インラインRSSがどうも動作しなくなったみたいなので、RSSへのリンク追加しました
このサイトに掲載されている作品を、無断で掲載・転載する事を禁止します。
Copyright 2007- C Powered By FC2 BLOG
生きてるけど、今は家族のことを最優先中!
「くすぐりの塔」はキャンサーさんから作品が届き次第、ちゃんと更新していきます!
(今は公開させていただいた作品が手元に届いているすべてです)
ご連絡:キャンサーさん、何度かメール送っているから、ご返信くださ~い
2011/03/05(土)に投稿された記事
くすぐりの塔 After Story -魔王の後継者達- 第1章-徘徊編-(4)
投稿日時:16:33:42|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
当初、この戦場へ赴く側になったモンスター達は、ほぼ全て例外なく不満を
抱いていた。公平なくじ引きによる結果であったが、あまりにも楽しみのない
役目の受け持ちとなり、文字通り貧乏くじを引いたと憤慨したのだ。
その役目とは、彼等の仲間であるフェイが分断した、自分達の愉しみの対象
とならない『野郎共』の始末で、かなりの実力者達である為、可能な限りの戦
力を派遣せよとの伝達を受け、大多数のモンスターが現地に派遣されたのであ
る。
こうした行動は始めてでは無かったため、相手は容易に包囲網に陥れること
が出来たが、いざ遭遇してみると、その相手はたった二人であり、高めていた
闘志は一気に下降すると同時に、フェイの臆病とも思える報告に呆れた。
そして、この二人を相手にするためにこれだけの数が派遣され、その中に自
分達が混じっている事が滑稽に思う者すら出始める。
どう考えても負ける要素はない。
モンスターの誰もがそう信じていた。だが事態は数分の内に激戦と化し、当
初の不満を思い起こすゆとりすらない状況へと変貌していた。
「ほぉぉぉぉぉっ!!」
タールが両手で握った剣を横凪に振るい、正面に立ちはだかっていたモンス
ター数匹をまとめて両断する。盾も鎧も剣も、そして数すらもお構いなしに切
り払い、大量に散った血が地面を赤く染め上げる。
彼は正面の障害物を除去すると、一・二歩前へ進んで同様の事を行い、また
新たな群を大地に還す。
「畜生!このデカブツがぁっ!」
次々と仲間が斬殺されていく最中、敏捷性のあるワーウルフタイプのモンス
ターが、タールの剣が振りきられた際の隙を狙って跳躍し、手にした短剣で彼
の首筋を狙った。
「死ねぇ!」
「断るっ」
死角から潜り込んだ来た相手にタールは片方の拳を繰り出した。剣を戻して
の迎撃が間に合わない以上、それが彼の最速の対応であったのだ。
結果、当初の狙い目であった首への攻撃が遮られる形となったが、ワーウル
フは構わず短剣を突き立てた。刀身には毒が塗布されており、僅かでも肉体に
傷をつける事が出来れば、毒は傷口から体内に入り込み、血液の流れに乗って
全身へと行き渡り、その効果を発揮して、この男の爆進を衰えさせる事が可能
だと考えた。
だが、タールの拳には気が込められて強化されており、難なく短剣を砕いて
傷一つ見せず、その先のワーウルフの顔面をもついでとばかりに砕いて吹っ飛
ばした。
「こいつ、本当に人間か!?」
タールと敵対したモンスター達、とりわけ知能のある連中は、たいていそう
した疑問を抱くことになる。知能があるが故に、人間の基本的身体能力を把握
しており、体格からしてその基準を遙かに超えている彼に恐怖するのだ。
それでも、自分達一族の方が人間達より優れた身体能力・生命力があるとい
う自負と総戦力の差が、目の前の存在に対する彼等の正確な判断力を鈍らせて
いた。
タールもある意味、状況をまるで考えず、判断せず、ただひたすら目の前の
敵を葬っているだけであったが、逃走という選択のないモンスター達は、その
数を有効に生かさず、闇雲に物量だけに頼った戦法を用いるばかりであった。
そうしたモンスターの群の無秩序な攻撃にタールが力で応じている一方で、
ウェイブは相棒には無い敏捷さと戦法で対応していた。
彼は、タールという目立つ事この上ない存在に注意が集まる隙を突いて、統
率を行うモンスターのいる集団に突進し、護衛のモンスターの迎撃を一切無視
して、統率者に襲いかかる。
「覚悟っ!」
ウェイブのターゲットとなったケンタウロス種は、剣と盾を構えて応じる体
勢を取った。
ほんの一呼吸、この強敵の攻撃を凌げば、周囲の護衛が殺到し、自分の安全
は維持されるはずだった。
ケンタウロスは両手に剣を持って迫るウェイブに対し、盾を前面に構えて防
御専念に入った。体格も平均的人間である敵に対して、後れを取ったり負ける
とは思えなかったが、これだけの人数でこの樹海深部にまで訪れていた人間
を、只の人間と見るのは危険極まると判断しての対応であったが、その慎重さ
も今一歩及ばなかった。
「はぁぁぁっ!」
ウェイブは小さな雄叫びを上げて、逆手に持っていた左の剣に気を込めて横
降りする。その一閃はミノタウルスの剣を叩き折り、その先の盾も、装着して
いた腕ごと切り落とした。
「くぁぁっ!!」
このケンタウロスの幸運は、その痛みが長く続かなかった事だろう。剣の一
閃で剣と盾を失い無防備となった瞬間、ウェイブの右の剣が突き出され、胸の
急所を一突きにしたのである。
こうした行動から判るように、ウェイブの選択した戦法は、群の要所に対す
る一撃離脱であり、彼はその目的が達成されると、周囲の護衛モンスターには
一切交戦しようとはせずに撤退していく。
彼はケンタウロスが崩れ落ちると同時に駆け出し、事態も理解し切れていな
い周囲のモンスターの合間を駆け抜け、新たな集団へと向かう。
指揮者を失ったモンスター達は、その混乱を単純な復讐心に変換させ、その
中で俊敏さに自信のあった数種は、種族としての面目にかけて遠ざかるウェイ
ブを追尾した。
真っ先に追いすがったコボルドが、自身のスピードの優秀さに酔いしれなが
ら、その背に剣を突き立てようとする瞬間、獲物が身を捻って剣を振るった。
「!!」
背を向けていた相手の予期せぬ反撃に、哀れな追撃者は自ら剣の旋回半径に
飛び込み、切り裂かれた。
モンスターを統率する立場の個体の中に、もう少し理性と慎重さが備わって
いれば、数を有効に生かした戦法を用いたであろう。だが、二人というあまり
の少数を前にして、緻密な行動が必要とは考えなかったのである。
こうした事は、モンスターに限らず人間にも存在する。2対200と言う数
値的状況以上に、完全包囲下にある僅かな人間共という視覚的状況が、優位な
はずの側の判断の目を曇らせてしまった。
その妄想という汚れによる観測が大量の血で洗い流され、現実を正確に把握
出来るようになる頃には、彼等は数多くの同胞達の命を失う事となり、現実に
冷静に向き合う頃には既に手遅れとなる。
「ふん、だらしない」
里の中での主戦場跡となった洞穴前で一人佇むカレンは、周囲をぐるりと見
回し、敵となる存在がいなくなった事を確認すると、露骨に不満げな心情をあ
らわにした。
ピシリと鞭で地面を打つ様子が実にさまになっていたりするが、その鞭を味
わってみたいと考える趣向を持つ存在は現れる事もない。
今この一帯で生きているのは、彼女と、生きた玩具として扱われていた少女
達だけとなり、他のモンスターは討伐の名目で里の外へと赴き、その数を秒単
位で減少させている。
遠くで微かに聞こえる咆吼と、おそらくは剣のぶつかり合いだろう金属音が
それを証明していたが、カレンには応援に行こうとする気はなかった。
今し方、やり合った程度の敵であれば数以外に問題があるとは思えず、自分
の役割以上の仕事をする必要性を感じなかった他、現実問題として、完全に安
全を確保されてもいなかった為、少女達をこの場を残して離れるわけにも行か
なかったのである。
「終わったわよ~!」
結果、待機する事が最善と判断したカレンは、洞穴に向かって結果を簡潔に
叫ぶと、中に引きこもっていた少女達が恐る恐る姿を現した。
冗談が出てくるような状況とは考えにくいと同時に、カレン独りでモンスタ
ーを一掃するというのも現実離れしていたため、少女達は彼女の言葉をにわか
には信じることが出来ずにいたが、そっと周囲を伺う事でそれが事実と確認で
きたものの、予想を遙かに超えた凄惨な光景がそこに広がっていた。
地面を覆い隠す幾つもの血。無数に転がるモンスターの死体と肉片。最初の
炎と雷撃によって生じた局所的な火事は今も続いており、そうした周囲の状況
全てが激しい戦闘を物語っていたが、唯一人立っているカレンは全くの無傷の
まま、不気味な形状の鞭を手にして、言いようのない恐怖感を少女達に与えて
いた。
「大丈夫だった?」
カレンの穏和な口調の問いかけにも、少女達は震えて頷くのが精一杯だっ
た。外に広がる地獄絵図にも匹敵する惨状を生で見れば、その反応も当然であ
る。
その上、揺らめく炎の光が、周囲の血の海や、細切れとなって方々に散って
いるモンスターの肉片を程良く照らし、大規模な戦闘が今も継続している様な
様相を見せていたのである。
だがそうした表現すらも、現場を目の当たりにした少女達には生易しい表現
であった。これを成したのは目の前にいる、自分達と外見的には何ら差のない
カレン一人なのである。燃える建物と血の海を背景に立つ彼女は、人の姿を借
りた悪魔にしか見えなかった事だろう。
「それじゃ、今後の事を相談したいから、中の人達を全員集合させてくれ
る?」
そうした少女達の本能的怯えを無視してカレンが指示すると、声をかけられ
た少女は素直に頷いた。その少女がまだ洞穴内にいる他の面々に声をかけに行
った間を利用して、彼女はもう一つの役割を果たすべく歩みだした。
彼女はモンスターの死骸の群の一角へ赴き、原型を止めている数少ない死体
の中から目的のモノを見つけ、それを足でひっくり返し仰向けにした。
それがかつて「フェイ」と名乗っていたモンスターである事を確認した彼女
は、その懐をまさぐり、没収されていた短剣を見つけだすと、それを鞘に収め
る。
これで魔法発動体が戻った事になり、彼女は呟くような小声で呪文を唱える
と、直上に向けて光の玉を放った。
光の玉はまっすぐに空を目指し、とある高さまで昇ったところでシャボン玉
の様に破裂して太陽に似たまばゆい光を放ち、数刻後に消え去った。里の外で
闘っているだろうタール達に向けての合図である。
これを彼等が見ているかどうかは分からない。だが、自分の義務として彼女
は行動し、あとは二人が来るのを待つのみであった。
薄情と言うよりは、二人が命を落とすとした想定が彼女にはなく、彼等を信
じているが故の行為といえた。
これで取りあえずはカレンの役割は果たされた事になり、彼女は外の二人が
到着するまで独自の判断で現状を維持する必要があったが、これに関しての不
安はまるでない。先に対峙したモンスター程度の生き残りであれば、群単位で
あっても敵にならない事は、既に証明されていたからである。
この時、彼女が問題視していたのは、救出対象の少女達であった。
里は確かに存在してはいた。だがそれは結局のところ正確な情報でもなかっ
たのである。
「ねぇ、悪いけど、詳しいこと・・・・誰か教えてくれない?」
洞穴に戻ったカレンが中を見回して言った。
少女達は方々に棄てられていた装備類の中から、自分の物と判明した服と装
備を着用し始めていたが、モンスター達にしてみれば返す予定ではなかった物
である。丁重に保管されているはずもなく、上等な装備はモンスターの物とさ
れ、衣類のほとんどは力任せの行為によって破れ、原型を止めていない。
それでも全裸よりはましと、文明の遅れた土地の原住民さながらの格好で、
その場を取り繕っていた。
「この中で、ここに住んでた人って、いる?」
率直なカレンの質問に答える者はいなかった。
「やっぱり・・・・」
がっくりと彼女は項垂れた。予想はしつつも確認してみたところ、結局、こ
の場にいる少女達は全員がフェイに騙され、おびき出された者達であったの
だ。
しかもこの「里」も、モンスター達がお愉しみの為に用意した舞台であり、
大昔の遺跡はあるものの、モンスター除けの結界などは存在しない。
すなわち、現地民(人間)から樹海内の情報を得る事など不可能であり、当然
ながら裏切り者フェイが語った報酬などあるはずもない。大規模なモンスター
の群を一掃する大仕事の全てが終わった後、確実に得られるのは経験値だけ・
・・・と言ってもよいだろう。
そして、ここが本当の里でなかった事により生じる最大の問題が、この少女
達だった。
ここが、人間の安全な居住地でない以上、彼女達をこの場に置いて行くわけ
にはいかない。装備も完璧でないこのメンバーでは、樹海から脱出する事も籠
城する事も不可能であろう事は容易に予想できた。
見捨てる選択肢も存在はするが、カレン達はすぐにそれを選択できるタイプ
の人間でもなく、特にウェイブやタールが、この少女達の存在を知れば、その
ままにしておくはずはない。
もちろん下心が先立つ正義感であり、今は仮定の話ではあったが、間違いな
く現実となるだろうなとカレンは思う。そうなれば、紳士的な振る舞いとして
少女達を樹海外へと護衛する羽目になるだろう。
それは人道的には間違いではない。だが、ここまで来ての引き返しは途方も
ない労力である上に、一度通った道だからと言って、モンスターが二度と現れ
ないとする保証もなく、フェイ達のような目的がなければ、遭遇し襲いかかる
モンスターが手加減する事など、あり得ない。
少し思案した後、本音としては先を急ぎたいと考えるカレンは、仲間が戻っ
てきていない現状を利用して、彼女にしかできない選択を選ぶ事にした。
「一応、聞いておきたいんだけど、貴女達全員が協力すれば、この森を抜けら
れる自信はある?もちろん、装備は現状の状態よ」
少女達を見回し、カレンが問う。それに対して肯定的態度にでる者はいなか
った。これに対する非難の意志は彼女にはない。そもそも軍隊規模でもないの
に、ここにまで到達できる方が特殊である事を、彼女自身が十分に理解してい
るのだ。
「それじゃ、時間的猶予がないって人いる?」
この抽象的質問に対しては即答が得られなかった。
「つまり、今すぐにでも戻らなければならない様な事情がある人ね。それも命
や国に関わるような・・・・ね」
質問の意味が理解できずにいた面々に、カレンは説明し直す。
例えそうした事情がある者が居たにしても、モンスターに捕まっていた時点
で時間切れになっていただろうが、これに関しても名乗りを上げる者は登場せ
ず、これによってカレンは彼女達に対する交渉が始められる事となる。
「OK、それじゃ率直に言うけど、私には他に仲間が二人いるんだけど、ここ
に来たのは偶然で、貴女達を助けに来た訳じゃないの。結果的にはそうなった
けど、私達には本来の目的地があって、正直、護衛して森の外に帰してあげる
時間や労力が惜しいのよ・・・・」
この発言に、たちまち少女達の間に暗雲が立ちこめた。置き去りにされると
いった不安が一気に広がり、そうした場合の生存率を試算し、そろって絶望的
結論に達して顔色を変えた。
「かと言って、このまま置いていくのも寝覚めが悪いんで、論議を交わす前に
私からの提案・・・」
不安が恐怖に変わりパニックに至る前に、カレンは改めて周囲に視線を送
り、不必要に大きい肩の鎧部の陰に手を差し込み、人の指ほどのサイズの水晶
を取り出した。
「私に身を任せてくれるなら、保護した上で森の外で開放してあげるわ」
「?」
言葉尻を聞く限り先程の発言とは逆の内容に、少女達は簡潔に述べられた条
件にどんな意味合いがあるのかを考え、返答に戸惑った。
「もちろん、直ぐに・・・・ではなくて、私達がこの森での目的を果たして、
人里に帰った時になるけどね」
「そ、それまで一緒に来いとでも言うの?」
解釈としてそう聞こえた少女の一人が思わず驚きの声をあげた。容易そうに
聞こえるものの実体は極めて困難な事に、とうてい自信がなかったのである。
「意味的にはそうだけど、あなたの危惧している様な心配は無用よ」
全てお見通しといわんばかりにカレンが応じる。
「どういう事?」
「保護するって言ったでしょう?貴女達の承諾があれば、契約と見なして、こ
の水晶に取り込むわ。封印の一種と思ってくれて結構よ。この中に封じられて
くれれば、持ち運びは簡単な上に、中にいる間は歳を取る事も意識もないか
ら、貴女達から見れば次の瞬間、森の外に出てるって感じなわけよ。ただ、自
覚のない時間の経過があるだけ。急を要する人がいないかを聞いたのは、その
ためなの」
「あ、あなたはどのくらい、ここに居るつもりです?」
「ん~正直に言うと分からないわ。目的地の場所もはっきりしていないし、情
報も皆無だし・・・・でも、何年も徘徊するつもりはないわ。それでも良いな
ら、送ってあげるわよ」
その提案を少女達は真剣に考える。自力での脱出、ここでの生活、カレンの
提案を受ける・・・・と言った幾つかの選択肢が真っ先に思い浮かぶが、自力
での行動による生存率が限りなく低いと自覚している以上その結論は決まって
いると言える。
生きる為にはカレンにすがるしかなかったが、彼女自身が樹海で命を失う可
能性もある。自分達から見れば驚異的であった彼女の戦闘力が、どこまで通用
するかも未知数ではあったが、現状で一番生還率が高い手法がそれしかないと
いう見解だけは少女達の中で一致していた。
ただ問題なのが、カレンに対する信頼である。顔を合わせて一日も経過して
ない相手を信用しろという話が無理な事だというのは、提案者側も理解はして
いる。
「どうあれ、信じてもらうしかないわ。先を急ぐ私達のできる最大の善処だと
思ってほしいわ。できれば傭兵としての契約でもしたいところだけど、現状じ
ゃ保証の立てようもないし、貴女達からの報酬も期待できないから、仕方ない
と言えば仕方ないけど・・・・」
決定的説得に決め手を欠けるなと思っていたカレンの手を、歩み寄ってきた
一人の少女がしっかりと握った。
「?」
「あなたに運命を託します。私で出来る事があれば協力しますから・・・・お
願いします」
素直に自分の力量を認めた一人が、唯一の可能性であるカレンにすがった。
この一人目の存在は、彼女にとっては追い風であった。自身も冒険者の類で
あったため、その容易な一言を語る事に抵抗を抱いていた少女達であったが、
前例が出来た途端、次々にその妥協案を受け入れ始めたのである。
その変わり身の早さに多少なりとも呆れるカレンではあったが、望んでここ
まで訪れたわけではない以上、非難するべき事ではない。彼女にして見れば、
むしろ歓迎すべき傾向であった。
結局、少女達は全員生きる可能性の最も高い選択をした。すなわち、カレン
に運命を託したのである。
「それじゃ、早速始めましょう」
こうして数分もしないうちに全員の意見は一致した。
カレンは早速、手にしていた水晶を頭上に掲げて小声で呪文を唱えると、水
晶の先端部分から白い光が放たれ地面の一部を照らした。
「みんな、この光の円の中に入って」
特に不信感を誘うような光ではなかったため、一同はすんなりと集い始め
る。程なくして全員が光の円の中に入ったのを確認すると、カレンは小さく頷
いて新たな呪文を唱える。その詠唱に応じ、水晶から放たれる光の光量が更に
増し、少女達の身体を一層明るく照らす。その眩さに何人かが顔を背けるが、
光は衰える事なく照り続け、一瞬、光の洪水となって周囲を飲み込んだ。
その次の瞬間、少女達を照らしていた光が水晶の方へと逆流を始め、少女達
の身体はその光に溶け込むようにして消え、水晶に吸収されていった。
「次に気がついた時、望む場所だと良いわね」
輝きを失った水晶に軽くキスしてカレンは呟く。意見が分裂することを危惧
して自らは語らなかったが、彼女自身、この先に進んだ場合、生きて帰れるか
の保証などありはしないのである。
独りになったカレンは水晶をしまい込むと、洞穴をあとにした。
多少のトラブルはあったものの、これで全ての役割と心残りを解消した彼女
は、当面の敵がいなくなった事で生じた暇を紛らすべく、里を散歩しようと思
い至った。
先程での闘いでは、彼女は移動をほとんどしていなかったため、里の全体像
をまるっきり把握していなかったのである。
とは言え、観光名所でもなく、モンスターが罠として用意した「里」に、感
心を抱くような設備や建築物があるはずもなく、根本的に娯楽兼野営のための
場所であったため、広さも大した物ではなかった。
「やっぱりこんな程度か・・・・」
ものの数分で里を一周してしまったカレンは、期待していた「予期せぬ何
か」を見つける事もなく、当然のごとく得た結果にため息をついた。
申し訳程度に作られた、里の柵に腰掛け、まだ燻っている建家をぼっと眺め
る。
肉の焼ける、少し香ばしい臭いも感じてはいたが、何が焼けているかを知る
が故に、食欲を刺激される事もなく、ただ漠然と時の経過を待つのみであっ
た。
と、そんな時、不意に背後の茂みが音を立てて揺れ、大きな何かが姿を現し
た。
「!」
「カレン!」
相手は姿を現すと同時にそう叫んでいたが、彼女は物音に対して反射的に手
にしていた鞭を放っていた。
「おおっ!?」
物騒この上ない鞭に先端が的確に目標に迫ったが、カレンはそれがなじみの
顔だと知ると、これまた反射的に柄を引いて鞭を手元へと引き戻す。
「遅かったわね」
タール、そしてその後ろからウェイブがここに来た事で、闘いの最終的勝敗
も決した事を悟ったカレンは、魔鞭の擬装を解除してもとの肉塊に戻すと、そ
れを腰のポーチ部へ戻した。
「待ち伏せをうけて一暴れしてたんだよ」
その説明が無くとも、カレンにも事情は判っていた。それ以前に多くのモン
スターの返り血で汚れた二人の身体を見れば、容易に察しはつく。
「フェイの奴が手引きしたとは思うんだけど・・・・・奴は?」
ウェイブ達も周囲の閑散とした状況を見れば、だいたいの経緯は予想できた
が、あえて事の張本人の所在を問うた。
「向こうで安らかに眠ってるわ」
意味ありげにカレンが笑むと、ウェイブ達も納得した。
「やっぱり奴か・・・・」
「ええ、品のないカメレオンの出来損ないみたいなモンスターだったわ」
「そうか、そりゃ気の毒に・・・・」
ウェイブのその発言が、カレンとフェイのどちらに向けて放たれた物かは微
妙なところであったが、カレン自身は気にとめる事はなく、里の中へと彼等二
人を招き入れた。
「それで、囚われの人達は?」
「いないわ・・・・」
人気のない周囲を見回して問いかけるタールに、カレンは簡潔に答えた。結
果のみであれば、それは間違いではない。だが、詳しい経由を語らなかったの
も事実であり、これによって当事者でない二人が事実と異なる解釈をするのは
無理らしからぬ事であった。
「どうゆう事だ?」
「フェイの話も、この里も、み~んな作り話だったのよ。私達っていう獲物を
招き入れるためのね」
言われてタールが周囲を改めて見回す。そうした情報を得た上で観察する
と、確かに昔からある里にしては小屋や家屋の作りが真新しく、年期が無いこ
とが伺えた。
「それじゃ、報酬やら歓迎とかは・・・・・」
この一騒動を起こすきっかけとなった見返りという夢の妄想が、音を立てて
崩れていくのをタールは感じた。
「もちろん、釣るための餌よ」
「うぁっ・・・・今回一番のダメージだっ・・・・」
「まぁ、待ち伏せ受けた時点で、嘘だろうとは思ったけど、里まで罠として用
意していたとはね・・・・」
オーバーリアクションで両膝を大地に着けてショックを受けるタールに、脱
力感を隠しきれないウェイブがため息混じりに呟く。
「気休め程度だけど、一つ情報があるわよ」
「ん?」
「フェイの話ね、全てが嘘じゃなかったわよ」
「・・・・・・それは、どの辺りが?」
カレンの言葉の意味をじっくりと考えて、ウェイブが問いかける。
「遺跡の存在がよ。抜け穴はちゃんとあったし、連中、魔法攻撃の威力を軽減
する護符みたいなのを使って見せて、この辺りで発掘した物とか言ってたわ
よ」
「それじゃ、マジックアイテムは実在するのか?」
微かな希望を得たかの様に、タールががばっと立ち上がり、カレンに詰め寄
る。
「し、知らないわよ。護符ならその辺のモンスターの死体をあされば幾つか出
てくるだろうけど、何処で見つけたかなんて詳しい話はしなかったもの・・
・」
「なら、少し見回ってみる!」
そう言ったかと思うと、タールは有無を言わさず駆けて行った。
「彼、ここで山師でもするつもり?」
雄叫びをあげて遠ざかるタールを背を見て、カレンが言った。
「まさか、その辺に穴を幾つか開けたら飽きるか諦めるよ。どっちにしろ、今
日はここで野営にしよう」
「ウェイブも宝探しするつもり?」
「まぁ、軽くね・・・・最悪、さっき言ってた護符とやらを集めておけば、足
しにはなるだろうし・・・・それより聞きたいんだけど」
「何?」
「この有様じゃ、モンスターとのフレンドリーな会話の機会は得られなかった
みたいだね」
「・・・・・・・・・・・・・あっ!」
問われて少しの間をおいてようやく、カレンはウェイブの言いたいことを理
解した。彼女自身が重要視したはずの情報が得られたかどうかを問われたの
だ。
確かに、囚われの人間には一応の確認はして、収穫がなかった。これは当然
として、もう一方の情報提供者と成り得た、知能を持つモンスター達とは、そ
うした場を持つ前に、彼女は一掃してしまったのである。
もちろん、罠にはまって乱戦状態となっていたウェイブ達にそれを期待する
のは間違いである。
「・・・・あ、あはははははは・・・・」
捕らわれ反撃するまでの間に、強烈なイベントが生じたため、そのことを失
念したのである。今になってそれを思い出し、彼女は愛想笑いをするしかなか
った。
「まぁ、予想してた範囲だからいいけどね・・・・・」
ウェイブも本気でその情報を期待していたのではなかった。里の存在そのも
のがフェイクであった以上、現地の人間からの情報は自然消滅し、もう一つの
原住民から情報を得ようとしても、殺気立って襲ってこられてはコミュニケー
ションすら成立しない。派手すぎる立ち回りになったが、これも捜索中に起き
た一つのイベントと考えるしかないのである。
「それじゃ、俺もそこら辺を見てくるよ」
疲れた身体に鞭を打つようにして、ウェイブもタールの後を追った。
彼等にとって更に気の毒だったのが、救われた事で感謝し、心身の疲労を癒
してくれる可能性のあった若い少女達が存在した事実を、カレンから知らされ
なかった事であろう。
彼女が語らず証拠も残さなかったため、そして里がモンスターの用意した罠
という事実のせいで、彼等の関心が、ひょっとしてあるかも知れないマジック
アイテムに傾いてしまい、自分達より先にモンスター達に騙され囚われた少女
達が存在する可能性を見過ごしてしまったのである。
二人が里を見回った際、当然ながら例の洞穴を見つけはしていたが、カレン
のしでかした破壊と殺戮の痕が生々しく残っていたため、そこが娯楽目的の場
所とは気づかず、結局、得られたアイテムは例の護符十数枚のみに止まり、淡
い期待を抱いていた二人にトドメを刺し、落胆させた。
自分達で探し回った結果である以上、成果に文句も言えず、また、文句を言
われるべき立場の相手は、既に関係者全てまとめて冥界の門をくぐっている。
持ち帰る事が出来れば、そこそこな金額になると言う事実だけがせめての慰
めとなり、タールとウェイブは、得られたそれを二等分して所持することにな
る。
今回の一件では、満足できる結果は得られなかった彼等ではあったが、間違
いなく望んでいる地には近づいてはいた。
その事実を彼等が実感するには、まだ少しの時間が必要であった。
しかし「それ」が彼等が思い描き、期待している類のモノではないという事
を、予想だにしていない。
彼等はそう遠くない日に、伝説と直面する。