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2014/02/02(日)に投稿された記事
第2章 ウェイブ編 1-3 -アニィ尋問-
投稿日時:10:19:47|コメント:0件|》本文を開閉
ディレクトリ:くすぐりの塔AF -魔王の後継者達-
クライマー側には、先だってウェイブの攻撃に用いられた武装&装甲強化型ウッド・ゴーレムの他に、より攻撃力の高い大型のストーン・ゴーレムや機動性に富んだ細身のウッド・ゴーレムも混在していた。
これは数種の特性を持つ部隊の乱戦に持ち込み、相手の行動を制して必殺の一撃を叩き込む目論見があり、それは戦法として間違ってはいなかった。
しかし、その布陣や数は、先刻見た闘いから想定して編成が成されていたため、この時点で計算違いが生じていた事を、クライマーは早々に思い知らされる事となる。
「せいっ!」
ウェイブは手始めに最初に接触したウッド・ゴーレム二体を左右の剣で同時に斬り捨て、背後のゴーレムが攻撃を仕掛けるよりも早く相手を踏み台にして跳躍し、最後尾のストーン・ゴーレムへと辿り着くと、有無を言わせず腹部に二本の剣を突き立て、左右に剥ぎ払い横に分断した。
「「「!!」」」
その一連の動きは初対面時の時とは比べ物にならず、アニィとシルディそしてクライマーは、揃って驚きの表情を見せた。
「ウェイブさん・・・凄い」
シルディは囚われていた際、彼の闘いを見ていないため、そうした評価は自然な物だった。
アニィにしても、そうした事は既に判っていた事だったが、今、目にしているそれは、思い描いていた動きを上回っていたのである。
「本当に体調悪かったんだ・・・」
アニィは先程彼がシルディの魔法で回復してもらった事を思い出し、その度合いの深さを今更ながらに悟る。
本来の体調を取り戻したウェイブは、不快感に動きを制限されることが無くなり、縦横無尽にゴーレムの群の中を行き来し、的確に相手を行動不能へと追いやっていく。
クライマーも、ゴーレムを操るための宝玉の類を体内に隠す工夫を施し、肉眼で弱点を晒す事を避けていたのだが、相手は急所をピンポイントで狙えられないと知ると、狙い所を変更していたのだ。
一撃で致命傷とするのが難しいのであれば、動いていても害のない状態にすればよい。つまりは、脚を切り落としたり縦横に分断して戦闘不能にする事で驚異の対象から除外していったのである。
その手際もさることながら、一体を仕留める速さが魔法使い達には経験のない領域であり、ウェイブ以外の人間はしばしの間、その姿に我を忘れて魅入っていた。
そんな中、先に自分を取り戻したのは半数以上のゴーレムが戦闘不能となり、総合戦力的に劣勢に陥ったと感じ始めたクライマーの方であった。
ウェイブの想定外の戦闘力を前に、現戦力ではまず勝ち目がないと判断した彼は、早々に目的の達成を諦め、この場を凌ぐために守勢に入る決断をした。
状況からすれば懸命な判断ではあったが、内心ではそれこそ屈辱にまみれた怒りで我を忘れそうになるほど憤慨していた。
二度も好機と思われた場を邪魔され、それが人智を越えた天災や圧倒的多数による力ではなく、ある意味対極のとも言える、ただ一人の行動によってもたらされてしまったのである。イレギュラーにしても納得できない部分が多すぎたのである。
クライマーの思考は、その忌まわしき敵対者に対し、どの様な手段で対抗するか、そしてどの様な手段で恨みを晴らすか、既に再戦の事を考え出していた。が、それが場の隙に繋がった。
(へぇ、いい判断してる・・・)
ウェイブは攻撃の為に散っていたゴーレム達が、クライマーの方へと集まりだしたのを見てその意図を悟り、まだ数が残っているゴーレム達に混じって彼の元へと突進した。
「!!」
しまったとクライマーは後悔した。集結を優先したため、ゴーレムは近距離を駆け抜ける相手に即応できずに次々に追い抜かれていったのだ。
「迎撃っ!」
彼はすぐさま指示を変更したが、迫る相手を押し止められるかは微妙な状態だった。
(思ったより切り返しが早い)
微妙と不安をつのらせたのはウェイブも同様だった。相手の退くタイミングを狙っての本陣攻撃だったが、戦力がまだ激減に至ってないうちから守勢への転換に入ったクライマーの判断の良さがここで活き、多数のゴーレムが、進路を塞ぐように動き出したのである。無視して突っ切るにしても少なからずロスタイムは生じ、それを考慮すると、クライマーを斬る間合いに入る前に、ゴーレムの壁が出来上がりそうな状態だったのである。
僅差がこの勝敗を決める中、女神の祝福はウェイブに向けられた。
「フレイム・アローッ!!」
突如、横合いから炎の矢が数本飛来して、ウェイブの進路を妨害しようとしていたウッド・ゴーレムの一群を直撃し、弾き飛ばした。
「カレン?」
そのタイミングの良さに、ウェイブは思わず以前の仲間の名を口にしたが、もちろん彼女が駆けつけた訳ではない。
「ウェイブ!そのまま行って!」
アニィは魔法で左手に炎の弓を作りだし、右手で作り出した炎の矢をつがえて構え、炎の矢の第二射を行った。
放たれた炎の矢は、弓の炎も一緒に巻き込んで飛翔し、途中で分裂して的確にウッド・ゴーレムに直撃していった。
「すげっ」
その様子を横目で確認したウェイブは、言われた通りに第一目標に狙いを定めた。この援護だけで任せられると信じての行動だった。
「覚悟っ!」
「いいや、まだだっ!」
ウェイブが剣の間合いに入るタイミングとほぼ同時に、ストーン・ゴーレムの一体が割り込む位置関係が出来上がった。
刹那の出来事に、ウェイブの思考がめまぐるしく動く。ゴーレムの行動を見抜いてやり過ごし、その背後のクライマーを襲うのがベストであるが、クライマーもゴーレムをやり過ごす自分の動きを見て身を退く方向を定めるはずである。共にゴーレム越しにいる相手をどの位置で見つけるか、どの方向に移動するかの読みが勝敗を決める状況にあり、基本的に先行の立場にあったウェイブは、ゴーレムの妨害はともかく、どの方向へ身を乗り出そうかと思案し始めた。
そこへアニィとは全く逆の位置から一本の光が飛来し、ストーン・ゴーレムの右膝部分を射抜いた。
「「!?」」
たちまちゴーレムの右脚は膝から砕けて崩壊してバランスを失い『壁』としての役割を果たせなくなって転倒し、守る予定であったクライマーの姿を露呈させた。
突然の出来事に一瞬思考が止まる二人だったが、視界の端でシルディの姿を確認したウェイブは今の攻撃が彼女による物と判断して気を取り直し、目の前の目標に向かって右の剣を振り下ろした。
「くっ!」
クライマーは咄嗟に左手をかざし、魔法使いには珍しい籠手の装備でそれを受けた。
それは彼が近接戦に備えて用意したマジック・アイテムで、籠手は迫る刀身に対して力場を発生させ、魔法の簡易障壁でもって防御した。
だが、剣の攻撃は籠手の防御力を上回った。刀身は魔法障壁を粉砕して籠手に達し、そのままクライマーの腕を籠手ごと切り落とした。
「がぁぁぁぁ!!!!!」
苦痛に満ちた声が響いた。
「これで終わりだ!」
腕を押さえ苦痛に喚くクライマーに向けて、ウェイブの左の剣が突き出された。
「!」
勝敗が決したと思われたその瞬間、細身のウッド・ゴーレムが間に合い、その身で刃を受け、主の即死を妨げた。
「くそっ、邪魔をっ・・・」
ウェイブは深々と刺さって容易に抜けなくなったウッド・ゴーレムを持ち上げ、床に叩きつける事で粉砕して剣の自由を取り戻すと、本命に対して改めて剣を叩き込もうと構えたが、クライマーはゴーレムの献身によって退く間を会得し、振り返る事もなく、またゴーレムの同行もないまま、一目散に外の出口へと走り去っていった。
残されたゴーレムは、主の逃亡を完璧にするために置き去りにされた訳だが、それに不満の一つも抱くことなく、最後に与えられたその命令を遂行し、破壊されいく事となる。
「・・・・・結局、逃がしたな」
最後のゴーレムを完全破壊したウェイブは、この場にクライマーが戻ってこないだろう事をほぼ確信して剣を納め、遺恨を残してしまった事を悔いた。
この場は良いにしても、後々彼はまた二人を狙って来るだろう事は容易に予想できた。
「でも、この場を凌げたのですから、それで良しとしましょう」
シルディが上機嫌に言ったのも、この結果が予想よりも格段に良い結果だったからに他ならない。
「そうね。正直、こんなに楽に突破できるなんて思ってもいなかったわ。ウェイブって凄く強いんだ」
「それはこっちも言える台詞だな。魔法、かなり威力あったじゃないか」
アニィ等がそうであったのと同様、ウェイブも彼女等を見くびっていたのだ。
「ウッド・タイプだったとはいえ、炎の魔法で目標を弾き飛ばすなんてな・・・半分、実体化してたんじゃないか?」
本来、炎系の魔法は、命中時に燃焼する事で相手にダメージを与える物なのであり、反動で吹き飛ぶ事はまず起こり得ない。ほとんど質量のない炎でそれが出来たという事は、かなり密度の高い炎であった証とも言えた。
「言ったじゃない、攻撃系は得意だって」
得意げにアニィが言うと、ウェイブも確かに・・・と苦笑いする。
「そうだ、攻撃系っていえば、シルディは回復が得意とかいってたのに、援護の一発は凄かったな」
彼は勝利を決定づけた一撃をのチャンスを作り出してくれたシルディの魔法の一件を思い起こして、そちらに視線を向けた。
「あれね、シルディの唯一の攻撃手段なのよ。私が教えたのよ」
照れるシルディに成り代わってアニィがその肩を掴んで得意げに語る。
「大した威力だったよな。ストーン・ゴーレムの足を一撃粉砕だもんな」
「そんな・・・まぐれですよ」
誉め言葉にシルディはますます照れて俯いた。
「そんなことないわよ。あれって、魔力を指先に集中させて放つだけの初歩的な攻撃なんだけど、それであの威力なんだから、ちゃんとした攻撃系覚えてみたら?」
「だから無理ですって・・・・私、力のイメージが苦手で・・・・」
攻撃魔法は魔力を破壊的『力』に変換して放出する手法であり、その為には呪文詠唱の他に、その力をイメージする必要がある。
シルディは、基本的に内気で争いにも無縁な人柄であるため、相手にぶつける炎や雷のイメージを抱いても、同時に傷つける相手への気負いまで抱く傾向があり、それが攻撃系魔法を不得意とする要因となっていたのである。
だからアニィは護身術のつもりで単なる魔力放出を教えたのだが、それであの威力を出せたのは正直誤算であったのだ。
「その分、回復系に長けてるんだからいいじゃないか。二人一組でバランス取れてるよ」
ウェイブの指摘に、アニィとシルディは少し複雑そうな表情となって互いを見やった。その様子に自分の言葉が半人前と聞こえたかな?と感じたウェイブは、話題の方向を変えるため、二人を出口へとエスコートした。
そんな気遣いを察した二人は、軽く笑んでそれに応じるのだった。
「結構、大きな村・・・いや、街だな」
遺跡の出口から出たウェイブは、手前の坂を駆け上がってそこから見える景色を見回し、そう評価した。
遺跡は街の敷地内に存在し、すぐ近くに人家も建てられており、ここが衆知の場所である事を証明して見せていた。
その広さや活気は、彼がこれまで訪問した場所の中でもトップクラスと言って良い規模であったが、それらよりも増して彼の目を引いたのは、一方向全域を覆う、膜の様な空間の揺らぎであった。
「アレが断絶の結界。見るのは初めて?」
ウェイブの注意の向いている方向を見て、アニィが問うた。
「ああ、以前遠くから見た事はあったけど、肉眼ではっきり見たのは初めてだ・・・」
「アレを本当に消せると・・・・ウェイブは思う?」
顔を覗き込むようにしてアニィが問いかける。それは現実を知らなかった者がそれを知った事で、改めて意見を求める意志が込められていた。
「ああ・・・・」
結界から視線を背けることなく、ウェイブは肯定した。魔王キーンが、中途半端な物を残して終わったとは到底思えないが為の根拠無い返答であった。
「私達は逆です・・・常日頃、全く変化を見せないあの壁を見続けて育ってますから、あれがある日突然消えるなんて、思いもよらない事なんです」
そう言うシルディの瞳には、結界に関しては諦めの色が含まれていた。物心ついた時から、自分よりも遙かに永い時を経て存在する非物理的障壁。それが在る事が日常であり常識である。そんな考えが結界近辺に生活する者達の間に定着していたのである。
「夢を見るのも悪くないって。ほら早く、学者殿の所に案内してくれ」
ウェイブは二人の背を街の方へと押して歩き出す。
「わかった、判ったから急かさないでよ」
子供の様なウェイブの勢いに押されながら、アニィは先頭に立つ格好となり半ば強制的に案内役となって街の中心部へと進んでいった。
「あぁ、アニィ・シルディ無事だったのね」
「二人とも、クライマーに襲われたって聞いたけど大丈夫なの?」
「遺跡に追い込まれたって・・・・大丈夫だった?」
「無事だったんだ、よかったぁ~」
街中に入り、人との接触が増えだした途端、三人は注目を受け始めた。正確には、注目を集めているのはアニィとシルディで、クライマーの一件は衆知の事実らしく、皆、その真偽と安否を確認するかのように言い寄って来ては、彼女達が事実を簡潔に説明する行為が幾度となく繰り返される。
この事から、二人とクライマーのどちらに人望があるかが明白になり、後者の方が街の者達からも浮いた存在であることを示していた。
またこれは同時に、事態が人々の望まない方向に向かう事を阻止してくれたウェイブの活躍を知らしめる事にもなり、彼女達の説明が終わる都度、感謝の言葉が彼にも向けられ、友好的な立場を難なく構築することに成功していた。
「二人とも、ひょっとして有名人か?」
彼女達の安否を気遣う人々の数が妙に多いことに気づいたウェイブが先頭を行くアニィに問うた。
「そりゃ、素性が素性だから・・・ね」
アニィは有名人という点に対して、少し皮肉っい口調で応じた。シドレ・レイスの娘。良きにしろ悪しきしろ、この肩書きは大きな知名度となって然りである。
「それ以前に、この町は住人の交友というか、連帯感が強いところですから」
決して名だけの物ではない。と、シルディは主張する。
「ああ、そう思う。いい感じの街だ。ここは、モンスターの驚異とは無縁みたいだな」
行き交う人々の表情を見て、ここが平和だと悟るウェイブ。彼等には日常の恐怖という物が皆無であるのが様子で判り、それは外敵、すなわちモンスターの襲来が少ない事を意味している。
「はい。モンスターの生息圏からも遠いので、どちらかというと人災の方が・・・・」
つまりは山賊や盗賊、そしてクライマーと言った類の者達という事である。
「あいつの件は、また考えないとな。きっとまた何か手段を考えて襲ってくるだろからな」
クライマーの『目的』もそうだが、先の戦闘で腕をウェイブに切り落とされている経緯もある。恨まれていて当然であり、決して無関係と楽観はできないのが実状であった。
それから暫く徒歩の移動を続けた後、三人は街の最端部に該当する館の前へと到着した。
「ここか?」
ウェイブが、アニィに念を押すように問うと、彼女は間違いないと頷いた。
「そうか・・・」
館は規模もそこそこで、正面から見るに関しては何ら問題のない普通の建築物であったが、その全体像は異色を放っていた。
館はその結界の壁を背後に従えており、一見して結界と接触している様にも見える位置に立てられていたのだ。
まるで館が結界に分断されているようにも見える状態で建っていたのである。
「これは趣味か?それとも結界の大きさが縮んだ結果か?」
後者であればある意味一大事だったが、幸いにして真実は前者に類した。
「いえ、ここの先生は結界研究もしてるので、常に観察できるようにって、館を結界の側に建てちゃったんです」
「成る程・・・」
熱心な者ならあり得る話とウェイブは納得すると、視線をアニィに向ける。
「はいはい、判ってます」
その眼差しの意味するところを知る彼女は、先行して館へと赴き扉を軽く叩いて中の使用人を呼びだし、しばらく言葉を交わすとウェイブの所へと戻ってきた。
「どうだった?」
「勿論、会ってくれるって」
「やった!」
目的に対する行動に停滞が生じる事を避けられそうな兆しを感じ、ウェイブは思わずはしゃぎ、駆け足で玄関へと向かった。
「いらっしゃいませ、主がお待ちです」
玄関前でアニィに促され、入館したウェイブは、そこで待っていた初老の執事に迎えられた。
「手間取らせます・・・・」
アニィの紹介が上手かったのか、執事の目には警戒の色はなく、彼も必要以上の緊張は必要ないだろうと安堵した。
「こちらへ・・・・お召し物の替えを用意しますので、少々お待ち下さい」
執事はウェイブの借り物を羽織っているだけに等しいアニィに軽く視線を送ると、背後に控えていたメイドに指示を送り、上階への階段へと彼を促した。
「主は、上の研究室でお待ちです」
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
ウェイブは、二人の案内人に声をかけると、執事の後についていった。
「私達の事は気にしないで下さい」
「適当に時間を潰してるから心配しないで」
「ああ」
ウェイブは二人の返事に、背を向けたまま手を振って応じた。
「こちらです・・・」
暫く無言のまま歩いていた執事は、廊下の一番奥に突き当たる部屋の前に到着すると、促し、入口の扉を軽くノックした。
「お客様をお連れしました」
『どうぞ中へ・・・』
呼びかけに扉の奥から声が返り、それに応じて執事が扉を開けた。
「お入り下さい」
「ありがとう」
執事に一礼してウェイブが中に入ると、そこで待っていた人物よりも先に、その背後の物体が目に入り、瞬間、硬直した。
その部屋は大量の本が棚から溢れ、まさしく学者の部屋であったが、入口から真向かいに当たる壁が存在しなかったのである。その代わりに結界の壁がその代行を努めるように立ちはだかっていたのである。
そう、ここは分断されたように見えた、館の一番奥の部位に位置していたのである。
「ははは・・・やっぱり驚きましたか?初見の客人はみんなそうですよ」
相手のこうした反応は常識でもあり、当然の儀式でもあった部屋の主は、例に漏れない反応を前にして軽く笑い、機先を制されたウェイブに空いていた椅子を勧めた。
「どうも、初めまして。私が例の遺跡調査の第一人者の、モラレスです」
「ども、ウェイブと言います」
差し出された握手に応じたウェイブは、モラレスと名乗った男に対して、まず若いと言うイメージを抱いた。
研究を続けている学者という言葉から、案内をしてくれた執事程の年齢に至っているという先入観があったのだが、実物は青年の面影を残す中年といった風貌であったのだ。正面の結界のインパクトには及ばなかったが、これはこれで意外性があった。
「第一人者って肩書きの割には若いですね。それとも魔法で年齢を誤魔化してますか?」
「いえ、見たとおりの歳ですよ。私の家は代々学問の家系で、調査の件も数代前から続いて引き継がれているんです。その肩書きも父や祖父、御先祖あっての物ですよ」
「成る程・・・にしても、変わった趣味・・・ですね?」
不規則に蠢き安定しない空間の壁に視線を向け、ウェイブはその真意を伺った。
「いえいえ、当然趣味じゃありません。この結界を常に観察し、調べるために研究室をこの様に設けたんですよ」
「それで何か成果はありましたか?」
千年経っていまだ健在な壁を眼前にしてウェイブは要点を一気に問うと、モラレスは途端に苦笑いした。
「それが全く・・・・結界の強靱さを再認識させられるばかりですよ」
そう言って彼は部屋のカーテンを閉め、部屋を薄暗くすると、愛用の魔法の杖を取り出し、その先端に四角錐状の傘の様な物を装着させ、照明に用いる発光の呪文を唱えた。
光を放ちだした杖の先端は、傘の内面に施された鏡面に反射して、指向性を持った簡易ライトとなって結界の壁へと向けられた。
「見て下さい」
モラレスは光の先を指さした。そこにはシャボン玉の膜の様な印象を持たせる結界の壁に、遮られた光の筋がはっきりと判別できた。
「この結界は、内側の存在を文字通り全て拒んでいます」
「全て・・・」
強調された部分をウェイブが復唱する。
「はい、全てです。単純な物体や生物各種に止まらず、こちら側の空気や、見ての通り光の通過すら阻んでいます」
「でも、昼夜が存在してるから、空の・・・高々度の結界は甘いとかの可能性はないんですか?」
これは以前からウェイブが疑問、と言うより外の世界へと出る手段の一つにならないかと思っていた事例でもあった。
「いえ、それも以前試しました」
モラレスは即答する。
「結果は同じです。結界は空も地下も健在で、地表は常に地面と接触している形になっているため、この様に反応しているんです。気長に観察していれば、鳥などが接触して、同様の変化を生じるのが見れますよ。昼夜があるのは、結界の外側の光が反射してくれているおかげでしょうね」
「そっちの方ははっきりしないんですね」
「それはそうです。外側からの情報などないんですから」
「つまりは、完全密封の金魚鉢の中って訳か・・・・そんなんで俺達がよく生きていられますね」
「それは、封じられた範囲が広大だった事が理由です。この世界が生命球・・・・つまりは動植物の生態系が維持できる状態となってるんですよ」
「やっぱり・・・・人間には過酷だけど、生態系のバランスが取れている訳か・・・」
「はい。結界内だけが世界の全て・・・そう思っても、正直問題はないんです。今や人々の大半はそう思って生きているはずです」
その意見にはウェイブも同意した。『外』が存在するため、それに向けた願いはあったが、単純に生きていく上で、今の世界の範囲でも人々に死活問題などない。
「それじゃもう、結界の解除は研究してないんですか?あの二人は、その事に関して何か研究してたって話してましたし、今もこうして・・・・」
結界前に研究室を設けている。その事を指摘するようにウェイブは絶対的力場の壁を指さした。
「ええ・・・ええ、そうです。結界に関する調査は、私個人は今も行っています。ですが、街の学会による正式な調査は祖父の代で終わっています」
「そりゃまた、どうして?」
「ファスト遺跡はご覧に・・・いえ、あそこから来たんでしたね。あそこは、昔から魔王の伝承があった場所だったため、盛んな調査が行われて来ました。今では全てを探索し尽くしたとさえ言われていましたが、貴方の使ったテレポーターの隠されていた部屋を見つけられなかったとは、第一人者としては恥ずかしい限りです」
「隠されていたんですから仕方ないですよ」
「まだまだ研究の余地があるという事でしょうね。いや、奥が深い・・・」
「それで、あの遺跡が?」
「おっと、そうでした、長年の調査で発掘された文献や石版、その他もろもろの発掘品の調査で、あの遺跡内に魔王が残した結界破壊の為の仕掛があると判明したんです。貴方もその目的で来られたと聞いてますが?」
興味津々の視線を向け、モラレスが問いかけると、ウェイブはこれによって大幅な脱線が生じる事がないよう、相手を意識の方向を修正させた。
「ええ、その話は後で・・・先にそちらの調査の話をお願いします」
「分かりました。調査に携わっていたのは私の祖父でした。当時の複数の研究者達も共同解析していますし、次世代、つまり私の父も確認していますから、内容に誤認などはないと言えます。ですが、それらの調査結果をもとに遺跡を探索したものの・・・」
「発見できなかったんですか?」
もしそうなら、ウェイブはゼロからの調査を余儀なくされ、嫌な予感を感じざるを得なかったが、幸いにしてモラレスはそれを否定した。
「いえ、文献に記載されていた場所・・・・そこに正確に、それはありました」
「あるアイテムを中心にした、魔法陣・・・ですよね」
意味深に含みある言葉で尋ねるウェイブを前に、モラレスは彼は本当に事実を知った上で来ていると確信した。
「ええ、それで結界を破壊するという仕組みです。発見当時、この世界の住人の願望が実現できると、祖父そして当時の学者達は沸き立ったそうです。でも、それは発動しなかったそうです」
「発動しなかった?」
意外な結果を聞かされ、ウェイブは一瞬耳を疑ったが、すぐにその問題の原因を悟った。
「ええ、要となるあれ・・・『ブラッド・ストーン』が反応しなかったんです。誰が触れても、願っても・・・・それで学会は、あれが偽物であると判断しました。父も、そして私も自分の目でその真偽を確認しています。ですが結局は、報告が正しい事を再確認するだけで・・・・」
当時の事を思い起こしているのだろう、モラレスは実に悔しそうに唇を噛んだ。
「それで、その石は?」
「そのままにされています、魔法陣に欠損がないせいか、持ち出して調べようとすると、トラップの類が発動するようになっていて、その数も尋常じゃ無かったために、手もつけられていません」
「なら、それは本物です。本物のブラッド・ストーンですよ」
気休めの類ではない、確証を持った力強い口調でウェイブが断言すると当時に、部屋の扉がノックと同時に開けられ、飲み物を乗せたトレイを持ったアニィが入ってきた。
「アニィ・・・」
「失礼します。ブラッド・ストーンって、あの部屋の話ね?・・・・どうやら、かなり盛り上がってたところみたいね?」
着替えの済ませたアニィが微笑みを向けながら、トレイの飲み物を二人が挟んでいるテーブルの上へと置く。
「そう言えば研究の話題ばかりで、娘を助けて頂いたお礼がまだでした・・・」
アニィの入室で少し話が濁され、熱の冷めたモラレスは、ふと一つの事実を思い出してウェイブに頭を下げた。
「え?何?娘?アニィが?」
降ってわいた想定外の内容に、ウェイブが思わず交互に二人を見やる。
「ええ、正直言いますと、養女・・・なんですが、大切な娘です。野心丸出しのあの男から、よく救ってくださいました」
再びモラレスが頭を下げる。
「いや・・・その辺は成り行きだったんで、礼を言われる程の事じゃ・・・むしろ彼女等の運を誉めてやってください。それに、遺跡から出る時の一騒動ではこっちも助けてもらってるんですから」
「そんな、謙遜を・・・」
クライマーの手口や実力を知るモラレスは、相手からアニィを救い出したという事実を聞くだけで、ウェイブがただ者ではないと判断していた。
(おい、人が悪いじゃないか・・・・自分の家ならそう言ってくれよ)
近くに来たアニィにウェイブが小声で不満をもらす。育て親だったからこそ、こうも簡単に責任ある立場の人間の紹介ができたのである。全ては彼女の悪戯心だったのだろうが、これは完全に彼の意表を突いていた。
「ねぇお父さん、興味深いお話で長くなりそうなんでしょ?だったら、泊まってもらったらどう?」
そんな不満の声を無視して、アニィは養父に提案を持ちかけると、モラレスは軽く考え込み、承諾する。
「ん?そうだな・・・」
「いいんですか?」
「もちろんです。恩人にはその位・・・それに、話の続きも聞きたいのも事実です。早速部屋を用意させてますので、一息入れましょう。話の続きはその後の・・・食事後にでも」
「それじゃ、お言葉に甘えて・・・」
少しの思案の後、ウェイブも申し出を承諾する。まだ話があることも事実であったし、クライマーの一件も決着がついていないと言うより、足を突っ込んでしまって恨みを買った以上、放っておくわけにも行かないと感じていた彼は、ここがアニィの実家であるという状況は、どこかで宿を取るよりは都合が良いと判断したのだ。
結局、アニィの乱入によって、本題の話は後回しとなり、場はシルディも加えての事件の報告会と変更された。
その後、簡単ながら、その後の対策が相談された後、一同は揃って夕食を取りながら談笑し終えた後、ウェイブはモラレスの計らいで大浴場へと案内されて、共に入浴する事となった。
「多分、滅多にない機会でしょう?存分に汗を流して下さい」
「心遣い感謝します」
大衆浴場のように広い湯船に身を浸らせるウェイブと少し離れた場所にモラレスも身を湯の中に沈めた。
「それで、こんな場で何ですが、先の話の続きをさせてもらっていいですか?」
「ええ」
雰囲気からしてそうだろうと思っていたウェイブは即答する。
「あれが・・・誰が試してもダメだったブラッド・ストーンが本物と言ってましたが、何か根拠があっての事ですか?」
学者として、何を見落としていたのか?それが知りたい。そんな思いをストレートにぶつけた。
「ええ、モラレスさんの話では、過去に起動しなかったという事でしたが、それはきっと、中央の魔法陣が起動していなかったせいです」
「中央?ウェイブ君が来たという、この国の中心部の?」
「そうです。俺達が結界破壊の方法を知ったのが、中央のそれに接触したからで、そこで得た情報では、最初に中央の魔法陣を起動させないと、駄目らしんですよ。だから、過去の端末の起動が上手く行かなかった・・・・」
「・・・・そうか、連動式という事か・・・確かにそう考えれば納得できる話だ・・・」
モラレスは第一人者と言うだけあって、そうした知識が豊富であり、ウェイブのそんな説明だけで状況を把握し理解し、そして納得した。
「できれば、明日にでもそこへ、案内してもらえませんか?」
その提案は、疑問に対する最も単純で確実な確認方法であった。
「そうですね。ただ・・・・」
モラレスはウェイブの意見に賛同したが、同時に抱えている問題を危惧して、完全同意の意思を示せなかった。
「クライマー・・・・ですか?」
ウェイブが彼の知り得る中で唯一となる危険人物の名をあげた。
「え、ええ、彼に関わる一件です」
自分の指摘に、モラレスが僅かに返答に詰まった事に気づいたウェイブは、他に何か語れない事があるのか疑った。
「あいつは結局、何者なんです?二人に聞いたところでは、行き過ぎた野心家みたいですけど・・・」
まずは当人の正体を確認すべく、問いかけるウェイブ。
「ご指摘の通りです。もともと彼は、この街の学会メンバーの一人でした。ですがそれは、自分の求める知識を得るために所属していただけであり、昔から協調するという事はありませんでした」
遠くない過去を振り返り、モラレスは語りだす。
「彼の目的は、自分の携わる分野において頂点に立つこと。つまりは魔法学を究める事です。その為には、『シドレ・レイス』を凌駕するする必要があったんです」
「シドレが実在し、そう遠くない人物だったから・・・・ですね」
「はい。その驚異を実際に見た人間もまだ生きていますから。彼は、故人となり対決して優劣が決められない相手に勝つためには、そのライバルであるシドレ・レイスがかつて扱った高等呪文を会得し、更に別の力を持たなければならない・・・・と言う結論に至ったんです」
「そのシドレの力を得る手段として、アニィとシルディの血に眠る『素質』を狙った訳ですか」
「はい」
頷くモラレスを見て、内容はアニィ達の話と相違ない事を確認するウェイブ。狙われる理由に他の何かがあるのではと勘ぐっての質問だったのだが、それは外れていたと言える。
「それにしても・・・」
湯を顔にかけ、ウェイブは話題を変えた。
「少し見せてもらっただけですけど、あの二人・・・アニィもシルディも、高い魔法の才能がありますね。こういう誉め方が良いとも言えませんが、これも血筋ってとこですか」
「そうですね。彼女達には忌まわしき物ですが、その才能だけは素晴らしいと、私も思ってます。過去の血に負けず、己を失わず、良い方向へと使ってくれる事を祈るばかりですよ」
過去の血と言う言葉に、共感する物があったウェイブは、あの二人も自分と似た境遇であることを改めて認識した。
ウェイブに関しては信憑性が薄いため、大した問題は無かったのだが、彼女等の場合、衆知の事実である上に、それを狙う他者が存在する分、質が悪いと言えた。
「心配ないと思いますよ。親や血縁に大悪人がいて、素質を受け継いでも、用いるのは本人です。二人には変な野心があるようにも見えませんし、魔法以外に関して見れば、ごく普通の女性です。クライマーみたいな道を辿るとは思えませんよ」
周囲の危機はともかく、内面性を危惧したモラレスに、ウェイブは個人的見解を述べてそれを払拭しようとした。何かしらの証明さえ出来れば、自分がキーンの血族であり、発言に信憑性を持たせられるところであったが、さすがにそれは不可能なため口に出すことはなかったが、語れない事実は言葉の重みとなって相手に届いた。
「そうですね・・・私もそう、信じています」
「・・・・・」
落ち着いた笑みを浮かべ同意したものの、モラレスの口調にはどこかまだ危惧している面があるように感じたウェイブだった。
「さて、私は先にあがります。ウェイブさんはゆっくりしていて下さい。例の遺跡の件は、午後から時間が空きますので、その時にこちらから声をかけます」
「わかりました」
気を使ってくれている。ウェイブはそう察した。
冒険者などしていればこうした入浴のチャンスもそうそう無いのは確かである。それ故に、ゆっくりと身体を休める時間まで与えてくれたのである。そんな相手の心遣いに感謝して、彼は好意に甘えて大浴場の中央で、大きく体を伸ばして湯の中の開放感を堪能し始めた。
しかしそんなのんびりとした時間も長くは続かなかった。
「ウェ~イブ、いるんでしょ?」
一人になって数分も経った頃、扉越しにそんな声がしたかと思うと、返事すら待たない意志が扉を開け、浴場内にアニィが入ってきた。
「ぶっ!?」
声で相手が誰かは判っていた。彼が驚いて思わず取り乱してしまったのは、アニィがバスタオルを身体に巻いただけの状態であった為である。
対して自分は正式な入浴スタイル、つまりは全裸状態だったウェイブは、慌てて湯面に浮かべていた身体の下半身を湯に沈めた。
「なんの用だ、そんな格好で!?」
「え~わからない?入浴に決まってるじゃない。そ・れ・に、命の恩人に対するお礼もしたいし~」
小悪魔的という言葉がピッタリな笑みを浮かべてアニィは湯船に近づいて来る。
「礼?」
口調は疑問形でありながらも、ウェイブは状況を概ね把握していた。そしてこの状況を期待していなかったわけではない。
「もぅ、わかってるくせに、カ・ラ・ダでのお礼よ」
そんな心情を見透かしたように言って、アニィはおもむろにバスタオルに手をかけ、左右に開いた。
「おいっ!」
戸惑い叫びながらも彼の視線は悲しい男の性により、開かれたタオルの中へと向けられていた。が、その光景は彼の本心を落胆させた。
そこにアニィの裸体は存在しなかった。彼女は肩紐の無いビキニタイプの水着を着用して、期待していた身体の要所を覆っていたのである。
「・・・・・・・・」
「へっへぇ~~~残念だった?」
落胆の思いが顔に出たのだろう、アニィが悪戯っぽい笑みを浮かべてからかった。
「正直に答えてやろうか?」
アニィに期待した自分が馬鹿だった。心底そう思ってウェイブは不機嫌に応じると、やっぱり彼女は苦手なタイプだという印象を深め、顔を背けた。
「そんな、怒らないでよっ!」
悪戯っ娘特有の台詞を語りながらアニィが跳んだ。
「!?」
彼女の声がやや上方から聞こえた事を、ウェイブが不審に思ったと同時に、アニィの身体が湯に突っ込み、派手な飛沫を巻き上げた。
「おいっ!?」
派手に顔に被った湯を手で拭いつつ、彼は湯に沈んだアニィを見やった。
「ぷはっ!」
「一体、何なんだよ?はしゃぎすぎだ」
「お父さんのお話、ウェイブの役にたった?」
湯から浮上したアニィは、湯船を泳ぐようにしてウェイブに近づき、彼の左隣に肌を合わせるように位置した。
「あ、ああ・・・・」
甘える様な声で寄り添ってくるアニィに少し動揺しながらも、短い間に把握した彼女の性格上、こうした行為に何らかの裏があると感じたウェイブは、触れる肌の感触を意識しながらも相手の出方を伺った。
「それじゃ、ウェイブの探しているモノ、ありそうなのね?」
「それは現地に行ってみてからだな。話で聞くのと実物では、当事者の主観が入って異なる場合もあるだろ」
「私もそれ、ついて行っていいでしょ?」
この唐突な申し出に、ウェイブはそれが幻聴かと思った。
「は?」
「だって、ここで留守番してて、またクライマーに襲われちゃったらどうするの?」
それはもっともな意見であり、ウェイブが危惧していたパターンでもあった。
「だけど、襲われた遺跡にまた行くってのもどうかと思うけどな・・・・」
正直、街中と遺跡内では、後者の方が罠が用意されている危険性が高い。
「でも今度はウェイブもいるし、私の装備も新しく用意するし、今日以上に役に立ってみせるわよ」
「そりゃそうだが・・・・それに関しては俺の一存では決められないだろ。モラレスさんと相談しろよ」
「するわよ。だからその時、ウェイブも口添えしてよ。OK貰えるように」
「う~~~ん・・・・」
その為のサービスかと、ウェイブは湯面に視線を向けてしばし考え込む。
確かにクライマー再来の件は警戒しておく必要のある問題だった。自分の欲望に忠実で、かつ手段を選ばないのであれば、この館に襲撃をかける可能性も十分ある。
だが、アニィとシルディを魔法使いとして手強い存在と認知し、遺跡内という閉鎖空間で孤立させ、消耗戦をしかけて捕獲した程の思慮深さを持つ相手が、装備と魔力を取り戻した彼女達を狙って馬鹿正直に襲撃してくるか?という疑問も生じた。
その反面、そうした留守中の襲撃の心配を全く無くすために、彼女を連れて行くという単純な案もあるにはあったが、それは遺跡内での再襲撃の可能性を高める事になる。
もっとも、片腕を切断されるという重傷を負ったクライマーが、すぐに傷の処置をして再襲撃できるのかという疑問もあり、そのどれもが可能性を秘めていたため、容易に最善がどれかの判断がつけられないのである。
「そ・れ・に、私も興味あるもん」
考え込むウェイブの思考に、アニィの言葉が割って入りこむ。
「興味?俺にか?」
「どっちもよ」
「どっちも?」
「そ、ウェイブと・・・・・ウェイブの捜し物。それって上でお父さんと話してたときに言ってた、ブラッド・ストーンなんでしょ?」
「ブラッド・ストーンを知ってるのか?」
これが本音か?ウェイブは直感した。
「私は魔法方面の偉才の娘でもあり、その手の学者の養女でもあるのよ。知っててもおかしくないでしょ?究極の万能石!賢者の石!神の与えたもうた奇跡の欠片!小石程度のそれでも人生が一変するって品物よ。それが空想の産物ではなく、実在の物だと知ってる人は誰もが欲しがって当然のアイテムじゃない」
ただ、使い方を慎重に行わなければ、力の浪費となる側面もあり、ウェイブ等はこれで滅多にないどころか、奇跡的なサイズに類するそれを、無駄に消費した経緯がつい最近ある。
「アニィも欲しいのか?」
本音を探ろうとウェイブが問う。
「そりゃ・・・ね、どんな願いもかなうなんて聞いて、欲しがらない人はいないでしょ?」
「じゃ、問い方を変えようか?何を望んでる?」
「え?」
おどけて答えたものの、それに惑わされずに問うてくるウェイブに、彼女は返答に困った。
「えっ、う~~~~~ん・・・・それは秘密。乙女の秘め事よ」
「バストサイズの増加が目当てとか?」
ビシィ!
冗談めかした一言だったが、それはアニィに対するNGワードであったらしく、それを待ち構えていたかのようなタイミングで繰り出された裏拳がウェイブの顔面をヒットした。
「じょ、冗談だ・・・乙女の秘め事とやらが何かはともかく、俺は確認しに行くだけだぞ。アニィは、それが使えなかったって話も当然知ってるんだろ?」
彼女がモラレスとの対話に割って入った際、話題に上がっていた部屋の事を知っている類の言葉を口にしていた事を聞き逃していなかったウェイブは、過剰な期待を抱く前に、それを沈静させようと釘を刺した。
「え~でも、ウェイブは何か知ってそうじゃない。お父さんの知らない事実を・・・」
(するどい・・・)
内心でウェイブは思った。実際には、ブラッド・ストーンが反応しなかった原因と思わしき事実を既にモラレスには話してはいたが、そうした彼女の読みにはドキリとなった。
「私はアレが本物だと思うのよね。きっと封印とかされてて、ウェイブならそれを解除できると思ったのよ。だから、実際について行って、本物のブラッド・ストーンを見てみたいのよ」
目を輝かせて語るアニィは、幻のアイテムを夢見る少女の様に見えたが、それにウェイブは惑わされる事はなかった。
「で、隙を突いて、願いをかなえるか?」
的確な指摘に、アニィの作り笑いが強張った。
「・・・・・・・・・・ううん」
「今の間は何だ?」
「・・・・ううん、何でもない」
明後日の方向を見て再度否定する。
「何故そこで目をそらす」
「私は実物を見たいだけ。それで満足」
「今さっき、欲しがらない奴はいないとか言ったのは誰だ?」
「・・・・・・私の願いはささやかな物だから大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ。ささやかに途方もない願いを隠してるんじゃないのか?」
その指摘を前にして、アニィは白々しく惚けて見せた。
「そんな・・・・幼気(いたいけ)な私を疑うの?」
「どこからそんな言葉がでる!十二分に小悪魔なくせに。その企み、話さないなら身体に聞いてやるよ」
そう言ったかと思うと、ウェイブはクルリと身を躍らせ、傍らで色仕掛けっぽい事をしていたアニィに襲いかかった。
「ちょっ、何よ、なによぉ~」
突然の出来事だった上に、湯船につかっていた事もあり、アニィはろくな抵抗も出来す、腰を下ろした姿勢のままウェイブに背後から抱きつかれるような態勢で捕まってしまう。
腕は両方とも自由ではあったものの、彼女の腕力ではシートベルトのように腹部に絡む彼の両腕を引き剥がす事は不可能に近く、全身をばたつかせようとしても周囲の大量の湯が、その動きをかなり抑制していた。
「さぁ、正直に教えろ。何を企んでいる?」
「企むなんてそんな・・・私は、わひゃぁっ!!」
アニィは猫なで声でとぼけようとした瞬間、突如身をビクリと仰け反らせた。腹部に腕を絡ませた体勢のまま、ウェイブが指を蠢かせて腹筋の辺りを刺激し、予告もなしにくすぐったさを与えたのである。
「ん?何だって?」
刺激は一瞬であったが、これには威嚇効果が十分にあり、この体勢が何を意味するのかをアニィは思い知る。
「だ、だから、本当に何もっ、ふひゃっっっははははははははは!」
弁解しようとした言葉をまたしても腹部から込み上げるくすぐったさが遮った。しかし今度の刺激は一瞬に止まらず、蠢くウェイブの指先は揉み解すかのように腹筋を刺激し続けた。
「いやっいやっっははははははははははははは!あはははははははは、あっっはははははは!!ちょっ、まっ、まひゃっはははははははは!待ってってばぁ、ぅわぁははははははははははははは!!」
そこから生じるくすぐったさに、自然と身体が暴れだすアニィであったが、ウェイブの腕はがっしりと、逃れようとする身体を抑え続けた。
「俺の指は嘘をつくとコチョコチョ責めをする魔法の指だ。ほら、早く白状しろ」
「やはっやっはははははははは!うそっうわはははははは、うそっ、そ、そんな、そんな魔法なぁい~~~ひひゃっっははははっははははははははは!いやいやいやいやぁ~~~~~ぁぁぁぁっっっっはははっはははははははははははは!!」
あからさまな嘘に抗議しつつ、アニィは必至に身を捩らせ、両手をくすぐったさを送り込む手へと伸ばし、その動きを阻止しようと試みる。
だが、単純な腕力差に加え、湯の中という状況が彼女の身体の動きに大きな抵抗を加え、通常以上の疲労を強いる結果となっていた。
「あはは、あぁ~~っははははははは!やめっ、本当に止めてってば、まほっ、魔法使うわよっうやぁっっはははははっはははははははは!だめだめだめぇへぇやぁっははははははははは!!」
「あ、そんな事を言って抵抗する?」
杖も指輪も、何の発動体もない状況ではあったが、発動体の所持そのものは行使における必須条件ではない。魔力の集中等さえ出来れば例え素手であっても行使は可能であり、彼女にはそれが出来る実力があった。
その事実はウェイブも知るところであり、カレンという前例、そして先だってのアニィの魔法を垣間見て、その発言がはったりの類ではないと理解していたが、現状ではそれは警戒の材料などではなく、一つの口実にしか成り得なかった。
「そんな反抗的態度を取るなら・・・・・」
言ってウェイブは、指の動きをいっそう激しく小刻みに変化させ、腕を放さない体勢を維持しつつ、指の当たるポイントを徐々に移動させていった。
「ひゃっ、あひゃっ、あひあひゃはっははははははははははは!だめぇ~~~~!!そ、そこ、いひゃっっっっはははははははっはっははははははは!そ、そこもっ、あはははははははははは!くすぐったすぎるぅ~~~!!」
自らの発言で墓穴を掘ったアニィは、飛沫をたてながら湯の中で笑い悶え続ける。
腹部周辺に不規則に生じるくすぐったさは容赦なく彼女を悶えさせ、抑え込みの効かない笑いを湧き出させ続けた。
刺激のポイントが僅かな変化を見せる都度、彼女の身体は若々しい脈動となって反応する。その活発すぎる動きは責め手には実に好ましい反応であり、加虐心を煽り、もう一つの弊害を生じさせていた。
「あ・・・お~い、アニィ、あんまり激しく身悶えない方がいいぞ」
その異変に気づいたウェイブが、身悶える女体の後頭部に向かって言った。
「そんなっ、そんな事いぅ~~?やゃぁ~~~~っっはははははははははははは!だったら、やめてよぉ~ひっはっははははははははは!」
事の元凶を非難するが、それで腹部を中心とした刺激が和らぐ事はなく、彼女は絶え間ない笑いにその身を翻弄され続けた。
「でないと、水着が緩みかけてるぞ」
「え?うそっやだっ、やぁっははははははははははははは!」
ウェイブの指摘で視線を向け、それが事実である事を認めたアニィは慌てて両腕を、あらわになりかけた胸の防御へと差し向ける。だがそれは、腹部の責めに対しての抵抗を放棄する事にもなった。
「ちょっ、すとっ、ぷぁっはっははははあははあはははあははははははは!ちょっとまぁって、おねがい、おねがっっひあっっははあははははははは~~~~!!」
せめて水着を直したいと藻掻くアニィだったが、絶え間なく生じる腹部の刺激がそれを許さず、彼女は胸を隠すために腹部を無防備にし続けなければならず、ただ、前屈みになるしか抵抗の対応手段がなかった。
「・・・・やっぱり」
彼女の様子を肩越しに眺めていたウェイブが、ある事に気づいて指を止めた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・な、なに、何?」
ようやくにして休まる時を得たアニィは、身体が求める酸素を激しく喘ぎながら吸い込みつつ、首を傾け背後のウェイブを見やった。
「アニィがブラッド・ストーンでかなえようとしてる望みって・・・」
「わ、判ったの?」
「ああ、やっぱり胸だろ!小さめのそれを大きくしたいんだろ?」
隠し続ける姿、そしてその腕に潰れる容積の少なさに改めてがっかりした彼は、真顔で言い切った。
「~~~~~っっっ!!ばかぁ!!」
確かにアニィの胸は年齢平均よりも小さい部類であり、彼女もそれをかなり気にしていた。だが勿論それは、ブラッド・ストーンでかなえようと考えていた物ではなかった。
彼女の逆鱗に触れ、瞬間的に激怒した彼女は、思わず魔法を使ってしまった。
「ぬはぁ!?」
それは通常用いる魔法とは異なり、単純な放出現象であった。アニィは怒りにまかせて全身から魔力を放ち、密着していたウェイブを弾き飛ばしたのだ。
「む、胸も惜しいけど、それじゃないわよっ!」
彼女は水着を直し、さりげに胸の一件を認めつつも、ウェイブの指摘を否定し、湯船から逃げ出そうとする。
「じゃ、何だ?」
沈んだ湯船から、怪物のようにウェイブが浮上し、逃げだそうとしていたアニィの片足首を掴んで引き戻す。
「お、女には秘密が多いのっ!言ったでしょ!」
曖昧な言い訳をしたアニィは、再び湯船に戻されまいと抵抗し、湯船にしがみついた。
「だからそれを聞きたいんだけどな?」
「秘密だって言ってるのに~現場で話すわよ」
「ダメだ、それとも今度はこっちに聞こうか?」
湯に引き戻される身体を湯船にしがみついて抵抗するアニィの身体は、半ば湯の上に俯せ状態になっており、これによってウェイブは新たな責めポイントを会得し、そこへ指をあてがった。
「いひっ!?」
掴まれた足の側の足裏に指先が触れたのを感じてアニィはビクリとなって、ゆっくりと視線を後ろに向ける。
「・・・・・」
「・・・・・あ、あの・・・・」
指を添えて待機するウェイブと、アニィの視線が絡むと彼女は引きつった笑みを浮かべ、それを合図にしたかの様に指先が足裏で踊った。
「きひゃはははははははは!やだっだめっ、いやっっははははははははははは!」
脇腹とは全く異なるくすぐったさを受けて、アニィが再び吹き出した。
ほとんど反射的に自由な片足が解放を求めてウェイブを襲おうとしたが、それを予見していた相手にそれも抑え込まれてしまう。
「無駄な抵抗は止めたまえ」
演技かかった口調と共に不適な笑みを浮かべたウェイブが、抑えた両足を左腕と脇で挟み込むと、揃った両方の足裏を残った右手の指で引っかき回した。
「あひゃっっははははははっははははははは!!だ、だぁっっははははあははははははっはあははは!ちょっ、すとっ、それぇ、ひゃっっははははっはははははははは!!」
足裏に生じるたまらないくすぐったさに、アニィはたまらず湯船から手を離して足を魔の手から救おうと藻掻き出す。
しかし、湯の上で俯せとなっていた状態ではそれはあまりに危険な行為だった。湯船に捕まっている事で姿勢を維持していた彼女は、その支えを自ら放棄してしまい、湯に顔を沈めてしまう結果に至る。
「ぷはっ、あぷひゃははははっっははははははは!う、ウェイブ待って、あひゃっっっははははは!あぶ、あぶっ、ぷははははははははっ!!マジあぶなっひゃ~~~~っっははははは!」
両足を抱えられているため、俯せの姿勢から逃げられなかったアニィは、顔を水面に上げる努力を強いられる羽目となり、自由な手で犬かきをするようにして喘ぎつつ、足裏を縦横無尽に刺激されて生じる刺激に笑い悶えた。
それは、くすぐったさの加わった水責め拷問であり、実際に命に関わる危険性まで生じていた。だが、そんな状況とは裏腹に、彼女の口から出る声はほとんどが笑い声であり、加えてウェイブは足裏に視線を向ける格好となっていたため、そうした事態に気づかなかった。更には、程良いアニィの笑い声と、うねうねと逃れようと必死に藻掻く足裏の様子に夢中になって気づくのが遅れてしまった。
結局ウェイブが事態に気づいたのはこの後、暫くしてからであり、アニィは半ば笑いながら溺れた状態へと陥っていた・・・・・