの中、一人になった事で、また不毛な思考が広がりそうになったキーンは、気を紛らそうと誰もいないはずの謁見の間で叫ぶ。
「・・・・マッチャ!」
『は、ここに・・・』
キーンからやや離れた空間で小さな返事が生じ、その空間の一角が水鏡に様に歪むと、その中から小柄な半透明の身体をしたゴリラの様な物体が姿を現した。
見るからに笑いと不思議さを見せつけるそれは、まがいなりにも魔族であった。
それは、過去にキーンが自分を倒してくれるかも・・・と、期待をかけて塔内に残っていた召還球を用いて召還した存在であった。
だが召還球は、セイファート召喚に用いた物より質が悪かったこと。召還者であるキーンの知識が不足していた事から、呼び出されたそれはセイファートには遠く及ばない下級の存在となった。
それでも魔族なら・・・と、実力勝負を挑んだ結果、キーンが勝利してしまい、呼び出されたそれは新たな配下となって、使い魔的な存在となっていた。
実のところ、この者の本名は長い。人間数人分の名前を連続して呼ぶような長さに面倒くささを感じたキーンが思いっきりそれを省略し、『マッチャ』と命名したのである。
「客人はどうしてる?」
『・・・・・まだ塔内です。何やら夢中のご様子で・・・・』
あらぬ方向に視線を向けてマッチャが答える。それは適当な発言などではなく、実際の状況を『見て』の報告であった。
「いくらかは理解しているって事かな」
『そのようで・・・』
マッチャは戦闘力そのものは低かったものの、空間移動能力という特殊能力に秀でており、相当離れた場所であっても、彼は隣の部屋の扉をくぐるかのごとく容易に移動ができた。
また、移動が出来ると同時に、異空間内で覗くだけという行為も可能であり、椿などと連携しての偵察においては重宝されていた(簡単に言えば、千里眼的扱いを受けていると思えば良いだろう)。
それを用いてセイルの様子を手早く確認したキーンは、まだしばらくは彼が戻ってこないと考え、手持ちぶさたとなった事を実感し、持て余した時間を解消すべく玉座を立った。
『どちらへ?』
「牢獄だ。客人が戻るかクォバリスの情報が入ったら呼んでくれ」
『承知しました。お楽しみを・・・』
恭しく頭を下げると、マッチャは再び空間をゆがめてその中に飛び込んで姿を消した。
「お楽しみ・・・か」
どことなく不満顔を見せて歩き出したキーンは、謁見の間の端の床に、隠されるように描かれていた小さな魔法陣の上に立った。
魔法陣はキーンに反応して小さな輝きを放つ。その光は光量を増して彼を包み込み、その身体を消し去る。
同一魔法陣間による瞬間転移によって、キーンは牢獄と称した旧メルフィメール城内下層に位置する空間に移動した。
そこは文字通りの場所で、城が彼の物になった際に改装された数少ない場所の一つであり、物理的出入り口の存在しない密室となっており、唯一の出入り方法が、キーン以外では発動しない、その魔法陣のみとなっていた。
キーンの移動したそこは、かなりの広さがあり、百に届くと思われる数の女性が思い思いの場所で、生気なくうずくまるなどして、無為な時間を過ごしていた。
天井には魔法の光源があり自然光に近い光がともされてはいたが、場の空気は重く、やはりここが『牢獄』と思わせる雰囲気が漂っており、そこを見学できた者がいたとしても、ここがキーンのハーレムなどと思う者はいないだろう。
ここは彼にとって復讐の場とも言える場所であり、溢れんばかりの憤りを闘いの場以外で僅かながら解消できる数少ない場所だったのだ。
ここに幽閉されているのは旧メルフィメールの国家重鎮達と、欲望を持ってキーンに挑んで破れた敵対者達(女性限定)である。彼女等は、逃げ場のないここで、予告のないキーンの不定期な訪問を受けては、気まぐれな行為による生き地獄を味わう事となる。
「皆さん、お久しぶり~」
彼女達にとってキーンの来訪は望まないものである上に、事前予告も周期も定まっていないため、恐怖でしかなかった。
陽気な挨拶とは裏腹に、どんな懇願も受け入れない無慈悲な顔があることを知っているが故に、一同から歓迎の声はでない。むしろ明日のない悲観的な空気が一気に緊迫した空気へと代わり、魔王キーンがどの様な戯れをするつもりなのか、気が気ではなかった。
彼女等には既に抵抗心や反抗心が失われていた。広い部屋の中で誰一人として隔離も拘束もされていなかったが、ここにいる全員が団結して刃向かっても、素手の彼にも太刀打ちできない事が過去に実証されており、逃げ出す事すらできない状況によって、絶望だけが得られる物となっていたのである。
「ここのところ諸国との戦争でろくに相手もできずに悪かったな。今回、希望者がいれば相手になってやるが、誰か名乗り出る者はいるか?」
無論こんな話に手を上げる者などいるはずもなく。あるのは静寂とささやかな敵意のみであり、それも当然だとキーンも納得していた。
「なら、いつもの方法で選出しようか・・・・」
この発言にも賛成・反対の意見は生じない。だが、彼女達の表情には非難・拒絶の意思がありありと表れていた。
聞き入れるか否かは別にして、様子を見て判る事であっても、明確に意思表示しない以上、キーンは自分の行為に何ら手心を加える気はなかった。
彼がゆっくりと歩き出すと、その前進に合わせるように女達が退いていった。そうした忌避的行為はもはやここではお馴染みの光景となっていたため、それを気にとめる事なく彼は部屋の中心に到達すると、意識を集中させて再び『秘宝』を発動させた。
途端に彼のすぐ近くの床が左右に分かれ、その中から台座がせり上がった。
台座にはレールやチューブ状の物体で組まれた何かの遊技台のミニチュアと思わしき物が設置されており、初見の者が一見した程度では、何の遊技台か皆目見当がつかなかったが、それこそがこの場の誰を餌食にするかを選出する際に用いるキーンの戯れの道具であった。
既にそれが何を意味するかを知っている女達の怯えた様子を後目に、キーンは台座の脇に設置されているケースを開いた。
そこには、それぞれの色に若干の差は見られるものの、全て同じサイズの宝玉が詰め込まれていた。
宝玉の数はこの部屋の女達の数と同じであり、呪術によって作られた分身とも言える物体であった。つまりは、この宝玉一個がこの中の誰かに同調しているのである。それを個々に見分ける事は、キーンにも不可能であった。だが、それだからそこ、彼がこれから行う『選出』が余興として楽しめるのである。
「それでは・・・と・・・」
ケースにキーンの手が無造作に突っ込まれ、宝玉をかき回し偶然的に掌付近にあったそれを三つ掴んで取り出した。
「さて、今回は三人だ。健闘を祈るよ」
言ってキーンは、手にした三つの宝玉を周囲に見せつけ、それを遊技台のレールの先端に設置した。
レールは斜面になっており、宝玉はすぐにレールのコースに沿って転がり始める。右に左にとコースを変えながら宝玉は加速を増して、管状になった部分へと突入する。
「ひゃうっ!?」
「アーニス!?」
突如、女達の中から堪えようとして堪えられなかった声が漏れた。すかさずキーンがそこへ視線を向けると、一人の少女が床にへたり込んで小刻みに身を震わせていた。
宝玉が突入した管は、内側に柔らかい毛がびっしりと生えた状態となっており、そこを通過する宝玉をソフトに撫でるようになっていた。その宝玉に同調している者にとっては、それは全身をいきなりソフトな羽根責めにされたのに等しく、その不意打ちに耐えられなかった宝玉の該当者アーニスは、思わず声をあげてしまい、自らの存在を誇示してしまったのである。
「一人目はお前か」
無慈悲な視線が彼女を捉え、秘宝が活動を開始した。
アーニスの周囲が何の前触れもなしに軟化し、彼女を中心にV字型の壁の様な物を展開して挟み込もうとしだす。
「あひっ!はぁぁぁ!!」
その時、別の方向で新たな悲鳴が生じた。二つ目の宝玉の該当者である。
「バーシャ?しっかりして」
周囲にいた仲間達が駆け寄るが、それでどうする事もできない。既に彼女はキーンに視認されており、秘宝も発動していたのである。
「い、いやぁぁっ!」
遠目に見えたキーンの笑みに恐怖感を感じたバーシャが、無意味にもその場から駆け出すが、そのタイミングを見越していたかのように、床が管状に変質し、管虫が地表の虫を捕食しるかのようにして彼女を捕らえていた。
「さて、後一人は誰だ?」
宝玉は同時に転がしている。従って反応があってしかりのはずが、その手の声はこの二人以外にはまだ生じていない。
こうなる前に、仲間思いがわざと身代わりになる・・・・事も以前はあったが、受ける苦しみの大きさと、今後もこうした行為は行われるという認識から、今は進んで餌食になろうとする者はいなくなっていた。
「単純に耐えているか・・・・・」
呟き、周囲を見回し続けるキーン。ある意味、感心していたが、周囲への視認が数回目に達した時、彼は三人目の該当者を発見する。
彼女シンシアは、全身に生じた心地よくもくすぐったい感覚に声を出すまいと、必死に堪えていた。だが、彼女に出来たのはそこまでであり、受けた感覚によって生じる身体の反応まで抑える事ができずにいた。
「惜しかったな」
ピクンピクンと不自然に身体を震わせるシンシアを発見したキーンは、三人目の捕獲を秘宝に指示した。
「!」
キーンと視線が合った事で見つかった事を自覚したシンシアは、身悶えながらもその場を離れようとしたが時既に遅く、彼女の周囲の床が突然沈み込み、アリ地獄の様な形状へと変化した。
こうして選ばれた三人の望まぬ地獄が開始される。
「うくっ・・ぅぅぅ・・・」
アーニスはハエトリソウの様に左右から閉じようとする壁を左右に広げた両腕で必死に支えていた。
どちらか一方に背をつけて両手両足を用いて抵抗する方が効率が良かったのだが、そうできない理由が彼女にはある。
壁面からは何本もの触手が生えだしていて、獲物を挟み込むのを待ちかまえていたのである。この状況で背をつけようものなら、触手が殺到して彼女の身体をまさぐり、そのくすぐったさに耐えられないのが目に見えており、それ故、条件の悪い体勢で堪えるしかなかったのである。
「アーニス頑張って」
周囲の仲間も何とか助け出そうと集まって閉じようとする壁を抑えにかかるが、加勢が生じた分だけ壁の力も強まり、彼女が手を離して隙間から抜け出すチャンスが見いだせないまま、無為な時間だけが経過する。
このまま持久戦に持ち込んでも結果は同じであったが、その手間を省略するように触手の一部が伸び、壁を抑えているアーニスの腕を伝わり這い上がっていく。
「あっ、いやっ・・ちょっ・・・」
身体に迫る触手の意図を察知するアーニスであったが、壁の事で手一杯だった彼女に、触手を振り払う余力などあるはずもなく、触手は何の妨害も受けないままあっさりと目標地点に辿り着くと、壁を抑える為に開かれ、無防備状態となっていた脇の下をその先端でソフトに撫で回した。
「あひっ、あひゃっあっっははははあはあっははあははは!ちょっ、ずるい、そ、そんあぁはははははは!」
隠すことも逃げることも出来ない状態で両脇の下を責められたアーニスは足をばたつかせて吹き出した。
「やっやっやはははははっっはあははははは!」
首を振って笑い苦しむアーニス。たちまちその手から力が抜け、壁の幅が縮まって行く。
「アーニス!しっかり!」
「頑張ってよ!でないと!」
無理だと判ってはいてもそう言うしかない仲間達は、何とか助けてやりたいと壁をこじ開けようと試みるが、事態は外部の関与に全く関係なく進展する。
「もうダメぇ~たす、たすけっ・・・・」
遂に耐えきれなくなったアーニスが、仲間に向けて手を差し伸べたその瞬間、壁が完全に閉じた。だが、押しつぶされた訳ではない。その寸前の隙間を残して壁は停止し、前後からサンドイッチ状態にしたのである。
本来なら存命に喜ぶべきところであるが、この場合はここから彼女の地獄が始めるのである。
アーニスは挟まれる間際の行動のせいで、頭と右腕を壁の外に出す状態となっていた。その体勢のまま、壁の内側では触手がうねり、挟まれて逃げ場のない彼女の身体を一斉にまさぐりだしたのである。
「いははははははははっ!いやっはははははははははっ!!あはっあははっあひひゃっっっはははっははははは!くすぐったぁいよ~っっっひょほほぁっはっはははははは!!」
触手のうねり・撫で・グリグリ責めが前後左右から行われ、身動きもままならぬアーニスは狂ったように笑い叫び、かろうじて自由な首を振り乱し、右手で壁を無意味に叩いて悶えた。
その苦しみを痛感できる仲間達は改めて壁を開けようと力を合わせるが、それも無駄な労力でしかなかった。
「何とか引っ張り出せない?」
数人がアーニスの右手をとって引っ張り出そうとする。だが、そうした動きを察知すると触手の数本が彼女の身体に絡みついてそれを阻止し、戒めとばかりに責める激しさを強める。
「いやはははははははははっはっっははははは!だめだめだめぇ~ひひゃっはははっはあはっははは!!」
狂ったように笑うアーニスを前にして、仲間達は成す術などなかった。
無論バーシャにも助け出そうと周囲の仲間達が殺到していたが、その努力は報われていない。
彼女は腰から下を胴回り程もある太い触手に呑み込まれ、床に這い蹲っていた。その姿は大蛇に呑み込まれているようにも見えたが、事態はある意味、それより悪かった。
触手の内側では、大小無数の触手が蠢いて呑み込んだ部分に殺到し、人の指先では不可能なくすぐったさを与えていたのである。
「いひゃっっはっはあははははははははっはあははははは!!!あぁぁぁっっっ~~~~~~っっはははははははははあはあはっはっはっははぁっはははっははは!!」
下腹部、尻回り、脚の付け根、太股、膝、膝裏、足首、足の裏、足指の間といった主立った弱点を、一斉かつ不規則に責められ、バーシャは狂ったように笑い悶えた。
その地獄の管から何とか彼女を助け出そうと数人が手を掴んで引っ張り出そうと尽力するが、呑み込まれた下半身は吸いついたまま抜けず、くすぐったさに耐えきれなかったバーシャが自ら手を振り払って、床そして下半身を包む太い触手を無駄に叩き続ける。
「くすぐったぁぁ~~~~いぃやっっはははははははははは!!だめっははははっはははははあはひゃっっはははっははだめぇぇぇ!!!」
バーシャにとって下半身全体で生じるくすぐったさは、それだけで地獄の苦しみであった。だが、彼女にとっての地獄は始まったばかりであり、これからが本番となる。
ずりゅ・・・ずるっ
不気味な脈動を伴って触手が蠢く都度、バーシャの身体は徐々に触手に呑み込まれて行った。
腰から臍、胸の下へと呑まれるにつれ、身体に生じるくすぐったさは範囲を広げ、バーシャを更に狂わせる。
「きぃぃぁっっははははははっはははっはははっ!あははははっははは!くるっ狂っちゃうぅぅぁっっははははっははあっははっははははは!」
なす術なく悶笑するバーシャであったが、実際には発狂の危険性は限りなく低い。そこまで至らないようにする配慮がキーンによって成されているためであるが、これは手心とは全く逆の、可能な限り生き地獄を与えたいとする発想による行為であった。
じわじわと、そして死や発狂に至らない刺激が徐々に広がり、首にまで至った時、その刺激は頂点に達っした。
激しく抗ったため、両腕は触手に呑み込まれなかったが、逆にそれが仇となっていた。首位置に至った触手は同時に脇の下をも覆っており、彼女の体勢はバンザイ状態となって身動きできなくなっていたのである。
そうして完全に無防備な脇の下へ、内部の触手が群がって、強烈なくすぐったさを断続的に与え続けた。
「はひゃっはぁっっはははっははっははあははっはあはははあははははは~~~~!!!」
脱出も発狂も許されない状況の中、バーシャはただ一つ許された行為である笑いを狂ったように続けるしかなかった。
そして、一番災難だったのがシンシアとその周辺にいた者達だった。
彼女は逃げだそうとしたところを、すりばち状に変化した床に捕らわれた訳だが、変化範囲内にいた全員がその被害を受けていた。
正確にはシンシアを含め、四人がその斜面に捕まって滑り落ちそうになる身体を必死に支えていたのである。
これがただの床材質のままであれば、這い上がる事も容易だったかもしれない。だが、床の表面からは生物のように滑り気のある粘液が分泌され、女達が登ろうとするのを阻害していた。
下手に動こうとすれば底に滑りそうになるのを彼女等は必死に堪え続ける。
無論それには理由がある。そのアリ地獄同様のすりばちの底には、無数の触手を生やしたイソギンチャクのような物体が、獲物の到来を待ち構えていたのである。
四人の犠牲者達は下手に動くこともできず、現状維持だけで徐々に体力を消耗し、周囲の仲間達の差し伸べる手も届かず、見守る事しかできなかった。
遠からず、本来の獲物であるシンシアと、巻き添えを喰らった三人の女達は、這い上がる事もできないまま体力を消耗させて滑り落ち、底のイソギンチャクの餌食となるのは目に見えていた。
結局、彼女達がどう抗おうと、この場の支配者たるキーンが許さない限り彼女達は決してこの責めから脱出する事はない。
そうして苦しむかつての敵対者達を、毎度キーンは悪意に満ちた笑みで眺めていた。
全体的に見れば、先だってのファーラとやっている事は似たような物であったが、配下の女とこの場の者達とでは決定的に異なる点が一つだけあった。
それは、直接手を出すか否か・・・・である。
言葉にすれば些細な際であったが、これこそがキーンが内心で抱く思いの現れであったともいえる。
かつて、この城の住人であった女達がキーンに対して思ったように、彼も彼女等と容易く肌を合わせたいとは思わなかったのである。それは子供じみた仕返しの意志でもあったが、そうした彼女達の存在がキーンの溢れる負の感情のはけ口となり、結果として彼は、世界に対し『本当の魔王』とならずにすんでいたのである。
ただ、当人はそうした自覚を得てはいなかったが・・・・・・
結局セイルとキーンが互いに顔を合わせたのは、翌日になっての事だった。
セイルが夢中になりすぎて塔内に籠もっていた事もあり、ゆとりを持って落ち着いた状態での返事を聞きたいとキーンが配慮しての事だった。
「それじゃ、返答を聞かせてもらおうか?」
昨日と同様、自室にて二人だけになったところで、キーンは本題に入った。
「はい・・・僕自身がより多くの知識を得る必要もありますが、あの設備と資料を活用する事は可能です」
何より設備の状態が良かった。と、セイルは内心で付け加えた。知識が理解できても、おそらくは自力では造れないだろう主要設備が破損していれば、全ては無駄になっているところであった。
「先代みたいに、古種の再現ができるんだな?」
本当に嬉しそうにキーンは念を押した。
「理解できていないところもあるので、すぐに思うような能力付加は不可能です。作っていけば解析は可能ではありますが・・・・」
つまるところ、それは人体実験を示唆している。判らない部分は、実際に試してみてその結果を積み重ねる事で、不明部分を把握していく・・・・ただ、その為には多くの人命が必要となり、それを率直に口にする事をセイルは躊躇った。
「それで?俺の望みは叶えられるか?」
「多分・・・・不可能です」
セイルは思うところを正直に述べる。
「・・・・・・それはどちらの意見だ?」
少し不満げな表情を見せてキーンが問う。
「?」
「クォバリス帝国の一員であるセイルか?一人の人間としてのセイルか?」
知識的に不可能なのか?人としての良心が止めているのか?それをキーンは問うているとセイルは察した。しかし彼の返答は、そのどちらでもない学者セイルとしての意見であった。
「わ、私は質問に対してのみ、正確に答えているつもりです。あなたの望み・・・『魔王キーンを殺せる能力を持った存在の創造』が不可能なんです」
相手の意にそぐわない内容の返答。魔王の肩書きを持つ存在に対するそれは、セイルにしてみれば勇気を総動員する進言であったといえる。
「だが、多分・・と言ったよな。可能性はゼロではないんだな?」
「その点は・・・イエスです」
鋭い・・・と、セイルは思う。
「俺が遭遇した古種だけでも、その能力の多彩さはかなりの物だった。それを突き詰められれば、いずれは・・・・」
「文献にある技術を再現しただけでは魔王キーンは倒せません」
「・・・・・」
明確な意志を込めて発せられた言葉に、キーンは口を閉ざして彼の意見に耳を傾けた。
「従者の方に少し話を伺いました。あなたは魔王を称する以前から古種との闘いに勝利していると・・・・あの資料はおそらくその当時の製法や研究記録です。今に至るあなたを、あの時の古種で倒せるとは思えません」
「ならば更に研究して、より高い能力の開発と付与。強い個体の製造はできないのか?」
「現状では返答しかねます。僕が理解できるとも、発案できるとも限りません」
「正直だな」
「この件に関しては、気休めの嘘など一瞬で崩壊してしまいます。それに、現時点での意見ですが、古種は高い能力を持ってはいても、言ってしまえば一つの用途に特化した存在です。得た能力故に不向きな状況や環境が生じてしまう傾向が大きく、万能戦士とも言うべき貴方・・・闘気士キーンとの相性はあまり良くありません」
そう言えばそうだったと、キーンは過去の闘いを思い起こす。
「では、万能型・・・」
「万能型とされる個体も製造可能なのでしょうが、何度も言いましたように、今の僕では何とも言えません。結局のところ、あの資料の一部を理解した程度の知ったかぶりでしかないんですから」
「研究してモノには出来る可能性はあるわけだ・・・・」
「それは・・・そうです・・・・・」
その返答を得て、キーンはしばし考えこむ。その様子を黙って見つめるセイルには、どういった発案が成されるか容易に想像できた。だが彼は、いつまでもそれに従ってここに居座るつもりはなかった。命の恩人であり、その心情も理解はできるものの、できるなら一刻も早く国に戻り、愛する者の顔を見たいと思っていた。
故に彼は、キーンの言葉を待たずして、自分の考えを進言し始めた。
「あの・・・・」
「ん?」
「もし、手段を選ばずともよいなら、その技術をクォバリス帝国へリークされてはどうですか?あの国は魔法生物創造に秀でています。僕の上司にも優秀な学者がいますし、この資料があれば・・・・」
「ああ、試した事はある」
「?」
手段を問わないのであれば、この案は受け入れられる。そう思っていたセイルは、既に実証済みとするその返答に困惑した。
「クォバリスより以前に闘った幾つかの国でその手を使ってみた」
「そ、そうなんですか?それで・・・・?」
「結果、今も俺は生きているだろ」
両手を左右に広げて自身を誇示するキーン。
「実験の失敗ですか?」
「いや、もっと質が悪かった」
「?」
最もあり得る事態をあっさり否定され、セイルはまた困惑した。
「ある国では、渡した情報を罠だと勘ぐって信じなかった。その国とは戦時中だったのがまずかったんだと思って、今度は交戦状態になっていない国で同じ事を試みたが、その国は、得た技術に溺れて第二の魔王軍になりかけた・・・・・」
そうした心情は理解できる範疇だった。
抗争状態にある相手から『自分を倒してくれ』と言って、情報を提供してもらったところで信じるのは難しい。どこの世界に自殺願望みたいな思いを抱く魔王がいるか・・・となって当たり前なのである。
そして後者は、人の心の闇の部分そのままである。数段進んだ「力」をいきなり得た人間が抱く邪な欲望は、理解不能な感情・心情ではなかった。
そうなるか・・・と、セイルは思い、人の心の闇の奥深さを苦々しく感じた。
「では・・・僕がクォバリスに持ち帰って・・・・・」
「それはお止めになった方が良いかと存じます」
会話に女性の声がわって入った。その方向をセイルが見ると、いつの間にか、忍者装束を身に包んだ女性が部屋に訪れており、片膝を折って頭を下げていた。
「・・・ああ、そうか・・・」
その女忍者、椿を見て、思い当たる事があったキーンは納得して頷き、セイルに確信めいた口調で言った。
「セイル、確かにお前は国に帰らない方がいい」
この唐突な発現に、セイルは目を見開いて驚きの表情を表した。
「何故です?僕はクォバリスの人間です。頭から罠とは判断されないと思いますし、僕の研究だという事にしても・・・」
「それ以前の問題なんだ。お前・・・・既に死んで英雄扱いされている」
「え?」
思いもよらない話であった。自分は今、生きている。にも拘わらず正反対のことが事実となっていると、キーンはいうのである。
「セイルだけじゃない。あそこで捨て駒になった連中全員、魔王の手にかかりながらも道連れにした英雄って事で大きく祭り上げられて、早々に追悼式まで行われたそうだ。国民感情を一致させるためにな・・・・」
「!?・・そ、そんな・・・僕は・・・」
生きていると言いたかった。だがそれもキーン在っての事であり、そうした気まぐれの関与がなければ、実際に彼は文句の言えない存在になっていたのは確かであった。
ショックを受けるセイルに、キーンは更に追い打ちをかける。
「国民の統制と事実の隠蔽。そこに、セイルが生きて帰って見ろ。君を知る連中はたちまち騒いで、注目の的になって国の上層部の耳にも届くだろう。だが、あの惨劇の生き証人をマイナス要因とは考えても、英雄としては扱えないだろう。犠牲が大きすぎたが故に、事実の漏洩を恐れる首脳陣は、高い確率で君を消すな」
「・・・そんな、それじゃ、僕が黙っていれば・・・・」
「今回の『英雄』は、死者であるからこそ英雄なんだ。生者は国のお偉いさんにとって、潜在的危険性でしかないだろう。それを排除するために、既に殉職者になっている者を再度死者にするくらいは平気でやるさ。知られたくない真実を隠すために、下手をすればセルが帰国して接触した者の全員が、抹殺リスト入りする事すらあり得るぞ」
「そ、そこまでするはずは・・・・」
「大儀を掲げて大勢を捨て駒にする連中ほどそうするさ。さっき、情報を敵国へ漏洩させたが信じなかったって話をしただろ。その方法として、捕虜を使ったんだ。解放と引き替えに情報持ち帰り、国のお偉方に渡すように・・・・ってな。だが、捕虜達は罠を持ち込もうとした偽者と判断されて処刑されたっていう後日談があるんだ。疑いだした人間は、特に自分がやましい行いをしていれば、なかなかに信じてはくれないものだ。だから、せっかく拾った命を無駄にするな」
経験上語られる内容は実に生々しかった。あの惨劇と、自分の知るクォバリス軍の情報部の性質を正確に考えれば、キーンの話と仮定は信じるに値する内容であった。
だがそれでも譲れない事情が、彼にはあった。
「でも・・・・でもっ、国には・・・・国には僕の婚約者がいるんですよっ!!今回の戦闘では絶対生還して・・・・・一緒になろうって・・・約束したんです!!!」
この時セイルは始めてキーンの前で感情を爆発させた。その様子に自分に通ずる面を察したキーンは、セイルにゆっくりと近づき囁いた。
「なら、取引をしようじゃないか」
「取引?」
「婚約者を保護してやる。その代わりにあの研究を進めてくれ」
それはセイルにとっては悪魔の囁きにも等しい申し出であった。
「で、出来るんですか?」
「彼女が公表に悲観して、既に自決していない事が前提になるが、クォバリスには攻め入るつもりでもあったからな、所在を教えてくれれば、救出を計画に組み込む。断れば、俺が関わらずとも、望まぬ不幸がお前達に待っているだけだ」
セイルの様子から、悪魔の滴での回復が、その婚約者による精神的支えによるものが大きいと察したキーンは、その点に触れて徹底的に揺さぶりをかけた。
愛しい者を失う苦しさ・悲しさを知るが故にその言葉には重みがあり、それを本能的に察したセイルの心は徐々に一定の方向へと傾いていく。
「回避できる不幸は避けるべきだ・・・・」
思案するセイルにキーンは更に囁く。
「・・・・・・・」
結局、精神的な弱点を攻められた続けたセイルは、悪魔との取引を選択した。
最愛の人物と生きて再会を果たす。そのありきたりながら強い欲求に抗えなかった彼は、
1)自分も同行する。
2)戦火を民衆に広げない。
という条件付きで、キーンの申し出を受け入れる事を承諾した。
クォバリス帝国首都、クォバリス城の大会議室内に集まった国王及び重鎮と軍首脳陣の面々は、もたらされた報告に大きな衝撃を受けていた。
最初の『惨劇』こそ予定されていた物であったため、国民に見せた沈痛な面もちは演技であった。
だが、今、この場にて浮き上がる驚愕の様相は一切隠しだてのない素の表情であった。
第二次魔王軍討伐隊の壊滅。
会議室は、その望みもしない凶報に重く沈んでいた。陽も沈み、夜分遅くにも変わらず招集された面々は皆一様に、その詳しい報告を受けていた。
「・・・・部隊があの湿地帯に入った直後、不自然な落雷が生じ、その中から魔王が復活し、動揺した部隊はろくな戦闘もできず、一気に瓦解したとのことです」
「・・・・魔王復活などと・・・」
想定もしていなかった事態に国王クォバリス九世は呆然となる。あくまでも偶然であるが、夕刻から降り出していた強い雨が、魔王復活という内容の不吉さを強調していた。
「おそれながら、逃げ戻りました兵士は皆、平静を取り戻しておりませんので、その詳しい状況が聞き取りできない状態にございまして、真偽の程は明らかになっておりません」
討伐隊の稀に見ぬ敗走の報告をした軍部高官が、その情報の明確さを否定した。
「あれだけの戦力を打ち負かしたのが魔王でないと申すか?」
「左様です。正攻法での戦闘での結果であれば、魔王復活という忌むべき事態も考えられますが、今のところ討伐隊は突如現れた魔王の姿を見て混乱したところを襲われたようです。この事から、残党共が幻影魔法を用いて混乱を誘った可能性も否定できない事であり・・・」
「あり得ぬ事態に兵が恐怖したと申すか・・・・」
「クォバリス帝国軍兵士としてはまことに遺憾ながら・・・・」
どちらにしても、部隊の一方的敗退の現実がある以上、失態と言う汚点は拭えない。だがそれを可能な限り自分ではなく、現場の責にしたい思惑もあった高官は、事態の真偽ではなく差し支えない敗退原因の説明に終止していた。
会議に出席していた他の面々も、多くの犠牲を用いたあの策で魔王を葬れなかったなどという事実をにわかには信じられず、ことさら事実のように説明する高官の説に同意する傾向が生じていた。
結局、述べられた仮説に関する検討と可能性を話し合う場と化した御前会議では、結論として、
・魔王の姿を幻影魔法で現すことが容易である。
・魔王が死んだ場所での出来事故に、兵士が復活という現象を信じてしまった。
・これにより兵士が混乱状態となって、正確な判断が不可能だった。
以上の点から、状況を利用した敵の策にはまってしまい、敗退したのだという結論がなされてしまう事となる。
魔王が死んだという情報は、未だこの国のみの情報として止められている。もし、それが漏洩しようものなら、彼の所有するとされる至高の宝『ブラッド・ストーン』を狙って、多くの国や冒険者果ては盗賊が殺到するのは目に見えていた。
それ故にクォバリス王そして重鎮達は早急に動くべきという心情に駆られ、ある意味、冷静な判断を失っていた。
国内で望まぬ噂の流布を懸念した重鎮達は、敗残兵は余計な混乱を招く恐れがあるとして一時隔離状態にして、国民には事実を隠蔽し、こうした事態を次の討伐隊にのみ説明した上で、早々の再討伐が命じられる。
出発は早朝、雨天に関わらず実行される予定であったが、もはやその必要はなかった。
クォバリス帝国は、周辺地域に多くの衛星都市を持つ大きな国で、首都クォバリスはそうした領土の最も気候の安定した土地に位置し、城を中心に放射状に街が構築され、それを大きな壁が覆っていた。
戦時中でもある事から、街壁の門は常に閉じられ常時数人の見張りが立っていたが、魔王が死んだと報じられて以降、その緊張感は低下傾向となっている。
今晩、雨天時の当番となった兵士達四人は、その時、駐在用の小屋から外を眺め、巡り回った自分の運の悪さを愚痴っていた。
「あ~あ、うっとうしい雨だよなぁ」
「全くだ・・・・つまらない上に憂鬱になる」
「なあ、例の魔王を語る奴は死んだんだろ?何で警備シフトが通常にならないんだ?」
「お前、聞いてないのか?残党が報復するって話で、しばらくはこのままだぞ」
「本当かよ」
「ああ、聞いた話では先日出兵した、残党討伐隊が手痛い逆撃をうけて逃げ帰ったって噂もあるしな」
「なんだよ、まだこんな仕事が続くのかよ」
『そう嘆くな、それももう終わる』
「「!!?」」
それは彼等の会話に自然に割り込んだ声だった。その声に聞き覚えのない一同は、驚いて周囲を見回し、窓の外で雨に打たれながら立っている人影を見つけて、慌てて小屋を飛び出した。
雨と雨音で、ここまで近づいたことに気づかなかったのである。
古びたフード付きのマントを深々と被って雨に打たれているその人物は、一見すると難民のようにも見えた。
だが、そのマントの左側が不自然に盛り上げっている特徴から、大型の盾か何かを持っていることが明白であり、とうてい只の難民と思えなかった兵士達は一様に槍を構えてその人物を威嚇した。
「貴様、何者だ!」
「今時分に何の用だ!」
「人を捜しに来た。入れろ」
威嚇に怯む事なく訪問者は答え、一歩前に進んだ。
「ふざけるな。人捜しだと?」
「ああ、知人の婚約者と・・・・・国王だ」
「貴様っ!?」
静かな口調の中に確かな殺気を感じた兵士の一人が、ほとんど反射的に手にした槍を突き出した。
だが相手はそれを右手で平然と掴んで止め、いきなり引き寄せて兵士の手から槍を奪うと、握る力を弱めて手の中で柄を滑らせ自分の得物にすると、それを一気に振り下ろして、この槍を突き出した兵士に叩きつけた。
「かはぁっ!!」
兵士の肩口に柄が直撃し、その衝撃で骨が砕け、崩れおちる。あっという間の出来事に、他の兵士の動きが凍ったが、数舜の間を置いて我に返り、報復とばかりにいきり立って槍を突きつけた。
「てめぇ!」
「一体何を!」
繰り出される槍先を、相手は首と身体を軽く傾けてかわす。その中の一撃がフードの端をとらえてずらし、相手の顔をはっきりと晒すと、場は再び凍りついた。
「ひっ・・・ひぃぃぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「キ、キ、キ、キ、キーン!!魔王キーン!!」
「ば、馬鹿なぁ!!」
ここのところ敵対国の人間は、心構えなしに彼に出会うと、揃ってこういう反応を示す。同じ人類に、ここまで驚かれるのは正直ショックではあったが、この場においてはそれが狙いであった。
先の戦闘でもそうだったが、事前に彼が予期した通り、死んだとされる自分の不意な登場によって混乱を引き起こす目的があり、それに乗じて二つの目的を一気に達成しようとしていたのである。
一つはセイルの婚約者の保護。
一つはクォバリス帝国の崩壊である。
恐怖に駆られた兵士は武器を放り投げて我先に逃げ出した。兵士用の緊急用隠し小門の鍵をあけ、必至になって壁内へと潜り込んでいく。
「門兵が隠し通路をあかしてどうするよ」
キーンはフードを脱ぎ捨てると、右掌を門に向けて突きつけた。そして軽く息を吐いた瞬間、彼の掌から一発の気孔弾が放たれた。
気孔弾は門の中央部に的確に命中すると、激しい爆発を起こして巨大な門全体を吹き飛ばし瓦礫に変えた。
「ま、どっちにしても隠し通路など必要ないが・・・」
遮る物が無くなり、キーンは悠々と国内へ侵入していった。
『魔王襲来!』
『魔王復活!』
『魔王だぁ!!!!!』
末端の門番達は、自分の心の中に抱いて溢れさせた恐怖に耐えきれなくなって、それを大声にしてふれ回っていた。彼等にしてみれば自国が直面した危機を知らせるつもりであったのだが、それは結果として国内に混乱を呼び込むだけの効果しかなかった。
国の上層部の思惑など知りようもなく、また、聞かされてもいない彼等が、キーンの思惑通りの行動をとってしまったのは仕方のないことであろう。
その軍部上層部も、ある程度の襲撃パターンは予測・想定はしていたものの、こうも早急に、そして目をそらしていた魔王復活と言う形で行われるとは思ってはおらず、加えて、国内で生じた想定外の緊急時に、指揮系統は大きく混乱した。
比較的、その混乱を早々に収束させて応戦に出たのは、魔王復活と言う『デマ』を用いる敵の戦法の可能性を説明されていた討伐隊で、彼等は一定の戦力が揃うと、襲撃のあったとされる門に向かって馬車と馬を走らせ、程なくして隠れようともせず街道の真ん中を歩く存在に遭遇する。
「あれか!紛い物は」
騎兵の一人は上司が公言した、魔王の死亡と残党の幻影戦術を疑いなく信じていた人間の一人であった。故に彼の思考は、目の前の存在が幻、あるいは幻を纏った敵兵と判断し、手にした突撃槍を構えてそのまま魔王への突進を開始する。
「ま、まて、迂闊だぞ。部隊の連携を・・・・」
「必要ねぇよ!」
その兵士は同僚の言葉に耳をかさず、そのまま単独での突入を敢行した。
「死ねっ!」
馬上からの槍による一撃離脱攻撃は、武器の重さにその加速度が加わり、大きな破壊力を発揮する。しかし、相手を見くびった彼に勝利の女神は目を背け、死神が喜々として舞い降りる。
キーンは突き出された槍先を、掌に生成した気孔弾で受けとめた。
彼はその場で歩みを止めていたが、兵士は馬で加速していたため徐々にその間合いは縮まり、それに比例して槍は崩壊していく。
「!?」
この、馬上からの突撃攻撃に二撃目は存在しない。砕ける槍を見届けるしかなかった彼は、すれ違いざま、キーン顔を間近で視認し、そして直後気孔弾を顔面に受けて馬上から転落し、絶命した。
「もう、お前等には期待していない」
キーンは、今回装備していた大型楕円形の盾をかざすと、その裏側に差し込むように様にして装備されていた投擲用の手槍を一本手に取り、それを大きく振りかぶって、前方から迫る馬車に向けて投げ放った。
無論、それには十二分な気が込められており、捕鯨用の弓から放たれたかのような勢いで飛来した手槍は、馬車馬一頭とその直線上にいた兵士数人を貫通して転覆させる。
その尋常じゃない所行に、兵士達が動揺した所に次の手槍が飛来し、新たな犠牲者を生み出した。
・・・・・応戦した部隊が全滅に至るのに、それほどの時間は要されなかった。
城下町の一角に生じたパニックは、瞬く間に広がりを見せ、もはや鎮圧・終息など不可能な状態に陥っていた。
この事態を冷静に分析できる者がクォバリスにいれば、その混乱の広がり方に不自然を感じたに違いない。逃げる門番や兵士、それに現場近くの民衆から生じるパニックだけではない、何者かの意志が介入して混乱に拍車をかけていたのが明白だったのである。
もちろんそれはキーンの意志であり、それしかあり得ないのだが、そうした事態さえも正確に判断出来ないほど、国内は混乱していたのである。
彼は先だっての闘いで、全滅させる事もできた敵兵をあえて見逃し、何割かの敗走者を作り上げた。その中に、変装させた忍者部隊を紛れ込ませ国内に待機させ、彼の襲撃に合わせてその事態を声高々にふれ回らせたのである。
街の要所でふれ回れば、後は蜂の巣をつついた様な騒ぎが放射的に生じる訳である。そうして国内を一気に混乱させると同時に、忍者部隊はもう一つの目的の為に、彼の侵入した門に近い街へと散っていく。
そして彼等は、住民になりすましてその区画で叫び回った。
「みんな、落ち着いて!魔王は城を目指しているって話よ!」
「外に出て見つかる方が危険だわ」
「屋内で隠れてる方が安全だって」
そうした内容の話が広まり、それを実証するように街道に沿ってまっすぐに城を目指すキーンの姿が目撃されると、自然にその情報は民衆に広がり、戦闘に無関係な者達は家屋の明かりを消し、息を潜めて天災に近い人災が過ぎ去るのをじっと待った。
無力な者達は、そうした生き残れる可能性を信じてすがりつく。
小さな町医者をしていた女性サーシャも、そんな力ない自分を自覚し、隠れていた者の一人であった。実のところ、彼女には生きる希望がなかった。つい先日まではあったのだが、それは魔王キーン討伐達成と討伐隊の全滅という国の公式発表によって失われた。
敗戦でも生きて帰ると約束した最愛の婚約者は帰らず英雄として讃えられたが、彼女にはそんな賛美は必要なかった。叱責や非難を背負ってでも生きていて欲しかった。
そんな願いも空しく、婚約者は帰らず、あろう事か、多くの人命を犠牲に倒したはずのキーンが早々に復活して襲来してきたというのである。
彼女は憎んだ。
キーンそのものではなく、婚約者ではなくキーンを復活させた神か悪魔の存在を・・・・・
街道の影で黙々と進むキーンの背を見たとき、抱いた憎しみをぶつけようとも考えた。だが、応戦に出た兵士をものともしない彼の圧倒的な強さに恐怖を感じ、自宅に逃げ帰り、あり得ない存在の実在に震えていた。
医者である彼女は、一目見て身体的特徴から彼が人間である事を理解していた。世間の噂では悪魔と融合した、魔獣化している、などと言った話もあるが、そうした場合に生じる基本的な肉体の変貌も知識として知っていたため、そうした類ではない純粋な人間である事を知り、それ故にその強さが信じられなかった。
(アレが同じ人間?アレが人?人類と分類していいの?)
知識故のパニックに陥っていたサーシャ。と、その時、彼女の隠っていた部屋の扉が乱暴にこじ開けられ、彼女はビクリと身を震わせた。
「!!!」
驚きで声も出せず、扉の方へ視線を向けるサーシャ。
部屋を暗くしていたため、逆光によって相手の顔も判別できなかったが人影は複数あった。
すぐさま火事場泥棒の類を想像して、身を強張らせたが、その緊張もキーンの恐怖も、その人影の中から放たれた声によって一気に消し飛んだ。
「どこだサーシャ!」
「せ、セイル!!!!」
彼女は最初、我が耳を疑った。だがそれよりも先に身体が動き、その声を発した人物めがけて抱きついていた。
「セイル、セイル!あなた、どうして!!」
信じられなかった。だが夢でもなかった。いきなりの事で混乱する彼女であったが、セイルは冷静な眼差しで彼女を見据えると、ゆっくりと言い聞かせるように語る。
「訳はあと、いいかい、すぐに必要な荷物をまとめて逃げるんだ」
「逃げる?逃げるって何処に?」
「後で説明する。早く・・・君も分かるだろ、この国はもう・・・・」
セイルの生存、同行している見知らぬ人達、理解できない点が多かったが、何より喜ばしい事が目の前にあったサーシャは頷いて支度を開始する。
状況的に幸運だったのは、彼女がこの国に特別な未練がなかった事だった。王族でもなければ絶対の忠誠心もない。ただ今は愛する人間がそこにいれば、住むべき土地は何処でも良いという心情があったため、急な逃亡にも抵抗を感じなかった訳である。
「準備が出来たら手はず通り、脱出します」
民衆Aになりすましていた椿が、セイルに耳打ちし、分かっていると言わんばかりに彼は頷いた。
セイルはキーンと共にクォバリスを訪れ、彼が派手に侵入し、騒ぎが拡大した頃合いを見計らって彼の破壊した門から国内へと侵入し、パニックを煽動していた忍者部隊と合流してサーシャ宅へ踏み込んだという訳である。
キーンの侵入経路も、自宅待機が安全だという噂を流したのも、全ては捜索対象であったサーシャが、混乱に巻き込まれて行方が分からなくなるのを避けての事であった。
好都合だったのが、彼女の自宅が意外に街壁寄りであったことで、魔王襲来に怯えて隠れる民衆にも姿を見られる事なく、侵入・脱出が容易であった事である。
これにより、彼の第一目的は達成された。
パーン!
「!」
キーンは、自分の背後で待ちわびていた合図の花火が上げられ、目標の半分が完了した事を知って笑みをもらした。
現在の彼は、クォバリス城の城壁前まで進行しており、そこで、城壁の上や隙間から放たれる矢・火矢・魔法弾を、気を込めた盾で防戦しているところであった。
城内の兵士達は、籠城によって魔王の侵入を阻止しようと必死になって応戦し、それによって彼の足が止まっている事に満足していた。
結局のところ相手は一人であり、城内で籠もる自分達と比較すれば、遙かに長期戦には向いていない。これさえ凌げれば、反撃の機会もきっとある。それを信じて闘っていた・・・つもりであった。
「よし、あとはアレを潰せば、この国も帝国としては自然消滅だな」
キーンは一端、矢と魔法弾の有効射程距離から離れると、手槍を使い尽くした盾を外して、その端を両手で掴んだ。
そしてその盾に気を込め始めると、彼はいきなり城門に向かって駆けだしていった。
すぐさま矢と魔法弾が投じられるが、全力で迫る彼を捉えるのは容易ではなく、そのことごとくが外れていった。
彼と城門の距離がかなり縮まった時、彼はいきなり足を軸にしてその場で回転し、その遠心力を用いて手にしていた盾を投げ放った。
ハンマー投げのようにして放たれた楕円形の盾は、クルクルと回転しながら飛来し、その進路方向にあった巨大な城門を突き破った。
その衝撃に耐えられなかった門の半分が奥に倒れ、城壁の一部を砕く。そして貫通した盾は衝突によって回転に微妙な変化を生じさせて上方に向かって弧を描き、その先にあった城の一角にぶつかり、その部分を粉砕した。
その一撃によって生じた結果に兵士達が呆気にとられる中、キーンが城内へと侵入する。
「邪魔するぞ・・・」
挨拶とばかりに放たれた気孔弾に、城門近くの兵士数名が塵となった。
婚約者を連れ国外に脱出したセイル達は、小高い丘に上がったところで振り返り、変わり果てた故郷を眺めた。
近隣諸国でも壮大で優雅とされていたクォバリス城は見るも無惨に各所を崩し、所々から火の手も上がっていた。崩壊も次々に起きており、間もなくして完全に崩壊することは疑いようもない。
それでいて、城下の街には殆ど戦乱の被害は見られず、キーンがセイルの約束を律儀に守った事が伺えた。
(本当に・・・一夜で終わった・・・・)
キーンは出陣前にセイルにそう宣言していた。その言葉が現実の光景となって尚、信じがたい心情を抱いていた。
あの様子では国王や側近達が逃げおおせたとは思えない。国民はいても王不在となってはクォバリス帝国も存続は難しいだろう。
各衛星都市にいる国王の親戚縁者が王位継承権を巡って争うのも容易に想像でき、国として立ちなおるには数年。その上、城の崩壊と共にこれまでの魔法生物などの軍事機密に類する資料も失われ、これまでのような強力な兵力は望めず、どの様に国風が変わるかなど想像も出来なかった。
辛うじて判っている事は、この国は二度とキーンには敵対しないであろうという事である。国民という生き証人がいる以上、事実は衛星都市群に伝わり、今宵の惨劇の恐ろしさを伝え、誰になるにせよ次の指導者から敵対する意欲を奪うはずである。
『セイル殿』
「うぁぁぁぁっ!」
感慨に耽っていたセイルの眼前が突如揺れ、マッチャが姿を現し、彼は派手に驚いて下がった。
「な、なに!?」
もちろん初対面のサーシャも、その異質な生物の非常識な登場と、会話に驚いたが、セイルと椿が心配ないと手で合図したため、必要以上の動揺は生じさせなかった。
「こ、これも後で説明するよ・・・それで何?」
説明することが多すぎるなと、苦笑しつつセイルはマッチャに用件を問うた。
『はい、セイル殿のご指摘の資料はこれでよろしかったでしょうか?』
マッチャは空間の揺らぎの奥から、数冊の本を取りだしてセイルに渡す。彼はその背表紙を確認して頷いた。
「うん、これだ。有り難う」
『それは良かった』
マッチャはセイル独自の研究資料を回収するため、クォバリス城内にて独自の活動を行っていた。サーシャ救出も彼に一任できれば・・・という意見もあったのだが、彼の異空間は人間には向いておらず、彼だけで彼女の説得~連れ出しが出来るとはとうてい思えず、回収屋として活躍してもらった次第である。
亡国の城、そして自分の研究資料に視線を移したセイルは誤っていると自覚しながらもキーンへの協力を心に誓った。
闘いによる死を望むキーンの望みを叶えるために、それを実現可能な存在を創造する。あるいは手法を構築する。
その研究には明らかに非人道的行為も必須となり、彼を心を少なからず痛めたが、隣に立つサーシャを失う痛手に比べれば・・・・という思いもあった。
キーンはセイルの命を救った。それは単なる気まぐれでしかなかったが、行き着く結果は当事者には大きな物となった。
その上、彼は約束を守った。それだけでセイルは、軽々と同胞を捨駒にし、都合良く賛美するクォバリスより義理を通す必要があるだろうと言う思いが強くなっていたのである。
「セイル殿、行きましょう・・・・」
椿の進言に、セイルは素直に従うのみだった。
セイルが旧メルフィメール城に戻る道中で、婚約者サーシャに事のあらましを説明すると、彼女は周囲が意外に思うほどすんなりと状況を受け入れ、セイルと共に在る事を望んだ。
彼女にとってもセイルが殉職したと聞かされた際の喪失感はとてつもなく大きく、それ故に生きていた事を知った喜びは一際であった。
だからこそ、再び離れることを好まなかった彼女は、どういう思惑があるにせよ、最愛の人を救ってくれた人物に対する恩義を感じ、セイルの研究に助力する事すら承知した。
二人がそうした報告を義理堅く、正式な形として、謁見の間で告げた時、もともと約束を交わした時点でセイルが協力してくれると信じていたキーンは、特に目立った反応は示さず、小さく頷く程度に止まった。
実際、キーンは願望達成のための新たな可能性の一端としてセイルの知力に目をつけた。だがそれは、万感の思いを託したわけではない。現実的に言えば、可能性が僅かでもあればあらゆる事を試してみるという程度にすぎなかったのである。
セイルも自分の研究・知識が通じるかは未知数である事を既に告げている。大きな期待は得られていないという自覚もある。
だがセイルは自分の力の及ぶ限り、キーンとの約束を果たすべくその知識を活用し、望む死で彼を救ってやろうと誓っていた。
そして時は流れ・・・・・
****************
魔王キーンは強大な存在である。だがそれを倒す事が我が命題であり、その目的達成の為には既存の手段や概念にとらわれない新たな技術・戦法が必要となり、私は幾つかの素案をここに記す。
詳細に関しては個別資料に譲る事とするが、まず共通して認識しておかなければならないことがある。
それは魔王キーンが人間であるという事である。
これまでの所業や噂によって忘れがち・・・と言うより目をそらしているが、彼は堕天使でもなければ古代技術の産み出した魔獣でもない。
比類無き力を有している『人間』でしかなく、それ故、殺す事も可能な存在であるのを忘れてはならない。
つまりは、祈りや神の御加護では、魔王キーンは倒せないのである。
倒せるのは神にも悪魔にも頼らない、純粋な力のみである。
そうした事情をふまえ、以下の素案を記す。
素案①【古種ライカンスロープ研究】
既存の研究により、現時点では最も実用性の高い案であるが、この人体改造手法は、人間では得難い能力を有する事が可能ではあるものの、局地戦闘的な個体になる傾向が強く、弱点も顕著になる場合が多い。
人間が、多くの装備を持ちきれないのと同様に、現在のところ複数の能力を一個人に付与することは不可能である。
素案②【闘気士養成】
魔王キーンが高い戦闘力を持つのは、彼が熟練の闘気士である事が要因である。
熟練した闘気士の存在は奇異ではあるが、その実例が魔王キーンであり、それに対抗するには同種の闘気士が最も適しているだろうと思われる。
しかしながら、闘気士そのものだけでなく、闘気士になれる資質のある者の選出や、熟練者の育成となると、その成功率が低いのが難点である。
(補足)
魔王キーンの血縁者、つまりは御子息であれば闘気士としての資質は高いと予想されるが、道義的に問題があるのは否めない。
仮に素性を隠して計画を実行したとしても、何も知らないとはいえ、子に親を殺させる行為は人道的に問題があり、個人的には採用を控えたいと考える。
素案③【新魔獣創造】
既存の魔獣創造技術に、古種ライカンスロープの技法を取り入れ、これまでにない新しい魔獣を創造する。
本来は人間が対象であったライカンスロープの技法を、人間より強力な獣やモンスターに用いる訳だが、身体の構造が異なる生物への応用が可能かは未知数であり、仮に成功したとしても完成した個体が制御可能なのかという不確定要素も大きい。
しかしながら、素体が強力な種であればあるほど、目標達成の可能性だけは高いと思われる。
素案④【選出能力活用術】
これはあくまで仮称であるが、古種ライカンスロープの万能型研究の副産物として生まれた技法で、素案の中では基礎案で止まっている最も実現性の低い案である。
基本的には古種ライカンスロープの様に、固定された能力に限定するものではなく、多種多様なモンスターの特徴的な能力を状況・用途に応じて一時的に利用するもので、利用できる能力が多くなれば多くなるほど、闘いには有利になると推測される。
現時点で危惧されるのは2点、用法としては呪術的な処置が必要となり、それに適合する人材の選出が必要不可欠となり、それが狭き門であること。そして、呪術によってモンスターの能力を用いる結果生じる弊害が未知数であることが述べられる。
****************
これはクォバリス帝国崩壊後、義理堅くキーンの望みを叶える研究にその生涯をかけたセイルの非公式な研究著書の一文とされている。
彼は既存のみならず、得られた古代技術から独自の発想を構築しながら多くの研究を続けたが、存命中にその目的を達成する事はできなかったという。
彼の残した大量の研究資料には、今までにない魔獣やライカンスロープの製造記録、そして多くのモンスター達の能力を行使する事ができる万能生物・・・あるいは万能戦士の記述が残されており、その独特の特徴から『モンスター・マスター』の呼称が与えられていたが、その様な存在、そしてキーンの子息が彼と対峙したという記録や伝承は残っていなかった。
投稿日:2011/02/26(土) 11:06:07
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