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2011/10/09(日)に投稿された記事
第2章-獣魔の街編- 第11話 ドラゴン争奪戦
投稿日時:15:08:18|コメント:4件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
ううむ・・・トップページに反映されんぞ、なんでだ
その女性陣が密室から出てきた時、その様子は全く対照的だった。
一方は満足しきった至福の表情で、一方は自力では歩けない程の疲労状態の中にどこか艶っぽい雰囲気を滲ませていた。
「お待たせ~」
「遅いって!」
事態を忘れているかのようなカレンに、ウェイブが不満気に応じた。
「仕方ないでしょ。手を抜いていいような作業でもないんだから」
「に、しても、ラーディの時とは、かかった時間に差がありすぎるぞ」
「処置の度合いの差よ。費やした時間の分だけの効果は保障するわよ・・・・そんなに暇だった?」
そのあたり自覚のあったカレンは、待たせた相手の様子を伺った。
「その自信の程は結果で証明してもらうとして、暇に関して言えば、こっちも無為な時間ばかりを費やしちゃいないさ」
少し苦笑して、ウェイブは懐から幾つかの宝石とその原石を取り出し、彼女の眼前に差し出して見せた。
「わっ!?何これ?」
精製も済んでいないそれらの中には、かなり大粒な物もあり、その価値が判る者にはかなりの掘り出し物だというのが一目瞭然の逸品だった。
「カレンが夢中になっている間、周辺の部屋を物色してたんだよ。やっぱり孤立した街だからだな、価値観が違ってた。武具や生活関連のアイテムはほとんど無かったけど、宝石関連は結構ほったらかしになってたよ」
「少し頂戴!!」
やはりというか当然というか、普通の女性の面も持ち合わせているカレンが、ウェイブの手の中にある物品に飛びついたが、それより早くその手が反応して、略奪者の襲撃をかわす。
「駄目だよ。これは俺の捜索報酬なんだから。欲しいなら、こっちをやるよ」
そう言ってウェイブは目の毒になる宝石をしまい、別の物体を懐から取り出し、指で弾いてカレンに投げ渡す。
それはビー玉サイズの、精製された宝石のような蒼く丸い物だった。
「見たところ宝石じゃない。多分、魔晶石だろうから、それをやるよ」
魔晶石。それは魔力を人為的に結晶化させた宝石状の物体で、魔法使い達にとっては魔力のストックとなり、長期戦や実力以上の魔法を行使する際に重宝されているアイテムである。
既にその製法は失われているため、遺跡等からの発掘品がその全てであり、魔法使いの間ではその質によっては同サイズの宝石を遥かに上回る価値があるアイテムであった。
放り投げられたそれを受け取った彼女は、それをしげしげと眺め、すぐに結論に達してその表情を曇らせた。
「・・・・・これ、魔晶石じゃないわよ」
何度か実物の使用経験があった彼女は、本物特有である、魔力が少しずつ浸透してくるような感覚が無いことに早々に気づいたのである。
期待していたカレンは、少しがっかりした表情となって、正体不明なその物体を投げ返そうとしたその時、それが突如として輝きを放ちはじめた。
「!?」
冒険者であるウェイブとカレンの脳裏に、トラップの発動キーが発動した!という危惧が自然と横切った。
樹海の一角で派手な局地戦が繰り返し行われている最中、タールとセルシオは、着実に目標に向かって進んでいたが、全てが順調というわけでもなかった。
タールの、戦闘には頼もしい身体が、彼等の行動に大切な要因である『隠密性』には障害となり、どうしても隠せない痕跡を生じさせていたのである。
一応彼も冒険者である、痕跡を隠す事も出来なくもなかったが、そうした行為に時間を割く余裕がなかったため、気を使って進むにも関わらず望まない獣道を構築し、勘の良いモンスターマスターの注意を引いては追撃を受ける羽目になった事が、これまでに何回か起きていたのだ。
時にはそれをやり過ごし、時には外見から推測される力を遙かに上回る一撃必殺の攻撃で相手を撃退し、その死体を隠して自分達の存在を極力隠しながら進んでいたが、つい先程遭遇した相手に苦戦を強いられ、その進行は停滞状態となっていた。
「た、タールさん・・・」
「いいから、お前さんはそこでじっとしていろ!」
大木の影から不安げな声をかけるセルシオを怒鳴りつけたタールは、腕を伝って手に流れついた血を鎧の表面で拭って掌の滑りを取り除いた。
今彼は、唯一とも言える、見覚えのある一人のモンスターマスターと対峙していた。
街でピートと言う名のモンスターマスターを倒した際に遭遇した、下半身が像の様な形状を形成する大型モンスターマスターである。
彼、グーリーも、遭遇時には二人の仲間を伴っていたが、その仲間は他の連中と同様に、『人間』を軽視して挑んだ結果、命を代償とした報いを受け、早々にこの世を去っていた。
だが、一度その闘いを見ていた彼は、そうした慢心を捨ててタールと相対し、現在優勢に闘いを展開していたのである。
相手に対する油断がなく、自身の能力の優位性を活かす事のできるモンスターマスターは、やはりかなりの強敵であり、タールは不本意ながらも、ほぼ防戦一方となっていた。
「一目見て並の相手じゃないって事は分かっていたけど、実際それ以上だな」
巨躯のタールをも見下ろす体勢にあるグーリが、本当に感心した様に呟く。それはやはり彼を人間の枠で見ているが故の評価と言えた。
それは体型は人の基準外であるものの、やはり彼は人間であり、その身体能力も体型と比例して増加しているだけに過ぎないという思考の結果である。
「悪かったな、人外な人間で」
「いや全くだ。そのせいで苦しみが長引いている。なるべく楽に済ませてやりたいと思ってたんだがな」
手傷を負ったタールに、それを見下ろすグーリー。その状況的優位さが彼に余裕を生じさせていた。
「てめぇ、何様だ!人間を見くびるなよ」
「その言葉、耳が痛いよ。正直、お前達をみくびっていたのは事実だ。何の目的かは知らないが、お前達の無秩序な襲撃と、こちらの間抜けな油断のせいで、多くの仲間がやられてしまったからな」
「・・・・・へぇ、そうなのか」
「何?」
怒気をはらませていたタールの口調がいきなり冷静なものとなり、グーリーが僅かながら戸惑った。
「お前等、思った以上に消耗してたんだな。あと何人だ?ともあれ、あいつ等そうとう暴れ回ったんだな・・・・・」
「何だ?何を言ってる?」
「いやなに、役割が違っても、あいつ等がそこまで殺ってるんなら、俺も奮起して、お前くらいは倒しておかないと、後々何を言われるかわかったもんじゃねぇな・・・って事さ」
「何だと?」
客観的に見れば、苦し紛れとも思える発言に、グーリーは気分を害した。
「もう数がいないなら、ドラゴンを倒すなんて無謀な真似するより、お前達を全滅させる方が楽だと思ったんだよ!」
それは露骨な挑発であった。実際に天秤の相手がドラゴンであれば、それは正論ではあった。だが、現実問題としての困難さが立ちはだかっているにも関わらず、タールの口調には、それが可能であるという思いが明確に込められていたのである。
「できるのかよっ!」
相手が『同じ存在』であるモンスターマスターならば、現在のダメージ差をひっくり返しての逆転もあり得るだろうし、実際にそうなっても納得のいくものであっただろう。だがそれを人間であるタールに言われては、彼の保っておくべきであった理性も緩み、激高した感情に支配されてしまった。
「ぬあぁぁあ!」
乱暴に突き出されたグーリーの巨大な前足がタールを捉えて蹴り飛ばす。
片足だけでも丸太程もある足に派手に吹っ飛ばされたタールが、後方の大木に叩きつけられて倒れ込む。
「どうしたよ!そんな様で俺を倒そうなんて台詞が、どこからでてきやがる」
蹴りによって浮かんだ身体を大きく踏み込んで姿勢を正すと、彼はゆっくりと相手との間合いを詰める。
「当然、この俺の自信からに決まってるだろ」
タールは今の攻撃を受けても手放さなかったヘビーシックルを杖代わりにして立ち上がると、それを両手で構えて相手を睨みつけた。
「・・・・・・はっ、冗談なら少し笑えるが、本気なら・・・・」
「本気に決まってるだろうがっ!」
「っ・・・だったら、身の程を教えてやるよ」
相手の闘志が依然衰えていない事を感じたグーリーは、圧倒的な形で決着とつけようと、腕一面に生じている剣先状の突起の一つのに意識を集中して伸ばし、それを手にして引き抜いた。象牙材質の打撃武器にも見えるそれを構えた彼は、更にタールへの間合いを詰めると、躊躇せず上方からそれを思いっきり叩きつける。
避ける間もなく右肩にその痛打を受けたタールが、その衝撃に身を震わせたが、倒れる事も膝を折る事もなく堪え、逆に武器の方がインパクトの衝撃に耐えきれずに砕けて四散した。
「!?」
「みくびるなって・・・・言ったぜ」
砕けて散った破片が地面に落ちきるよりも早く、タールが手にしたヘビーシックルを横振りした。
「!」
この時、タールの得物が本当にシックル(鎌)の名に相応しい形状をしていれば勝負はより早く決まっていただろう。だが、彼の得物は刃の部分が極端に短い形状をしていたため、反射的に身体を反らしたグーリーに対し、致命傷を与えるのに至らなかった。
「ぬあぁっ!!」
それでも刃の切っ先と飾りのように取り付けられていた突起が彼の身体を捉えており、腹部の一部に裂傷を与えるに至っていた。
「どうだ?後先考えてなけりゃ、お前くらい俺一人でも倒せるんだよ」
本来なら鎖骨骨折になっていてもおかしくない打撃を受けながらも無傷の様相を誇示したタールが、再びヘビーシックルを先程と同様に構えた。
その行為と言葉はいたく彼を、否、モンスターマスターを挑発し、これまで平常心を維持し続けていた相手を完璧に逆上させた。相手を見くびると手痛い目に合うことは、既にピート戦で目の当たりにしているグーリーは、モンスターマスター達の中ではかなり貴重な情報を得ていたといえる。だがやはり、彼にもモンスターマスターとしてのプライドがあり、自分を軽視するような『人間』の態度に、その怒りを抑えきれなかったのである。
「いい気になるな、人間風情がぁ!!」
結局彼もモンスターマスターの精神的慢心から逃れられなかった。人より優れた種。それ故、強い・・・・とする思い込みから脱する事のできないまま、彼は突撃を開始し、その巨体を活かした体当たりを敢行する。
単純ではあるが、命中すれば効果は絶大。しかも生半可な防御は役にたたない上に目標は体格的に見ても重鈍で、この突進をかわしきる事は不可能と判断した結果の攻撃である。
そうした相手の行動は、幾多の闘いを経ているタールには判り切った判断の帰結であり、たいていの相手は、重厚な彼を前に、そうした行動に移るのである。
故に、彼は努力をしても補いにくい自分の欠点から目を逸らさず、こうした事態に至った場合には無駄に逃げるような行為を行わなかった。
この様に回避の見込みが無い状況に直面したとき、彼は防御に専念して堪えるか、全く逆の選択をする。
「喰らえっっ!」
タールは思いっきり踏ん張って力を溜め、相手の迫るタイミングを見計らってヘビーシックルを横降りした。
「甘いんだよっ!」
逃げられないなら攻撃に・・・つまりはカウンターとしての一撃に専念する。そうした行動に出るだろう事を予測するのは、闘いの素人にもそう難しいことではない。
グーリーは、タールの間合いの寸前で踏みとどまって減速した。これによって自重に加速を加えた強力な一撃という効果は失われたが、この渾身の反撃さえかわせば、その隙を狙って逆撃を加え、とどめに全身の体重を脚に込めて押し潰しでもすれば決着はつくと考えていた。
そうした双方の意表を突く目論見の競り合いには、タールが勝利した。
彼は横振りの攻撃が不発になると悟った瞬間、ヘビーシックルを手放した。タールのグリップという支えを失ったそれは、振りの遠心力に従い外側へと弾け飛ぶ。
「!?」
その飛来軌道上にグーリーがいた。
彼にしてみれば、弧を描くはずの敵の得物が、突如運動の法則を変えて自分に向かって飛んで来たのである。
想像していた円運動から線運動へ・・・そんな変化についていけなかった彼は、飛んで来たヘビーシックルを避ける事ができず、それをまともに胸に受けてしまう。
「はぐっ!!」
それはとてつもなく重い一撃であった。例えるなら、ハンマー投げ競技の鉄球を投擲直後に受けたようなものである。
しかもその投擲選手がタールである以上、勢いは半端な物などという生やさしいものではなく、致死性の衝撃がグーリーの体内を駆け抜けた。モンスター形態となって肉体的頑強さは人間の比ではなかったが、それをもってしても耐えきれず、息が詰まり身を屈してしまう。
それは仕方のない事と言えば、確かに仕方のない事だっただろう。だがこうした諸動作は、その瞬間を待ち侘びていた相手を前にしては致命的でしかない。
「もらったぁああああ!!!!」
身を屈めた事でグーリーとタールの顔の位置がほぼ同じとなり、ようやくにして訪れた瞬間に、タールは嬉々として拳を繰り出した。
「!」
彼にできたのは、その拳を視認することだけだった。
直後、今までの鬱憤を全てぶつけた様なタールの一撃を顔面に受け、グーリーは瞬時に絶命し、その巨体を横たえた。
「・・・・・・」
しばらくの間、余韻を味わうかのように殴りつけた体勢を維持していたタールであったが、数秒後、いきなり息を大きく吐いたかと思うと、その場にへたり込む。
「つ、疲れた・・・・」
それはシンプルにして、これ以上無い率直かつ素直な心情の表現であった。
「すっ凄いです!!」
傍観者たる立場にあったセルシオが、興奮を抑えきれずに駆け寄り、タールに飛びついた。
「はおっ!!」
気を抜いていたタールはその不意打ちで生じた軽いショックに傷を刺激されて、身を強張らせて思わず唸る。
「あっ、す、すみません・・・」
「いや、いい・・・先を急ごう・・・・」
苦笑してタールがよろよろと立ち上がる。
「え、でも傷の手当てと、連中を処理しないと・・・・」
「傷は手持ちの魔法薬で済ませる。それにあんな大きい死体の処置なんて早々にできないよ」
灰化し始めるグーリーの身体を見ながらタールは首を横に振る。灰化した彼の身体は明瞭な痕跡となって残ってしまうが、像に匹敵するサイズのそれを埋めるには時間がかかりすぎた。それよりは、仲間の数が少なくなったとした彼の言葉を信じ、一気に目標に向かう方が良いと考えたのだ。
「傷はともかく、体力が・・・・」
「人間を基準にしてくれるなって。その辺は自分で言うのも何だが人外だ。それに本当にモンスターマスター連中の数が減っているなら、ウェイブ達もじきに合流してくれるはずだ。今は進むことだ」
それでもある程度の回復を待つべきだと思うセルシオであったが、歩む彼の姿に有無を言わせぬ迫力があり、彼は何もいえぬまま、その後に続くしかなかった。
紋様処置という儀式は、カレンの個人的思惑の大きい行為ではあったが、その効果は確かに本物だった。
ラーディは自身の要である左腕にのみ処置を受けただけであったが、これまでにない能力を得ている事を実戦の場で実感していた。
その一つは、最大の特徴とも言える硬度の向上。もともと甲殻系であるチキン質のそれが、更に強度を増し、同種の甲殻系のモンスターマスターの外皮も容易く貫く事が可能となっていた。
身体の一部しか変質できない出来損ないの爪が、自分の身体を害することなど出来るはずがないという「完成体」の油断もあっただろうが、「爪」はそうした完成体の幾人かを一撃で仕留めていたのである。
そして付加能力として、爪先を加熱させたり放電させたりするという能力を彼は得ていた。
カレンの描いた紋様の一部には、対象者のイメージを具現化させる類の物が含まれており、ラーディ自身の感性が抱いた『力』のイメージを、炎と雷として表したのである。
これによって彼は、相手を貫くことが出来れば、瞬時に爪を加熱して内蔵を焼き、ある程度の間合いが開いた相手には雷による牽制を行え、これまでより格段に幅の広い闘いが可能な存在となっていた。
そして全身に・・・本当に全身に紋様処置を必要以上に描かれたサナは、その甲斐あってかなりの能力向上を見せている。その付与能力とは、ずばり魔法の使役であった。
とはいえ、本来の魔法使いと同等の存在になったというわけでもない。
彼女の身体には、炎・雷・風の三種の力を示す紋様が描かれており、彼女の意識に感応して、そこから各種の力を放出する事が可能となっていた。つまり、炎・雷・風の属性に関してのみだが、呪文詠唱もなくイメージだけで魔法が使えるようになっていたのである。
その上、必要な魔力は全身の紋様が自然界の生物(主に植物等)から少しずつ吸収しているため、樹海というフィールドで行使するに至っては、ほぼ無尽蔵に魔法が使えると考えてよかった。
ただ、魔力や呪文詠唱の工夫によって威力の増減が可能な魔法使いとは異なり、彼女の紋様魔法には放出量に限界があり、どんなにイメージしようと所定以上の威力を発揮することは出来ない。つまりは上限が存在していたのである。
そこが紋様処置と本物の魔法使いとの差ともいえたが、それでも活用次第では実に有効な戦力になり、役不足ではなかった。
カレンのみに利益があったように思えた行為ではあったが、もたらされた結果は対象者の想像以上のものとなったのである。
これによってウェイブ達の戦力は事実上、増強され、若干の休憩の後再び樹海に戻った彼等は、その新戦力の助力を得て、新たに幾つかのモンスターマスター集団を襲っては姿をくらます行動を繰り返しつつ、その戦果を上げていた。
「どうだい?新しい力には慣れたかい?」
心苦しいながら、数人のモンスターマスター・・・かつての同胞を倒したラーディとサナは、この一言を受けて、ウェイブが意図的にモンスターマスターとの遭遇を繰り返していた事を悟った。
「ああ、強化された分の限界も分かってきたし、過熱・放電のタイミングも掴めたよ」
変化したままの左腕を掲げてラーディが答えると、サナも同様に頷いた。
「私も・・・カレンの言うように本当にイメージだけで魔法が使えるんだから凄いわ・・・」
使い慣れないままでは、強力な装備も役にはたたない。そうした事を十分に知るが故に、ウェイブは、あえて遺跡を出てからの戦闘に関しては、彼等に積極参加させる事で実戦形式の訓練をさせていたのである。
少々手荒い訓練だとラーディは思うものの、状況が状況だけにのんびりしていられないのも事実であり、手早く慣れさせるにはこうした手段が有効なんだと納得した。
「よし、それじゃ、行こう」
「行く?どこに?」
ウェイブの意図が読めなかったサナが不思議そうな表情で問いかけた。
「タールと合流する」
「え、でも、囮役はどうするのよ」
異論を唱えたのはカレンであった。自分達の当初の目的を変更する理由が分からなかったのである。
「ここに来て、連中との遭遇率が激減してるだろ。多分、かなりの戦力を殺いでいると思うんだ。だとしたらこっちの目的はほぼ達成していると考えるべきで、戦力的にも心もとないタールの応援に出た方が良いと思ってね。それに、個人的な勘だけど嫌な予感がするんだ」
それには、新戦力を加えた積極的遭遇戦で、あるだろうと思われたレギアスとの遭遇が無かったことが一因であった。先の戦闘で優位に立てると分かった彼が、邪魔な存在であるはずの自分達の排除に積極さを見せないのが気がかりとなっていたのである。
その一方で、これ以上できるだけラーディ達に同胞殺しをさせたくないという意図も少なからず含まれてもいた。
カレンもそうした漠然とした物足りなさを感じてはいたため、強い反対は示さず、ラーディ達に至ってはそうした判断は所謂プロ任せにしていたため、反論は生じるはずもなかった。一同は他の意見が生じない事を確認すると、タール達が先行したポイントに向かって進み出す。
事実、彼等モンスターマスタ達の、当初の目論見は既に瓦解していたといえる。
十分に揃った仲間によるドラゴンの捜索と、その物量戦による相手の消耗を狙って捕獲する。
犠牲は覚悟の・・・と言うより、はじめから集めた仲間の大半を捨て駒にするその計画が、僅か三名の人間によって変更を余儀なくされていた。
十分な余力を見ていたつもりであった。だが、それを上回る消耗を強いられ、計画実行が不可能なまでに至っていたのである。
セイムはこうした予想外の事態を前に、いきなり生じた不確定要素の存在を忌々しく思ったが、野望そのものを捨ててはおらず、現状を踏まえた上で新たな計画を画策し始めていた。
「そろそろ・・・・だよな?」
先だっての闘いの後、モンスターマスターの襲撃や気配がなくなり、進行に集中できたタールは、徐々に回復しつつも、最大の難関とも言えるドラゴンに近づいている事を実感し、嫌でも緊張を感じていた。
先入観かも知れなかったものの、周囲の動物達の気配にも、何となく緊張感が感じられる・・・・・と思った彼は、自分より地理に詳しいセルシオに確認を取った。
「ええ、詳しく観察した訳ではないので明言は出来ませんが、多分、ここはアレの縄張りかと・・・」
ドラゴン級の獣道はないものの、空を飛翔できる相手であるが故に油断ができないため、しきりに周囲と頭上を気にしてセルシオは頷いた。
「巣の所在は把握してないんだよな・・・」
「ええ、残念ながら・・・」
「マスター連中も来ていれば・・・になるが、競争だな」
少なくとも、自分の感覚の範囲に気配はないと感じつつタールは言った。
「!?いるんですか・・・・連中が?」
「わからん・・・大勢倒してはいるはずだが、全滅させたわけでもない。それに噂の首謀者が姿を現していない以上、どこかにいるって前提で考えた方がいいだろ」
「それじゃ、急がないと・・・」
「そう急くなって。先にドラゴンを見つけたら勝ちって訳じゃないだろ。こちらと向こう、見つけてからすべき事がある上に、それは簡単な事じゃない。先を越されても相手の邪魔ができるんだよ」
「それじゃ、待つんですか?」
「まさか、より良い状況を得るべく行動するんだよ」
「・・・・・具体的にどうしようと?」
今ひとつタールのしようとしていることが分からず、セルシオは率直に尋ねた。
「この辺一帯を見下ろせるような丘とか崖とか・・・・高い場所は無いかな?そこで状況を確認したい。ひょっとすればドラゴンの痕跡が分かるかもしれないしな」
「なら、この先を少し行ったところにちょっとした岩山があります」
ある一方を指さし、セルシオが答える。
「よし、ならそこへ行こう。ひょっとしたら地形からドラゴンの所在の見当がつくかもしれん」
実のところ、そうした予測は彼よりウェイブの方が得意であった。周囲の地形を把握し、目標とする生物の生態を考慮して、その縄張りや行動範囲を予測するわけなのだが、彼はドラゴンの生態をあまりよく知ってはいなかった。
もっとも、そのドラゴンの知識なる物も、この世界が隔離される前の頃から更新はされていない。つまりは、1000年前の知識がそのまま伝えられているだけで、その正確性にも真偽が定かとは言えないのが現状であった。これまで、その情報を検証する実物が確認されず、存在すらしていないと思われていたのだから、そうした事情も当然と言えるだろう。
それでも生物である以上、ある程度の予想は出来ると信じたタールは、少しでも有利な情報を得るべく、条件の良いポイントを求めた。
だがそれは、極めて独創的でも無ければ、彼だけが抱いた発想ではなかった。
ある程度の知能を持つ者ならば、ほぼ同じ答えに辿り着いたであろう行為の末、タールとモンスターマスターの一隊がばったりとその岩山のふもとで遭遇してしまったのである。
「「!!!!????」」
ドラゴンの所在にばかり意識が向いていた一同は、揃って面食らい、その驚愕の表情を隠さず表に出し、硬直した。
「貴様っっ!」
「セルシオ隠れてろっ!!」
思考の停止から抜け出たモンスターマスターの一人が身構えると同時にタールも身構え、振り返る事なく自分の後方にいる足手まといに声をかけた。
「はっはい!」
その言葉に反射的に頷いた彼は、大慌てで木々の茂る所まで駆けだし、その影に身を潜める頃には、不可避な戦闘が開始されていた。
モンスターマスターの中で最初に我を取り戻した・・・と言うより、感情的になって動いた一人は、相手に向かって跳躍すると同時に変態を開始しした。
真っ先に腕が変化し、手がほぼ球形になると、かつて指であった部分が異様に伸び、触手の様にうねると、双方合わせて十本のそれをタールに向けて伸ばした。
その全てが無作為に絡みつく中で、彼は首に巻きつこうとした触手に自分の左手を潜り込ませて首が絞まるのを防いだものの、残った九本が彼の上半身各所に絡みついてその動きを制した。
「よしっ!抑えた!!」
着地したモンスターマスターは、全身が緑色の葉に覆われた植物人間とも言うべき姿に変貌して少なからずタールを驚かせた。
「こりゃまた・・・植物系のマスターなんてのもあるのか・・・」
「今だ、こいつを・・・」
タールの言葉に耳をかさず、植物マスターは背後の仲間に視線を向ける。その注意が逸れた一瞬を見計らい、タールが身体を目一杯退くと、触手、正確にはツタで繋がっていた相手は、不意に強靱な力で引っ張られ、バランスを崩した。
「うおっ?」
よろめきバランスを回復させようと務める植物マスター。だが、これによって張りつめていたツタが緩んで拘束の意味を失う事となり、タールは右手に持っていたヘビーシックルを下から上へと大きく円を描くように振り回すと、十本のツタをまとめて柄に絡ませた。
「!?」
「へっ!」
瞬時に変化した状況に戸惑う植物マスターに、不適に笑むタール。次の瞬間、タールが思いっきりヘビーシックルを引くと、植物マスターの身体は弾けるようにして引き寄せられた。
それは魚が釣り上げられた現象に酷似していた。仲間内でも最軽量級と思わしきその身体が、タールの人外のパワーに負けたのである。
不意を突かれた彼は、体勢を立て直す間もなくタールの足下の地面に叩きつけられた。
「くそっ!」
パワータイプでないことは自覚してはいたが、人間に力負けした事実は屈辱でしかない。しかも仲間の目の前でとなれば、尚更である。
だが、そうした屈辱と怒りも相手にぶつけて挽回する機会は訪れなかった。
「はぁっ!!」
「・・・・・っっ!!」
足下に這いつくばる敵を見逃すはずもなく、タールが蹴りを繰り出すと、植物マスターの身体がくの字になって宙に浮いた。この時点で息が詰まり、早々の行動は不可能となっていたのだが、更にそこへ膝が突き出されて頭部を捉えると、彼の思考と人生はぱったりと途切れて終わった。
「て、てめぇっ!」
仲間を葬られた怒りが激情となって、他のモンスターマスター達を突き動かした。
ただ単純に殺意のみを放つ者が大半の中で、中にはこの反応があと少し早く行われていれば・・・と悔やむ者もいたが、どちらにせよ彼等の対応は一呼吸遅れてしまった。
そのため、タールを仕留める、あるいは手傷を負わせる機会を逸脱してしまったばかりは、仲間の一人を失ったのである。
彼は身体に巻きついただけで意に介する必要の無くなった触手をそのままにして、両手持ちにしたヘビーシックルで力一杯手近な岩を横殴りした。
ビギシィィィッッン!!!
まるで落雷のような衝撃音が轟き、岩が砕かれた。しかも単に砕かれたのではない。余りある力で砕かれた岩の破片が勢いよく弾け飛び、モンスターマスター達に襲いかかってのである。
「!?」
外見からしてまず魔法攻撃や遠距離向からの攻撃がないと判断していた彼等は、この意外な飛び道具に仰天し、またも反応が遅れた。
狙いをつけての攻撃ではなかったが、大小さまざまな破片は数多く広がりを見せており、タールとの間合いが近いほど命中の危険性があるのは当然で、不運かつ必然的に血気盛んに突出して先頭に位置してしまっていた二人のモンスターマスターがその洗礼を受けた。
「くあぁっっ!」
「ぐぁっぐっ!」
物理的な威力のみに依存した攻撃を身体の至る所に受けて、たまらず呻き声を上げる二人。一方は頭部にも命中弾を受けていたが、人間であれば致命傷の衝撃も、モンスター化を始めていた彼等の身体には致死には至らなかった。
「こ、こんな子供だましでっっ!!」
各所の痛みを堪えつつ、頭部に岩礫の直撃を受けたモンスターマスターが唸る。仲間内の情報で、タール達は不意打ち的攻撃でこちらの虚を突いて致命傷を負わせる姑息な戦法で、我々を翻弄している・・・と聞いていた。無論、この攻撃もその基本姿勢に準じた物だろうと彼は考えていた。
自分の変身が一瞬早かったおかげで、変身前の脆弱な人間時を狙った敵の攻撃を阻止したのだ・・・と。
これで、あとは油断さえ無ければ負けはしない。
そうした考えそのものが油断である事を、直後に彼は知ることになる。
「!!」
痛みに耐え、変身を終え、顔を上げた彼の眼前に鬼の形相をしたタールが迫っていた。既に相手は手にした巨大なポールウェポンを構え、くるりと横に一回転して、その遠心力を加えた一撃を放とうとしているところであった。
「・・・・・・っっ!!!」
彼にはその行動がスローに見えた。だが同時に自分の身体もスローにしか動かなかった。否、相手の動きより遙かに遅かった。
(避けられない)
その思考の直後、振り抜かれたヘビーシックルが彼の頭部を粉砕した。
「うらぁぁ!!」
「・・・・ぅ!!」
タールの勢いはそこで止まることはなく、もう一方のモンスターマスターにも向けられ、その殺気に彼は思わず身じろいだ。
だが彼には先に旅立った仲間よりは、「間」に恵まれていた。二者同時攻撃が出来なかった為に生じた順番が、彼に対処の時間を与えたのである。
彼もまた変身を終了しており、身体を二足歩行化したウサギを思わせる姿に変貌させ、その最大の身体能力である跳躍力で後方に飛び、命を絶つべく振り下ろされた鉄の塊の直撃を回避した。
(チャンス!)
仲間が回避した瞬間、その場にしたモンスターマスター全員がそう考えた。
パワー一辺倒タイプであるタールの後を考えない必殺の一撃は、死神の一閃に等しいものであったが、それはあくまで命中してこその事である。
外れれば大きな隙となるのは素人目にも判る事であり、それを狙っていた一人が、手の甲から肘にかけて隆起していた甲殻状の突起をブレード状に変化させて、逃げた仲間と入れ違いになるかのようにして距離を詰めた。
ブレードの間合いに入る寸前、タールの得物が空しく地面を打ったのを見て、彼は確実な勝利を確信した。
このまま振り向く間もなく背後から首筋を斬る。それで勝負は決する・・・・はずだった。
しかし彼はつい先程目の当たりにしていたにも関わらず、失念していた。空振りしたその一撃の威力の程を・・・
ギキィィィン!!
大地を打った鉄塊が、直下にあった岩を直撃して耳を突く轟音を放った。
「・・・・っ!」
瞬間的に鼓膜を激しく襲う高音に、たまらず彼は身を強張らせた。ほんの一瞬、空気が固まったかのような出来事であったが、それが彼の明暗を反転させた。
時間にすれば些細な間であったが、それはタールがタイミングを取り戻すには十分な時間であった。
「くたばれっ!」
こうした現象には慣れきっているタールは、耳の痛さも意に介さず体勢を取り戻し、手頃な距離にまで近づいていた相手に向けて、ヘビーシックルを振り下ろした。
「!!」
モンスターマスターは咄嗟に首を狙うはずだった両腕を頭上で交差させ、二つのブレードでそれを受けた。
「うくっ!!!」
信じられない加重が両腕から全身に伝わったが、四肢に力を込めて抗い、片膝を着いたものの、辛うじてその威力を受けきった。
「ど、どうだぁ!お前の力なんぞ・・・」
もう一撃受ければ耐えられる自信はなかった。それでも言わずにはいられなかった虚勢も残念ながら最後まで語られる事はなかった。
受けられた直後にタールは追い打ちとも言える右拳を振り下ろし、動きを止めていた自分の武器の背を殴りつけていた。これによって後押しされたヘビーシックルは、相手の防御を強引に打ち破り、豪快に相手を引き裂いた。
「素晴らしい・・・」
皮肉ではなく、心からそう評した声がモンスターマスター達の一角から放たれた。
その言は一同の注目を集めるのに十分なもので、全ての視線がその発言者に集中した。
「お前等にまともに誉められたのは初めてだな」
対象の相手は意外にも変身をしておらず、人間の姿のままであった。だが、一見して相手がただ者ではないと察したタールは、様子を伺うようにしてその言葉に乗った。
「外見もさることながら、そこから推察される力量を遙かに上回るパワーと強度・・・素晴らしいとしか言い様がないだろ。さすがは闘気士といったところかな?」
「知ってたのか?」
思わぬ指摘にタールが僅かに眉をひそめる。
「噂・・・と言うより口伝だけだがな。こうして相対するのはこの一件が初めてだ」
「だろうな、使い手と生涯出会わなくても不思議じゃないからな。お前等の『力』にもひけは取らないだろ?」
「ああ痛感してるよ。万能戦士・最強技能と言われるだけはあるな。見るからにパワー重視のあんたなら、他の二人よりつけ入りやすいかと思ったが、とんだ計算違いだったよ」
「場数を踏んだ者を甘く見るなってこった」
それは暗に、モンスターマスター達の様な即席で得た能力に溺れた者達を皮肉った発言であった。
「それ、言われたよ。確かに甘く見過ぎていた。おかげで集めた仲間が根こそぎやられて散々だ」
「だったら、それに懲りて止めるか?」
「それも手なんだが、ここまで来てそれじゃ、ちょっとばかりこちらの気が済まないんでな、せめてあんたを倒して帳尻合わせをしたいと思ってるんだ」
一歩。たった一歩であるが男が前に出た。だがそれだけで相手から生じていた殺気が高まったのをタールは感じ取り、手にしたヘビーシックルの柄を無意識に強く握りしめていた。
「解らない話ではないな・・・・」
タールも相手も穏便に話してはいたものの、どうせ戦闘は避けられないだろうという事を悟っていた。適わない相手ではないにしても、モンスターマスター達との闘いはかなり苦戦を強いられるのも実状であり、それがまだ続くことが確定した事により、タールは思わず溜め息をついた。
「では、古風に決闘といくか?」
ヘビーシックルを構えてタールが問う。これは相手に敬意を払っての事ではない。見た雰囲気だけでも今までの相手とは別格と感じる者を含めての集団戦はかなり不利と察し、ここで1対1の闘いに持ち込む事で自分の勝率を少しでも上げる目的があったのである。
「ああ、でなければ、最強の座を手に入れられんからな」
素手のまま身構え、応じる姿勢を見せる男。もちろんそのまま仕掛けてくるなどとタールも思ってはいない。瞬時の変身が可能なのは当然として、変化した形状からその能力を推察されるのを避けるために、ぎりぎりまで素の状態でいるのだろうと考えていた。
「では、熟練の戦士に敬意を表し・・・・・・・挑戦者・・・レギアス参る!」
名乗ると同時にレギアスは軸足で地面を蹴って、タールへと肉薄した。
「!?」
その瞬発力は先のウサギタイプにも劣らず、心構えが出来ていたはずのタールを驚かせた。脚部のみを瞬間的に変化させたと同時の行動であったため、余程注視していなければ素のままの能力と錯覚するほどであった。
タールはその速さの根元である脚に注目したかったが、そうも言っていられなかった。迫る相手の両腕が大きく膨れあがり、牙を思わせる短い爪を生成して今まさに襲いかかろうとしていたのである。
咄嗟にヘビーシックルの先で爪を受けるタールであったが、受けた軽さにそれがフェイントであることを悟る。その直後、彼の身体の下方からもう一方の腕が突き上げられると、殆ど反射的に身を退いたものの、僅かに反応が遅れ爪の一部が彼の鎧に引っかかり、重厚な金属装甲を引き裂いた。
「くっ!」
やはりモンスターマスター。尋常じゃない能力があるなと舌打ちするタール。しかも相手はその能力を有効に扱えているという事実が、今の僅かな交差で実感できたのである。
「逃がすかよ!」
仕切り直しとばかりに間合いを取ろうとする相手に、レギアスは鎧を裂いた左腕を突きつけると、甲の膨らみの部分から多数の触手が飛び出し、目標に絡みついた。
「おぉ!?」
またも触手に巻きつかれたタールは、力任せにそれを引きちぎろうとしたが、その力を上回る膂力が彼を締め上げ、軽々と宙に浮かせたかと思うと、容赦なく手近な岩壁に叩きつけた。
「おはぁ!!」
同サイズの熊やモンスターなどであれば、内臓破裂や骨折。それに至らなくとも衝撃によるダメージで即応は不可能であっただろう。だが、タールは鎧という防具を装備していた上に、不得手な敏捷性を補うべく、防御の強化を目指し、自身を常日頃鍛えていたのが幸いし、致命となるのを防いでいた。
「このぉぉっ!」
タールは叩きつけられた瞬間、僅かに触手の張りが緩んだ隙にヘビーシックルの柄を触手の束の間に差し込んで回転させ触手を絡ませると、全力で引っ張って触手の束を引きちぎる。
「おぅ!?」
それによってバランスを崩したレギアスは僅かによろめいたものの、さほどダメージを受けた様子もなく触手を戻し、今度はそれを棘状に変化させ、スパイクナックル変わりにして殴りかかる。
「てめぇは・・・・」
あれを只の棘や爪と思うのは危険だとタールの本能が警告を放った。実際のモンスターであれば、そこから毒を分泌することすらある。それを彼は頭で理解してたのではなく、経験からの本能で察知し反応した。
彼は左手にしたヘビーシックルの先端で一方の攻撃を受け、もう一方を右拳そのものを打ちつけるようにして受けた。
もちろん、右拳は只の拳ではなく、彼の全力解放されていた気で覆われ、その強度を高めており、結果、レギアスのスパイクに競り勝ち、その先端を欠けさせる事に成功していた。
「・・・何者だぁ!」
その勢いのまま、拳を突き出すタールだったが、相手は軽快に後方に飛び退いて、致命打を受けるのを回避した。
「それ、俺の方こそ聞きたいな・・・」
先端の欠けた棘を眺め、それを体内に収納したレギアスは、まだ余裕の面もちで言い返す。
「人間だって言ってるんだがな・・・」
応じるタールであったが、その額には僅かながら冷や汗が流れていた。
対峙するレギアスは、これまでのモンスターマスターとは全く異なる存在で、今尚、「モンスター」の特性が把握できず、受け身の対応しか出来ずにいたのである。
敏捷性があり、鋭い爪もあり、硬化する触手も持ち、その上パーワーもある存在・・・と、僅かなやり取りで得た情報は、なぞなぞの様な物であり、タールの知識には、それに該当するモンスターが思い当たらなかった。
「だったら、俺はモンスターマスターだ」
意味深に笑んで、右腕をタールに突きつけるレギアス。
また何かの武器状に変化するのかと、タールは身構えたが、その変化は彼の予想を超えていた。突きつけられた掌部分に魚眼状の物体がせり出したのである。
「!?」
タールにはそれが、何であるかは理解できていた。だが、先のやり取りで相手が近接戦闘型と思い込んだ彼は完璧に反応が遅れてしまった。
「油断大敵・・・」
勝ち誇った笑みを浮かべたレギアスの意思が、熱線を放とうとした刹那、側面から数本のナイフが飛来し、三本がその腕に直撃した。
「なっ!?」
戸惑いのまま熱線が放たれたものの、寸前の差で腕の位置がずれ射線が逸れてしまい、熱線は目標であるタールを逸れて、地面と岩肌の一部を焼くに止まった。
「間にあったぁ~~!!」
レギアス・タール両人の聞き知った声が轟き、ナイフの飛来した方向から、文字通りウェイブ自身も飛来しつつ姿を現した。
「「!!?」」
この登場のしかたには、敵味方双方が少なからず動揺した。そんな隙を狙ってウェイブは気孔弾を連射してレギアスを牽制すると、そのまま身をひるがえして岩壁に「着地」して飛来スピードを殺し、続いて地面へと着地した。
「剣士ウェイブ、只今推参・・・・って、とこだな」
二本の剣を抜きはなって構え、レギアスと対峙するウェイブ。
(一人か・・・あの女はドラゴンの方に向かったか?だとすればすぐに決着をつけるべきだな・・・)
レギアスは僅かながら焦りを感じた。最初にウェイブと対峙した際、その派手な行動によって彼等が囮であることを悟ったが故に、その逃亡後の追撃を執拗に行わず、タールの方を目標にして行動していたのだが、ここに来て状況は逆転したといえる。
つい先程までなら、タールを始末すれば自分達が一歩ドラゴンに近い位置に立てるはずが、今は自分達が足止めされているに等しい状況となったわけである。
「ウェイブ、なんでここに?」
「当初の役目が終わったから、手伝いに来たんだよ。案の定、苦戦してたな」
敵の手強さを十二分に知るウェイブは、相手から視線を逸らすことなく、背後の仲間の問いかけに答えた。
「悪かったな。だがあいつ、他のマスター連中と毛色が違うぞ」
「知ってるよ」
自分達も一度は逃げ出した口である。その本質はまだ見抜けないにしても、その恐ろしさくらいは把握しているつもりであった。
「意外だったな、お前、高速飛翔の魔法が使えたのか・・・・」
レギアスは、腕に刺さった三本のナイフを無造作に抜き捨て、自称剣士の意外な能力に関心を持った。
「高速飛翔の魔法?そんなもの使えるもんか。俺もタールも魔法とは無縁さ。俺はただ、吹き飛ばしてもらっただけさ」
相手の認識を冗談めいた口調と仕草で訂正するウェイブ。
「吹き飛ばす・・・・」
そこまで言って、レギアスはもう「一人」の存在を理解し、それが別行動でドラゴンに向かって先行しておらず、ここにいる事を悟った。
「!!来るぞ、全員気をつけろっっ!」
「遅いよ」
レギアスの叫びに似た指示とウェイブの呟きが重なり、それから半瞬も間をおかずして、彼等の頭上で強い光が輝やいた。
それは頂上に飛んだカレンが構築した魔法による発光であった。構えた彼女の胸の前には光の玉が構築されており、レギアス達が注目した瞬間、そこから溢れるようにして無数の光の矢が飛びだし、眼下の目標に向かって降り注いだ。
ウェイブのあまりに派手な登場に意識が向きすぎていたモンスターマスター達は、この頭上からの不意打ちに殆ど対応できずに終わる。
見て認識する事しか出来ずに頭を射抜かれる者。咄嗟に頭部を庇ってそれ以外を射抜かれ致命傷を負う者。かわそうと試み徒労に終わる者達ばかりで、結局難を逃れたのは、腕の幅を広げて甲羅状の盾に変貌させて防御したレギアスだけであった。
「やってくれる・・・・」
これはウェイブとカレンが囮役として暴れ回っていた時の、一方に注意を集めて一方が必殺の攻撃を繰り出すという戦法に何ら変わりはなかった。ただ、派手さだけが異なるだけで、結局のところは同じ戦法であった。
公言はしなかったものの、基本的に単純なその戦法には二度とひっかかるまいと思っていたレギアスは憤りを感じ、同時にそうした戦法をアレンジして強引に用いる相手にある種の感心もしていた。
「お前等、俺達がどれだけ苦心してここまで来たか知ってるか?」
背後にある仲間の骸を見やってレギアスは嘆きにも似た口調でウェイブ達に問いかけた。
「それは・・・聞いてなかったな」
ウェイブには興味のないところであったが、確かにゼロから立ち上げての行動であれば、並々ならぬ苦労もあるだろうウェイブは思ったが、同情には至らなかった。
「でもそれは犠牲者の数と比例しているのでしょ。そこまでして何故、力を求めるのよ」
上空から降下してきたカレンが割って入る。彼女もウェイブと同じ意見であり、レギアスの積み重ねただろう労力を賞賛する様子は微塵も見せてなかった。
「街を護るために力が必要だからだ!」
レギアスは即答し、そして声を更に張り上げた。
「お前等みたいな樹海外の連中には判ってたまるか!日々モンスター達に怯えてすごさなければならない我々の不安が!決して拭い去れない日々の恐怖が!」
それはレギアス個人の素直な叫びであった。逃れられない樹海という環境に対する畏怖。それには、この地に取り残された代々の嘆きまでもが蓄積されているようにも見えた。
「だからといって、あんな研究に手を出すなんて正気の沙汰じゃないわ。『アレ』は街を護るためじゃなく、ある一個人を殺す目的のためだけに研究された技術よ」
「何?何だって?」
カレンの話の意味が分からなかったタールが思わず唸ると、そばにいたウェイブが彼女に代わって事情を知らない仲間に補足した。
「囮中に、連中のアジトに行ったんだ。そこでモンスターマスター技術の基礎になった古代研究記録を見つけたんだ」
そう言ってウェイブは懐から蒼い宝石のような球体を取り出し、タールに見せた。
「研究記録?これがか?」
タールのみならず、普通の人々のイメージとしては、研究記録と言えば書物である。にもかかわらず、かけ離れた宝石のような物を見せつけられてそう言われると、からかわれているのか、相手が正気でないかを疑ってしまうが、当の本人は真剣に話を続けた。
「マジックアイテムの一種だよ。これ、情報を蓄積するアイテムで、これを使えば直接頭の中に情報が入ってくるんだ」
「本当か?」
思わずそれを奪い取るタール。だが蒼い宝玉は彼の手で転がるだけで何の変化も生じさせず、また、彼の内外にも変化は生じなかった。
「おい・・・」
やはり冗談かと睨むタールの視線を、そうなると判っていたウェイブが受け流す。
「怒るな。俺にも反応はなかったよ。それ、使うのに条件がいるんだよ」
「条件?」
「ある一定の魔力を保持している事だよ。おそらく研究者達がそうだったんだろ。偶然それを手にしたカレンの頭に、情報が一気になだれ込んで、彼女、当時の研究員並みの知識を得たってわけ。ただ、セイムって奴がその研究内容をどうアレンジしているか判らないけどね」
「それじゃ、意味ないんじゃないのか?」
「いいや、そうでもない。どうやら基本的な技術はそのままみたいで、何よりあいつ、レギアスの秘密も判った」
「あいつがどんなモンスターベースなのか判ったのか?」
対峙していた時点の特徴からは、皆目分からなかった相手の正体が把握できたと聞き、タールは驚きを隠さなかった。
「教えろ!あいつは・・・」
「わからん・・・」
ウェイブの返答は、率直ながら矛盾しているものでもあった。
「おい・・・」
抗議しようとしたタールであったが、それをレギアスの一際強い意志のこもった一声が遮った。
「今更、価値観の異なる者同士が異なる正義感を主張したところで意味がない。俺はここまで来た以上、最強という名のゴールを目指すだけだ」
「あなたにゴールなんて無いわ・・」
「ぬかせっ!」
もともと和解の兆しもなかった対話である。決別は確定事項であり、ついにそれが現実の物となって戦闘が再開された。
まずはレギアスが、先程の続きと言わんばかりに腕から熱線を放つと、来ると予想していたカレンが同時に水の魔法を繰り出した。
カレンの正面の空間から発生した水がうねりをもって噴き出し、正面から熱線と衝突する。熱戦は大量の水によって威力を失うのと引き換えに水を一気に蒸発させて辺り一帯に水蒸気の霧をまき散らせ、周囲を覆い隠していく。
「タール、まだ闘えるよな?」
「当然だ」
言って二人は武器を構えると、左右に分かれてレギアスへと向かった。
「本当にあなたにゴールはない。人でありたいのなら、もう闘わないで」
自分の周囲に魔力の球体を無数に発生させつつカレンは、悲哀を込めた口調で訴える。それはモンスターマスターの秘密を知ったが故に生じた、相手に対する哀れみの思いが表に出たものであった。
「俺は既に人を捨てている」
だが、そんな言葉を聞こうともしないレギアスは、一時的に視界の悪くなった中、カレンの作り出した球体の光に向けて、胸部に作り出した無数の太い棘を、吹き矢の様に飛ばした。
「違う・・・」
カレンはこの時既に目印になるような球体を別の場所に移動させて、自身が目標となるのを避けていた。そんな中、彼女はレギアスが自分自身という物を、本当の意味で把握していない事を悟る。
「自分で使いこなせない力では、自滅するだけよ」
叫んでカレンは風の刃を作り出して放つ。
「ぬぅっ!!」
視認不可能な空気の凶器が辺りの水蒸気を裂きながら迫るのを寸前で見極めたレギアスが、唸って身を捻り、寸断という事態を回避する。と、そこへウェイブが霧をかき分けて現れ、両手に持った剣を左右から繰り出して首の切断を試みる。
彼はその刃の軌道に強引に両腕を割り込ませ、硬化させた腕でもって受け止めた。が、安堵する間もなく遅れて来たタールが背後に現れ、がら空きの背中にヘビーシックルを叩きつけた。
「・・・・・っく!!」
当初から受ければ只では済まないと警戒していた一撃は、その想定の更に上を行く威力に達してレギアスに襲いかかった。
咄嗟に背面を硬化させてはいたが、実質鈍器であるタールの武器が生じさせる単純明快なダメージを中和する事は適わず、全身にその衝撃を行き渡らせた。
「・・・・・・・っっっ~~~~!!!」
息が詰まり、余剰な威力が彼の身体の間接を無理矢理に押し曲げて地面に叩きつける。瞬時の背面硬化によって、痛烈な痛みが彼の身体を駆け抜けたが、背骨の粉砕や上下半身の生き別れという事態に至らなかったのは一種の幸運であるといえよう。
「すげぇ、あの一撃を受けて原形止めてやがる・・・」
長く闘いを共にして、その威力の程を知るウェイブにとっては、そうした光景は初めてであった。相手が既に人間ではないにしても、『人型』であったが故に存在がより奇異に見えたのであった。
そうしてレギアスの底力に驚く一方で、彼もまた、進化したはずの自分に大地を舐めさせた人間達に屈辱を感じると同時に感心・驚愕もしていた。
「まさか俺が、人間相手に全力を出さないといけないのか・・・・」
「元・人間が偉そうに・・・少し変わった特技を得たくらいで遙かな高みに来たみたいに思い込むこと自体が間違ってるんだよ」
両手にした剣を威嚇するように十字に構えてウェイブは言った。
「そうだな。正直、自惚れていたよ。人を越え、伝説の魔王相手でも渡り合えると信じていたんだが、お前達人間に手こずってるようじゃ、思い描いていた所には到達していないって事だよな・・・・」
レギアスが自嘲するように言ったかと思うと、露骨な殺意を含んだ瞳を一同に向ける。
「ならば、この場でお前達を倒し、ドラゴンの力を我が物にして、高みに到達してやるさ」
突然、レギアスの全身の筋肉が目に見えるほど激しく脈動した。
「見せてやる。今の俺の本当の戦闘形態をな・・・」
彼の四肢は急速に増加する筋肉繊維によって見る間に太さを増し、皮膚は硬質化あるいは獣の様な体毛が伸びて身体を覆い、身体は、骨そのものが形状変化を起こして四肢に見劣りしない形状へと変貌して行く。
その変貌に時間はさほどかからなかった。時間がかかるものであればとうにウェイブあるいはカレンが攻撃を仕掛けていた。それを忘れさせるほど、その変貌はスムーズで、月を見て変貌するワーウルフよりも遙かに早いものだった。
「「「・・・・・!!」」」
現れたその姿に一同は固唾を呑んだ。
およそ既存の生物・モンスターに該当しない存在がそこにいたのである。
これまでのモンスターマスター達も異質ではあっても、対象となった生物の特性が現れていたのだが、レギアスにはそれが見受けられなかったのである。
いや、正確にはそうした特色は生じていた。だがそれはあくまで部分的な物であり、全身を見る限り新種の人型生物と言って良いほどである。
身体はタールを一回り半ほど上回るサイズとなり、四肢は獣同様に体毛に覆われながらも昆虫を思わせる外骨格の特徴も垣間見え、足の指は鳥類に見られる鈎爪が突きだし、手は当然のように鋭い爪と、拳部分には4つの魚眼が浮き出していた。
人間の体型をした熊が、昆虫のような甲殻性の防具を装着しているようにも見えなくもない姿であるが、頭部は熊とも人とも異なる物へと変化していた。
目や口の位置、そして身体との割合こそ人間としてのバランスを継承していたが、形状は骨格的な点からして異なる存在と成り果てている。
この時代の人間達には及びもしない発想であるが、かつての古代文明・・・文明最盛期の人間が今のレギアスを見れば、どこかの星の好戦的知的生物と思うに違いないだろう。
そこから放たれる異様・威圧的雰囲気は、数多の闘いを経てきたウェイブ達に言い様のない不安感をかき立てる。
「・・・・・これが・・・魔王キーンを殺す目的に考えられた研究成果の一つ・・・」
カレンから聞きいた存在の実物を前に、ウェイブが冷や汗を流す。
「何?」
自分の知らない情報を耳にして、思わずタールが視線を敵対者から仲間へと移す。そんなタイミングをまるで知っていたかのように、レギアスの脚が地を蹴り、視線を逸らした大男に向かって疾走し始める。
「馬鹿!」
相棒の迂闊さを単純な単語で叱咤した直後、相手が目標に接触した。変身によって体格差が逆転したレギアスは、無造作に突きだした右手でタールの頭を鷲掴みにすると、先程の仕返しとばかりに地面に叩きつけ、樹海の泥を味あわせた。
「ふぉっ!!?」
気がつけば顔が地面にキスをしていたという状況に、当事者たるタールは一瞬混乱したが、すぐに身を捻って接触状態にある敵に対し、肘を繰りだしたものの、それは命中したにもかかわらず効果を見せなかった。
命中した部位にあった強靭かつ柔軟な筋肉繊維が、その中途半端な衝撃を防ぎきったのである。
「人間の形態であれば効果あったんだろうがな・・・」
勝ち誇ったレギアスの異形なる頭部の口元が歪んで笑みを浮かべる。
「んじゃ、この一撃はどうだいっ!」
叫んで、駆けつけたウェイブが二本の剣を同時に相手の背に振り下ろした。他のモンスターマスター戦で体験している相手の身体の強靭さを十二分に考慮した上での、気を十分に込めた攻撃であった。
キィン!
剣が硬いものに衝突した音が鳴り響いた。しかしそれはレギアスの背ではなかった。彼の肘部分から伸びた骨のような素材でできたブレード状の物体が、背を向けたままの状態で、ウェイブの剣を止めたのである。
「闘気士の攻撃を身体で受けるような真似はしないさ」
首を僅かに傾けて、その視界の端にウェイブを捉えつつレギアスは言った。余裕の様相にも思えたが、実際には剣を受け止めた肘部のブレードが刃こぼれしているのを認識し、油断はできないという心情であった。
「なら、何としても当ててみせる!」
「そうはさせるかっ!」
ウェイブが再び剣を振り下ろそうとした瞬間、レギアスが肘を捻ってブレードを器用に動かし、独特の形状をしていた剣の柄とグリップの隙間に絡ませると、彼の右手から弾き飛ばすようにして剣を奪った。
「ちっ!」
舌打ちしながらもウェイブはそれを回収したり目で追ったりはしなかった。近距離に敵がいる前でそのような前をすれば眼下のタールと同じ運命となる事を瞬時に理解し、フリーなった右手に気を集中させ、一呼吸も待たずにそれを放った。
「うぉっ!?」
突如、剣ではなく気孔弾による攻撃に切り替わった事に驚きながらもレギアスは身体を左に捻り、外見からは予想もつかない柔軟さを見せ付けながら気孔弾の直撃をかわすと、次の一撃が繰り出されるよりも先に飛びのいて二人から距離をとった。
「カレン!」
「判ってる!!」
その動向を目で追いつつウェイブが叫ぶと、少し離れた位置にいたカレンが負けじと叫び返し、幾本もの光の矢を放った。
命中を優先させた幾百もの小さな光の矢は、かなりの広範囲に広がり回避の余地を与えようとはしない。たちまち範囲にある木々が、光の矢に削り取られて無残な姿を晒すも、一発一発の威力が小さい事が災いし、本来の目標に対して効果的なダメージを与えていなかった。
「ええぃ、うっとおしいっ!!」
矢の雨を突っ切るようにしてレギアスが現れ、術を放った直後のカレンに迫る。
「そう来ると思ったよ!」
そうした行動を推察していたウェイブが併走しつつ気孔弾を連射する。だが、そのことごとくを受けつつも、レギアスは目標に突進を続ける。
「まずは確実に一匹片付ける!」
肉体的に最も劣るだろうカレンを抹殺するべく、目標を一点に絞ったレギアスは、横合いから打ち込まれる攻撃による多少のダメージを無視しつつ拳を繰り出すも、忌々しくもそれは遅れてきたタールが寸前で間に割って入り、その攻撃を両手で受け止めた。
「ぬぅっ!!」
再三有効打をかわされ、歯噛みするレギアス。相手にしてみれば、一撃まともに受ければ致命傷なのだから必死になるのは当然であった。
「痛ぅぅ~~~~~~」
衝撃がタールの掌を打ったが、それを堪えて相手の腕を抑えにかかる。その隙にカレンは後方に飛び退き、六牙の杖を構えて新たな魔法を唱え始める。
「!」
杖の左右に備わる六つの『牙』が、それぞれ異なる光を灯し始めたのを見て、レギアスはそれが何を意味しているのか察し、腕にしがみついた状態となっているタールを力任せに持ち上げ地面に叩きつけて振り解くと、退いたカレンを追うべく地を蹴った。
「カレン!行ったぞ!!」
遅れてウェイブが追うが、初速で遅れた分、その距離を縮めるのは不可能だった。
カレンは更に後方へと退こうとするが、執拗に追撃してくレギアスを振り切る事はかなわなかった。呪文詠唱が間に合わないと察した彼女は、迫る相手に対して六牙の杖を振るって迎撃するが、そのか弱き一撃は軽々と手で受け止められて奪われ、カウンターの一撃をその胸に受けた。
「あぐっ!!」
文字通り殺人的一撃にカレンが息を詰まらせて弾け飛び、大きな樹の幹に叩きつけられる。魔鎧ミファールの防御力のおかげで人間が数度死ねるだろうダメージにおいても即死は間逃れたものの、その運動能力の極端な低下は否めなかった。
「以前使った、六つの魔法の同時放出を撃つつもりだったんだろ?そうはさせんよ」
エネルギー量そのものより、六種の魔法の同時命中による物質崩壊現象は、いかに強靭な肉体であっても防ぎようが無い。レギアスが最初にカレンを見たのが、その魔法の試し撃ちの時であった事が、身体的には劣る彼女を強く警戒させる要因となっていた。
その警戒の甲斐あって彼は相手から、一発逆転の機会を奪ったと思った。
「さあ、これでまた一つ打つ手がなくなったな?それとも、まだまだ奥の手を持ってるのかな?」
奪い取った六牙の杖を逆に利用することができない彼は、杖を明後日の方向に投げ捨て、岩壁へと突き立てた事で勝利をほぼ確信した。
「こんな局面で、それをばらす馬鹿はいないだろ」
ようやくにして追いついたウェイブが、気孔弾の連射を行いながら肉薄し、間合いが詰まると剣を振りかざして斬りかかる。
「確かにな!」
気孔弾の大半は周囲の地面に着弾して相手を牽制し、残りは目標に着弾したが、レギアスは余裕の笑みで気孔弾の全てを左手で受け止め、斬りかかるウェイブをリーチを伸ばした右腕で払い飛ばす。連射優先によって威力を落とした気孔弾に自分を害する威力が無いことを既に把握していたのである。
「なら、こいつはどうだよ!!」
「!」
弾き飛ばしたウェイブと入れ違うようにタールが迫り、先程の仕返しとばかりに渾身の力を込めた右拳を繰り出した。
「小賢しいっ!」
強大な威力を秘めてるだろう拳を両手で受け止める。攻守が逆転した光景が繰り広げられた。が、再現はそこまでであり、腕を取ったレギアスは、そのままタールの巨体を振り回し、手近な樹に叩きつける。
「いつまでも悪あがきなど・・・」
「無意味なことを私達はしないわよ」
「!?」
レギアスの背後でカレンが言った。直後に行われたウェイブ達の連続攻撃に対処するため、必然的に彼女に背を向けたのだが、主武器を失い、戦闘能力を失ったはずの彼女から放たれた言葉に、彼は言い知れぬ危機感を感じ、反射的に振り向く。
そこに彼女は変わらず居た。主武器も持たず、予備の武器も手に持たず、ただ両手の指先を自分に突きつける姿勢をとっているだけであった。
「多分、私達の勝ちよ・・・」
レギアスは突きつけられていた両指先の人差し指から薬指がそれぞれ異なる光を放ち始めたのに気づき、何が行われているかを悟る。
「まさかっ!」
「御名答!実戦使用は初めてだけど、貴方の警戒した六魔光弾よ!!」
直後、彼女の指先から六条の光が放たれた。指の特殊マニュキュアに封じられた各種魔法が同時開放され、炎・氷・雷・風・光・闇のエネルギーとなって放たれたのである。
その間合いはレギアスの瞬発力をもってしても不可避であった。
「がああああああああぁぁぁぁっ!!」
六つの光弾が炸裂し、六色の光が辺りを照らす。
瞬間的な光の洪水が収まると、辺りは一転して静寂と光弾炸裂によって引き起こされた土煙が支配した。これまでにない攻撃の炸裂がどの様な結果に至るのか、誰も知ないため、次の行動に入れないでいたのだ。ただ言えるのは、レギアス側からのリアクションも無いことから、最低でも即応できないダメージを与えたには違いない事が推測された。
ジャリ・・・・
そんな中、爆心点の中から何かが土を踏みしめる音がした。いや、それが何か、姿は無くとも一同はレギアスしかあり得ないと理解している。
姿を現したレギアスは戦闘形態のままであったものの、その身体は石灰のように白く変色して崩れ始めており、もはや生物とは言い難いものとなっていた。
「お・・女・・・何故、あの魔法が・・・使えた」
一歩踏み出す毎に、身体の一部が崩壊しながらもレギアスはゆっくりと歩み続ける。
「貴方、思い違いしてたわね。あの魔法はね、単純に六種の魔法の同時放出なだけであって、あの杖が必須条件じゃないのよ。呼吸さえ合えば普通の魔法使い六人でもOKだし、私の場合は・・・・」
言いながらカレンは自分の両手の甲を相手に向け、その爪を疲労する。
「指先に一つづつ魔法をストックしていたから一回だけなら撃てるのよ」
明快な説明とは裏腹に、魔法を放った指の爪の間からは血が滲み出し、指と爪を赤く染め上げていた。
「おい、カレン。それ・・・・」
これまで指先に封じた魔法を開放した際には起きたことの無い現象に気づいたウェイブが、少し心配そうな声を上げた。
「ん・・・やっぱり複数同時開放時に、別種の魔法エネルギーの反発が起きるのよ。で、その反動が指にね・・・・でも大丈夫。爪と指の骨が少しイッてるだけだから」
「なる・・・程な・・・あの魔法がアイテムによる力と勘違いした俺の・・・・・ミスか・・・」
「そう言う事。やっぱり貴方も人間の地力を甘く見たのが敗因になったのね」
「何故だ・・・・何故、俺は人に負ける・・・・これ程の力を得て・・・・・・・・・何故・・・」
「さあな・・・結局、思考だけは人間の枠のままだったから・・・・じゃないか?」
正直言って、闘い様では彼等の方が敗北者となってもおかしくはない状況だった。二度目三度目があった場合、また勝てると自信を持っている者など誰一人いない。カレンの最後の一撃も、相手の慢心が命中に至らしめたようなものなのである。
「俺が人を越えきっていなかった!?・・・・・そんな・・・はずは・・・・」
ここ来てレギアスが限界に至り、その身体の崩壊が加速し、彼は四肢の僅かな部分を残して灰塵へと化して行った。
「強さだけを求めた者の末路か・・・・」
それは、自分達にもあてはまる事実だとそう思わずにはいられない一同であった。
投稿日:2011/12/18(日) 15:53:29
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